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2013/09/24

書籍『心/姜尚中』

夏目漱石の「こころ」の現代版だろうか。

それとも本書の雑誌(青春と読書)連載時のタイトルは「新・君たちはどう生きるか」なので、吉野源三郎の「君たちはどう生きるか」の構成を基にした書籍か。

****
先生(姜尚中)と出版サイン会に来ていたある青年(大学生)とのメールのやり取りで物語は進行してゆく。

先生がその青年に惹かれ、親身になって彼の悩みや相談事に対応していたのには理由があった

それは近い過去に他界した姜尚中先生自身の息子とその青年が重なってしまったからだと最後に記されている。

以前、NHKのドキュメンタリーでも特集していたのでそれは事実だと思われる。作品のモデルとなった青年とも面会していた。


本書の中身はフィクションが含まれていると思うのだが、青年は「①親友の病死」、「②病死した親友と自分が愛した女性」について悩む。

「何故若くして親友が病死しなければならなかったのか」、一方、「親友が他界する間際に、自分と同じく好きな女性の事を好きだと告げられて、どう生きればよいのか」等の深い悩みを抱え、都度先生にメールで相談する。そして先生が親身に応える。

青年が、生と死について考えたいと思い志願した東日本大震災の海中不明者の捜索ボランティア。

遺体を引き上げていく過程で自ら悟った「死」とは何かについて。

遺体を引き上げる都度、死と直面し、青年はその意味を考える。同時に若くして他界した親友の死を重ね合わせる。


『「死」は「生」を輝かせてくれるもの』、多くの感情の紆余曲折を経て、そう結論づけた青年。


主眼は「生と死」だが、ゲーテの「親和力」の内容を多分に引用し、男女間の複雑性についても述べる。ゲーテの「親和力」自体、理性を超越した男女間の愛により悲劇が訪れる様と内面的感情の挙動を描いているのだが、それは現代に至る普遍性を持つから引用しているのだと思われる。

青年から愛を告げられる意中の女性。

女性はその青年に好意を寄せるもののドイツに残してきた彼との狭間で揺れる。
女性は言う、「その彼は一緒にいると張り合う感じがあって、いいところを見せようとして自分を作ってしまう。会う前後でも緊張する。」。
一方、青年といる時みたいに素になれないとも言う。

「でも、それ(前者)が胸の高鳴りみたいなものに繋がって、そういうものを恋というものじゃないかと思ったりする。」と。

どちらが正しいか分からないので少し距離を置きたい、ドイツに行くと言う。青年は落胆。

時間が経ち結果的に女性は青年の元に戻ってくるのだが、その間、先生は青年に多くを伝える。

・人間は○か×か、黒か白かに弁別できるほど単純ではなく、もっと混沌としたもの。
・他の生きものと違って生半可に知恵を持っているだけに、人間はそれを分析し、分類し、自分の支配下に置こうとしたがるが、そんな事ができるはずはない。
・混沌というそのものが、まさに人間という自然でもある。
・愛が強くなれば強いほど、また愛がピュアであって欲しいと思えば思うほど、かすかな濁りですらも許せなくなる。しかし、濁りがあればあるほど、愛が募り、ピュアなものへの憧れが強くなっていくように思う。
・愛と不信、純粋と汚濁とは、手に手をとって人の心に熱を与えつづけているとも言える。


