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2009/08/11

夜の写真(赤坂〜表参道)

最近は会社帰りに家の近くのカフェに寄って帰ることが多い。
MIDという山手通りにあるお店で、毎日夜中2時までやってるので閉店時間に焦らされる事なく、ゆっくり本等が読める。
広々と席を使えるのもとても良い。

今、山手通りは中央環状新宿線の地下トンネル掘削工事が延々と行われており、地上部分も工事中の様子を常に保っているのだが、お店を出て歩いている時にいつも思うのだが、なーんとなく工事現場って格好いいのだ。
夜の工事現場に限られるのだが、特に作業中のハロゲン投光機を使って作業している時の光はめちゃめちゃ格好よくて、遠くからみるとすごく良い空間が演出されている。
撮りたい。

夜の写真と言えば三脚が付き物だが、最近は一眼レフすら持ち歩かず、専らコンパクトのGR1vのみを持って外出する。先日、赤坂から青山霊園を通り抜けて表参道まで歩いた時にとった写真(青山霊園辺りの夜はやっぱりちょっと怖い)。
道をテーマに撮った。
そもそも、このブログの趣旨って写真載せる事やったわぁ、という事を思い出して実行。









後、下のは全く関係ないが最近とても好きな写真。

Bill EvansのI Will Say Goodbyeのジャケットの写真で、西日に向かって車が橋を駆け上がっていく様子。
この先の風景を敢えてみせないシンプルさに完成度の高さを感じた。
このジャケットに惹かれてCDを買ったが、結局最近はかなりの頻度で聞いている。
Waltz For Debbyほど名盤じゃないかも知れないが、今はBill Evansの中では一番好き。

一番上の写真はこの写真に影響を受けているつもりだったが、単に広角で遠近的にとっているだけだった(涙)



2008/05/21

ポートレート by 坂田栄一郎

今丸の内界隈で坂田栄一郎さんのポートレート写真展が開催されています。(参考URL)
坂田さんはAERAの表紙を撮影している写真家なので、誰もが一度は見た事がある感じの写真です。

毎週金曜の昼は丸ビルに食べに行く事が多いので、その際、丸ビル1階の展示場でインパクトのある大判モノクロのポートレート写真に衝撃を受けたのがこの展覧会を知るきっかけ。
以下に展覧会情報を掲載しているが、丸ビル、新丸、オアゾ、行幸地下ギャラリー等に計900作品もの、著名人の顔を撮った大判の写真が展示されている。

行幸地下ギャラリーと呼ばれる、東京駅から丸ビルや皇居側(千代田線の二重橋前)に地下でつながる通路の壁面ガラス内に200作品程展示されている事を知り、今日の出勤時と、退社時もそこを経由した。さらに昼休みもこの場所を訪れて、作品というか時系列に展示された著名人一人一人の顔の表情を楽しんでいた。普段から人気の少ない地下通路なので、ゆっくりとした時間を過ごせてよい。

”顔はその人自身を語る。”
どこかでだれかが言ってそうなフレーズが、今日写真を見ている際、自分の脳裏に浮かんだ。ガラス越しに作品を観ていたので、光が反射して自分の顔も半透明に重なって見えた。

個人的に、写真の被写体としての人(の顔)は何事・何物にも勝るインパクトとメッセージを見るものに与えると考えている。
坂田さん自身の解釈を経て、被写体としての人はメッセージを放っている。

今日みた中(行幸地下ギャラリー)では、田中麗奈、川上未映子、Ann Sallyの写真が印象に残っている。いずれもグレー調で白っぽい感じで仕上がっており、透明感のある存在として切り取られていた。

一度”人”をご覧になってみてはどうでしょう。

【展 覧 会 名】 AERA創刊20周年記念
坂田栄一郎 「LOVE CALL ―時代の肖像―」
【会   場】
<東京丸の内エリア>
丸ビル (マルキューブ、3階回廊)
新丸ビル  (3階アトリウム)
行幸地下ギャラリー
丸の内オアゾ (○○広場〔おおひろば〕)

【会   期】 2008年5月9日(金)~6月8日(日)
11:00~21:00
会期中無休
【入 場 料】
無料

2007/09/09

文化都市六本木

六本木はアートを発信する場となり得るのか。よくこんな事が言われていますが、どうでしょう。
普段丸の内で過ごしている身としては、最近の六本木は気になります。街の開放感という点で。
とかなんとか言ってて、東京ミッドタウンと現在ヒルズの森美術館で開催中のコルビュジエ展に行ってきました。

東京ミッドタウンの中に入るのは実は初めてで、広々とした空間を生かしテラスのスペースも十分に用意され、開放感があるお店(飲食)が多い。

Nirvanaという、かなりロックな店かと思いきや、めっちゃインド料理で結構いけてるお店に入りました。70年代からNYで伝説的(?)なインド料理屋として、愛されてきたお店らしいです。そもそもニルヴァーナという言葉が仏教用語で、涅槃(=理想の境地、完全な状態)を意味するらしく、お店のトレードマークが蓮である事も理解できますね。ランチはビュッフェ形式で味も良く、上品なインド料理を出してくれます。

別のフロアーには、雑貨やインテリアショップがいくつかあり、和を強調したラインナップとなっていました。これらのお店は六本木界隈の最近のコンセプト(日本の文化を発信していく)に合致しているが、物の割には高く感じる価格設定だった。裕福な外国人層を狙っているのでしょうかね。

