2014/01/28

アメリカの社会


アメリカ国内を移動するには大きく4つある。飛行機、車、汽車orバス、記載の順に一般的な到着時間の速さを表すが、圧倒的に飛行機は速いがコストも高い。しかし、ローコストキャリアの台頭により航空券の価格はかなり下がっている。
場合によっては鉄道よりも安い。

アメリカでは車を中心とした街づくりがなされており、基本的にはガソリン消費が促進されているような印象がある。都心部になると地下鉄等の都市機能が発達していて移動しやすいが、郊外に出ようとすると車がないとほぼ不可。バスは走っているがローカルの人のように使いこなすには時間がかかるし、頻度は多くない。

オイル会社と政治家のつながりが大きく(特に共和党)、オイル業界からの国政に対する発言権が大きいと聞いたことがある。(共和党のライス元国務長官はシェブロンの取締役等)
同様に銃社会のアメリカにて銃協会の会長が政治に与える影響が大きい等、どうしても一部の人間の利益を満たす国づくりがなされているように感じる。

直近で話題になっているマリファナのアメリカ各州における合法化についてもそれを感じてしまう。
2014/1/8The Wall Street Journalにてマリファナ合法化における各州の動きが記載されていたが、合法化にする一つの根拠として、ある有識者の主張としてマリファナよりも中毒性の高い物としてアルコールを挙げている。アルコールが合法化されているのだから、マリファナも合法化されるべきだと。
おそらくマリファナを合法化等の緩和をする事で、莫大な市場が形成され、特定の人物に巨大な利益をもたらすのかと思う。
コロラド州とワシントン州では既に合法化されており、カリフォルニア州等複数では医療用のマリファナ使用は可としている。
LAのサンタモニカ等のビーチ周辺には、マリファナ使用者が多かったが、医師(?)からのマリファナ依存証明を得る事ができればマリファナを吸う事ができるらしい。その証明は100ドル程度で得られるらしいが、正確な金額は不明。
マリファナ使用者が警察から尋問を受けた際にその証明を持っていれば「セーフ」、持っていなかったら「アウト」。
確かに街にはいくつかマリファナのマークを掲げた薬局のようなところがあった。そこで証明を受けるのであろう。これが、医療用のマリファナ使用は可としている州の現状。
種々LAに住む友人から聞いた。


医療制度はほぼ崩壊していると聞く。高額の医療費を払えず自己破産する人も多く、結果ホームレスになる人も多いとのこと。
高額の医療保険に入っていないと医師の診断を受けた際の費用を全てカバーできず、よっぽどじゃないと医師の診断を受けない状況にある。(高額の医療保険とは月々400ドル程度を指す。NYからの飛行機で横になったアメリカ人から聞いた。)
テレビを見ていても医療保険会社のCMが多い印象があった。
一方、医薬品は日本よりも安い印象。

タバコの値段も他国と比べるとかなり高い。大凡10ドル程度。サンフランシスコでは土地の値段が直近でも上がっており、ホームレスが増える要因になっているとの事。


何が言えるか。金持ちだけが住める国を作ろうとしているのではないか、アメリカ。
資本主義の行く着く先、とまでは言わないが、色々と現状を知る事ができた。


アムトラック


アムトラックはおもしろい。
今回の大陸横断でほぼこのアムトラック(鉄道)を利用した。距離やアメリカの国土の広さを感じる事ができる手段と考えたからだ。
アムトラックとはAmericatrack(軌道)でAmtrak。アメリカ全土に路線が広がっており、ワシントン州のシアトルからカルフォルニア州のサンディエゴまでの2000kmを結ぶcoast line(途中サンフランシスコやロサンジェルスを経由する)は西海岸の北から南へ縦断する。
他に、ロサンジェルスから中部のテキサス・ダラスまで約3000kmを東に向かうTexas Eagleは西海岸から内陸に向けて走行する。
また、ニューオーリンズからニューヨークの約2000km30時間かけて走行するcrescent lineなど10くらいの路線があり、いずれも2000kmを超える長距離路線となっている。