重要なことは、ものごとの正解・不正解を弁別することではない。右か左のどちらかを選ぶことでもない。両方を受け入れること。

これは「死」と対峙する時にこそ重要で、「死」から得るものはまさにその人の一生に何があったとしても受け止めること。

死は生の中にくるまれて存在している。死と隣り合わせ、死と表裏一体でつながっているからこそ、生は輝き、意味のあるものになる。


そんな事をこの本から気づかされた。
自身の人生の糧にしたいと思う。

2013/09/16

書籍『こころ/夏目漱石』

精神的にすがる思いで一気に読んだ。
気がついたら明け方だった。

 「先生」が「私」に伝えたかった事は何なのだろう。 

生きること。
人間は正しく、真っ当に生きること。

 裏切り、憎しみ、悲しみ…、人が生きて行く上で避けたいもの。
でもそれらは生きて行く上で時として避けられないもの。

 避けられず悩み、苦しみ、自ら命を絶った「K」と「先生」。 

人生において予期せぬこと、まさかこんな事が自分に降りかかってくるとは、こんなにも壮絶な苦しみが世の中に存在したのか。
経験して初めて知るおぞましさ、後悔。 

できればそれらを避けて一生を終えたい。
出会い、別れも何とか年輪を重ねた経験から想像できる範疇の喜び、悲しみで留めていたい。

ただ、人の一生は予期できぬこと、自らの過去の経験から何かを得てもその多くは未来に応用は効かぬもの。

 でも、他人の一生から何かしらのヒントは得られるもの。

だから我々は学ぶ。人の中で生きる。 
きっと「先生」は「私」に対して、その「生きるためのヒント」を与えてくれたのだと思う。

 「私」はそのヒントを受けて、また、生きていかなければならない。

2010/05/15

深い河

GWにインドから帰国した1週間後、八雲図書館で遠藤周作の深い河を読んだ。

インドを旅行している時からずっと読みたかった本であり、遠藤周作の宗教観を集約した本である。
今回のバラナシにおけるガンジス河で抱き、悶々とした感情をクリアにしたかった。

自分が先日のGWと2003年に訪れて、インドに対して持ったどこか他の諸外国と異なる感情、想いは何か、日本で暮らしていて何か通ずるものがあるのは何故かを明らかにしたかったのだ。
この一冊にすべての疑問解決を委ねる事はしなかったが、解決の糸口を得るツールとして期待した。

期待は裏切らなかった。映画化もされているが、未だVHSしかなくDVDは未発売。

現代を舞台に、ヒンドゥー教を含めたキリスト教に対する遠藤の宗教観についても記載されている小説。

主な主人公は5人居て、現代におけるそれぞれの個人がインド旅行ツアーに参加し、主にバラナシにおけるガンジス河をメインにそれぞれの想いを交錯させるもの。それぞれの個人が何故インド旅行に来ているのかという切り口で過去に遡り、例えば、妻の死を皮切りに輪廻転生の発想を持つ者、過去、ビルマ戦線に参加した老人が仲間の肉を口にしてしまう事による善悪、カルマ思想を持つきっかけとなった者。

これが、デリー、アーグラ、ジャイプル、バラナシと偶然にも今回自分が友人達と行った内容とぴったり同じだった事は驚きだった。まぁ北インドの定番ルートなのでしょうが。

つらつらと、内容を備忘のため記載するつもりはないが、はじまりは磯辺という50代の男の妻が末期癌に亡くなる章から始まる。彼の妻が死ぬ間際に輪廻転生を思わせる言葉を残す事から、彼がインドに行くきっかけとなる。

人が信じる神をそれぞれに選ぶのは、生まれた国の文化や伝統や各自の環境による事が多いと思う。

自分が印象に残った点として、「善悪不二」について。内容は次のとおり。
「人間のやる所業には絶対に正しいことはないと言えることはない。逆にどんな悪行にも救いの種が潜んでいる。何事も善と悪とが背中合わせになっていて、それを刀で割ったように分けてはならぬ、分別してはならぬ。」

上記内容は全くガンジスの沐浴と通ずる。遺灰を流すその横で人々がその横で幸せそうに沐浴をしている。(その水は横で遺灰が流されている事を知らぬような表情)

それはまさに宗教心の現れであり、彼らにとって輪廻転生が日々を過ごす上で当たり前である事が伺える光景であったように思えた。

2009/03/08

書籍『21世紀に生きる君たちへ/司馬遼太郎』

タイトルに書いた『21世紀に生きる君たちへ』司馬遼太郎著を読んだ。
同じ会社で働く、元小学校の教諭をされていた2児の母である先輩が貸して下さった。
会社帰りの喫茶店の時間と、家に帰ってからの時間の2度読んだ。小学生でも読めるように字が大きいのですぐに読めるが、非常に奥が深い本。

以下、感想。
とてもよかった。
恐らく、自分が小学生の時にこの文章を読んでも大して感動はしなかったと思う。それは、その当時の自分が司馬遼太郎という人物がどのような人間なのかが知らなかったからである。小学校の読書感想文を3年連続オズの魔法使いのあとがきをコピペしていた自分が懐かしい。


自分が現時点で人生の柱とする書物が2つある。司馬遼太郎の『竜馬がゆく』と『坂の上の雲』。
これら2つの本に大きく影響を受けた自身にとっては、改めて司馬遼太郎から授かった言葉を反芻する機会となった。

