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2007/09/09

文化都市六本木

六本木はアートを発信する場となり得るのか。よくこんな事が言われていますが、どうでしょう。
普段丸の内で過ごしている身としては、最近の六本木は気になります。街の開放感という点で。
とかなんとか言ってて、東京ミッドタウンと現在ヒルズの森美術館で開催中のコルビュジエ展に行ってきました。

東京ミッドタウンの中に入るのは実は初めてで、広々とした空間を生かしテラスのスペースも十分に用意され、開放感があるお店(飲食)が多い。

Nirvanaという、かなりロックな店かと思いきや、めっちゃインド料理で結構いけてるお店に入りました。70年代からNYで伝説的(?)なインド料理屋として、愛されてきたお店らしいです。そもそもニルヴァーナという言葉が仏教用語で、涅槃(=理想の境地、完全な状態)を意味するらしく、お店のトレードマークが蓮である事も理解できますね。ランチはビュッフェ形式で味も良く、上品なインド料理を出してくれます。

別のフロアーには、雑貨やインテリアショップがいくつかあり、和を強調したラインナップとなっていました。これらのお店は六本木界隈の最近のコンセプト(日本の文化を発信していく)に合致しているが、物の割には高く感じる価格設定だった。裕福な外国人層を狙っているのでしょうかね。

六本木ヒルズの森美術館で現在開催中の ル・コルビュジエ展にも行ってきたが、内容が相当ボリューミーでよろしかった。かれこれ3時間半くらい居たと思う。
これまで自分が訪れたフランスでの彼の作品やインド・チャンディガールで彼が行った都市計画について、きっちりとしたコンセプトを再考できたのが有意義だった。実際の内部空間も演出されていて、なかなかコストがかかっている展覧会だなと関心した。特にマルセイユのユニテ・ダビタシオン(集合住宅)の空間演出(一つの部屋の間取りを再現)は自分が行ってみたいと思っていた事もありよかった。

2002年に欧州に行った際、コルビュジエの作品に触れる機会が多く、バーゼルからパリに向かう途中にフランス南東部のロンシャンの教会に訪れた。そのロンシャンの教会は現時点でも、自分がこれまでで最も感動した建築となっていて、建築というもので、あれほどまで感動してしまった自分を不思議に思ったくらいだった。何故教会の中の空間で、あれほどまで感動してしまったのか。空間を知り尽くし、考えて考え抜いた建築家だからこそ作り上げる事ができた空間だったのだろうか。おそらくそうなのだろう。

今回の展覧会で得た知識を元に考えた結果、ロンシャンの教会は彼のコンセプチュアルな部分と絵・彫刻等多様な表現方法を有している部分が相まって生まれた産物なのだと思った。イメージし、空間に落とし込む作業ってまさに絵と彫刻だと思うし、そういう意味で設計・施工を経て竣工の瞬間まで彼は綿密に計算できていたのかも知れない。恐らく、それが暗黙的に彼に形成されていたとしても、絵画と彫刻の一流の技法を身につけていない建築家に比べれば、その(イメージを最終段階まで綿密化する能力)差は歴然であると思われる。

ロンシャンの教会に行ってはじめて、建築の本質は内部空間にあると思った。
外観を形成するデザインと内部空間がどれほど相互依存しているのかは自分にはわからないが、建築は目でみるものじゃないと感じた事を記憶している。
建築空間は五感で感じ取るもの。そんな事を当時考えていたからなのか、ロンシャンの教会の写真がほとんどない事に気がついた。おそらく自分の事だから、視覚的にロンシャンの教会を切り取れたとしても、どうせ本質的な建築空間で得た感覚を伝える事ができないと思って、ひねくれていたのだと思う。五感で感じとれるものこそ建築の本質で、視覚的に紙媒体や展覧会でその建築を感じてもそれは本質じゃないと思うから、やっぱり、色々と訪れる事が有意義なんでしょうね。ロンシャンの教会はおすすめですので、フランスに行った際には訪れて下さいませ。

ロンシャンの礼拝堂に向かう道中の風景と、立ち寄ったカフェの写真。ちょっと懐かしかったので。こんな田舎道を上っていった小高い丘にロンシャンの教会があるのです。



2007/02/05

六本木

前のポストの流れで、六本木について。
3月末には商業施設・文化施設・オフィスが融合された東京MIDTOWNもできるし、六本木界隈はさらに面白くなるんじゃないかな。アートの発信を根底においた街づくりをしているところがいいね。最近は何かと六本木に来る機会があって、何かだんだんとこの界隈が好きになってきた。そもそも大好きな青山とか恵比寿とも近いし。
六本木ってなんか若々しい感じがする。
六本木ヒルズにレジデンスが併設されているように、東京MIDのコンセプトにもビジネスと住空間を同時に創出するってコンセプトがある。ヒルズは森ビルで東京MIDは三井不が手がけているみたいだけど、今後の六本木を活性化させる足並みは一致していると判断できる。そもそも、今回の防衛庁跡地のプロジェクトに関与する媒体って相当多様だと思うし、当然のように意思決定がデベロッパーに依存しているわけではないわな。

