先日東京に行った際、少しアートな日を過ごした。
現在六本木ヒルズで開催中の杉本博司写真展に行ってきた。これはホント行って良かった。規模も大きく2時間半くらい会場に居たと思う。最近BRUTUSでも彼の特集されてましたな。
写真展というか、会場自体が写真との調和を考えて作家自体が構想されたもので、空間自体面白い。それまで杉本博司に関しては建築物をピンボケで撮影した作品群しかしらなかったのだが、今回会場を去るときにはこんなにも奥の深い偉大な写真家だったのだという印象を持った。と同時に写真に対しても色々考えさせられる事があった。特にコンセプトの大切さを改めて感じさせられた。
リンク先の一面、会場の最初の一枚でもある彼の劇場を撮った作品に関して、最初観た際は大判で撮影して黒も締まって非常に美しい作品だなくらいの印象しかなかった。しかし、彼のコンセプトは映画を一本丸ごと撮影するというものだった。映画一本分(約2時間)シャッターを開き放しで、結果的にできた写真はスクリーンの光が強すぎて観客等の姿は消し去られた理想的なものだと言う。長時間露光をする上で適正露出のもと作品を完成させるには、多くの時間を費やしたと思うし、彼がこの展覧会全体で表現しようとしている時間というコンセプトとも通じている。他にもまだまだ面白いコンセプトと写真技術を元にした作品が多く展示されてあった。建築物のピンボケ写真のコンセプトに関しても建築家が持つ設計前段階の構想をイメージしたそうだが、このような一貫したコンセプトで長期間、継続的に撮りつづけている彼の姿勢に作品を通じて感銘を受けた。
僕のように杉本博司をほとんど知らない、または知らない人でも会場では丁寧に彼のコンセプトが文章で書かれているので、写真(モノクロ)の美しさ面白さを感じ取れると思う。
後、MOLESKIN EXHIBITIONにも行ってきた。これは青山ブックセンター等の少しのスペースで無料で行われているもので、イラストレーターやデザイナーなどが各々のセンスでMOLESKINに描写等した作品が展示されている。僕が行った青山ブックセンター本店ではクリスチャン・ラクロワ等の作品があった。
2005/10/04
ボリビアの道路封鎖デモ
サンパウロは南米旅行の終着点でその間のスケジュールは非常に不確定。ボリビア・ポトシ(POTOSHI)からアルゼンチン・ブエノスアイレスに行く際、ボーダー通過手続き等も含め通常2日で行ける。
が、ポトシ近辺で大雪のためバス内で12時間ストップ。チェーンという概念もありません、もちろんスタッドレスタイヤなんてものも存在しません。夜が明けてみると同じようにストップしていたバスがずらーっと列をなしていた。その先に見事に横転しているバスを発見。雪で足元を救われたのでしょう。そらそんなものを目の当たりにして、標高4000mの山道を走る事はできませんね。そして、その後順調に進んでいたかと思うとまたストップ。今度は何かと思うと、バス乗客が一斉に荷物を持ってバスを降りだす。仲良くなったボリビア人の青年2人が「VAMOS、VAMOS(バモース、バモース)」さぁ行こう、さぁ行こう。と言ってるので、訳もわからずとりあえず僕もバスを降り山道を歩き始める。
すると同じように多くのバスから降りて歩き出す乗客いる。しかし、外国人旅行者(欧米系・アジア系)は全くいない。少し道から外れた所が青空トイレになって、多くの人がトイレをしている(ボリビアだけが僕が行った4ヶ国のうち唯一バスにトイレがなかった)。そういう光景を横目に歩いていると僕も腹が痛くなってきた・・・。その後進んで行くと何やら人がやたらと(50-80人くらい)集まっている個所がある。
僕はその時「土砂崩れがあって、それにみんな野次馬してるんだな。」と予想した。その場所に近づくにつれて、何やら旗が見える、人が言い合っている、辺りの道路上に不自然にサボテンや茨等の痛い系植物、岩等が散在している。そう、それは道路封鎖だった。その封鎖の仕方がかなり原始的で少し笑ってしまった。そのような道路封鎖ポイントが3箇所くらいあり最終ラインは明らかに先住民系のおばちゃんで構成された人のブロックができあがっていた。彼女らの表情は憂いに満ちていて、とりあえず封鎖しとこうという惰性的なものに感じられた。
ボリビアに入る前から政情不安という事は頭に入れており、デモや道路封鎖も頻繁にあると聞いていたが、実際どのような理由でどのような人がどのようにそれを行っているかを知りたかった。チリに行くのをやめてあえて政情不安による治安悪化のリスクが存在するボリビアに入ったのも、実際デモという形で自分達の考えを主張する行為の裏側にあるものを知りたかったし、五感を持ってそれを感じたかった。道路封鎖という手段でデモを行っていた人たちは間違いなく先住民族のインディオ系の方々だった。彼らが何を望むか、それは貧困からの脱出である。仮に共産主義体制を平等の体制と彼らが理解しているのなら、本当にそれを臨んでいるかもしれない。一説によるとそれは真だと聞く。道路封鎖の現場を撮影したがったが、撮れていても1、2枚だと思う(モノクロフィルムで撮ったのでまだ現像はしていない)。最終ラインのインディオのおばさん達が作り出しているブロックを通過した時には異様な雰囲気で、カメラを出して撮ったときの多少の危険性を感じたので撮影を控えた。何せ明らかな外国人旅行者は僕くらいだったから。そしてその先に同じバス会社のバスが待機しており、それに乗ってボリビアとアルゼンチンの国境の町VILLAZONへと向かった。バス会社としても道路封鎖を想定してる事がわかったので、頻繁に道路封鎖が起こっている事が理解できる。
というような経験をしていると、簡単にサンパウロに辿りつけそうな気がしないのは理解できるでしょう(上記の経験は特にボリビアに限った事だが)。後、サンパウロ都市圏は1500万の人が住んでいる程の大都市で簡単に目的住所に辿り着けるとは思わないからだ。ましてやブラジルではほぼ英語は通じないし。
が、ポトシ近辺で大雪のためバス内で12時間ストップ。チェーンという概念もありません、もちろんスタッドレスタイヤなんてものも存在しません。夜が明けてみると同じようにストップしていたバスがずらーっと列をなしていた。その先に見事に横転しているバスを発見。雪で足元を救われたのでしょう。そらそんなものを目の当たりにして、標高4000mの山道を走る事はできませんね。そして、その後順調に進んでいたかと思うとまたストップ。今度は何かと思うと、バス乗客が一斉に荷物を持ってバスを降りだす。仲良くなったボリビア人の青年2人が「VAMOS、VAMOS(バモース、バモース)」さぁ行こう、さぁ行こう。と言ってるので、訳もわからずとりあえず僕もバスを降り山道を歩き始める。
すると同じように多くのバスから降りて歩き出す乗客いる。しかし、外国人旅行者(欧米系・アジア系)は全くいない。少し道から外れた所が青空トイレになって、多くの人がトイレをしている(ボリビアだけが僕が行った4ヶ国のうち唯一バスにトイレがなかった)。そういう光景を横目に歩いていると僕も腹が痛くなってきた・・・。その後進んで行くと何やら人がやたらと(50-80人くらい)集まっている個所がある。
僕はその時「土砂崩れがあって、それにみんな野次馬してるんだな。」と予想した。その場所に近づくにつれて、何やら旗が見える、人が言い合っている、辺りの道路上に不自然にサボテンや茨等の痛い系植物、岩等が散在している。そう、それは道路封鎖だった。その封鎖の仕方がかなり原始的で少し笑ってしまった。そのような道路封鎖ポイントが3箇所くらいあり最終ラインは明らかに先住民系のおばちゃんで構成された人のブロックができあがっていた。彼女らの表情は憂いに満ちていて、とりあえず封鎖しとこうという惰性的なものに感じられた。