カウチシートとスリーピングシートがあり、乗客はそのどちらかを選択する。その他の車両として、食事ができるダイニング車、パノラマな景色を楽しめる車両、カフェの機能を持つ車両があり自由に行き来できる。
バスよりも圧倒的に楽で電源のコンセントもあるので電子機器の充電もできる。上位車両にはフリーWi-Fiもあるとの事。

今、Texas eagleに乗っているのだが、大半はアメリカ人(黒人、白人、メキシコ系orメキシカンが同割合でそれにアジア系が少数加わるイメージ)で、自分が座っているのは座席でずっと過ごすカウチシートで、スリーピングシートよりも当然ながらコストが安く、富裕層らしき人は居ない。飛行機を使えない層なので中流よりも下の層であろう。後は若者。

夜の22時にロサンジェルスを出発して今は23時。皆何かしら食べている。特に年をとっている人達はスナック菓子を買ってがつがつ食べている。当然彼らは痩せてはいない。

Texas eagleは一日に一本のみロスからテキサスのダラスまで走っている(日によっては、シカゴまで行っているようだ)。どこの区間のアムトラックも大抵一日に一本。大陸を縦断、横断する路線で需要も乏しい(飛行機、車が主流)ので頻度は多くない。その割にたいてい2席を1人で独占できる。ただし、ニューオーリンズからニューヨークのcrescent lineは最も混んでいて、一人一席だった(やはりニューヨークは人を集めるようだ。)。
多くの人がアメリカ国内の移動を飛行機にて移動する時代に電車を使うとはよっぽどの物好きか、経済的な理由だろう。

自分はTexas eagleでロスからオースティンまで行く。なぜオースティンかの明確な理由はないが、比較的日本でも耳にするテキサスの都市にも行ってみたかった。ルイジアナのニューオーリンズには行く予定で、その後、ニューオーリンズから直接ニューヨークまでAmtrakCrescent lineで向かうのでその前に一つの都市でストップオーバーしたいと考えていた。

真っ暗な車窓、時折ロードサイドの暖色系電灯を見つめ、ロスに住む友達が車内用にとくれたアサヒスーパードライ(カナダで生産されており水より安いらしい)を飲みながら、音楽アプリがミックスしたマイルスデイビスとビルエヴァンスを聴いている。
車内のほとんどは眠りについている。
今自分はどこにいるだろう。
iPhoneはデータローミングしておらず車内Wi-Fiもないため、ネットワークにアクセス出来ない。よってGoogleマップも起動できず、ただただTexas eagleの進路に付き合うのみ。

2014/01/23

SF-LAの人的輸送について



サンフランシスコから約12時間かけて鉄道(アムトラック)を利用してロサンゼルスに向かっている。
もう既に半分程の道のりは経過しており、残る約半分、太平洋を望む窓際から書いているものの、海はあまりよく見えずcoastlineとは名ばかりのものなのかなと思ってしまう。と思っていると、ちょうど17時過ぎにサンタバーバラの手前、海岸沿いを通過して見事なまでの夕暮れに遭遇する事ができた。まさに太陽が海に沈んでいくその瞬間であった。

SFからLAまでは大凡600km程度の道のり(470mile)、因にシアトルからLAまでは1300mile、時速換算だと50km/時なのでゆるゆる運転だ。
このSF-LA区間に近い将来、高速鉄道(新幹線!?)を導入する計画がある。確かにカリフォルニア州の主要都市でシリコンバレー・Bay Areaの世界経済に大きな影響を与えるstart upの企業群を考えると、西海岸随一の経済都市LAとの結節は合理的な投資かと思う。

現在は、上記区間の移動の大半はローコストキャリア等の航空機の輸送、主にSouth westJet Blue等のキャリアが運航している。SFOSan Joseの空港からLong beachLAXに飛んでいる。片道約1.5時間の飛行だが、空港までの移動を含め、主たる目的地までの移動を考えると片道約3時間は要すると思われる。