丸の内とか大手町のような古くからあるビジネス街と違って、ヒルズ族に象徴されるような六本木のビジネス街。
丸の内、大手町がある千代田区って夜
間人口は約4万4000人で23区で最も少ないが、昼間人口は約85万人にまで膨れ上がる。23区内で最も昼間から夜間にかけての人口減少が激しい。港区は昼間人口83万人に対して、夜間人口は15万人程度。(参考:東京都の統計
こ の数字をうけて定性的な評価をすると、丸の内と大手町は街に無機質な感じがする。皇居の周りは緑が多いが、何か無機質というか街に温かみがない。夜間人 口の多い世田谷区などでは街としての面白みが凝縮されているような気がする。街の面白みとか温かみと言う点で夜間人口が起因する要素って結構多いのだと思 う。
これまでの東京では、そういう昼間人口と夜間人口に差が出る都市形成が計画実行されてきたのだと思う。しかし、今とこれからの六本木に関して は、これ までにな い、昼間人口と夜間人口をどちらも増加させていくようなそういう街づくりがなされていく事になるのだと思う。いずれにせよ、どんな街に変化していくのかが 見ものである。実はこのような(都心に夜間人口を増やす事)発想って、前回登場した黒川紀章が提唱していることがわかった。(参考:首都機能移転で東京を人の住む街にする

2007/02/04

黒川 紀章

国立新美術館に行って来た。
乃木坂が最寄になるけど、ほぼ六本木。
たいしてそそられる展示はやっていなかったが、黒川紀章展が やっていたので行ってみた。そもそも、黒川紀章が設計していた事すら知らなかった。どうせ港区だから、森ビルがデベロッパーで表参道ヒルズの時 のようにタダオアンドウの作品なのかなと思っていた。そしたらタダオアンドウは3月末オープンの東京MIDTOWN全体の計画に携わっていたみたい。んで東京 MIDは三井不みたい。てっきり港区の土地は森ビルが買い占めてると思ったぜ。

で まぁ国立新美術館の話ですが、自分の中では黒川紀章=メタ ボリズム、メタボリズムと毎回僕にとって定義を確認する必要のある言葉を発信してそれを念頭に建築してるっ てイメージがあるわけです(黒川先生に詳しい人ごめんなさい)。でも、心斎橋のソニプラとか馴染みのある作品もあって、さらにアムスのゴッホミュージア ム新館も黒川紀章だったではないかと思い、少し親近感を持った。

その黒川紀章がひょっこり会場に居られた。オーバーサイズのスーツで太目のストライブのシャツを着て、
KARL LAGERFELDが常にかけてるような太目のグラサンをかけていた。 思ったより小柄だった。通常メディアを通じて見る人に対して実物より大きいイメージを持っているものだ。逆にイメージより大きい人もいるという話も聞く。

んでまぁ、会場の人は最初誰も気づいていないわけだ。気づいても誰も絡もうとしない。他にも展覧会があったし、無料だし、多くの来展者が黒川紀章に興味を持っているわけではないのでしょう、と思った。まぁ、俺は若干怪しい人がおるなとは思っていたが、案の定彼だった。
そこまで感激!って感じでもなかったけど、まぁいい機会だと思って話そうと試みてしまうわけだ。
そ こで、何を話してやろうかと。建築の事をつらつらと質問しても大抵の事はWEBで仕入れ可能な情報なので、その展覧会のパンフレットには何で袴+刀のサ ムライスタイルなのかとお尋ねした。すると『それが僕の正装なんだよ。』って。じゃあなんで、今日はスーツなんですか、と僕。今日は若干カジュアルだか ら、と彼。まぁ、普通の会話だが。とてもフランクな方で、アムスのゴッホミュージアムの事も軽く触れてみたり、ええ人やなーと。

今回の国 立新美術館のどこにメタボリズムの概念が組み込まれているのですか?みたいな、如何にもどっかで語ってそうな質問は逆に避けたかったし、特にそれ を知ったところで自分のその建築に対する五感を通じたイメージを変えさせるものにはならないと思う。コンセプトを知ることで左脳的に論理的にその建築を解 釈する上では役に立つ情報だと思う反面、本来あるべき芸術の捉え方という点で純粋な感覚が排除されるように思う。自身に先入観を与え、仮説を築き上げてし まうと思えるからだ。

これまでの自分はアートに触れようとするとき、一つの作品のコンセプトを知ることに注力していたと思う。でも最近、岡本太郎の今日の芸術という著名な本を読んで、芸術というものに対する見方が変わった。つまりは上記のようなスタンスになった。以下、感銘を受けた文章を引用する(本文44-45P)。

絵を見ていて「いい」と思ったとき、その人にとって、そう思った分量だけ、わかったわけです。あなたはなにもそれ以外に、わからない分など心配することはありません。
 いつでも自分自身で率直に見るということが第一の条件です。そして何かを発見すれば、それはまず、あなたにとって価値なのです。絵はクイズのように、隠された答えをあてるために見るのではありません。
白紙でどんどんぶつかっていき、それによって古いおのれを脱皮し、精神を高めていくべきです。今まで、良いと思っていたものが案外つまらなくなり、かえって無関心だったものに急に情熱がわいてきたりします。

まぁ、つまりはなんかシンプルに芸術に触れていきたいな、と思ったわけだ。

どうせならパンフレット+詩集を買っていけといわれたので、サインという名のクロカワキショウの名前が入ったパンフレット+詩集を買って帰った。

2006/02/19

おつかれおれ

今日は修論審査会だった.
教授2人と助教授1人で,狭い部屋で30分弱の論文に関する審査会.
面接やね,あれは.部屋に入る前の一年前の緊張感が懐かしかった.実際面接を受けるつもりのテンションやったから,何も持たずに入ると.助教授が「論文は持参していないのか?」,「はい」,「まぁどこに何が書いているのならいいが」と.まぁ自分がどこに書いたかくらいは分かるだろうと平常心を装う.