ボリビアに入る前から政情不安という事は頭に入れており、デモや道路封鎖も頻繁にあると聞いていたが、実際どのような理由でどのような人がどのようにそれを行っているかを知りたかった。チリに行くのをやめてあえて政情不安による治安悪化のリスクが存在するボリビアに入ったのも、実際デモという形で自分達の考えを主張する行為の裏側にあるものを知りたかったし、五感を持ってそれを感じたかった。道路封鎖という手段でデモを行っていた人たちは間違いなく先住民族のインディオ系の方々だった。彼らが何を望むか、それは貧困からの脱出である。仮に共産主義体制を平等の体制と彼らが理解しているのなら、本当にそれを臨んでいるかもしれない。一説によるとそれは真だと聞く。道路封鎖の現場を撮影したがったが、撮れていても1、2枚だと思う(モノクロフィルムで撮ったのでまだ現像はしていない)。最終ラインのインディオのおばさん達が作り出しているブロックを通過した時には異様な雰囲気で、カメラを出して撮ったときの多少の危険性を感じたので撮影を控えた。何せ明らかな外国人旅行者は僕くらいだったから。そしてその先に同じバス会社のバスが待機しており、それに乗ってボリビアとアルゼンチンの国境の町VILLAZONへと向かった。バス会社としても道路封鎖を想定してる事がわかったので、頻繁に道路封鎖が起こっている事が理解できる。
というような経験をしていると、簡単にサンパウロに辿りつけそうな気がしないのは理解できるでしょう(上記の経験は特にボリビアに限った事だが)。後、サンパウロ都市圏は1500万の人が住んでいる程の大都市で簡単に目的住所に辿り着けるとは思わないからだ。ましてやブラジルではほぼ英語は通じないし。
2005/10/03
内定式で東京へ&少し旅を振り返る
明日10月3日から会社の内定式が理由で3日間程東京に行ってくる(会社関係は月曜と火曜の午前だけだが)。東京在住の友人やら、同じようにあっちで内定式の友人何人かと会ってくる。2年前音楽と写真でコラボってライブをやった時(僕は写真だが)の友人が早くもタイに駐在してしまうので、しばしの別れを惜しむ会などもやってくる。
そういえば南米旅行の際に内定先のサンパウロ支店に足を運び、幸運な事に現地駐在員の方とお会いしたというラッキーな事がありました。最初はネタのつもりでどんな建物かを見る程度の計画だったんやけど、目的地住所が近づくにつれてどうせなら誰かに会いたいと思いはじめた。
いざサンパウロ支店の前に着くと、予想以上にセキュリティが高い様子で簡単に入れる感じでもなかった。日本の会社とは違い建物の周りに庭がありその周りを高い柵で取り囲んでいるような状態。なので建物に入るためには2つの玄関を通過する必要がある。敷地内に入る最初の玄関で、もう既に入れるような状態ではない。英語が通じない事が予想できるし、入る必要性がある存在とみなされる格好もしてなかったから。なんせ1ヶ月間寝るときも何をするときも一つのズボンでしたから(もちろん洗ってもいません)。
そこで柵越しに敷地内を覗くと何やらアジア系の人がタバコを吸って休憩している姿が見える。チャーンスと思い、若干躊躇はしたがもう建物の中に入ってしまいそうだったので、思いきって少々大声で「すいませーん」と呼びかける。するとその方は僕が若干失礼に思いながらも手を振っている姿に気づいてくれる。柵は棒と棒の間に十分な隙間があるのでそれ越しに会話をする。その方は少しの日本語と英語を話せる現地採用で日系ブラジルの方。僕がどういう理由でここに来ているかを熱弁すると、中に入れてくれる手続きを取ってくれた。後で分かったのだが、その方は僕がこの会社で働きたいと思っていると理解していたそうだ。英語の微妙なニュアンスが伝わっていなかったのだろう、無念。日本からの駐在員の方と話したいと告げると建物内に案内してくれて、駐在の方を呼びに行ってくれた。
少し時間が経った後に駐在員の方が現れる。日本語スピーカーつまり日本からの駐在の方はその方だけで社長補佐という役職に就かれていた。とてもお忙しい様子だったので少しの時間しかお会いする事はできなかった。その時はもろオフィスアワーだったし、ノンアポだったのでアポを取っておいてくれたら時間を取れたと言ってくれていたが僕にとってアポを取る行為はリスクのある事だった。
ボリビアの道路封鎖デモに続く
そういえば南米旅行の際に内定先のサンパウロ支店に足を運び、幸運な事に現地駐在員の方とお会いしたというラッキーな事がありました。最初はネタのつもりでどんな建物かを見る程度の計画だったんやけど、目的地住所が近づくにつれてどうせなら誰かに会いたいと思いはじめた。
いざサンパウロ支店の前に着くと、予想以上にセキュリティが高い様子で簡単に入れる感じでもなかった。日本の会社とは違い建物の周りに庭がありその周りを高い柵で取り囲んでいるような状態。なので建物に入るためには2つの玄関を通過する必要がある。敷地内に入る最初の玄関で、もう既に入れるような状態ではない。英語が通じない事が予想できるし、入る必要性がある存在とみなされる格好もしてなかったから。なんせ1ヶ月間寝るときも何をするときも一つのズボンでしたから(もちろん洗ってもいません)。
そこで柵越しに敷地内を覗くと何やらアジア系の人がタバコを吸って休憩している姿が見える。チャーンスと思い、若干躊躇はしたがもう建物の中に入ってしまいそうだったので、思いきって少々大声で「すいませーん」と呼びかける。するとその方は僕が若干失礼に思いながらも手を振っている姿に気づいてくれる。柵は棒と棒の間に十分な隙間があるのでそれ越しに会話をする。その方は少しの日本語と英語を話せる現地採用で日系ブラジルの方。僕がどういう理由でここに来ているかを熱弁すると、中に入れてくれる手続きを取ってくれた。後で分かったのだが、その方は僕がこの会社で働きたいと思っていると理解していたそうだ。英語の微妙なニュアンスが伝わっていなかったのだろう、無念。日本からの駐在員の方と話したいと告げると建物内に案内してくれて、駐在の方を呼びに行ってくれた。
少し時間が経った後に駐在員の方が現れる。日本語スピーカーつまり日本からの駐在の方はその方だけで社長補佐という役職に就かれていた。とてもお忙しい様子だったので少しの時間しかお会いする事はできなかった。その時はもろオフィスアワーだったし、ノンアポだったのでアポを取っておいてくれたら時間を取れたと言ってくれていたが僕にとってアポを取る行為はリスクのある事だった。
ボリビアの道路封鎖デモに続く
2005/09/30
阪神優勝
てか、一昨日帰国したら阪神がマジック1ですか。一ヶ月前出発する時にはまだ中日と競ってたのに。で、昨日阪神優勝ですね。研究室の仲間4人が甲子園でみていたらしく、僕の研究室からの帰りとタイミングがあったため、ミナミに繰り出す計画を実行。道頓堀川は完全に封鎖されている事は分かっていたけど、どんな感じに盛り上がっているか楽しみだった。
やはり道頓堀は盛り上がっていた。ほんと祭りだった。あれだけの人を狂乱させる阪神のパワーは物凄いと思った。道頓堀の飛び込みが不可となると、何か別のおもろい事を考える(大阪人のDNAなのでしょうか)。引っ掛け橋南の地上4階程の高さがある広告塔に数人が交互によじ登り、お立ち台ですか。楽しいアホな事をされていました。いやーVIVA阪神なエンターティナーがたくさんいるものです。しばらくミナミの街を徘徊したあと、東心斎橋のBARと湊町のオープンテラスでカジュアルな飲み屋2軒を梯子して朝まで久々の再会を兼ねて話してました。もちろん辺りは阪神優勝ムード一色でした。
なんか大阪が以前よりもさらに好きになりました。
やはり道頓堀は盛り上がっていた。ほんと祭りだった。あれだけの人を狂乱させる阪神のパワーは物凄いと思った。道頓堀の飛び込みが不可となると、何か別のおもろい事を考える(大阪人のDNAなのでしょうか)。引っ掛け橋南の地上4階程の高さがある広告塔に数人が交互によじ登り、お立ち台ですか。楽しいアホな事をされていました。いやーVIVA阪神なエンターティナーがたくさんいるものです。しばらくミナミの街を徘徊したあと、東心斎橋のBARと湊町のオープンテラスでカジュアルな飲み屋2軒を梯子して朝まで久々の再会を兼ねて話してました。もちろん辺りは阪神優勝ムード一色でした。