六本木ヒルズの森美術館で現在開催中の ル・コルビュジエ展にも行ってきたが、内容が相当ボリューミーでよろしかった。かれこれ3時間半くらい居たと思う。
これまで自分が訪れたフランスでの彼の作品やインド・チャンディガールで彼が行った都市計画について、きっちりとしたコンセプトを再考できたのが有意義だった。実際の内部空間も演出されていて、なかなかコストがかかっている展覧会だなと関心した。特にマルセイユのユニテ・ダビタシオン(集合住宅)の空間演出(一つの部屋の間取りを再現)は自分が行ってみたいと思っていた事もありよかった。

2002年に欧州に行った際、コルビュジエの作品に触れる機会が多く、バーゼルからパリに向かう途中にフランス南東部のロンシャンの教会に訪れた。そのロンシャンの教会は現時点でも、自分がこれまでで最も感動した建築となっていて、建築というもので、あれほどまで感動してしまった自分を不思議に思ったくらいだった。何故教会の中の空間で、あれほどまで感動してしまったのか。空間を知り尽くし、考えて考え抜いた建築家だからこそ作り上げる事ができた空間だったのだろうか。おそらくそうなのだろう。

今回の展覧会で得た知識を元に考えた結果、ロンシャンの教会は彼のコンセプチュアルな部分と絵・彫刻等多様な表現方法を有している部分が相まって生まれた産物なのだと思った。イメージし、空間に落とし込む作業ってまさに絵と彫刻だと思うし、そういう意味で設計・施工を経て竣工の瞬間まで彼は綿密に計算できていたのかも知れない。恐らく、それが暗黙的に彼に形成されていたとしても、絵画と彫刻の一流の技法を身につけていない建築家に比べれば、その(イメージを最終段階まで綿密化する能力)差は歴然であると思われる。

ロンシャンの教会に行ってはじめて、建築の本質は内部空間にあると思った。
外観を形成するデザインと内部空間がどれほど相互依存しているのかは自分にはわからないが、建築は目でみるものじゃないと感じた事を記憶している。
建築空間は五感で感じ取るもの。そんな事を当時考えていたからなのか、ロンシャンの教会の写真がほとんどない事に気がついた。おそらく自分の事だから、視覚的にロンシャンの教会を切り取れたとしても、どうせ本質的な建築空間で得た感覚を伝える事ができないと思って、ひねくれていたのだと思う。五感で感じとれるものこそ建築の本質で、視覚的に紙媒体や展覧会でその建築を感じてもそれは本質じゃないと思うから、やっぱり、色々と訪れる事が有意義なんでしょうね。ロンシャンの教会はおすすめですので、フランスに行った際には訪れて下さいませ。

ロンシャンの礼拝堂に向かう道中の風景と、立ち寄ったカフェの写真。ちょっと懐かしかったので。こんな田舎道を上っていった小高い丘にロンシャンの教会があるのです。



2007/08/03

サハラ

モロッコから帰ってきたのは、もう1ヶ月前の事だが、最近はバタバタと時間が過ぎているような気がする。
先週は会社同期の素晴らしい結婚式(にしだ、まおさんおめでとうね!)に出席するために久々にゆっくりと実家に帰ってリフレッシュしたが。やっぱ大阪はマイホームタウンいう感じがした。
最近は時間に後押しされているような気がする。これを書いている瞬間も金曜の深夜なのに何故か急かされている感じがする。以前よりも会社に居る時間は増えたかもしれないが。なぜだろう。


という事で、日記を辿り、モロッコでサハラ砂漠に行った際のあの自由な感情を取り戻してみようかなと思う。

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モロッコにて。
マラケシュで2泊3日の現地ツアーを組んでサハラに向かう。途中数々の街に立寄り、アルジェリアの国境近くの街に到達し、そこからサハラ入りを果たす。

サハラ。何もない世界。音のない世界だと認識する。
太陽の日差しが予想以上に強く、全ての水分を一瞬にして蒸発させてしまうだろうという感覚を持つ。
べっとりとした西日の中を、ベルベル人のハッサンが先導するアジア人で編成されたキャラバンは進んでいく。
時折、太陽の造影は実像よりもくっきりと映る。

やがて、砂丘の合間にいくつかのテントが見える。そこが、その日サハラを過ごす場所。

着いて間もなく、まだ熱の残る砂丘を駆け上がり、日が没する光景をみようと頂を目指す。
乾ききった砂に触れるたび、体の水分が奪われる。一瞬で喉がカラカラになり、下に水を置いてきた事を若干後悔する。

砂丘の頂に到達(結構達成感あり)し、辺りを見渡す。日が完全に没するまでにまだ時間はあった。大声を出してみたが、こだまはなかった。

何となく砂丘を背に仰向けになって空をみた。
左方に、次の夜には満月になっているであろう月。右方に、マンガのような分かりやすい星。空の色は右方だけやや赤みがかった深いネイビー。背中には昼間太陽に照りつけられ熱せられた砂の余温があった。

耳を澄ました。音がなかった。虫の音も、風の音もなかった。無の空間だった。

音のない空をずっとみていると、時間がたったような気がしてはっと起き上がった。

西方は赤とネイビーのグラデーションが出来上がり、自分を中心とした半径100KMは音のない、無の世界が広がっているという実感を持ってしまうほど壮大な光景が広がっていた。