 修論のタイトルは『地方空港の国際化が地域経済に与える影響分析』.まぁ理論研究ではなくバリバリの実証研究である事はタイトルだけで理解できますな.
 
 一昨日の公聴会(全体のプレゼン)の際にも思ったのだが,教授2人は本質をついた質問をどんどんしてくる.何とも現実に即した説得力の高い攻め方をしてくるので,こっちも論理的に返答しようとするが,同じ文脈でまた質問,また返答・・・と2,3回返すのに精一杯.
 A教授に関して,彼は質問に対して僕がどう返答してくるか予想して,さらにそれに付随した本質に迫る質問をしてきて,さらにその先まで想定しているようなので,しまいにこっちが論理破綻してしまう.おそらく,僕が教授にとって想定内の返答をしているのだと思うけど,そのやり取りは極めて研究の本質を突いたものになっているので,最終的に教授の論点を受け入れるしか出来なくなる事があった.
 
 明らかに今日の審査会の教授2人に関しては,研究に関して相当広い視野を持っているので,突いてくる内容にも重みがある.自分の研究アプローチが所属系統では稀ではあり,例え彼らがその分野の深い知識を持ち合わせていなくても,修士レベルの学生の現実を扱う研究に対してはだいたい分かっているよくらいの感じなのかな.
助教授がしてくるテクニカルな質問に関しては,むしろこっちが,「あんたそれは理解不足っしょ,もっと僕の論文を読みなさい」って点があった.

 審査会後,助教授との打ち合わせの時にプラスアルファのタスクを与えられたが,修論全体に関して地味に労ってくれたので,嬉しかったのは間違いない.研究室入った時はめちゃめちゃ言われてたもんね,俺.

 その後,夕方からM2全員で王子公園の定番,鳥ひげへ.まぁどうでもいいですが,微妙に歯茎が痛かったので,串が当たらないように注意して焼き鳥を食べました,はい.
いやむしろ,歯茎の下に隠れてる歯が痛いかもしれない.これは一大事だ!

2006/02/10

提出!修了?そして・・・

変な時間(朝3時)に起きてしまった.意味不明な生活体系からくるものか.

昨日(9日),15時頃,論文提出!!!
充実感が満ち溢れた.自分でも妥協なしに提出できて,よかったよかった.何かしこりが残るものにだけはしたくなかった.後はまぁ,来週に発表と公聴会を残すだけだ.不安要素はまぁ,ないな.ちゃっちゃとパワポでもつくるか.

昨日の一連の流れ.
論文提出後,研究室のM2達と,HAT神戸のなぎさの湯へ.
その後,王子公園のいなかもんへ.相変わらずうまい料理とビールで研究室の面々と戯れるが,途中,ビールと寝不足で記憶なくなる.その後,いつものKZ宅へ.みんな一瞬で寝る.まぁ疲れきっていたからしゃあないが.


で,今日の朝.皆が寝てる中を帰宅.みんな,よー寝れたんかいな.Mっちとか.

 で,次の視点は,社会人までの期間をいかに過ごすか.だったので,さくっと旅でもしようかと.持っているシンガポール航空のマイレージ,クリスフライヤーの使用期限が3月末までなので,それを使ってどっかいこうかなと.まぁだいぶ前から中国の奥地って決めてるんやけどな.

で,今日の神戸からの帰りに梅田の第一生命ビルにあるシンガポール航空のオフィスに.スターアライアンスの中でも,成都とか桂林とか重慶とか,やや内陸まで行ける航空会社がアシアナ航空だけ(今調べたらANAもありそうやな)だったので,おそらくアシアナを使おうかと.普通にANA使ってさっといくんもありやけど,ストップオーバーで帰りに久々ソウルに寄りたいとも思ってて.そんなに遠くに行く期間もないし,近場が好都合かな,と.
 で,オフィスに行った理由は,SQのWEBでマイル使うための路線検索の際に,OZの詳細な乗り継ぎ便が表示されなかったため.SQのオフィスからでも,OZの国内端末しかアクセスできないため,例えばインチョンー成都間のブッキング状態を(日程が確定しない限り)知ることができないらしい.ま,でも中国内の行き先に柔軟性を持たせれば,楽にチケットが取れそうな感じを持った. 
 スターアライアンス内でも,それほどWEB面で融通されていないんかなという印象だった.その辺のサービス面では会社毎に差がありそうやな.
 中国内陸と言ってもまだ,それほど行きたいところが決まっていないため.もう少し考えようと思う.

で,さらに帰宅途中.心斎橋のアップルストアーに.やっとipod(30ギガ)を買う.

で,さらに本屋に寄る.難波のジュンク堂でお目当ての本を探すがない.ますます購入したいので,旭屋に行く.ないと思ったが,あった.この前の日経日曜で書評もされていた,「物理学者ウォール街を往く」
年始にも書いた卒業までの目標,本15冊を読むの中で,この本は質・量を考えて2冊と換算しよう.