新しく導入される大量高速輸送網は片道約2.5時間でSF-LAを結ぶ計画なので、時間短縮のメリットも享受できるし、定時運行をほぼ約束される。東京-大阪間の新幹線移動と距離的・時間的にも同じイメージ。誰が投資主体なのかは現時点で調べられていないが、サービスを開始すると間違いなくLCCの競合となるだろう。

参照URL:California High Speed Rail Authority

2014/01/20

ニューオーリンズ


JAZZの街、ニューオーリンズを後にして、ニューヨークに向かう鉄道(アムトラッ
ク、(crescent line)の中に居る。ニューオーリンズからニューヨークまで約30
間、2200km

ニューオーリンズはやはりJAZZを中心とした音楽が街中に溢れていて、人の多くが音楽を好む性質を持っているように感じた(そもそも観光客が多いのだが)。音楽も良いし、料理も美味しいしとても好印象を持った。

Preservation hallblue niled.b.a等のjazz clubに行ったところ、日本人ミュージシャンも活躍しており多くの刺激を受けた。トロンボーン演奏者の菊池ハルカ(haro)さん、ピアニストの辻さん、居酒屋「雪」を経営している、ゆきさん。

ディキシースタイルのJAZZ、モダンジャズ、RB、ファンク、フランス音楽とJAZZが融合されたケイジャンミュージック、クレオールミュージック。
ベトナム戦争による難民を当地域で受け入れたため、多くのベトナム人が住んでいる。事実、居酒屋「雪」にはベトナム人従業員が多数在籍していた。

一方で、ニューオーリンズは犯罪率が全米で2位(2012年の犯罪統計)に位置づけられる等、治安面での不安はあった。因に一位は街自体が財政破綻したデトロイト。
犯罪率が高まる一般的な要因としては、産業の空洞化(デトロイトではGM等の自動車産業が海外勢の台頭による不振)で失業者が増える。⇒職に就けずホームレス等貧困層が増加する。⇒薬物売買等アウトローな手段で何とか生きようとする。or略奪等暴力・犯罪行為が生じる。

ニューオーリンズは何が理由だろう?

2005年のハリケーンカトリーナでの大被害以降、治安はさらに悪化したとの報道があった。確かにオースティンからグレイハウンド(バス)でヒューストン経由ニューオーリンズに向かう12時間を費やすにつれて、徐々になんとなくだが、黒人の柄の悪そうな連中の割合が増えた印象を受けた(ただの思い込みかもしれないが。)。
治安面の事もあり(アメリカの国内移動手段でバスは一般的に最も低い所得層が乗る傾向がある)、できれば自由に景観を楽しめる、車内を動けるので疲れにくい等の理由でオースティンからも鉄道を利用したかったのだが、ロスからニューオーリンズまで結ぶアムトラック(路線名:texas eagle)は、ニューオーリンズがオースティンの延長上になく、一度サンアントニオまで戻る必要があった。よって、鉄道利用では動線的に不利なので、今回は止む無くバスを利用する事にした。

話が逸れたが、ニューオーリンズの治安が悪い要因は、直近の自然災害による被害を受けて悪化傾向にあった事以外明確につかめなかったものの、この地の歴史に古く根付いたものがあると言う印象を受けた。
それは奴隷貿易に紐づく、アフリカンアメリカン等の低所得層の存在というのが自分なりの理解。

ニューオーリンズはミシシッピ川が流れ、メキシコ湾にも面している港町。18世紀初頭には、フランスやスペイン等の領土で多くの奴隷が連れてこられていた地域である。奴隷貿易の中心都市がニューオーリンズであったのだが、その理由は、当時・当地の法律で一定の奴隷には自由を与え、クレオール(フランス人等との混血)コミュニティを容認したからとの事(ある程度奴隷にも人権を与えたという事)。
現在でも大規模プランテーションでの労働者として、多くのアフリカンアメリカンが従事しているとの事だが、低所得層が多数を占める。