司馬さんが歴史を学ぶ事の素晴らしさを本書でも説いているが、自身も強くそう思う。
そもそも上記2つの大書を通じて、司馬遼太郎から大きく影響を受けてるので、自分が彼に共感を持つのはもっともな事だが。
歴史を学ぶ事で、この世で生きて行くための知恵を身につける事ができると思っている。
その理由は司馬さんが本書でも記載しているように、『自然の中で人間が営む生活はいつの時代もほとんど変わらない。』と思っているから。

上記2つの本は(ご存知かも知れませんが)、それぞれ幕末の動乱と、日露戦争について書かれているのだが、どちらも史実を描写するというよりも、その時代に生きる人間(の内面)に焦点を当て記されている。
これらの本で、まさに坂本竜馬という人間や彼を取り巻く人間、日露戦争に係った人間について学んだ。

竜馬がゆくでは坂本竜馬から『気を気で返すな』という事を学んだ。

具体的なエピソード。
尊王攘夷の風潮が濃くなった幕末の京都で、坂本龍馬が細い路地を手下の藤兵衛と共に歩いていたとき、向こうから親幕派の2人がこちらへ向かって来た。
互いにすれ違う事もできない細い路地。殺気だって敵だという認識を持って近づいてくる。
肩と肩がぶつかり合うと、切り合いになる事が予想される。
そこで手下の藤兵衛が竜馬にひとこと「兄貴、やりますか」。そこで竜馬、「まぁみていろ。」と。
いよいよ距離も近づいて、向かってくるものが刀に手をやったとき、竜馬は近くののら猫をとっさに抱え上げ顔に押し付ける。「よーしよしよし。」と。
相手は拍子抜けしてその場を立ち去る。
そこで竜馬は藤兵衛へ一言。「今の切り捨て御免の風潮が高まる中、相手が殺気立っている時にこちらも同じように返すと切り合いになり一方がやられる。それ程無駄な死はない。今流す血は何になる!?つまり、気を気で返してはいけない。」と。

坂の上の雲では、秋山真之(日本海海戦でバルチック艦隊を破った戦術を考案した人物。東郷平八郎の参謀。正岡子規の幼なじみで親友。)から、「どんな大著でも学べる事はたかだかメモでとれる数行だ。」という事を学んだ。

日露戦争で、日本の勝利を決定づけた日本海海戦の丁字戦法やバルチック艦隊が日本海周りに進行してくる事のヨミは、神頼みでも何でもなく、彼がワシントンの図書館で古代からの戦争を全てレビューし、歴史から学んでいた事が大きな影響を与えていると言われている。

そんな彼が同じ松山出身で古くからの友人の正岡子規の病床を伺った際、たくさんの本を子規に送った。その時の言葉として、「自分みたいな軍人にとって書物は戦場で使う知識を得るために読むもの。実際に戦場で使える知識は、どんな大書であってもせいぜいメモで書き取れる数行だ。だから、その数行をメモしさえすればもうその本には用はない。だからお前が持っておけばいい。」と。

自分もこの考えを受けて、自分の人生で読む本に対しては、何を得る事ができたのかを常に考えながら読むようにしている。何か少しでも得る事ができればそれは自分にとって価値がある事だと思っている。

以上のように、司馬遼太郎から学んだ身としては、今回の『21世紀を生きる君たちへ』で書かれていた、「自己を確立せねばならない事」、「根っこの感情(いたわり、他人の痛みを感じること、やさしさ)を持つ事」、「たのもしい人間となる事」等々について、影響を受けた上記2冊でも愚直に伝え続けていたのだという彼の一貫性について感動した。

今回の読書で、上記2つの小説により言語化できないまま自分にストックされていたものが再燃して、司馬さんが何を伝えたかったのかがよりクリアになる機会となった。

というような読書感想文をお貸し頂いた方に送った。

2008/02/12

書籍『残業ゼロの仕事力』

あまり更新せずカビが生えてきたので、久しぶりに本のレビューでも。

休日に丸善に行って、買った本の一冊。
下着メーカートリンプの元社長、吉越浩一郎さんが書いた残業ゼロの仕事力
最近は敢えて、自己啓発系とかビジネス書の類いを読まず、例えば雪が降っていたので川端康成の雪国を読もうとか、訳の分からない動機で純文学に触れていた。