2006/01/22

仮説思考とやら

最近の生活は2日に1日は研究室で,もう1日は自宅で寝る生活.研究の頭でやや混沌としてたので,一昨日の帰りに雑誌を買って気分転換.

買った雑誌は年に4回東洋経済からだされている,THINK.いわゆるビジネス雑誌で,面白いトピックの刊は買うようにしている.

今回は仕事で実践するコンサル力がテーマで,別に自分がコンサルタントになる訳じゃないけど,このテーマに関しては関心があるので購入.

気分転換のつもりで読んでいたが,今やっている論文作成の行為に直結するアイデアを吸収できた.

それは仮説思考という考え方.

ボストンコンサルティンググループの内田和成さんの項でこの仮説思考の利点について説明していた.仮説思考の定義は「物事を答えから考えること.
まず,仮の答えを出し(予想し),その答えまでのプロセスを導いていくやり方.
彼は「コンサルタントとして鍛えられていく中で,仮説思考を基にした仕事の進め方を身に付けていくために,問題解決のスピードが格段に早くなる.」と語る.

自分も含め,多くの人がそうであると思うが,仮の答えを見出す事が困難だと感じる.

この点(仮の答えを出す事)に関して,内田さんは将棋の羽生善治の例を出して,直観力,カンの働きが重要になると話す.羽生名人は将棋の一つの局面に80通りの指し手の可能性があるが,そのうち2、3の手だけを直感で選び自分のカンを頼りに検証していく.ただ,単なるヤマカンではなく経験や学習を通じて自分自身の中にストックされたデータベースを基に,それらを活用しながら集中して考える事で筋のよさそうな仮説が浮かび上がってくるのではないかと言っている.

確かに,今自分が作成している修士論文においても,卒業論文の頃よりも仮説(結果)が自分の中で明確化されているように思う.それは,おそらく土木計画という分野の研究室に曲がりなりにも3年間属し,その分野の論文にも多く目を通し,数々の背景を基にした研究の目的を自分なりに理解できるようになったからではないかと思う.なので,学部4年の頃のカンよりも,現時点の研究に対するカンはより洗練されたものではないかと思う.

ただ,その仮説に関しては間違っていても問題はないと内田氏は話す.「どんどん仮説を立て,検証して間違っていたら別の仮説を立てる.よさそうならば,その仮説を進化させる.それの繰り返しだ.すなわち仮説・検証の回数が重要だ」と.

確かに,分析を進める上で予想外の展開や新たな発見により軌道修正が必要なことは自分自身の経験からも理解している.失敗のパターンや成功のパターンを自分の中に暗黙知ではなく形式知としてストックする事で,確かなカンを構築する事ができるのだと思う.
そのカンってのが将来を展望する先見力にもつながるのかな.

とりあえず吸収したものは実践しないと意味がないと思うたちなので,今回の仮説思考の項で得た事を研究で実践する事にした.

研究における大局的な仮説をさらに細分化して,章毎の仮説,節毎の仮説を決めどんどん論文としての形にまとめ上げていく.最後の最後まで良い結果をだそうと分析をうじうじやるよりも,現時点でだせるだけの結果を出し論文の枠組みを仕上げて,修正という形で分析をやり直すアプローチで臨もうと思う.

2005/12/20

中間発表→忘年会→北新地

40時間起きつづけた後、さっき8時間の睡眠から起床した。

昨日は修論の中間発表。
僕自身、基本的に発表の前の日は最低数時間は眠るようにしているのだが、今回はそうはいかなかった。
この中間発表が終わるともう論文提出後まで発表する機会はないし、なんとしても現時点で提示できるような有意性のある結果をまとめて、陳腐なプレゼンにならないようにしたかった。

「節目節目で結果を出せないと、この先も同じだぞ。」って自分に鞭をうちながら、結果を出すことに執着した。故に、睡眠欲も吹き飛ぶくらい集中力が維持されたまま作業に集中できて、なんとか発表できるレベルの結果を出せた。

プレゼン自体も現段階のベストを尽くしたと思う。先生方からは、自分には無い視点で色んな示唆をいただけたし、自分自身研究を整理する上でも非常に有意義な発表だった。

その後、研究室のOB含む教授の教え子とその知人、研究室学生からなる忘年会が福島であった。学生以外は年齢層高め&スーツを着るような若干硬めな忘年会だったが、それはそれで有意義な時間となる。この時点でねむい度MAX。

こうしてやっと長い一日が終わったと思って、外の冷たい新鮮な空気を吸っていると・・・。

研究会でお話する元お役人の社長さんが、僕ともう一人の学生を北新地に連れて行ってくれると言う。
何やら、もう一人の学生が以前ノリでアポをとっていたという。


結局何故か僕もお呼ばれする事になり、夜の北新地へ。

新地の華やかな世界に驚愕する事が多々ありましたが、まぁ良い社会勉強ということで!敢えて英語が通じないブロンズ美女オンリーなお店とか・・・(笑)てか、来てるお客さん明らか重役っしょ、みたいな店ばっかやったし。社長さん、いつもこんなとこで遊んでるんですね。最近は減って2日に1回とか言ってたが・・・。


中間発表→忘年会→新地、   

大人の階段のーぼるぅ♪ な一日でした。

2005/12/09

ベンチャー魂

今日はベンチャーに関する講演会に行ってきた。とても有意義だった。

東京の友人から紹介があった、その名も「関西だってベンチャーできるぞ!」プロジェクト。
主催は関西学研都市知的クラスターという、いわゆる京阪奈地域の学術的な結びつきと向上を元に同志社や奈良先端大等が中心に発足した機関。