1900年前半には上述したとおり、多数の国の文化の融合で新しい価値観、新しい音楽が生み出され、その代表格がJAZZとなった。
他にもミシシッピ川やニューオーリンズ近海で採れる魚介類を使って作られるケイジャン料理(クレオールによりもたらされた料理)。特にオイスター料理が盛んで、メキシカン風にアレンジした牡蠣料理はスパイシーで美味しかった。

文化の融合が新しい価値観を生み出すこと、この街に来て身をもって感じた。

2013/12/01

映画『ハンナ・アーレント』

映画「ハンナ・アーレント」を観た。思考とは何かを学んだ。

哲学者ハイデカーの愛弟子、ハンナ・アーレント(1906-1975)はユダヤ人でナチスの強制送還から逃れた女性。ハイデカーの思想に影響を受けながらアメリカに亡命し、哲学者として大学で教鞭をとっていた。

彼女が雑誌「ニューヨーカー」からの依頼で、ナチス戦犯者(アドルフ・アイヒマン)のイスラエルにおける彼の戦争犯罪(ユダヤ人強制送還・虐殺)裁判を傍聴し、当雑誌に投稿した事で多くの反響を呼んだ。
主にユダヤ人からの負の反響(侮蔑・脅迫等)が強く、多くのユダヤ人が彼女を敵視し、多くの親しい人との縁も崩壊してしまう。


『思考とは何か』、ハイデカーから影響を受けた根源的な問い。彼女は今回の裁判の傍聴記録、主張で彼の思想を応用する。
「思考停止に陥ると善悪の判断ができない、モラルすらも失ってしまう。」
それはハイデカーから学んだ『思考とは、善悪を判断し、道徳的な良識を人類が持つべき知恵だ。』の裏返しの論理でもある。


戦時下でその判断ができないナチスのユダヤ人強制送還課の長(アイヒマン)を彼は平凡な悪を犯した人間であり、彼は法に従って任務を遂行しただけだった。」とユダヤ人にとってナチスの擁護とも取れる自論を展開する。600万人のユダヤ人(彼女にとっては同胞)が虐殺された事実があるにもかかわらず…。
彼が元SS(ナチスの秘密警察)だったというだけで、ユダヤ人を憎んでいたという証明にはならないとも。
極めつけは、『ナチスのユダヤ人強制送還に手を貸したユダヤ人協力者の存在がなければ、もう少し犠牲者が少なかったであろう』という主張に対しては、多くのユダヤ人から反論と侮蔑・憎悪の声が上がった。

しかし、それは彼女なりの事実を伝えたものであり、推測ではない。
『迫害者と被迫害者の協力と抵抗の間の何かを言及することはできないが、その存在を否定することはできない。』とも。

彼女は何もユダヤ人からの反論を招く事を期待したのではないと思う。アンチユダヤの主張をしたかったわけでも当然のようにない。
ハイデカー哲学の継承者として、「フラットに戦犯者の証言を自らの耳でヒアリング」し、「論拠のない主張(ムーブメント)を徹底的に排除」し、「哲学者としてフラットに事実を自論を伝えたかった」のだと思う。


多くのリスクが伴う彼女の主張を動機付けたものは何か、までは語られて無かったが、『思考をする』事の大切さを伝えたかったのだと思う。
思考ができない状態の人間の判断とは、意味のなさないものと言いたかったのだろうか。