2007/05/15

Garota de Ipanema


なんとなく写真をスキャンしたので、ついでにupしてみる事にした。
ブラジルのリオの写真。
リオ。
街と海の距離が近くて、とてもいい印象を持っている。
街と海の物理的距離というよりも、人が海に対する精神的距離が近いと感じた。
暮らしている人が海を愛しているからなのだろうか、人と街と海が調和していた。
人の生活に海の存在が浸透していたように思う。
おかげで空気が軽かった。

イパネマ海岸からちょっと歩いた所にあるカフェ、Garota de Ipanema。
Anotonio Carlos Jobinが店の名前同様の曲をつくるきっかけになったところ。
もちろん、Jobinの曲が先で店名が後。作曲当時の店名はヴェローゾだったらしい。自分は、jobinがこのカフェで座っていたとき、美しい女性が窓越しに通り過ぎていったのをきっかけに曲がつくられたというエピソードを元に、それっぽい写真をとってみたのを覚えている。でも、よう考えたら通行人を意識して撮ってる訳やから俺めっちゃきもいやつやん!はずかし。載せるんじゃなかった。

Garota de Ipanema(邦名:イパネマの娘)は色んなアーティストにカバーされているけど、一番好きなのは Samba Pa Ti/V.Aに入ってるJarabe de PaloのLa chica De Ipanema。相当さわやかな空気感を感じ取れるはず。

そろそろ、旅の季節(?)なので、どこかに行こうかなと思っている。

2007/04/22

写真 国立新美術館

久しぶりに写真UPしてみた。
スキャナーもゲットしたし、元々写真をWEBにのっけることを目的にしたBLOGだった事を思い出した。今回のおNEWのスキャナーはCANONのやつで、ネガスキャンができるすぐれもの。最近は、よく青山のナショナルフォートというプロラボにフィルムを出して現像してもらっているので、どっかの量販店に出した時のように仕上がりに憂慮する事はない。やっぱりモノクロの面白さに未だ逃れられず、GW前半に帰阪する時に、大学の部室まで行って写真をプリントしようと思う。以下、ちょっと前に国立新美術館に行った際に撮ったもの。



2007/02/18

友人の写真展(リクルート主催第28回ひとつぼ展)

大学の写真部同期の金川晋吾。
学生時代から独特の感性の持ち主で、言葉の表現力も素晴らしい。
なんか不思議な魅力がある彼の写真。いつもなんか不思議な世界に連れてってくれるのです。

そんな彼の作品が出展される写真展が明日(2/19)から新橋のガーディアン・ガーデンリクルートGINZAビルB1)で開催されます。そろそろビッグな写真家になってしまうので、今の内に要チェキです。是非足を運んでみてください。きっと日常では味わえない感覚が訪れるでしょう。
以下情報。

第28回写真『ひとつぼ展』 

【概要】
ポートフォリオによる一次審査を通過した出品者10名が、それぞれ3.3m(1.82×1.82m)のスペースの中で作品を構成し、発表する『ひとつぼ展』を2月19日(月)より開催。会期中の二次審査会でグランプリに選ばれると、1年後にガーディアン・ガーデンで個展を開催する権利が贈られる。

■会 期
2007年2月19日(月)~3月8日(木)
日曜・祝日は休館 入場無料

■会 場
ガーディアン・ガーデンMAP


因みに昨年の第27回も彼は1次審査を通過して会場で展示されていた。今回は断然グランプリ狙い、よな!?昨年の展覧会が終わったときから、今回選ばれる事を前提に構想を練ってたもんな!有言実行さすが。頑張れよ、アーティスト!応援してます。

2006/03/31

写真展終了!!と感謝




 本日写真展が終了いたしました.
まず,中崎町という梅田の少し外れた,且つ非常にわかりにくい立地にも関わらず,足を運んでくれた友人(先輩・後輩含め)には感謝しています.立ち代り入れ替わり来ていただき,僕自身全く暇な時間がなく,嬉しかった.花やらワインやら京菓子やらの差し入れもホントにありがとう!!

 開催されるまでは,計画していたものの不安で不安で仕方がなかった.観にきてくれる人はいるだろうか,観に来ていただいた人に満足してもらえるだろうか・・・,など等不安の種は尽きなかった.展示においては,写真とセンス,その他様々な点で信頼のおける友人Kに手伝ってもらって何とか色のバランスや作品の感覚,照明や音楽,椅子・テーブルの配置など,かなり満足のいく展示会場に仕上げた.来てくれた人はわかると思うが,会場というよりも自分の趣味の部屋にしたって感じ.上の写真は写メールで撮ったやつ.
 
 梅田から徒歩圏の中崎町と言えども,立地的にわかりにくいし,来場してくれたほとんどの人が自分が告知した人だった.やっぱり身近な人に観てもらう喜びがあるし,久々の再会もあったし,自分が学生の最後を締め括る最高の機会だったと思う.展示していたのはこれまでの旅の写真がメインで,頂いたコメントをみていると,旅に行きたくなったや,自分の創作活動の参考になったや,観に来ていただいた人には何かしらプラスの影響を与える事ができたのかと思う.まぁ毎度の如くポジティブな解釈かもしれませんが.来場してくれた方々の今後の活動における微々たる動機でもこの展覧会で発見していただいたなら,これほど嬉しいことはない.