僕はただ単に講演会をしてくれるスタンフォード(コンピューター・サイエンス学科)のエドワード・ファイゲンバウム教授の話を聞きたかっただけ。彼はシリコンバレーでは3社のベンチャー創設等で名が知られて、コンピューター界のノーベル賞と言われるACMチューリング賞を携えておられる方。どんな人なのか、どんな話を聞けるのか気にならない訳はない。まぁ御年70歳という事でなかなかのおじいさんです。

他にもシリコンバレーから来られたFirst Compass Groupジェネラルパートナー等を務める外村仁さんがオーガナイザーとなり、関西で実際にベンチャーを立ち上げている起業家6人のパネルディスカッション等があった。

ファイゲンバウム氏の講演では、日本及び関西でベンチャーが育ちにくい理由を、シリコンバレーとの比較により論じていた。

また企業が勝っていくための要素として、ファイゲンバウム氏は一貫してINNOVATION、革新を強調していた。ソニーを例にとって、企業組織の肥大化が革新のスピードを遅らせ、グローバル競争に勝てなくなっている事を話したり等など。
聞いていると、大企業組織に入るのが鬱になるような事もボンボン出て来る。新入社員として意気揚揚と入社した人間が、組織に埋もれ、例え部長クラスになったとしても若い頃の熱いハートが消えている・・・と。彼は一般論をしているわけであって、この事に関して反発する必要はないが若干の不安は生ずる。

結局、ベンチャーがイノベーションを起こすのに最適だという風に繋がる。で、そのベンチャーが成り立つための要素として制度面、ベンチャーキャピタルの存在、失敗を成功にするカルチャーの変更など等を指摘していた。

全プログラムが終了した後、懇親会があるというのでせっかくなので出てみた。無料やったし(笑)

せっかく出たので、ファイゲンバウム先生に話したいなと思う。英語オンリーという事もあるのか、あまり多くの人ががっついていないのでがっついてみた。

自分が来年からベンチャーと極にあると考えられるいわゆる大きい組織を持つ企業で働く上で、その後、起業に結びつけるとしたらどのようなアプローチがあるのかを聞いた。

僕自身、これからのキャリアビジョンで起業という選択肢を消去する訳ではないし、チャンスがあればその時のタイミングでチャレンジしてみるのも悪くないと今現在は思っている。そこで、短期的には来年4月からいわゆる大企業に入って、そこからどういう意識で3年を過ごすか、どれほどアンテナを張り巡らす事ができるのか、この点が重要だと外村さんもファイゲンバウム先生も伝えてくれた。もう少し具体的に事も話してくれたが、なんか僕がまだ入ってもないのに早くも会社辞める気満々な奴みたいなので控えておく。

後は、急速に世界規模で情報化が進む上で先進諸国と後進諸国とのinformation gapの是正に関しての意見を求めたところ、この答えに関してはかなり難しいので、これを専門にして2005年Honda Foundation Prizeを受賞しているカーネギーメロン大のProfessor Raj Reddy の文献やWEBでも漁ってくれと言っていたので、ちょっとチェックしてみようと思う。

他にも松下や関電に属しながらベンチャーを考えている方々とお話する事ができて、これから自分が企業に入り、どのような意識で過ごしていくかを考える良い機会になった。

2005/11/20

実質と名目

 今日は久しぶりに日曜に研究室に行き研究に励んだ(?)。が、実質と名目という言葉にやきもきさせられた。
最近、研究に関連して東アジア諸国(中国、韓国、台湾、香港)の経済指標を扱っている。中国は省単位で。いわゆるGDP(国内総生産)とかCPI(消費者物価指数)とかです。こういう経済指標ってやたらと定義も曖昧で、年度毎に定義が変わっている事もある。日本でも今は一般的に国の成長力を表す指標としてGDP(国内総生産)が使われているけど、一昔前まではGNP(国民総生産)が使われていた。

 GNPは日本国籍の者が生産する分しか計上されないので、外国人が日本で生産してもGNPには反映されない。GDPは日本国内で生産される分は外国人労働者や外資企業であれ反映される。今後、国内に外国人労働者や外資への企業誘致が進むのなら、GDPの方が日本の成長力を表面化してくれるんだろうと考える。まぁ統計の国際基準に合わすという意味でも今はGDPにしてると思うんだが。

 それはそうと、GDP含む経済指標値は中々統一したものを提供してくれない。IMFやら世銀やら各国の統計機関で出された値を比較して扱うようにしているのだが、名目ならまだしも実質になると相当ばらつきがある。名目GDPはその年に計上された値をそのまま示しているのだが、実質GDPはインフレ率や為替レート等を考慮してある年を基準とした値として算出している。

 その国の経済成長を時系列的に把握する場合、実質GDPをみる方が理解しやすいが、その値を出している機関によってばらつきがあるのでかなり困惑してしまう。それも結構な違いもあるので、機関毎にどのように集計・算出されているか確認しておかないと結果がきちんと出てもなーんかしっくりこないように思うからだ。かといって前に進まないのも困る。んーー。