そしてナチス戦犯者は絞首刑になった。

2013/09/24

書籍『心/姜尚中』

夏目漱石の「こころ」の現代版だろうか。

それとも本書の雑誌(青春と読書)連載時のタイトルは「新・君たちはどう生きるか」なので、吉野源三郎の「君たちはどう生きるか」の構成を基にした書籍か。

****
先生(姜尚中)と出版サイン会に来ていたある青年(大学生)とのメールのやり取りで物語は進行してゆく。

先生がその青年に惹かれ、親身になって彼の悩みや相談事に対応していたのには理由があった

それは近い過去に他界した姜尚中先生自身の息子とその青年が重なってしまったからだと最後に記されている。

以前、NHKのドキュメンタリーでも特集していたのでそれは事実だと思われる。作品のモデルとなった青年とも面会していた。


本書の中身はフィクションが含まれていると思うのだが、青年は「①親友の病死」、「②病死した親友と自分が愛した女性」について悩む。

「何故若くして親友が病死しなければならなかったのか」、一方、「親友が他界する間際に、自分と同じく好きな女性の事を好きだと告げられて、どう生きればよいのか」等の深い悩みを抱え、都度先生にメールで相談する。そして先生が親身に応える。

青年が、生と死について考えたいと思い志願した東日本大震災の海中不明者の捜索ボランティア。

遺体を引き上げていく過程で自ら悟った「死」とは何かについて。

遺体を引き上げる都度、死と直面し、青年はその意味を考える。同時に若くして他界した親友の死を重ね合わせる。


『「死」は「生」を輝かせてくれるもの』、多くの感情の紆余曲折を経て、そう結論づけた青年。


主眼は「生と死」だが、ゲーテの「親和力」の内容を多分に引用し、男女間の複雑性についても述べる。ゲーテの「親和力」自体、理性を超越した男女間の愛により悲劇が訪れる様と内面的感情の挙動を描いているのだが、それは現代に至る普遍性を持つから引用しているのだと思われる。

青年から愛を告げられる意中の女性。

女性はその青年に好意を寄せるもののドイツに残してきた彼との狭間で揺れる。
女性は言う、「その彼は一緒にいると張り合う感じがあって、いいところを見せようとして自分を作ってしまう。会う前後でも緊張する。」。
一方、青年といる時みたいに素になれないとも言う。

「でも、それ(前者)が胸の高鳴りみたいなものに繋がって、そういうものを恋というものじゃないかと思ったりする。」と。

どちらが正しいか分からないので少し距離を置きたい、ドイツに行くと言う。青年は落胆。

時間が経ち結果的に女性は青年の元に戻ってくるのだが、その間、先生は青年に多くを伝える。

・人間は○か×か、黒か白かに弁別できるほど単純ではなく、もっと混沌としたもの。
・他の生きものと違って生半可に知恵を持っているだけに、人間はそれを分析し、分類し、自分の支配下に置こうとしたがるが、そんな事ができるはずはない。
・混沌というそのものが、まさに人間という自然でもある。
・愛が強くなれば強いほど、また愛がピュアであって欲しいと思えば思うほど、かすかな濁りですらも許せなくなる。しかし、濁りがあればあるほど、愛が募り、ピュアなものへの憧れが強くなっていくように思う。
・愛と不信、純粋と汚濁とは、手に手をとって人の心に熱を与えつづけているとも言える。


重要なことは、ものごとの正解・不正解を弁別することではない。右か左のどちらかを選ぶことでもない。両方を受け入れること。

これは「死」と対峙する時にこそ重要で、「死」から得るものはまさにその人の一生に何があったとしても受け止めること。

死は生の中にくるまれて存在している。死と隣り合わせ、死と表裏一体でつながっているからこそ、生は輝き、意味のあるものになる。


そんな事をこの本から気づかされた。
自身の人生の糧にしたいと思う。

2013/09/17

映画『ブロンクス物語』

2回目の映画。ロバート・デニーロ監督。
前回観たのは、2010/2/22。この映画から得た言葉がメモに記録されていた。

「一番の悲しみは、才能を無駄に失うこと」

「帆に吹く風となる最高の女性は生涯に3人居る」


ニューヨークのイタリア人移民街・ブロンクスを舞台に、少年がバス運転手の父親(ロバート・デニーロ)に育てられると共に、ある出来事がきっかけでマフィアのボスにも可愛がられ、生きていく上で必要な多くを学び成長していく。
少年はスリリングなマフィアのボスに惹かれていくが、両親は当然ながら良く思わない。