とは言いつつも、雑誌や新聞でトリンプの吉越さんの事を知っていたし、何か自由で人生を楽しんでいそうな人だなぁという印象があったので、さっと買ってさっと読んだ。ほんとにさっと読める。因にトリンプは吉越さんが社長になって、全社が残業ゼロ&19年連続増収増益を達成した事で有名。最近でも毎日がノー残業(原則仕事は18時まで)だという。

本書を読めば、確かに吉越さんが実践してきた残業ゼロのために仕事を効率化するメソッドを体系的に学べる。残業ゼロを実践するための具体例として、仕事にデッドラインを設けるとか、問題を細分化する等を掲げている。

しかし、何よりもこの本で良かった事は、定年を迎えた吉越さん自身が人生という大きな視座で、残業をゼロにする意義を語ってくれている事だった。つまりは、ビジョンを持って生きろという事だと思う。自分の中で本当に楽しい事、大切な事を仕事以外の時間で見つけろという内容だった。だから残業はするなという結論。
仕事をしている全ての人に、自分の人生で本当に大切なもの(吉越さんはきっぱりと仕事ではないと言い切っている。)とは何かを考えさせてくれる本。時間的コストも考えて費用対効果の高い本。


以下は自身が本書で赤線を引いた箇所の抜粋。ご参考まで。(一応章毎に分類)


①デッドラインがスピードと密度をあげる

②問題はとにかく分けて考える
・問題が起こったとき最悪なのは、放置すること。
・問題を置きっぱなしにしておくと、どんどん育ってしまう。
・問題は姿が見えれば8割解決
・仕事のキャパシティ=能力×時間×効率
・出来る事をやる事が仕事ではない。会社にとって正しい事をするのが仕事。
・いったんデッドラインを設定したからには、途中であきらめず最後までやり抜く。

③残業ゼロの達成まで
・TTP(徹底的にパクる)=優秀な人(会社)のマネをする。
・残業をゼロにするのは仕事を楽しむ事に通じる。
・自分の人生のために投資する。
・終わりの時間を常に意識する。

④仕事の常識はこれだけ変わった
・自分のキャパシティを知るのは、仕事にデッドラインをつけて、自分を追い込めばいい。
・仕事をする中で最も大切な事=スピード(吉越さんの持論)
・仕事を客観的にみて、会社にとって最良の結果を出せるのが本当のプロフェッショナル
・仕事は人生そのものではなく、人生の一部
・仕事を俯瞰的に見られる目を持つこと
・いずれは独立するぞという気概を持っている人とそうでない人=成長のスピードが全く違う。

⑤本当のワークライフバランス
・人生を楽しむためには準備が必要
・残業ばかりしてしまうと、人生を楽しむための計画がたてられない。
・生き甲斐や自己実現というものは、仕事よりも仕事以外の生活に求める方が自然だと思わないですか?

2007/01/03

帰阪と帰京

年末に業務が終わり、バタバタとしながら大阪に戻って、色んな人に会ってパワーをもらって、風邪も誰かからもらって、そして今日、一時間待っても恐らく座れないだろう新幹線に2時間半立つこと覚悟で飛び乗って、明日から仕事再開。
あーなんかリフレッシュはできなかったような関西でしたわ。モチベーションはアップしましたが・・・。
時間が限られている分タイト目にスケジュールを組んでしまうんでしょうな。
今年は余裕目に時間を見積もって、何事も余裕を持って行動するようにします。時間に対する感覚をもっときっちり持たないと、なんかその内痛い目に合うような気がしてならない。体調も壊してしまうと思うし。