2005/01/22

並行作業

ほんと並行してやる事が多い今日この頃。
今、月曜にある2つの授業の課題レジュメ&パワポつくり中です。

1つ目はうちの研究室の助教授担当の授業。内容は現在の航空市場の競合状態を列挙し、モデル化し、均衡解導く・・・等。
□僕が選んだものは、アメリカのある路線でサウスウエスト航空とアメリカン航空等のメガキャリアが引き起こしている価格競争をモデル化・・・。現段階で自分が提示する内容自体も理解不足→ミクロ経済の本片手に式の概念やらを一つ一つつぶしていく必要あり。

2つ目は建築界の重鎮(?)とされている重村力って先生の授業。
この授業は僕以外その教授のゼミ生なんやけど、土木の僕がこの授業を履修した理由として。

今から2,3年前だろうか、梅田のサウナでバイトしていた時です。
そこはなんと安藤忠雄さんがよく利用されていました。彼が来た時、僕のミーハー心があんな有名人が居るのに話しかけないわけがなく、4、5回お話しさせてもらったことを覚えています。
安藤さんが裸に近い(もしくは裸)状態やけど彼のバックボーンを知っているため、少なからず緊張しますわな。彼の事を全く知らない他のバイトの子は「え、あのおっさんが、まじで!」っていうまぁ当然なリアクションをしていました。そこで安藤さんと色々話させてもらっている内に、僕自身の話しになった時、「あー重村さんおる大学かー」って事を言われました。その時僕の中で、重村要チェック!→いつかその先生の授業履修してやろう!!→今期履修!!!but課題キツイ(トホホ)みたいな感じです。

その授業は先生が忙しく回数は少なかったけど、一つ一つの授業は毎回各自が授業の目的に沿って調べてきたことを発表→先生コメント。みたいな形やから、毎回緊張です。でも先生の示唆は鋭く、且つすさまじい知識ストックを感じさせる話しぶり。いやはや、さすが重鎮、刺激的でした。と、過去形になっているが、月曜には最終プレゼンがあるわけで、完成までまだまだ時間がかかりそう。なんとしても完成させねば。

ちなみに僕がこの授業で取り組んでいるのは、“人がどのような要因のもとで行動するのか”って事を今和次郎が提唱した考現学の「人の行動に関する調査」の部分と、観光行動の心理的作用を結びつけた形で書き進めている。建築の授業だが、僕の中では「建築外の思考」が前提となっている。

2005/01/16

ウォントとニーズ

先日、就活で東京に行ってきました。
その時に持っていく本として、書棚から一冊の文庫本を選んだ。
タイトルは「生きること 学ぶこと」。なんてまじめなタイトルでしょう。大学1回の時に読んだ記憶があったが、内容はほとんど忘れ去られていました。
著者は広中平祐という数学者で、いざ目を通してみると、今の僕に素晴らしい知見を与えてくれました。その知見とは「ウォント(欲望)とニーズ(必要)の違いを理解した上で、創造に重要なものはウォントである」という事。その言葉だけ見ると若干抽象的かもしれませんが、就職活動中の自分にとってもウォントとニーズを考えながら物事を選択していく大切さを実感した。

以下本書の言葉を引用する
「ニーズ」と言う言葉は、空間的に言えば、外部の状況を判断して割り出した必要性であり、時間的に見ると、過去から現在にかけて人間が経験した事、得たものを基準にして割り出した必要性という意味に使われる。これに対して「ウォント」は、自分の内部から出てくる必要性であり、現在と未来に時間軸をとった上での必要性を意味している。すなわち、欲望とか、欠乏を内包した「必要」がウォントの意味なのだ。

そして、彼が「複素多様体の特異点に関する研究」でフィールズ賞を受賞するほどの研究成果を出せたのは、ウォントという情念が常に彼を動かしつづけたからだと言う。
ものを創る過程には総じて飛躍が必要であり、彼の飛躍の原動力はニーズではなく、ウォントであった
という。

また著者は若者の就職に対して、情報などによりニーズを割り出して就職先を決める人が圧倒的に多いと言う。例えニーズから割り出した就職先であっても、それが何らかの形でウォントに切り替わらない限り、どこかで挫折してしまうのではないかと言う。

理性による判断から生まれた「ニーズ」、現在の自分の中にある何かいたたまれない情念から生まれる「ウォント」。最近、就職に対して自分自身はニーズ一辺倒で考えて来た感があった。ニーズありきのウォントになっていたと思う。その場合のウォントは何かしっくりこないなと思う事が多々あった。そういう思考回路を一度リセットする機会をこの本で持つことができて有意義だった。

あーー2日酔いなのか、風邪なのかわからないこの体のだるさ。リセットして欲しいです。

2004/12/26

子供兵

何かと並行してやる事が多い今日この頃。先日、学生サークルが主催する平和を考えるイベントに参加した。

イベントの目的は世界中で起きている内戦や戦争に、子供も兵士として戦争に参加している事実に焦点を当て、皆で考えようというものだった。

講師として実際にウガンダで子供兵についてのフィールドワークをした方が来ていて、少年・少女兵の軍隊を除隊した後の実際のインタビュー映像を流し、その現実を語ってくれた。その映像中の、除隊した子供の表情を見ると、あまりに一般の子供の表情からかけ離れている印象をうけた。何か深い悲しみと恐怖を通り越したような目をしていた。その地域(ウガンダ北部)の子供は軍の拉致により強制的に子供兵にされるケースが多い。映像中の子供たちも、夜寝ている時、村に侵入してきた兵士に拉致され子供兵として軍に入隊させられる事が多かった。