なんか大阪が以前よりもさらに好きになりました。
2005/09/29
帰国
今日一ヶ月の旅から帰ってきました。9月27日(火)の9時30分エアカナダ、トロント発バンクーバー経由で9月28日(水)の17時関空着でした。帰りの飛行機はずっと昼間で寝れるか心配だっが、バンクーバー発の機内食でビールとワインを連続で飲んだので結構よく寝れた。特に疲れもなく関空に着いた訳だが、何やら今、蚊にかまれたようなできものが体、特に腕に広がっている。自分でそれを見て鳥肌が立つくらい。うぁーきもっ。関空の検疫所ではマラリアの潜伏期間は4週間とか言ってたので少し心配。先ほど洗濯物を出すときに親が変な虫を発見。明らかに日本に居なさそうな虫。あーきもっ。虫はほんと嫌い。マチュピチュに居た得たいの知れない小さい虫もうざかった。小さいのにやたらと攻撃力が高い。蚊にかまれたみたいなかゆさがあるのだが、かゆみと痕がひどいと2週間ほど続く。旅での虫系だけは注意が必要。
今日はこのできものが早く治る事を祈りながら眠ります。
今日はこのできものが早く治る事を祈りながら眠ります。
2005/09/26
i`m in Toronto.i`ll back to Japan tomorrow
hi!now 9/26 am 10:30,i`m in Toronto.it`s rainy today.i came here from Sao Paulo yesterday.
In Sao Paulo,i watched football game of Sao Paulo FC.it was very nice.amd I saw some architecture by oscar nemyer.for example,memory of Latine America and copan edifico.
yesterday,I walked around in Toronto.it`s clean,safety traffic,nice building.but i felt normal,not exciting.i felt excited little to Chinatown.In that place,they are vitarity same as other place of Chinatown. and i ate Chinese food(wantang-noodle,spring roll).
today,i`ll go to record and book shop and so on.i`ll chill out here.
In Sao Paulo,i watched football game of Sao Paulo FC.it was very nice.amd I saw some architecture by oscar nemyer.for example,memory of Latine America and copan edifico.
yesterday,I walked around in Toronto.it`s clean,safety traffic,nice building.but i felt normal,not exciting.i felt excited little to Chinatown.In that place,they are vitarity same as other place of Chinatown. and i ate Chinese food(wantang-noodle,spring roll).
today,i`ll go to record and book shop and so on.i`ll chill out here.
2005/09/22
I'm in Rio de Janeiro.next to Sao poulo
Bon noches!9/21 PM22.i'm in Rio de janeiro.yesterday i came here from Igauz by bus.it took 24hours and i felt it to be very tired because i used flight from Buenos aires to Iguaz.i was very impressed to Iguaz fall.i respected nature.
i stay hostel in Ipanema.It's very nice around here.But I hear it's dangerous little bit in Rio,so I'm in hostel now.today I walked around Rio de Janeiro by using some transportation.for example I went to Ipanema,Copacabana,niteroi and so on.i went to niteroi museum by Oscar Niemeyer(i wanted to go there before).Inside exbition is not good,but Architecter is good.Ipanema,Copacabana beach is wonderful,so if possible i want to swim tomorrow.i have swim pants.
tomorrow i'll go to corcovado and so on.and evening i'll go to Sao paulo by bus(about 7hours).day after tomorrow,i ll see football game of Sao paulo FC.my friend live in sao paulo will invite me that football game.when i crused in Puno,i met with him.
i stay hostel in Ipanema.It's very nice around here.But I hear it's dangerous little bit in Rio,so I'm in hostel now.today I walked around Rio de Janeiro by using some transportation.for example I went to Ipanema,Copacabana,niteroi and so on.i went to niteroi museum by Oscar Niemeyer(i wanted to go there before).Inside exbition is not good,but Architecter is good.Ipanema,Copacabana beach is wonderful,so if possible i want to swim tomorrow.i have swim pants.
tomorrow i'll go to corcovado and so on.and evening i'll go to Sao paulo by bus(about 7hours).day after tomorrow,i ll see football game of Sao paulo FC.my friend live in sao paulo will invite me that football game.when i crused in Puno,i met with him.