まぁでも今日は新幹線にてラッキーがありました。
上でも書いたように、今日の新幹線はUターンラッシュで混みこみ。
新大阪発でも座ろうと思うと、1時間くらいはかかる。まぁ指定席をきっちりとっておけという話ですが・・・。この点の自分の「なんとかなるわ精神」も要改善です。
で、もう並んでいても拉致があかないと思ったので、2時間半立つ覚悟(途中で座れるかもという邪念を排除して)で、立ち読書する覚悟で席が埋まった新幹線に乗り込みました。
中国での西安ー上海間の悲惨な状態での17時間くらいに比べたら、揺れのない新幹線の2時間半くらい余裕だろうと言い聞かせながら新大阪を出発しました。
さらにストイックな事に手持ちの本の中で最も眠くなるであろう本(保険法/山下友信ら、有斐閣)と格闘する事に決めたのです。連結部には既に人が居たので、乗客の側に立つことにしました。子供の横だと大してうっとうしがられないと思ったので座っている子供の横で2時間半過ごす事にしました。
京都まではまぁ楽勝です。荷物を棚に置いたり、音楽の準備とか本の準備をしている間に着きました。まさか新大阪発の新幹線で京都に降りる人が居るわけもないと思っていましたが(座るのには相当時間がかかるため)、若干確認してしまった自分が恥ずかしい。お次は名古屋。まぁ余裕余裕と思いつつ、読書も進んできたー。音楽もいい感じで快適な立ち読書を続ける。そうこうしている内に、名古屋着。んーここでも降りる人は居ないかなーと思いつつも、若干確認してしまう。名古屋を出たとたん、この新幹線は大半の人が品川か東京に降りる人だったのだと分かる。
名古屋からが長ーいのだ。特に静岡が長ーい。若干風邪気味も影響してちょっと嫌になってきた。でもひたすら読書の集中力を切らすまいと思いながら上京中。自分との戦いだ。今日の午後にテレビで観た箱根駅伝復路の走者を思い出しながら(いやーあれは感動したよ)、自分は相当余裕だと言い聞かせていた。
とその時、僕の側で座っていた子供のお父さんがやってきて(子供とお父さんは別々の場所で座っていた)、落ち着きがなくなった子供を抱き上げて「どうぞ」と僕に席を譲ってくれたではないか。立ち読書時間は出発からジャスト1時間半でした。想定外で無欲のラッキーでした。
でも、名古屋とましてや京都でも降車確認をしてしまってた事からすると、まだまだ無の境地は程遠いと反省した。

この出来事を通じて今年一年もひた向きに努力をしようと思った(立ち読書=努力とはいい難いかもしれないが)。そしたら必ず道は開けると信じて。

今週末は3連休なのでリフレッシュできそうです。

2006/01/22

仮説思考とやら

最近の生活は2日に1日は研究室で,もう1日は自宅で寝る生活.研究の頭でやや混沌としてたので,一昨日の帰りに雑誌を買って気分転換.

買った雑誌は年に4回東洋経済からだされている,THINK.いわゆるビジネス雑誌で,面白いトピックの刊は買うようにしている.

今回は仕事で実践するコンサル力がテーマで,別に自分がコンサルタントになる訳じゃないけど,このテーマに関しては関心があるので購入.

気分転換のつもりで読んでいたが,今やっている論文作成の行為に直結するアイデアを吸収できた.

それは仮説思考という考え方.

ボストンコンサルティンググループの内田和成さんの項でこの仮説思考の利点について説明していた.仮説思考の定義は「物事を答えから考えること.
まず,仮の答えを出し(予想し),その答えまでのプロセスを導いていくやり方.
彼は「コンサルタントとして鍛えられていく中で,仮説思考を基にした仕事の進め方を身に付けていくために,問題解決のスピードが格段に早くなる.」と語る.

自分も含め,多くの人がそうであると思うが,仮の答えを見出す事が困難だと感じる.

この点(仮の答えを出す事)に関して,内田さんは将棋の羽生善治の例を出して,直観力,カンの働きが重要になると話す.羽生名人は将棋の一つの局面に80通りの指し手の可能性があるが,そのうち2、3の手だけを直感で選び自分のカンを頼りに検証していく.ただ,単なるヤマカンではなく経験や学習を通じて自分自身の中にストックされたデータベースを基に,それらを活用しながら集中して考える事で筋のよさそうな仮説が浮かび上がってくるのではないかと言っている.

確かに,今自分が作成している修士論文においても,卒業論文の頃よりも仮説(結果)が自分の中で明確化されているように思う.それは,おそらく土木計画という分野の研究室に曲がりなりにも3年間属し,その分野の論文にも多く目を通し,数々の背景を基にした研究の目的を自分なりに理解できるようになったからではないかと思う.なので,学部4年の頃のカンよりも,現時点の研究に対するカンはより洗練されたものではないかと思う.

ただ,その仮説に関しては間違っていても問題はないと内田氏は話す.「どんどん仮説を立て,検証して間違っていたら別の仮説を立てる.よさそうならば,その仮説を進化させる.それの繰り返しだ.すなわち仮説・検証の回数が重要だ」と.

確かに,分析を進める上で予想外の展開や新たな発見により軌道修正が必要なことは自分自身の経験からも理解している.失敗のパターンや成功のパターンを自分の中に暗黙知ではなく形式知としてストックする事で,確かなカンを構築する事ができるのだと思う.
そのカンってのが将来を展望する先見力にもつながるのかな.