 僕自身が例えば,インドを旅する際の動機は2つあった.一つは欧州からの帰りの飛行機でチューリヒからシンガポールに向かう際,ボーダレスの世界を体感した後に,偶然パキスタンとインドの国境上空を通過して(座席の前面モニターで確認),真っ暗な闇の中に光り輝くボーダーラインをみた瞬間はとてもショックだった事.2つ目はチベットチベットという現在のチベット問題を浮き彫りにしたドキュメンタリー映画をみた時,舞台となった現在仮のチベット政府が置かれるインドのダラムサラに興味が惹かれた.結局インドにも行ったし,ダラムサラにも足を運び,ダライラマの秘書から数々のチベットの問題についてお聞きし,彼らの思想も自分なりに解釈することができた.

 何が言いたいかって言うと自分がこれまで,いや,これからも重要としている事は「計画は実行するためにある」って事だと思う.これははっきり言ってカルロスゴーンの言葉です.大学1年か2年の時にルネッサンスって本を読んだときに,これや!!って思ってインプットしていた言葉であり思想.
 動機があって計画を立てる,そして実行する.簡単なようで意外と難しい.でもそれを続けると日々充実して過ごせる.学生のうちはそんな感じだった.
 
 今回の展覧会もそう.意地でも計画を実行に移してやるって結果.一年くらい前から個展でもやりたいなーと思って,友達にも話していた.実際,修士論文に予想以上に時間を取られ,残された約1ヶ月の時間で中国旅行と写真展は厳しいかと思ったが何とか両方実行できた.それは今となればすごい充実感を与えてくれたし,自信にもなった.でもこんな計画を実行できるのも,身近な家族のおかげであると思うが,今思うと本当に感謝せなあかんなと思ってしまう.

 今日でも写真展の片付けを親切な友人達が手伝ってくれて,その後はタイミングよく叔母夫婦が食事に誘ってくれて,僕の門出を祝ってくれたりと,自分本当に周りに恵まれているなぁと感謝しまくり.
 計画を実行に移す.これは当分の間社会人になっても,自分の頭に据え置くキーワードだと改めて思う春一歩手前の夜でした.

2006/03/22

写真展の告知!

色々と書きたいことはありますが,とりあえず写真展の告知をしまーす.

             Atsuyuki Mori Photo Exhibition
                  「feeling my way」
          2006.3.27.Mon-3.30.Thu @Gallery Pichikuri





期間:2006年3月27日(月)-3月30日(木)11時-19時(27日のみ14時-)
場所:ギャラリーピチクリ
:http://www.pichicri.com/
大阪市北区中崎西1丁目6-36 サクラビル223号
MAP
:http://www.pichicri.com/map.html

・谷町線中崎町駅2番出口すぐ.
・梅田からでも徒歩圏なので気軽にお立ち寄り下さい.ていうか来てください!

2006/03/11

Now i 'm in Shanghai

Nihao!
I'm Shanghai.It's cold in here.
now,I stay internet room at Shanghai library.
today I walk around The Bund ,ride metro,eat noodle and came library.I spend a relax'in day.
yesterday I came here from Xian by train.
This train(to Shanghai from Xian) was the worst I've ever experience.I don't say quality of train,I say very very tired!!

imagine
you are in a full train and stay in.
imagine
you don't have your seat,and there's no space to sit on ground.
imagine
you must stay 17hours!!


When I tried to buy a train ticket,I couldn't get ticket sleeper class.Because there are many people to Shanghai from Xian,and basically there are many many people in this country.so I reluctantly bought seat class ticket.but then,I thought it's Ok.When I ride train,I knew my thoughtless decision.

Between 3/10 pm 6:30 to 3/11 am 11:30,I can seat properly only last 30 minutes!Expect this time,I sit barely on little little space of ground or stand.Because cart of salesclerk cross in crowded every about 30-minutes.
Of course,I couldn't sleep at all.

As a result,you know,I was very tired.but it was precious experience.I thought many things on that time.On same viewpoint of chinese people,I could see attitude of trainman from monopoly system.It was much different from Jpanese one. Derivative from this think,economic system of present China,the national character of this country,how will be China from now on,and so on.

Yesterday night,when I eat and drink with people from Japan I met same hostel,we talk about many things include above contents by midnight.It was special time.

In this trip,I got valuable experience.
think about gap between inland and coast,about Three Gorges crusing including(Three Gorges Dam ),and so on.
afterdays I maybe write here.


just hungry(><)
I'll go to eat Chinese food.
ciao.

2006/03/03

チャイナー&写真・個展

はい.
明日の昼1時の便でチャイナに行ってきます.2週間弱行ってきます.重慶IN,上海OUTです.んでアシアナで行くので帰りにソウルでストップオーバーして,偶然居るらしい友人と肉食うつもりです.
特にいつもの旅みたいに,テンションが上がってませんな.まぁ,まったり内陸部から沿岸部に鉄道移動しようかなと.近い国でメディアからの情報は多いけど,逆に未知数が多い国なので色々感じることは多いのかなと.今回の旅は前回同様,あまりバカンス的な意味合いが強くなさそうなので,社会人になったらそろそろ短期ゴージャス型のバカンス旅行を満喫したいとか思っている.てか,休みの日数的にそれしかできなくなるのか.