実の父親からは、正しく生きる事を学ぶ。
「一番の悲しみは、才能を無駄に失うこと。だから真っ当に生きろ。」

一方、マフィアのボスからは、生き抜くための教訓、嗅覚を学ぶ。(彼は決して自分の道に少年を踏み入れさせようとはしない。少年には別の人生を歩む事を勧める。)

「帆に吹く風となる最高の女性は生涯に3人居る。ではそれらの女性を見抜くには?」というような事。(あえて詳細を書かないが、要すれば気が利く人間か否かと言う事。同じような観点で池波正太郎の著書「男の作法」でも記載があった。)

「感情のままに動くのではなく、起こした行動をもう一度考えろ。」
少年が不良グループの抗争に巻き込まれそうになった時、上の教訓が彼の頭を支配する。だけどもう後に引けない。
そんな中マフィアのボスが彼を救い出す。そして不良グループは死ぬ。

人が言っている事の説得性を持つのは、事実としてそれが生じた時。
多くは教訓に気づかされた時、「時すでに遅しの状態」になっている事が多い。


多くの教訓、自分に必要な教訓はどのように人生に応用が出来るのか。
誰から何を得て、どう判断するか。それは自分次第。


さらに今回はラストシーンで新しい言葉を得た。

『自分でした選択が人生を決める。』

多くを学んだ少年がそれを悟る。

2013/09/16

書籍『こころ/夏目漱石』

精神的にすがる思いで一気に読んだ。
気がついたら明け方だった。

 「先生」が「私」に伝えたかった事は何なのだろう。 

生きること。
人間は正しく、真っ当に生きること。

 裏切り、憎しみ、悲しみ…、人が生きて行く上で避けたいもの。
でもそれらは生きて行く上で時として避けられないもの。

 避けられず悩み、苦しみ、自ら命を絶った「K」と「先生」。 

人生において予期せぬこと、まさかこんな事が自分に降りかかってくるとは、こんなにも壮絶な苦しみが世の中に存在したのか。
経験して初めて知るおぞましさ、後悔。 

できればそれらを避けて一生を終えたい。
出会い、別れも何とか年輪を重ねた経験から想像できる範疇の喜び、悲しみで留めていたい。

ただ、人の一生は予期できぬこと、自らの過去の経験から何かを得てもその多くは未来に応用は効かぬもの。

 でも、他人の一生から何かしらのヒントは得られるもの。

だから我々は学ぶ。人の中で生きる。 
きっと「先生」は「私」に対して、その「生きるためのヒント」を与えてくれたのだと思う。

 「私」はそのヒントを受けて、また、生きていかなければならない。

映画『エビータ』

強く、美しく、逞しい女性。
エビータ。 

第二次世界大戦前後、アルゼンチンのペロン大統領のファーストレディーとして、壮絶な33年間の生を全うした女性の物語。

エビータ役はマドンナ。 

貧しい家庭から成り上がり、女優、ラジオキャスター、そして大統領婦人へ。
ファーストレディーのポジションだけに留まらず、美貌とメディアでの認知度を携えて自らも政治に多大な影響を与える。
 特に農民等貧困層から圧倒的な支持を受け、夫であるペロン大統領を支え続ける。 


よく「男の成功の半分はその伴侶に依る」、と言われるがこのペロン大統領の場合はエビータが大半を占めていたのかと思う。

彼が選挙活動でくじけそうになった時、何度か「パラグアイにでも亡命しようか」と切り出す。 エビータはその度、「自らはどんな境遇でもこれまで敗けた事は一度もなかった。弱音を吐かないで。」と檄を飛ばす。
檄を飛ばすだけでなく、自らが表舞台に立って民衆の大統領への指示を獲得しようと行動する。