インタビューを受けた元少年兵の一人は次のような経験をした。
一度拉致された後にもう一度軍の兵士と家族の元まで戻り、軍の兵士は少年に次のように強要する。
「母親を殺せ」。しかし、少年はそんな事はできず。すると軍の男はナタを持ってきて少年に、「このナタで母親の腕を切り落とせ。もししないなら、お前も家族も全員殺す」という。あまりの恐怖に少年はナタで母親の腕を切り落として再び軍に連れて行かれる。少年は、絶望感と共にもう家族の元に帰れないと思う。
非常にむごいが、本当にある話しなのだ。

子供を兵士として軍が利用する目的として大人の兵士よりも従順で、扱いやすく、洗脳する事により良い兵士になっていくと考えている。子供兵は前線に配置されるので地雷の被害などを受けやすい。また彼らが何らかのきっかけ(怪我や逃走)で元の生活に戻っても、通常の人のように生活するのは難しいと言う。

この問題を解決するために
(1)子供兵の発生防止
(2)除隊後の子供のケアがある。

(1)として、子供兵が発生する要因の一つに武器の軽量化があり、その点で先進国が深く関わっている。子供の体力でも簡単に扱える軽量武器製造の88%は先進国の企業である。近年では製造の効率化により、以前よりも安価で戦闘地にそれらの武器が送り込まれている。この点を何らかの規制により先進国企業に圧力をかけなければならない。

(2)として、除隊後の子供に対して社会復帰させる環境作りが必要である。具体的にはケアセンターの設立である。今回の講師として来られた方はウガンダのケアセンターに訪れ、除隊後の子供たちにインタビューしていた。それには子供兵の現実を知らせると共に、センターの内容充実の目的があった。

(1)、(2)を実行するにしてもまず多くの人がこの現実を知ることが重要である。現実を知らない限り、次の一手がうてないからだ。少しでも多くの人が子供兵の現実を知り、個人個人の尺度で考えてほしいと思う。

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2004/09/08

インターン3日目終了

やぁやぁ、月曜から始まったMRIのインターンも今日で3日間が終わりました。
僕が配属されている社会システム部門での、今日までのタスクは中部国際空港建設整備による経済効果についての報告書の把握・位置づけをまとめるものでした。扱っている事象を具体的に述べると、中部国際空港建設工事が及ぼす経済効果、中部国際空港を計画するに当たり新たな海上アクセスルートを設けることによる経済効果。他には、航空輸入貨物ルートの把握、ビジネス旅客流動調査、臨空型産業の経済効果、これらは現在の名古屋空港の時点を原単位として、中部国際空港ではどうなるかのシミュレーションをする。具体的な数値等をみていると、実際、中部国際空港の有効性は証明されるものも多いかもしれない事は僕自身理解できた。それらを、利用する人に一目でわかるように概要と、そのプロジェクトの評価項目における位置づけをわかりやすく整理するというもの。具体的に、各冊子をA4一枚くらいにまとめて、後はエクセルで各項目ごとに短く説明を入れていくというもの。

まぁ部門のことはさておき。同時期に入ったインターン生は、各部門一人ずつなのであまり横のつながりがもてないのが現状。でも今日はランチミーティングという名目の交流会があった、そこでは参加者の自己紹介などがあったが、人事の方の前だったし、集団面接みたいだった。しかししかし、僕は圧倒された。自分自身のことを論理的に話すという点でものすごい価値を与えることができる人がほとんどだった。学歴とかそんな表面的なことではなく、本質的な部分の価値を参加者の方々は持っていたように思う。彼らの話し振りに芯の強さを感じることが出来た。自分自身はまだまだふらふらしているように思った。彼らは機会を最大限に利用できる人達ではないだろうか。そこんとこを含め、明日の飲み会で彼らから色々吸収させていただきたいと思うね。

2004/08/16

平和とは

さっきドキュメント番組で,昨年起きた,大学生による広島の平和記念館の千羽鶴焼却事件の経過と影響が放送されていた.多くの人がショックを受けた事件だったけど,その後犯行者の大学の学生が中心となって,千羽鶴を全国から受け付けたり,自ら作ったりと,本来ならこんな作業はなくてもよいはずだったんだけど,彼らは平和ついて深く考える機会になったのだと思う. 僕自身も,あの事件で,千羽鶴の意味や,平和とは?って事を考える機会になった(もちろん犯人に対してはありえない気持ちだったが).
放送では,多くの人が僕と同じように,僕よりも強くあの事件を通じて様々なことを考えていた事が分かった.印象的だったのは,コンビニで働くおばさんが,お客さんに呼びかけたりして鶴を折って,その心はやはり平和だから働く事ができる,なんとか自分も平和に対する感謝を示したいという気持ちがあっての事だった.また,この機会を通じて子供に鶴の折り方を教えたり,平和について教える親がいた.

普段平和といわれる国に住んでいる人間にとって,平和を感じる事は難しい.阪神大震災や9.11のときもそうだったが,僕らは何かしら天災や大事件が起こった「機会」によって平和を感じているように思う.また,地球上にある平和ではない現実をメディアなどを通じてみて,相対的な平和を感じているだけかもしれない.平和の捉え方には個人差があるし,僕自身は過去・国家との比較などによる相対的な平和を感じている.平和だからこそ,平和について考え,それを自分の行動にフィードバックさせる必要があるんじゃないかなと思った.