とか何とか言ってるが,この時間になって何も準備してない.今日の帰りに衣類圧縮袋とアップルストアーでipodの携帯バッテリーとヨドバシでモノクロとカラーのフィルムを買ったくらい.

はい.
昨日卒業確定です.2日前の時点ではある必要な単位が放棄になっていて相当焦りまくってました.まぁ,結果的に担当教官のミスが明らかだったので問題はなかったが,必要以上の労力が要った.なんせ,研究室旅行で岡山美作の湯郷温泉滞在中に,助教授と家から電話がかかってきたからね.処理に大変だった.
節目で一波乱あるようです.

はい.
写真の個展やります.
旅行から帰ってきたらそっちモードに切り替えます.
3月27日(月)ー30日(木)まで,梅田・中崎町でやります.
この個展で学生を締めくっくて,とりあえず東京に向かおうかなと.
来てくださいね.
詳細は帰国後お伝えします.

2006/02/21

久々にコモル

日曜の夜から久しぶりに篭った.六甲山腹の暗室に.

 途中,印画紙を買いにヨドバシに寄ったのだが,銀塩系の売り場がやたらと小さくなってる.印画紙の種類も少なくなってるし,その他の必要道具の選択肢もだんだん少なくなっている.お気に入りのAGFAの生産も終了したし,しぶしぶ古巣のILFORDの半光沢・サテン地を買う.ILFORDはフィルムも含めお気に入りメーカーなので,しぶしぶではないわ.
 てか,フジの銀塩用品を覗いて見ると(ちなみにフジの製品は自分の性に会わないので3年前から一切使っていません),『原油価格の高騰と銀塩市場縮小による生産コスト増大により価格を上げさせていただきました』.だってよ.銀塩用品メーカーがばたばた生産を止めて,フジだけとかなったら,独占的に価格操作されるぞ.この,フジの強気の姿勢を見る限りあり得るぞ!他のメーカー頑張れ!
 何かとアナログな人には不都合な時代になりましたね.

以上はヨドバシでの感想.


で,夜通し篭る気満々であったが,久しぶりの後輩と部室で飲む事に.ビールばっかり飲んでいた.11年かかった味を堪能するために円熟も飲んだ.が,後半過ぎて味がわからず.ウイスキーをコーラで割って懐かしいとか言うてる未成年の後輩がいた.こんな流れでコタツ効果もあり,いつの間にか睡眠→朝.んでやっと篭り始める.




 やっぱり,久しぶりに薄赤暗い部屋に篭るのはいい.何がいいってトリップができるから.像を印画紙に焼き付けて液に浸して像を浮き出す事で,右脳に引っ付いてるあやふやな記憶を具現化してくれる.必ずしも過去にトリップするだけじゃなくて,そこから派生した色んな思考に結びつく.自分が撮ってきたものって自分の記憶やし,何気にシャッターを切っているようでも,その瞬間に感動を覚えた何かがあるんやろうと思う.たとえアーティスティックな写真を生み出そうと思っても,記憶としてその瞬間は刻まれているはずやし,作品のコンセプトに影響を与えていると思う.
 何が言いたいんかよくわからんけど,上の写真一枚をとっても自分の中では色々と思い返してしまう事があった.この写真では特に聴覚的な記憶が蘇った.

 これは,ボリビアのコパカバーナという所で,場所に関しては以前UPした写真の項で記してある.
 ラパス行きのバスの待ち時間が3時間くらいあり,感じの良いカフェに居合わせた時のこと.
若いセンスの良い夫婦がやっているお店で,客は誰も居なくて,久しぶりに濃いコーヒーを飲んでまったりしていた.外の天気も抜群にいいし,気温もほど良くいいし,旅も順調だったのでこのテンションを伝えようとポストカードを書いたりもしていたかな.
 何よりも,その時流れていたRita・LeeのBossa'n Beatles内のin my life(spanishバージョン)がヒットだったというか,その空間にとてもマッチしすぎていた.後はFrank emilio等cuba音楽が流れていた.

今回上の写真を焼くときは,Rita leeを流してボリビアにトリップしていた.
少なくとも,この写真で視覚・聴覚・味覚は蘇ったかな.


ちょっと前にキックザカンクルーの脳内バケーションって曲あったけど,俺あのフレーズめっちゃ好きやわ(そのPVでは,台湾が彼らのバケーション先でした).
ってとこから暗室=脳内トリップの場所とします.勝手にしとけって感じですよね・・・.まぁまぁ.