とりあえず吸収したものは実践しないと意味がないと思うたちなので,今回の仮説思考の項で得た事を研究で実践する事にした.

研究における大局的な仮説をさらに細分化して,章毎の仮説,節毎の仮説を決めどんどん論文としての形にまとめ上げていく.最後の最後まで良い結果をだそうと分析をうじうじやるよりも,現時点でだせるだけの結果を出し論文の枠組みを仕上げて,修正という形で分析をやり直すアプローチで臨もうと思う.

2005/08/18

Read recently 更新

Read recentlyを更新しました。

・木を見る西洋人 森をみる東洋人/リチャード・E・ニスベット
・レクサスとオリーブの木/トーマス・フリードマン
・仕事力(朝日新聞社)
・コーポレートガバナンスの経済学/小佐野広
・経済物理学(エコノフィジックス)の発見/高安秀樹
・フランス映画史の誘惑/中条省平
・さおだけ屋はなぜ潰れないのか?/山田真哉

2005/04/20

アカデミックな・・・

今日は久々の授業に出た、今期初めての授業だった。自分と異なる研究科、経営学研究科の授業、経営管理特論だったのだが、学部の時からお気に入りの素晴らしい教授である金井壽宏先生の授業だ。
本当にこの先生は内外からの評判がいい、僕自身も以前授業履修した時から崇拝している有名な経営学者なのだが、授業に足を運ぶといい感じのアカデミズムをぷんぷん放ってくれる。こういう授業は自分のモチベーション維持、もしくは向上のために必要な授業だ。
今日は「科学的管理手法」の提唱者、Frederick Winslow Taylorについての授業だった。彼の古典訳書「科学的管理法」について内容を議論する時間を持った。彼は今現在の日本の生産組織形態はもちろんの事、レーニンにも影響を与えている、つまりは社会主義にも影響を与えている人とあって素人の僕には驚きだった。ただ生産工程や社会主義とはかけ離れたように思うが、共通する事として、どちらも組織の平準化を目指している事だ。基準の設け方は生産工程の場合はトップに基準を設けたが、社会主義の場合どのレベルに基準を設けているのかは分からない(もうちょっと勉強セナ)。日本が誇るメーカーの生産システムや、組織形態に影響を与えているとあって、テーラーの古典「The Principles of Scientific Management」を読む事は、金井先生曰く(テーラーの解説書を読むのではなく原著を読む事に非常に意味がある)らしい。あくまでも経営学者を目指している人向けに言っていたのだろうけど。たかだか、100ページ弱らしいです。とあって、早速先程アマゾンで注文しました。安いです。500円くらい。安い自己投資自己投資、へへ。
 確かに古典を読む事、原点を知る事は自分自身も数年前から気を使うようになっていた。音楽や写真にしろ自分の好きなアーティストが影響を受けたアーティストをしろうとしている。本でもそうやな。すげー経営者が影響を受けた書物!なんかをミーハー心で読んでいたように思う。なんか、そういうのって考えてみると自分の現時点で好きなアーティスト(経営者)の価値観に近づきたいって思ってるのかもしれない。
そういうのを時間かけて突き詰めれるのは、学生の特権かも知れない。ってか。
 

2005/02/15

就活モード?

いやはや、久しぶりの書き込みです。
研究室の学部4年、修士2年の卒業・修士論文の提出も無事終わり、僕自身もようやく就活モードに!?といっても別にこれまでと変わることなくぼちぼち進めていくつもりですが。
とりあえず、論文提出で奮闘された皆様お疲れ様でした。

最近、何冊か本を買って読んでたんですが、今の僕にとって気になるタイトルの本を読んでみました。
その名も、『採用の超プロが教える できる人できない人』。
この本の著者は安田佳生というワイキューブの代表で、これまで社長1000人、学生2万人と接して得られた知見をもとに書かれています。
こういう下りからはじまると、まぁあたりまえの事が書かれていても「ふむふむ、なるほど、そうか」と聞き入れてしまう自分がいます。