2005/09/17
now i'm in Buenos aires.
Buenos noches.
i'm in Buenos aires.now it's seprember 16th 23:00.
3hours ago,i just came here from san salvadol de jujuy in Argentina.
it's take 2days by bus from potoshi in Bolivia,because there is many happenings.
one is snow,and the other is blocked road by Indio in Bolivia.
The fuct of blocked road tell me about bad policy situation of Bolivia.
it's incredible for me.i want to tell in detail after,and use japanese font.
i feel Buenos aires is good city,and there are many fashionable people look like Europe.I felt so when i had dinner and i walk around here. and i think it's not dangerous here.
now i'm sleepy because i had much cerveza(beer) and vino(wine) with two guys from Bolivia.I came from Potoshi with two guys and one family.so it's fun for me to spend time on bus.
tomorrow,i will dig and walk aroud this city.i'm looking forward to.
good night,ciao.
i'm in Buenos aires.now it's seprember 16th 23:00.
3hours ago,i just came here from san salvadol de jujuy in Argentina.
it's take 2days by bus from potoshi in Bolivia,because there is many happenings.
one is snow,and the other is blocked road by Indio in Bolivia.
The fuct of blocked road tell me about bad policy situation of Bolivia.
it's incredible for me.i want to tell in detail after,and use japanese font.
i feel Buenos aires is good city,and there are many fashionable people look like Europe.I felt so when i had dinner and i walk around here. and i think it's not dangerous here.
now i'm sleepy because i had much cerveza(beer) and vino(wine) with two guys from Bolivia.I came from Potoshi with two guys and one family.so it's fun for me to spend time on bus.
tomorrow,i will dig and walk aroud this city.i'm looking forward to.
good night,ciao.
2005/09/14
i'm in potoshi. next (villazon) argentina
hi.now,i'm in potoshi.but sooner i must go bus terminal in potoshi(rest 30minutes).i will go to villazon.it,s border town between argentina and bolivia. from there,i go directly to buenosaires. just go bus stastion. story of potoshi and uyuni is later.
ciao!
ciao!
2005/09/12
Boliva.I'm in Uyuni(salar de Uyuni),next to Potosi
Buenas tardes!こにゃにゃちわ。9月11日正午現在、ボリビアのウユニという、とてつもなくでかい
塩の平原(salar de Uyuni)の近くの町にいます。意外と日本語フォントが入ってるものです。日本人観光客が多い証拠です。今日は午後4時頃から、塩の平原に向かい、そのど真ん中にあるホテルに泊まる予定。やぶぁいらしいです。ほんと、マチュピチュより感動したっていう人をよく聞きます。
てか、昨日ラパスからバスでORUROを経由してトータル12時間くらいでここにやってきたのですが、そのバス最悪でした。ORUROを出てからはずっと砂利道の上を走って(7時間くらい)、バスもしょぼいし、窓が氷つくほど激寒やし、何といっても砂煙がバスの中を覆ってたことはきつかった。且つ縦ゆれ、横揺れのオンパレード。当初はこれくらいの事を予想していたんやけど、ペルーのバスの感覚が抜けきれずやった。
ラパスから南の観光地に行く際の道が整備されていない事は、この国の状況を表しているのだろうか。物価に関しては、ペルーよりも格段に安いです。1US$は8BOLIVIANO(ボリビアの通貨)で、普通のホテルはシングルで25BOLIVIANO程で泊まれる。さっき食べた外国人向けの朝食も10BOLI。昨日夜食べた、南米でメジャー食事、鶏(ケンタッキーみたいなん)とポテトの組み合わせが7BOLI。まぁこんな感じで安いのです。ただ今日の夕方からの塩のホテルに泊まって塩の平原をくまなく楽しむ1泊2日のツアーは40US$。
そして、明日の夕方にUyuniに戻り、そのままバスで標高4000mの銀山の町ポトシに向かいます。鉱山の現状を知るツアーに行く予定。その後、国境を越えアルゼンチンに入る予定。てか、かなり急ぎめでいかないと旅を終結できないなと感じ始めている。
塩の平原(salar de Uyuni)の近くの町にいます。意外と日本語フォントが入ってるものです。日本人観光客が多い証拠です。今日は午後4時頃から、塩の平原に向かい、そのど真ん中にあるホテルに泊まる予定。やぶぁいらしいです。ほんと、マチュピチュより感動したっていう人をよく聞きます。
てか、昨日ラパスからバスでORUROを経由してトータル12時間くらいでここにやってきたのですが、そのバス最悪でした。ORUROを出てからはずっと砂利道の上を走って(7時間くらい)、バスもしょぼいし、窓が氷つくほど激寒やし、何といっても砂煙がバスの中を覆ってたことはきつかった。且つ縦ゆれ、横揺れのオンパレード。当初はこれくらいの事を予想していたんやけど、ペルーのバスの感覚が抜けきれずやった。
ラパスから南の観光地に行く際の道が整備されていない事は、この国の状況を表しているのだろうか。物価に関しては、ペルーよりも格段に安いです。1US$は8BOLIVIANO(ボリビアの通貨)で、普通のホテルはシングルで25BOLIVIANO程で泊まれる。さっき食べた外国人向けの朝食も10BOLI。昨日夜食べた、南米でメジャー食事、鶏(ケンタッキーみたいなん)とポテトの組み合わせが7BOLI。まぁこんな感じで安いのです。ただ今日の夕方からの塩のホテルに泊まって塩の平原をくまなく楽しむ1泊2日のツアーは40US$。
そして、明日の夕方にUyuniに戻り、そのままバスで標高4000mの銀山の町ポトシに向かいます。鉱山の現状を知るツアーに行く予定。その後、国境を越えアルゼンチンに入る予定。てか、かなり急ぎめでいかないと旅を終結できないなと感じ始めている。
I had my pocket picked in Lapaz!!
ラパスでの話。結果的に9月10日午前11時ごろ、初スリに会いました!