今回脳内トリップしすぎて,100枚近く焼きこんだ.
おかげで暗室のドアを開けると,辺りは真っ暗でそこにはだーれもいなくて,朝方からめっちゃ降ってた雨も止んでて,濡れずに下山できましたとさ.おわり

2006/01/18

震災の記憶@研究室



今研究室でふと1月17日阪神大震災について触れたら、淡路の人間に軽軽しく語るなとか言われました。俺も一応大阪在住なんで、頭にCDラジカセくらいは落ちてきたんですがね・・・。

まぁ自分の席の左手には上の写真(携帯でとりました)にあるように昼と夜で神戸の景色がいつも見えていて、10年前にはものすごい事が起こったのだと思うと、少し冷静になってしまう。

この間研究室を掃除していると、当時の研究室の学生が綴った震災当日の日記があった。折角なので、自分がこの事実を振り返る意味も込めて少し抜粋してそのまま載せようと思う。


以下日記より(1995年1月17日地震発生後、明るくなりはじめた頃から)


 空がちょっと白んできたので、私は車を学校に持っていくことにした。ブロックをのけて学校へ走り出すと信号は作動していないし、道路はいたるところで割れているし、JRの高架は落ちてるしでえらいことになっていた。ところが、学校に着くと、学校は何事もなかったかのようだった。私の原チャリも倒れていなかった(倒れてまた立ったという説もある)。ここで、実家に電話して無事を知らせ部屋に戻った。

 部屋に戻ると(ちなみに部屋は御影石町)うちのマンションの周りは騒然としていた。うちのマンションの古い木造住宅はほとんど倒壊していたが、それらに火がまわってしまったらしい。「母と妹がまだ家の中にいるんです」という女の人の声がして、周りの人たちと助けようとして行ったが、もうすでに火が回っていてどうしようもできない状態になっていた。消防車は来ないし、消火栓から水も出ない。家族の人が「さっきまで声がしてた。まだ生きているから助けてあげてー」と叫ぶが誰も何もできなかった。そうこうしているうちに、一面火の海になってしまって、とうとううちのマンションにまで延焼しそうになった。
近所の住人と一丸となってバケツリレーをして、なんとかそれ以上の延焼はまぬがれたが、それでもかなりの面積が焼失してしまった。
このバケツリレーは朝の8時過ぎから昼の2時過ぎまで延々続いた。途中チャリンコでMが来て手伝ってくれた。

やっと下火になったので、Mと原チャリに2ケツして学校に向かった。もう道路は大渋滞していてローソンも長蛇の列だった。
私とMは飲み物を確保し、学校に来ると見事に電気が来ておりTVもうつった。
その晩はSも加わり3人で寒さと余震に震えながら研究室で明かした。

その次の日、朝農学部で炊き出しのおにぎりを2個もらい昼過ぎ、Mと私は「地獄のアウトロー」と化し、2ケツ、ノーヘル、歩道走りで西宮北口まで逃げ出した。阪急で梅田まで行くと、まるで何事もなかったかのように普段どおりだった。知り合いの阪急の姉ちゃんは相変わらず笑顔で商品券を売っていた。力が抜けた・・・


以上 日記より。


微妙にオチがついていたが、結構リアルな内容だった。もちろんほんの一部の震災エピソードやけど、貴重な体験談としてのこの日記をあの時ごみ箱にポイしなくてよかった。他にももっと大変な事があったんやろうなと思いながら、また左手に見える神戸の空をみてしまう深夜@研究室でした。

2006/01/14

世の中デジタル化?

ニコンが銀塩フィルム市場におけるカメラ・レンズ生産の大幅縮小の記事をみて.高級機のF6とマニュアル入門機FM10を残し,レンズに関してはオートではなく,マニュアルレンズのいくつかだけを残すらしい.

僕はキャノンユーザーなので,直接的なダメージはないのだが,最近,撮影のバイトで先輩にニコンのF100を借りて初めてニコンカメラを使ったのだが,キャノンのオートフォーカスよりもボディーやレンズがアナログ的な設計で硬派な印象を持っている.この点に結構惹かれてニコン機に乗り換えてもいいかなと思っていた.

今回の記事に関して思ったことを少々。

1,ニコンユーザーのメンテはどうなるの?

 うちの写真部には結構F80とかF100を使っている人がいるのだが,そのどちらもが生産中止,さらにオートフォーカスのレンズも生産中止なので,長期的に見たらそれらのメンテナンスが厄介になりそうだ.特に古くに生産されていたマニュアル式のカメラと比較して,これらのオートフォーカス製品は電化製品的気質が強く,電子部品が各々に設置されている.ので,他でまかなえるような代替部品はなく,修理にはメーカーを通す必要がある.

ただ,デジタル一眼のレンズ等の部品で補える可能性もあるし,ニコンにとっては既存ユーザーに対するブランド力を低下させないためにも,その辺の策は考えていることだろう.
 
2,キャノンが銀塩カメラ市場独占?

 日本における銀塩市場で,キャノンとニコンが2大メーカーだが,この内のニコンが縮小となると,キャノンが銀塩のオートフォーカスカメラに関してはニコンユーザーを囲い込む構図になるのか。いくらフィルム市場が減少しても,今後も少なからず需要は存在すると思うので,キャノンがどのような手をうって来るのかが気になる。
 今回のようなニコンのフィルム市場縮小の影響で一般消費者はよりデジタル一眼へ向かうのか,それともフィルム一眼なら選択肢の多いキャノンにしようと思う人が増えるのか。

3,ていうか銀塩自体が消える?

 先の記事から,
昨年1月から11月の国内全体の出荷台数累計は、フィルムカメラが前年比49.2%減の28万5344台と大幅減。デジカメは前年比1.1%減の757万3630台と横ばい。レンズ交換式デジタル一眼レフは、前年比52.3%増の50万513台と需要が拡大という内容に関して。

数字だけみると,各メーカーはデジタル一眼に資源を集中させたいと思うが,この市場に関しては有望市場であるがその点競合が多い。
松下やソニー,富士フィルム,など等フィルムカメラ市場では存在しなかった企業が競合となる。もちろんキャノンもだ。
デジタル一眼に関して,ニコンは蓄積されたノウハウで高級路線で他者と差別化していくだろうと思うが,今後どうなっていくだろう.
根強く残ったフィルムカメラユーザーはキャノンが奪っていくのか。

自分は銀塩を愛している一人なので,使うものに関してはできるだけ多くの選択肢を持ちたいし,将来的にみても根強く残るユーザーだと思うので,このニュースは少し悲しいものである.