2004/08/04

中国の地域経済力格差について

 今日,特別講義で名古屋大の林先生が来られて,sustainableな交通,都市についての発表をしていただいた.都市計画の分野でバンコクの交通計画に主要なポストで携われていたり,グローバルな舞台で活躍している先生であり,たくさんの今後の自分にとって有意義な知識を提供していただいた.
 そこで,僕自身今日の朝読んだNIKKEI WEEKLYで掲載されていた中国企業のASEANに対する投資が増加している事実から派生した質問を,林先生に授業の終わりに投げかけた.

 僕が疑問に思っていた事は,中国の沿岸部と内陸部の経済格差であり,それが今後どういう方向に進むのかというものだった.一般に多くの方がこの事に対して関心はあると思われるが,明確な解を持っている人はそう多くはないはず. 僕自身としては,内陸部の所得水準の低い人々が,沿岸地域,または高成長の都市に労働者として流入してきて,低賃金労働力を必要とする企業に雇われ,次第に所得の底上げがなされ,都市の郊外化,発展が進み,都市が内陸部のほうまで及ぶ.その結果,内陸部もある程度都市が形成され,沿岸部との経済格差が解消されてくるのではないかという見解だ.あまりに飛躍的で論理と呼ぶにふさわしくない見解だ.
 
 しかし,今日僕が見た記事は僕の見解と全く違う方向性を持っていたのである.中国の企業はASEANに対する投資を拡大しているというのだ.理由としてベトナムにおいては低賃金労働者の獲得,タイにおいては中国語教育のための投資,ミャンマーにはインド洋に進出するための企業進出が挙げられていた.特に,ベトナムの低賃金労働者の確保に関して、まるで中国が先進国であるかのような印象を疑問を持った.ベトナムの経済成長は7%であり,アジアの中で中国の次だ.しかし,何故中国は内陸部の労働者を利用しないのか?中国は中国全体の成長はどうでもいいのか?
 その辺りの林先生との議論をまとめると,やはり距離的に考えてグローバリゼーションの企業戦略から,内陸部のアクセスビリティの低さを考えるよりも,それほど遠くないASEAN地域の工場立地を求める.また,様々なコストを考えて,ただ低賃金の労働者よりも,学習能力のある,または経験値のある人材を利用するほうが結果的にコスト減と考える事ができる.必ずしも内陸部の中国労働者が学習能力がないと否定できないが・・・。

 先日チャイナインパクトで読んだが,中国国内は文化的・その他いくつかの要因で5つのメガリージョンに分かれているという.儒教の精神から来る、血縁的つながりを大切にするし、同じ中国だからといって連帯感が強い事は必ずしもない。この事から,中国の企業としては 「同じ中国の発展のためだから」という横並びの思考ではなく、完全に利潤最大を基に動いているんだなと思う.資本主義体制化における企業である限り当然の行動だと思うが・・・。中国の経済体制って・・・。僕が中学辺りで学んだ中国の経済体制はもう昔のことなのですね、先生。

 内陸部と沿岸部の経済格差の問題を中国の企業の行動で考えるのは難しいことが分かった.企業はやはりどの国においても企業なのだ.中国国家の政策として企業に内陸部の低賃金労働力を有効に活用するインセンティブを与えてやる必要がある.まずはインフラ整備に関して、企業のコストとしてのアクセスがウェイトを占めるのなら必須であろう.あと,関税率の低下も必要である.企業のASEAN立地の要因として上に書き忘れたが,中国よりもASEAN諸国は低関税率なのである.

以上,だらだらと長かったが,自分的に少し整理できたから良しとしよう.今日は多めに寝よっと.

2004/08/03

企業の物流について

 昨日,研究会があり松下の物流部門の方が来られて松下のSCMについて講演していただいた.
専門的,かつ具体的に松下のSCMを語っていただいたが,それはやはり松下の持つ製品,工場立地,市場に併せた物流システムであり,経験的な部分が相当加味された物流システムだと感じた.
複雑でかなり改良されていたからだ.
 この前,WBSでトヨタについて特集されていたが,そこでもトヨタはカンバン方式を大々的に一般に対して公表している.トヨタの張社長は実際にそのシステムを使っているトヨタ社員そのものに価値があるので,その方式が一般に漏れても大丈夫なのだという.システムのノウハウを理解した社員に自信を持っているのだろう.確かに映像でも流れていたが,システムを理解し使いこなせるようになるだけども相当時間を要するようだった.そのシステムが浸透した社員が育成されてきた事で,彼らを管理する役職も必要なくなったのだという.トヨタのカンバン方式に関してもトヨタの製品,工場立地,市場にマッチングされたシステムを構築しているので,いくら他社がトヨタと同じシステムを導入してもうまくいくとは限らないのだろう.その都度問題点を解決して,長い失敗→反省→改良の作業を繰り返し,完成したのだろう.
 という事で,僕が企業の物流に対して持った感想は,物流システム自体にその都度の柔軟性が必要であり,日々改良されているという事.ある成功した企業の物流システムを絶対視してはいけないという事.なぜなら,物流システムはその企業のもつ製品,工場立地,市場を加味した上で構築されているから.