旅の半ばで気が緩んでいたのかもしれないが、街中で悠々とシャッターを切っていた。果物のフレッシュジュースを屋台で悠々と飲んで居たときにチェックされていたのだろう。ジュースを飲み終えた後、お金を払い(2BOLI)、財布をズボンの左ポケットに入れ、肩にカメラをぶら下げたまま人が行き交うごみごみとした市場の細い路地へ歩み始めた。
商店の軒と青空市場の間を通り過ぎようとしたその時、何かわからない水分が自分の顔にかかった。その瞬間、反射的に上から何か水が落ちてきたのかと思い上を見上げた。その時両サイドには2、3人の男の気配。彼らも水分がかかったのかと思うようなリアクション。かなり一瞬なので顔も確認できないくらい。その後、左ポケットに手をあてると明らかに財布がない空虚な感覚。その瞬間2、3人の男の行方を見たが、どれも違う方向に消えていった。さらに反射的にその財布の重要度を確認。あまり重要でない事が判明。旅行でしか使わない6年前に買った財布。中身は15US$と250BOLIVIANO。合計4000円くらい。
ほんと、不幸中の幸いだった。ラパスで3日間滞在したホステルの支払いを済ませたとこだったし、現地通貨がなくなっていたので両替に行こうとしていたとこだった。犯人は支払いの際に出し入れしていた財布を狙っての犯行だったが、僕の旅の時の命は右ポケットなんですよね。あまり具体的に話すと今後恐いので止めときます。ただ、この件をきっかけに旅の安全面に関してかなり気が引き締まった。安全対策委員会が1時間ほど自分の中で行われた。ただ、あの時顔にかかった水分、おそらく唾だと思います。唾かけスリがボリビアであるという内容を何かでチェックしていた。そう思うと無性に腹がたった。
スリに遭う前の話。ラパスに着いた時、ボリビアの政情があまりよろしくないと聞いていたが、ストなどで騒がしい感じではなかった。夕方になると、ボンボンと何やら爆発の音がするのだが、花火を上げているらしい。市民の政治に対する反発と捉えていいのだそうだ。町中を小型バスで移動している時、警官が武装し銀行や官邸など一つの場所に集まっているのを見えた。少し緊張する瞬間だった。
ville de Luna(月の谷)で会った日本人学生に連れられて、日本人folkloreミュージシャン(福田大治さん)のコンサートに行った。ゲバラにささげる曲はボリビアの人にオオウケだった。やはりこの国においてゲバラは英雄らしい。その関係だと思うがキューバ料理屋が目に付いた。そのコンサートが終わってから、ボリビアに留学している日本人留学生含め、キューバ料理屋に行った。MOJHITOはうまかった。CUBANITOというラムとトマトとタバスコを入れた酒は僕にとって罰ゲームだった。
何かこの国、ボリビアの政情に関してもう少し深く知りたいと思うようになった。民主主義、市場経済主義を敷いている国の体制に不満を持つ貧困層(主に先住民のインディオ)がストやデモを引き起こしている事。確かにペルーに比べてボリビアの方が先住民族の数が目立つ。先住民的な意識では誰もが平等を良しとする社会主義的な政権を望んでいるのだろうか。もし彼らの中にゲバラを崇拝する事が政治的願望とリンクするなら、それをこの国に身を置き感じれた経験は僕にとってpricelessだ。では、なぜこの現時点の体制が先住民を中心とする貧困層を生み出すのかだが、一つに主要産業がないことが挙げられる。それ以外にもっと根元的なもの民族的なものがあるように感じる。この点はゲバラが南米の政治体制に矛盾を感じていた通ずる。次に行くポトシ銀山でも何か新しい発見があるように思う。
旅の半ばで気が緩んでいたのかもしれないが、街中で悠々とシャッターを切っていた。果物のフレッシュジュースを屋台で悠々と飲んで居たときにチェックされていたのだろう。ジュースを飲み終えた後、お金を払い(2BOLI)、財布をズボンの左ポケットに入れ、肩にカメラをぶら下げたまま人が行き交うごみごみとした市場の細い路地へ歩み始めた。
商店の軒と青空市場の間を通り過ぎようとしたその時、何かわからない水分が自分の顔にかかった。その瞬間、反射的に上から何か水が落ちてきたのかと思い上を見上げた。その時両サイドには2、3人の男の気配。彼らも水分がかかったのかと思うようなリアクション。かなり一瞬なので顔も確認できないくらい。その後、左ポケットに手をあてると明らかに財布がない空虚な感覚。その瞬間2、3人の男の行方を見たが、どれも違う方向に消えていった。さらに反射的にその財布の重要度を確認。あまり重要でない事が判明。旅行でしか使わない6年前に買った財布。中身は15US$と250BOLIVIANO。合計4000円くらい。
ほんと、不幸中の幸いだった。ラパスで3日間滞在したホステルの支払いを済ませたとこだったし、現地通貨がなくなっていたので両替に行こうとしていたとこだった。犯人は支払いの際に出し入れしていた財布を狙っての犯行だったが、僕の旅の時の命は右ポケットなんですよね。あまり具体的に話すと今後恐いので止めときます。ただ、この件をきっかけに旅の安全面に関してかなり気が引き締まった。安全対策委員会が1時間ほど自分の中で行われた。ただ、あの時顔にかかった水分、おそらく唾だと思います。唾かけスリがボリビアであるという内容を何かでチェックしていた。そう思うと無性に腹がたった。
スリに遭う前の話。ラパスに着いた時、ボリビアの政情があまりよろしくないと聞いていたが、ストなどで騒がしい感じではなかった。夕方になると、ボンボンと何やら爆発の音がするのだが、花火を上げているらしい。市民の政治に対する反発と捉えていいのだそうだ。町中を小型バスで移動している時、警官が武装し銀行や官邸など一つの場所に集まっているのを見えた。少し緊張する瞬間だった。
ville de Luna(月の谷)で会った日本人学生に連れられて、日本人folkloreミュージシャン(福田大治さん)のコンサートに行った。ゲバラにささげる曲はボリビアの人にオオウケだった。やはりこの国においてゲバラは英雄らしい。その関係だと思うがキューバ料理屋が目に付いた。そのコンサートが終わってから、ボリビアに留学している日本人留学生含め、キューバ料理屋に行った。MOJHITOはうまかった。CUBANITOというラムとトマトとタバスコを入れた酒は僕にとって罰ゲームだった。
何かこの国、ボリビアの政情に関してもう少し深く知りたいと思うようになった。民主主義、市場経済主義を敷いている国の体制に不満を持つ貧困層(主に先住民のインディオ)がストやデモを引き起こしている事。確かにペルーに比べてボリビアの方が先住民族の数が目立つ。先住民的な意識では誰もが平等を良しとする社会主義的な政権を望んでいるのだろうか。もし彼らの中にゲバラを崇拝する事が政治的願望とリンクするなら、それをこの国に身を置き感じれた経験は僕にとってpricelessだ。では、なぜこの現時点の体制が先住民を中心とする貧困層を生み出すのかだが、一つに主要産業がないことが挙げられる。それ以外にもっと根元的なもの民族的なものがあるように感じる。この点はゲバラが南米の政治体制に矛盾を感じていた通ずる。次に行くポトシ銀山でも何か新しい発見があるように思う。
2005/09/08
I'm in Puno, next to Lapaz