本書の中でひとつ印象に残った部分として、
彼が、ビジネスマンとして必要な素質として・素頭のよさ・素直さ・エネルギー量を挙げている。まぁこの辺も耳にたこですが。
挙げた中の人材のエネルギー量を測る部分で、「人生の目標バー」をどれだけ高く設定しているかという項目がある。そこで、彼は高いモチベーションを保ちつつ、バーを越えようという人生設計図を持っているものが勝つと、断言している
このように、著者自身が断言している内容が本書では多々含まれている。
ワイキューブ自体、人材確保のノウハウを企業に提供したり、中には大手企業の人材コンサルもしていて、彼の価値観が企業の人事の価値観に影響を与えているかもと考えられる。まぁ、軽く読めるし、できるやつ・できないやつの定義とか、たった100円でわかる人間の器とか・・・興味深い内容も含まれているので、一読の価値はあるのでは。


話しは変わり
ついさっき、友達からの電話でビールの宣伝をされましたので、この場で挙げときます。
なにやら、近々アサヒの本生ゴールドというものがでるらしく、彼はこの売れ行きをあげようと必死そうだったので僕は応援してあげる事にします。本生ゴールドは発泡酒の値段そのままで、かなり上質な飲み応えらしい(と言ってました)。皆様も見かけたら飲んでみましょう。役所広司(←ウッケー、別所哲也やんけ!)がでるCMも始まるらしいです。徐々にCM本数も増やして、スーパードライよりも多く流すみたいですよ。アサヒさん結構この商品に力入れてるみたいですね。ぐいぐい飲みましょうー ぐいぐいー

2005/01/16

ウォントとニーズ

先日、就活で東京に行ってきました。
その時に持っていく本として、書棚から一冊の文庫本を選んだ。
タイトルは「生きること 学ぶこと」。なんてまじめなタイトルでしょう。大学1回の時に読んだ記憶があったが、内容はほとんど忘れ去られていました。
著者は広中平祐という数学者で、いざ目を通してみると、今の僕に素晴らしい知見を与えてくれました。その知見とは「ウォント(欲望)とニーズ(必要)の違いを理解した上で、創造に重要なものはウォントである」という事。その言葉だけ見ると若干抽象的かもしれませんが、就職活動中の自分にとってもウォントとニーズを考えながら物事を選択していく大切さを実感した。

以下本書の言葉を引用する
「ニーズ」と言う言葉は、空間的に言えば、外部の状況を判断して割り出した必要性であり、時間的に見ると、過去から現在にかけて人間が経験した事、得たものを基準にして割り出した必要性という意味に使われる。これに対して「ウォント」は、自分の内部から出てくる必要性であり、現在と未来に時間軸をとった上での必要性を意味している。すなわち、欲望とか、欠乏を内包した「必要」がウォントの意味なのだ。

そして、彼が「複素多様体の特異点に関する研究」でフィールズ賞を受賞するほどの研究成果を出せたのは、ウォントという情念が常に彼を動かしつづけたからだと言う。
ものを創る過程には総じて飛躍が必要であり、彼の飛躍の原動力はニーズではなく、ウォントであった
という。

また著者は若者の就職に対して、情報などによりニーズを割り出して就職先を決める人が圧倒的に多いと言う。例えニーズから割り出した就職先であっても、それが何らかの形でウォントに切り替わらない限り、どこかで挫折してしまうのではないかと言う。

理性による判断から生まれた「ニーズ」、現在の自分の中にある何かいたたまれない情念から生まれる「ウォント」。最近、就職に対して自分自身はニーズ一辺倒で考えて来た感があった。ニーズありきのウォントになっていたと思う。その場合のウォントは何かしっくりこないなと思う事が多々あった。そういう思考回路を一度リセットする機会をこの本で持つことができて有意義だった。

あーー2日酔いなのか、風邪なのかわからないこの体のだるさ。リセットして欲しいです。

2004/08/20

夏の平日

昨日,久々に研究室に泊まった.大阪湾に向かって神戸の夜景が一望できるあの環境は特殊である.
なんかやっぱりあの研究室は独特の匂いがある.あまり良い匂いではないのでなんとかしたい.

最近「人口減少経済の新しい公式」という本を読んだ.
一般的に今後日本において,少子高齢化が進むといわれているが,僕自身それによって日本経済がどのようになっていくのかが具体的に分かっていなかった.しかし,この本ではこういう漠然とした僕のイメージを,人口減少によって引き起こされる弊害または利点を国(大都市圏,地方)・企業・個人レベルにたって論じている.本書では,データの使い方等研究アプローチとしても参考になるところがあった.どの分野でも日本経済を含む将来予測をする研究なら,この本の内容は一読して損はないだろうと思った.