というのも現像の際,露光によって潜像を生じた乳剤中のハロゲン化銀を金属銀に還元するプロセスを,あの暗くて薄赤い空間で眺め,何とも言えない感情を今後も持ちつづけたいと思うからだ。ある意味,自分にとっての癒しの空間である暗室に,今後とも篭る動機を与えてもらう必要があるのです(笑) 

2005/11/30

香港2003

何気にPCに入れてあるスキャン済みの写真を整理をしてたら、2年前にインドからの帰りにストップオーバーして3日間ほど立ち寄った香港の写真がでてきた。どうせだから、Photo albumに追加しておこうと思う。さっさと南米やらの写真をスキャンしてUPしたいのだが・・・。

基本まだアナログで撮って、現像→プリントのパターンなのでPCに入れるにはスキャンが必要になる。ネガスキャナーを欲しいのだが、友人曰く紙をスキャンするよりも解像度は高くないらしい。その友人は店に出してネガをデジタル化してもらっているらしい。最近はスキャンしてPCに取り込んだ写真をフォトショップでいじったりするのが楽しくなってきてるので、アナログからデジタルへの質的満足が得られて且つ迅速なやり方を模索中。

2005/11/28

Tanguera





タイトル『 Tanguera 』

学祭で展示してた、モノクロの組写真。
これはタイトルの通りTangueraにちなんだ写真。今年の9月17日、アルゼンチン・ブエノスアイレスにて。Tangueraとはタンゴにミュージカルの要素を加味したもの。そのTangueraが催されていた建物や入り口を撮影したもの。

タンゴはサッカーで有名Boca Juniorの本拠地でもあるLa Boca地域が発祥になっている。そこは港近くのエリアで、港運などに従事する多くの労働者が暮らしている地域。タンゴは男と女がセットで踊る事をイメージするが、初期は労働者の男達だけで踊っていたらしい。その辺のうんちくは一緒にこれを見に行った、若干日本語ができるメキシコ人の方が教えてくれた。そのメキシコの方はメキシコの民族音楽のミュージシャンらしいが、あんましオーラなかった(すんません)。で、彼が若干日本語ができた理由は、日本に雅楽を学ぶため奈良県・天理市に住んでいたかららしい。これは余談。

Tangueraの幕開けとともにブエノスアイレス港をイメージしたセットで男達だけのタンゴがはじまる。それからは男女混合系のタンゴが主流にミュージカルが進行していく。内容はブエノスアイレス港に降り立った美女をものにしようと、労働者の男とマフィアのボスが取り合う。要するに女の取り合い!非常にシンプル。で、基本的にタンゴ・タンゴ♪で進んでいく。めーっちゃ良かった。めちゃくちゃ感動したのを覚えている。。

ブエノスアイレスはイタリア・ジェノバと古くから交易があり(母を訪ねて三千里のマルコがジェノバからブエノスアイレスを目指していた事からもわかる)、その影響もあってか街のセンスが自分が行った南米の街の中でも格段に良かった。というか歩いている人のセンスが良かった。南米のパリと言われるくらいやし。ペルー・チチカカ湖で会ったパリっ子もブエノスアイレスはお気に入りやったらしく、「欧州にいるみたいでよかった。」とか言ってなー。

僕自身ブエノスアイレスは非常に良い印象を持っている。街は綺麗し、何よりも物価が安い!ベテランウェイターがいるような歴史あるステーキ屋(名前はpippoだった)で、子牛の柔らかめのステーキ食って、メンドーサ産のワイン飲んで等しても1200円くらいやったような気がする。治安に関しても夜中に出歩いても全く危険な感じがしなかった。むしろ週末は朝方まで外がうるさいくらい賑わっていた。もちろん地域的な差はあると思うが。何しかブエノスアイレスはよかった。是非おすすめします。

2005/11/18

カラー2枚目@写真展


学祭写真展に展示したカラー2枚目。

タイトル 『 Poppin' 』

 この写真はボリビアのCopacabana(ブラジルにもイパネマとならぶ有名ビーチとして知られるコパカバーナとは異なる)というチチカカ湖沿いの街にて。標高は3000m以上はあったと思う。ペルーのPUNOから国境を通過しボリビアに入った時、ラパスへのバスに乗り継ぐために3時間ほど立ち寄った所。
 街自体道路の石が白く、それに燦々と降り注ぐ太陽の光が街の白さに拍車をかけていた。街中から坂を下る際、少し遠くに望むチチカカ湖の青さと街の白が妙に調和して非常に美しかった。街の白さが軒に並べられている色々をさらにカラフルにみせる。その光景に思わず目と足が止まりシャッターを切る。その袋の中身は普通のポップコーン☆