いやいや、ペルーにきて初めて日本語フォントが使えます。今は9月7日の22時でPUNOという標高3800メートルのペルーの街に来ています。ここはチチカカ湖という世界一標高の高い湖があります。今日は朝7時から夕方5時までその湖をクルージングしてきました。途中、欧米版大富豪をフェリーの上でやりました。フランス、イギリス、ベルギー、イスラエル、ブラジル、これまた面白い面子です。ルールは日本と比べてマイナーチェンジしてますが、まぁ理解はできます。大富豪はプレジデントと呼んでいたが、日本で用いる貧民等の表現は民族的に用いなくてそれらはドクロと訳していました。僕が一瞬、slave?と言ったら、NoNO Dokuroって言われました。いや、でもこれを書いてて思うのだが、ドクロって日本語なのでは。でも確かに彼らはドクロと言っていたのですよ。それをきっかけに、かれらと色々仲良くさせてもらいましたわ。パリで今面白い場所や、イスラエル、パレスチナの状態、サンパウロFCを観に連れていってやる等などかなり楽しい時間をすごしました。何よりも生の声で話、情報を聞けるのが貴重な経験です。何かものすごく世界における自分の位置づけを考えてしまう時間でもある。
チチカカ湖のクルージング話。インディオにとって、古くから様々な意味合いを持つ湖なので、現在でも彼らはそこに住んでいる。彼らの暮らしを見物するプログラムもあり、色んな驚きもあったが観光用に作られた感がもちろんあった。どのような心境で彼らは僕らツーリストに自分たちの暮らしをさらけ出しているのだろうかと思う。従来のように、魚を湖でとってそれと物々交換で野菜などを仕入れる暮らしよりも楽なのだろうか(もちろん今も魚類は採っているが)。
明日、9月8日朝7時のバスでボリビア、ラパスに向かいます。当初の予定とは変更です。ウユニの塩の平原を見てみたい事や、ポトシ銀山にも行っておきたい。ゲバラの事も一要因です。
ペルー最後の夜に思うのだが、この国は相当な観光資金を手に入れているし、力を入れている。マチュピチュを例に考えると、クスコから1泊2日で行って帰ってくるのに安くても1万円程必要で、現地の人で行く人はほとんどいない。現地の人は1食200円程(店で)ですから結構な裕福層じゃないと難しいことがわかる。この旅をする上で結構高いプランに毎日先進各国から引っ切り無しに人が押し寄せる。クスコからマチュピチュの麓アグアスカリエンテスまでの鉄道は連日満席に近い(シーズンにもよるが)。僕も行き当たりばったりでチケットをとった。うん、マチュピチュビジネスは大成功してると思う。そんなビジネス的な観点ばかりで眺めているわけでなく、感動しまくってますから。ペルーの観光以外の産業はどうか?日本を代表するような産業、つまり電子機器産業や自動車産業はこの国には存在しない。電化製品はソニー、松下、シャープ、サムスン、LGだし、車はトヨタ、三菱、日産、現代、ホンダ、ワーゲンだし。街ではキョロキョロしてるがペルー製を見たことない。なので、観光産業に力を入れざるを得ないとも言える。まだ観光資源に恵まれているペルーは幸いだ。
コロンビアでも電子機器や自動車市場は日本や欧米の企業に牛耳られているらしい。昨日クスコからプーノまでバスが一緒で仲良くなったコロンビア人のオスカーが言ってた。昨日は彼とプーノで部屋をshareし、夜は一緒にピスコサワー(ピスコはペルーを代表するお酒)を飲んだ。彼は僕と全く同じ年生まれで、大学では環境学を学んでいるらしい。かなり気さくで笑いのツボが似ていた。ラパスで石油会社からの研究依頼で調査しに行くらしい。その後、ブエノスアイレスの姉さんの所で2ヶ月間stayするらしい。eosの海外版の一眼レフを持っていたなぁ。多分kissシリーズの海外版っぽい。
更新が若干滞っているとのY.M君からの指摘がありましたが、この通り(?)生きています。元気です。ちょっと体が痒いけど。マチュピチュではホント感動して、さらにマチュピチュの背後にそびえるワイナピチュと言う山に登り、そこからのマチュピチュやそれを取り囲む山々の風景は最高でした。かなりタイトめなスケジュール且つ色んな人との出会いも会ったので、ネットできない状態でしたねん。俺、ほんとに良い経験をこの旅でしてると思います。
ではそろそろペルー最後の夜を締めたいと思います。CIAO!
チチカカ湖のクルージング話。インディオにとって、古くから様々な意味合いを持つ湖なので、現在でも彼らはそこに住んでいる。彼らの暮らしを見物するプログラムもあり、色んな驚きもあったが観光用に作られた感がもちろんあった。どのような心境で彼らは僕らツーリストに自分たちの暮らしをさらけ出しているのだろうかと思う。従来のように、魚を湖でとってそれと物々交換で野菜などを仕入れる暮らしよりも楽なのだろうか(もちろん今も魚類は採っているが)。
明日、9月8日朝7時のバスでボリビア、ラパスに向かいます。当初の予定とは変更です。ウユニの塩の平原を見てみたい事や、ポトシ銀山にも行っておきたい。ゲバラの事も一要因です。
ペルー最後の夜に思うのだが、この国は相当な観光資金を手に入れているし、力を入れている。マチュピチュを例に考えると、クスコから1泊2日で行って帰ってくるのに安くても1万円程必要で、現地の人で行く人はほとんどいない。現地の人は1食200円程(店で)ですから結構な裕福層じゃないと難しいことがわかる。この旅をする上で結構高いプランに毎日先進各国から引っ切り無しに人が押し寄せる。クスコからマチュピチュの麓アグアスカリエンテスまでの鉄道は連日満席に近い(シーズンにもよるが)。僕も行き当たりばったりでチケットをとった。うん、マチュピチュビジネスは大成功してると思う。そんなビジネス的な観点ばかりで眺めているわけでなく、感動しまくってますから。ペルーの観光以外の産業はどうか?日本を代表するような産業、つまり電子機器産業や自動車産業はこの国には存在しない。電化製品はソニー、松下、シャープ、サムスン、LGだし、車はトヨタ、三菱、日産、現代、ホンダ、ワーゲンだし。街ではキョロキョロしてるがペルー製を見たことない。なので、観光産業に力を入れざるを得ないとも言える。まだ観光資源に恵まれているペルーは幸いだ。
コロンビアでも電子機器や自動車市場は日本や欧米の企業に牛耳られているらしい。昨日クスコからプーノまでバスが一緒で仲良くなったコロンビア人のオスカーが言ってた。昨日は彼とプーノで部屋をshareし、夜は一緒にピスコサワー(ピスコはペルーを代表するお酒)を飲んだ。彼は僕と全く同じ年生まれで、大学では環境学を学んでいるらしい。かなり気さくで笑いのツボが似ていた。ラパスで石油会社からの研究依頼で調査しに行くらしい。その後、ブエノスアイレスの姉さんの所で2ヶ月間stayするらしい。eosの海外版の一眼レフを持っていたなぁ。多分kissシリーズの海外版っぽい。
更新が若干滞っているとのY.M君からの指摘がありましたが、この通り(?)生きています。元気です。ちょっと体が痒いけど。マチュピチュではホント感動して、さらにマチュピチュの背後にそびえるワイナピチュと言う山に登り、そこからのマチュピチュやそれを取り囲む山々の風景は最高でした。かなりタイトめなスケジュール且つ色んな人との出会いも会ったので、ネットできない状態でしたねん。俺、ほんとに良い経験をこの旅でしてると思います。
ではそろそろペルー最後の夜を締めたいと思います。CIAO!