2005/11/14

写真展@学祭


昨日、一昨日と学生最後の学園祭があり、部で写真を展示していた。モノクロの3枚(組写真)とカラー3枚(それぞれ単作品)を出展した。久々の友達やら内定先の友達やら、研究室の仲間やら多くの人が自分の作品を観にきてくれた。色んな会話を楽しめてとても良い最後の学祭だった。学部三年くらいから学祭の楽しみ方は人と会うことが重点的になったような気がするなぁ。結構写真の方も評判がよろしかったようです。

カラー一枚目

タイトル 「 Horizon at DAWN

 これは今年8月末、南米に行く際の飛行機の中から撮ったもの。トロント→リマ間の飛行中、南米大陸に入った時くらいに朝、陽が昇りきろうとする瞬間を捉えた作品。最初窓の外を見たとき、視界に広がる自然現象が理解できないくらい幻想的な光景が広がっていた。陽が完全に上ってしまって雲海に朝日が満ちる前にどうしてもこの自然現象の中に生まれる幾何学性を切り取りとっておきたかった。飛行機の中を歩き回って、数十カットは撮ったと思う。若干周りの目には怪しく映ったかもしれないが、そんな事、お構いなし。撮らずに悔やむより、撮って悔やむほうがいい。旅先では大抵こんな事を考えながら、自分を動機付ける。こうしてできた作品が上の写真。

2005/10/30

記録的な写真より旅を振り返る





 学祭ではカラー作品を出そうと考えているが、モノクロに関しても年度末に計画している展覧会との兼ね合いも考えて作品化していこうかと。

 ここでは記録的な写真(まぁただの旅行写真やけど)として、2005年9月1日南米最初の訪問地リマのホステル、Flying Dog Backpackersで出会ったファンキーなやつら。イギリス、スイス、カナダ、オーストラリア、イタリア、ドイツ、スペイン、フィンランド、地元のペルーGUYS。ほんと色んな所から来てるなーと思った。だいたい自分と同年代。
 
 旅のはじまりとして、とても良い時間を過ごした。だれかれともなく酒を飲もうという話になって、皆が乗り気。少なくとも南米に旅に来ているというだけで、かなり大きな共通点。話題はいくらでもある。お互いの旅に関して興味があるし、他国のことについても興味がある。また、政情不安定なボリビア等の国家状況を実際に行った人の生の情報を得る事ができる。実際に外務省が出している海外安全情報等はリスクが強調されすぎている感があるし、その部分だけ見ると誰でも恐怖感が先行してしまう。しかしその情報は大変参考になるのも事実。現にボリビア南部でデモによる道路封鎖も見事に体験した。その時は外務省の情報にあったなと思い、状況の理解は早かったが、それでも誰一人観光客がいない状況では結構焦った。現地の旅行者と仲良くなっていたからなんとか彼らのサポートで抜けきる事ができた(過去の記事3段落目参照)。

僕自身当初はボリビアに行く予定はなく、このパーティで話したドイツからの女性の話を聞いてボリビア行くかもーって思った。話してくれたボリビアの話は特に良い事ではなかったが、未知数の多い国が明らかになっていく事で興味が増していくのを感じた。旅中はこのようにリアルな話を自分に蓄積し、その中から自分の考えとすり合わせながら行く先を決めていたように思う。まぁこの夜はかなり酔っ払っていたので、あまりどんな事を話していたか忘れたが、かなり楽しかったという記憶だけはある。
皆に他の写真含め添付メールしてあげよう思う。

2005/10/29

暗室にて 

 先日修士論文の中間発表があり、それまでは結構バタバタしていたように思うが、ある先生からお褒めの言葉を頂くなどいい形で終える事ができたので、さらにやる気アップで次のステップに進めそう。

 という事で研究に対するやる気はあるとは言いつつも、節目の後はゆとりを持ちたいので昨日の晩から暗室に篭って写真を焼く事にした。結局寝る間も含めて今日の夕方まで部室に居た。合計8時間くらい暗室に篭っていたと思う。焼いたのは南米のモノクロ。ネガ現像は帰国後すぐにやっていたので今回はプリントのみ。今回の南米旅行でモノクロは14本撮っており、一日やそこらでネガの段階で印象的なもの全てをプリントする事は不可能と思っていたので、旅中に知り合った人へ送るものを優先的にプリントした。

 視界が黒98%赤2%の暗室で印画紙に像を焼き付けて、現像液に浸し、像が浮かび上がってくるのを眺めていると同時に、その像の時空間を存在していた自分の五感が蘇ってくる。完全に定着させ、作品として出来上がったものから受ける記憶の回復よりも、プリント最中の方が鮮明に当時の五感を復元することができる。なぜだかわからないが、あのほぼ真っ暗な空間(暗室)で水洗の音と調和してリラックスした音楽を耳に入れ、プリントの完成を願いながら印画紙を現像液に浸している最中に、当時を思い出したいという自身のプログラムが本能的に始動しているからかもしれない。プリント作業への集中力が高まっている時間だと思う(ちなみに昨日最高に集中できた曲はWalts for Debby/Bill Evans Trio)。
 正直、暗室から出て六甲の山を下るとき、素晴らしくいい景色に毎回感動しながらも、テスト後のような何か物凄く集中した後の感覚がある。今回もそうだった。

ともあれ、今回の旅ではいい感じのモノクロ作品がたくさんできそう。そんな気がする。ネガも良い状態で仕上がってるので、プリントで色々ためす事ができそうや。