2005/09/04
tomorrow is machu picchu
buenas tardes,i am in cuzco.
i came here yesterday(9/2) by bus.i was very tired because it was 22hours from Lima on the zigzag road,and what's more,high altitude.But(i think)the bus which i got is better than ones in Japan.when i was on the bus,i was served meal 3 times(look like airplain). its cost is about 20 dollars.Long-distance bus market is hard competition in Peru.On the other hand ,train which i will get on tomorrow from cuzco to machu picchu is monopoly of perurail.train cost is about 50 dollars,about 4 hours. i can learn some things from above fucts.but i'm looking forward to train to machu picchu.
cuzco's story.cuzco is very nice city ,with traditionally,historically,very fine weather.until a few minutes ago(now 9/3 pm10),i take photos of night view with tripod.i expect this negatives include good works.from now on,i try to take more photos.
ciao!
i came here yesterday(9/2) by bus.i was very tired because it was 22hours from Lima on the zigzag road,and what's more,high altitude.But(i think)the bus which i got is better than ones in Japan.when i was on the bus,i was served meal 3 times(look like airplain). its cost is about 20 dollars.Long-distance bus market is hard competition in Peru.On the other hand ,train which i will get on tomorrow from cuzco to machu picchu is monopoly of perurail.train cost is about 50 dollars,about 4 hours. i can learn some things from above fucts.but i'm looking forward to train to machu picchu.
cuzco's story.cuzco is very nice city ,with traditionally,historically,very fine weather.until a few minutes ago(now 9/3 pm10),i take photos of night view with tripod.i expect this negatives include good works.from now on,i try to take more photos.
ciao!
2005/09/02
Lima is fun, next is cuzco
hola! now i'm in lima. lima is safety and fun. yesterday, i saw and dug someplace in lima by bicycle. i like bycycle,in japan too.i rode coastline of the pacific.the pacific ocean view is wonderful because it was fine(often cloudy in lima).
and last night, i had a party in hostel with australian,canadian,german,italian,englishman,swiss,espanola,finlandian and peruvian.i was familiar with them much more than i expected.Lady from spain was very cute! we had much drink and special time!! .
today's evening i will go to cuzco by bus. it's about 20hour! i expect very tired.cuzco(altitude 3000m) was capital of inca emperia and is given world heritage.
i'm looking forward to. ciao!
and last night, i had a party in hostel with australian,canadian,german,italian,englishman,swiss,espanola,finlandian and peruvian.i was familiar with them much more than i expected.Lady from spain was very cute! we had much drink and special time!! .
today's evening i will go to cuzco by bus. it's about 20hour! i expect very tired.cuzco(altitude 3000m) was capital of inca emperia and is given world heritage.
i'm looking forward to. ciao!
2005/08/30
IN LIMA
Buenos diaz!
now 8/30 AM9,I'm in Lima.Between Peru and Japan,time difference is 14 hous. it's cloudy and little cold.
I'm tired of long flight,total 20hour! through vancouver,toronto.
from now,I will go to see the Pacific on foot.The further side of the sea,there is Japan!
Que tenga un buen dia.
now 8/30 AM9,I'm in Lima.Between Peru and Japan,time difference is 14 hous. it's cloudy and little cold.
I'm tired of long flight,total 20hour! through vancouver,toronto.
from now,I will go to see the Pacific on foot.The further side of the sea,there is Japan!
Que tenga un buen dia.
2005/08/28
南米へ
明日、8月29日から学生最後の夏を締めくくるであろう放浪の旅に出ます。行き先は掲題の通り南米!!リマIN サンパウロOUTです。ペルー、チリ、アルゼンチン、ブラジルの順でGOGO!帰りに特に意味はないが、エアカナダ利用だからトロントに3日間ストップオーバーして滞在予定。
今日は南米での色んなリスクを想定しつつ、カードや保険の規約書を熟読したり、窓口に行って説明を求めたり、トラベラーズチェックと現金の比率を決めた上で両替したり・・・と。普段の旅ではしないような事まで今回は念入りに行った。向こうの天候や季節を考慮して、モノクロやカラーのフィルムを選んだりしてるとすぐに時間が経ってしまった。
とりあえず安全第一、BUT オープンマインドで行ってきます。
このBLOGに旅日記更新しようかと考えております。
今日は南米での色んなリスクを想定しつつ、カードや保険の規約書を熟読したり、窓口に行って説明を求めたり、トラベラーズチェックと現金の比率を決めた上で両替したり・・・と。普段の旅ではしないような事まで今回は念入りに行った。向こうの天候や季節を考慮して、モノクロやカラーのフィルムを選んだりしてるとすぐに時間が経ってしまった。
とりあえず安全第一、BUT オープンマインドで行ってきます。
このBLOGに旅日記更新しようかと考えております。
2005/08/18
Read recently 更新
Read recentlyを更新しました。
・木を見る西洋人 森をみる東洋人/リチャード・E・ニスベット
・レクサスとオリーブの木/トーマス・フリードマン
・仕事力(朝日新聞社)
・コーポレートガバナンスの経済学/小佐野広
・経済物理学(エコノフィジックス)の発見/高安秀樹
・フランス映画史の誘惑/中条省平
・さおだけ屋はなぜ潰れないのか?/山田真哉
・木を見る西洋人 森をみる東洋人/リチャード・E・ニスベット
・レクサスとオリーブの木/トーマス・フリードマン
・仕事力(朝日新聞社)
・コーポレートガバナンスの経済学/小佐野広
・経済物理学(エコノフィジックス)の発見/高安秀樹
・フランス映画史の誘惑/中条省平
・さおだけ屋はなぜ潰れないのか?/山田真哉
2005/08/17
BLUE NOTE
一昨日OSAKA BLUE NOTEに行ってきた。ハービスENTに移転してからは初めて訪れたが、内部空間は移転前とほぼ同じだった。というか東京等のBLUE NOTEも同じような空間になっているんでしょうね。観てきたのは小曽根真トリオ。彼のラジオプログラムを聞くし、以前から興味がありライブに行きたい思っていたアーティストだった。この期間、学生はスチューデント優待が適用されるので、普段の半額でライブを楽しむ事ができた。ドリンクはデュポネソーダを頼んだ(MENUには載ってないがロックでも大丈夫)。
最新アルバム「REAL」からの楽曲演奏だった。印象的だったのはベーシストのジェームス・ジーナス 作曲の「OCTOBER SONG」と小曽根真作曲でエレクトリック・ピアノのフェンダーローズを用いた「DANCE ON THE BEACH」だった。OCTOBER SONGの序盤のメロディーにぐぐっときて、DANCE ON THE BEACHのフェンダーローズの幻想的な生音は自分にとって新鮮だった。
音楽評論家みたいに音楽から得た感情を理論的に説明する事はできないけど、抽象的な感情が芽生える時間って必要だと思った。音楽や芸術などからプラスの抽象的な感情を持つ事で、非日常的な感覚が生じる。自分の柱となる時間(自分の柱となる時間なんて学生の自分には存在しないに等しいのですが・・・)から切り離された、非日常的で自由でリラックスしたいい時間を過ごす事が自分の幸せ度を向上させると思う。結局いい時間を過ごすためには機会を作り出す必要があると思いますが。コンサートホールみたいに観客が多くなくアーティストの距離も近いので、ライブを楽しむという点でBLUE NOTEではいい時間を過ごせたと思う(色んな意味で)。
最新アルバム「REAL」からの楽曲演奏だった。印象的だったのはベーシストのジェームス・ジーナス 作曲の「OCTOBER SONG」と小曽根真作曲でエレクトリック・ピアノのフェンダーローズを用いた「DANCE ON THE BEACH」だった。OCTOBER SONGの序盤のメロディーにぐぐっときて、DANCE ON THE BEACHのフェンダーローズの幻想的な生音は自分にとって新鮮だった。
音楽評論家みたいに音楽から得た感情を理論的に説明する事はできないけど、抽象的な感情が芽生える時間って必要だと思った。音楽や芸術などからプラスの抽象的な感情を持つ事で、非日常的な感覚が生じる。自分の柱となる時間(自分の柱となる時間なんて学生の自分には存在しないに等しいのですが・・・)から切り離された、非日常的で自由でリラックスしたいい時間を過ごす事が自分の幸せ度を向上させると思う。結局いい時間を過ごすためには機会を作り出す必要があると思いますが。コンサートホールみたいに観客が多くなくアーティストの距離も近いので、ライブを楽しむという点でBLUE NOTEではいい時間を過ごせたと思う(色んな意味で)。
2005/08/15
同窓会
昨日は初の高校学年全体の同窓会があった。3セクで悪評高きりんくうゲートタワービルの全日空ゲートタワーホテルにて。9クラス(1クラス約40名)からなる学年で、160名程の参加があった。クラス担任参加者は2人だったのが少しさびしかった。
高校卒業して早6年、中々懐かしいものです。なんなんでしょうね、高校時代一緒の時間を過ごしたというあの親近感。最も素の部分が曝け出されていて、互いに秘密を知っているような。これから知り合う人とはどこか異なる、飾られていない自分が出せるような。基本的に自分自身のノリや性格は変わらないと思っているが、どこから変わらないというと僕の場合高校からだと思う。地元に根付きながらも精神的にも成長してきて、色々葛藤し、でもバカ騒ぎして将来の不安も全くなく、自由な感情で過ごしてきたのが高校時代だったと思うなぁ。そんなある意味大学時代よりも、純粋で自由な精神の元で過ごした高校の友達は落ち着くという点ではビンゴだと思う。
同窓会会場では、皆自前のデジカメで写真を撮っていたけど、高校の時にはそんなもの誰も持っていませんでしたから。ポケットベル全盛期の時代やったしな。時の移り変わりを感じさせるエピソードでした。
高校卒業して早6年、中々懐かしいものです。なんなんでしょうね、高校時代一緒の時間を過ごしたというあの親近感。最も素の部分が曝け出されていて、互いに秘密を知っているような。これから知り合う人とはどこか異なる、飾られていない自分が出せるような。基本的に自分自身のノリや性格は変わらないと思っているが、どこから変わらないというと僕の場合高校からだと思う。地元に根付きながらも精神的にも成長してきて、色々葛藤し、でもバカ騒ぎして将来の不安も全くなく、自由な感情で過ごしてきたのが高校時代だったと思うなぁ。そんなある意味大学時代よりも、純粋で自由な精神の元で過ごした高校の友達は落ち着くという点ではビンゴだと思う。
同窓会会場では、皆自前のデジカメで写真を撮っていたけど、高校の時にはそんなもの誰も持っていませんでしたから。ポケットベル全盛期の時代やったしな。時の移り変わりを感じさせるエピソードでした。
2005/08/03
甲子園

もうすぐ夏の高校野球が始まりますね。この時期になると、自分が高校まで野球少年だった事を懐かしく思います。そんな事はどうでも良いんですが、先日(7月31日)阪神戦を観に甲子園に行ってきました。研究室にインドからの留学生(博士号取得で今秋帰国予定)が居られて、その方がどうしても甲子園に行ってみたいと言われていたので、急遽初のヤフオクでチケット4枚を競り落とした。甲子園は高校野球が始まるので、阪神は長期ロードに入りオークションでも結構高値が付いていた。結局、レフトスタンド正規価格1枚あたり1700円のチケットを3000円弱で購入した。阪神人気なんやなぁとつくづく思った。
実際、甲子園に足を運ぶと独特の雰囲気がありますね、ホンマに阪神好きな方々が多い。レフトスタンドでさえも9割方阪神ファン。阪神ファンというだけで、一種の連帯感が生まれてる。お隣さんとも仲良くなったりでお菓子の交換したり(笑)それも、関西系なのでコテコテ(僕も人の事は言えないが)で面白い。試合はまぁ投手戦やったし、阪神は負けてしまったので残念でしたが。
陽が沈む頃に吹く浜風が気持ちよくて、その時に飲んだビールは最高やった。やっぱこの時期はナイターが気持ちE!一緒に行った留学生も近くに居る阪神ファンと絡んだりして楽しんでいた。この方には僕がインドに行った際、友人を紹介してくれる等非常にお世話になった人だから、この機会にすこしでも恩返しができてよかったよかった。
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