 彼女の行動で、大統領はエビータへの信頼を愛情と共に厚くする。


行動でしか信頼を獲得することは出来ない。

時として、信頼は愛情以上に大切なこと。


 とても良い映画だった。

2012/04/19

映画『チェチェンへ アレクサンドラの旅』

チェチェン・アレクサンドラの旅

終わりのない戦争。何のために。ロシアがチェチェンを独立させないため。ロシアのエゴ。そんな事を感じた映画だった。直接的な戦闘シーンはないが、チェチェンの最前線にある、ロシアの軍事キャンプを撮影している。この紛争、戦争に至る背景、場所等に関して何の説明もなされていない。

祖国とは何か。祖国のため。ロシアの女はカネ、テレビを見すぎる。

武器や暴力で真実を表すことはできない。
日本人の老女が語っていた。重要な事は理性だ。終わりのない物事は一切ない。

破壊ばかりしていて、建設はいつ学ぶの?

チェチェン人の少年は、いつ解放されるのかアレクサンドラに尋ねる。
アレクサンドラはその少年に、行きたい国はどこかを尋ねる。彼はメッカか、サンクトペテルブルクと答える。そこで、彼はイスラムを信仰している事を知る。事実、チェチェン人の大半はイスラム教を信仰している。

チェチェン人の女性はアレクサンドラを家に連れて温かく迎える。

チェチェンの伝統とは、家財を売り出しても、他者を迎え入れる事。

何を感じるのか。現在も行われている、戦闘状態。ロシアが現にチェチェンに侵攻している状態である事。

それは第二次世界大戦を描いている、自らの現況と異なると認識した上で見る戦争映画ではない。

リアルタイムで起きている事実。
実際のキャンプで撮影が行われている。
言論統制が成されているロシアで、このような映画を撮影し、許可でる事は意外だという印象があるが、直接的な事実に触れていない。
間接的に、何かを伝える。その読み取り手に様々な解釈があるが、描写によって、確かに何かを伝えようとしている。

理性が大切である事。
何も敵対的な感情を持っていない。早く解放されたいと少年は言う。チェチェンの老女の家族は、ロシア軍に殺害されている。でも、ロシア女性を家に迎え入れる。訪問者をもてなす心。彼らチェチェン人にはそのような心を持っている事を映し出している。

現実を知る事。ロシアの劇場爆破事件、チェチェン人が起こしたテロ行為だと表明している。現実はどうか、ロシアが自作自演で企てた犯行等、いくつかの諸説が飛び交っているが、未だ真実が分かっている事ではない。少なくとも日本のメディアは、チェチェン人の起こした犯行であると伝えていた。
テロ=イスラム過激派という構図が最近ではとても一般的になってきて、それはメディアを通じた知識である。
対テロ戦争の大義名分の元、ロシアはチェチェンに侵攻している。
四国程の面積。

そこがロシアではない事を、アレクサンドラがバザールに赴き、老女と話した時に明らかになる。

リアルを知る事。それは今の自分の立ち位置を認識する上でとても重要な事。自分は何をすべきか、だからこそ今自分がする事。この事象に対して、自分は何かする事が出来るのか?直接的には非常に難しいかも知れない。

チェチェンの失業率、78%。
産業も成り立っていない。

原油に依存している経済であるため、原油価格の乱高下もダイレクトに影響を受ける経済。その他の主要産業も整っていない。産業が復興していない要因としても、これまでのロシアとの紛争が考えられる。

1、ロシアの石油資源の権益確保。
2、ロシア連邦の統制。













2011/08/20

映画『Peace』

映画『Peace』/ 想田和弘 @ シアターイメージフォーラム

映像から多くのピースを感じることができる良い映画。

観察映画として、監督の妻の父や母の日常生活(主に体の不自由な方のボランティア)に焦点を当てたドキュメンタリー映画。

日常の中で、作者の義理の父が猫にえさをやるpeace、体の不自由な方を目的地まで運ぶpeace、年配の方(橋本さん)がタバコを吸う一時を表すpeace。

果たしてピースとは誰のどのようなものなのだろうか、そんな事を考えさせてくれる映画。
しかし、一方でpeaceとは誰の周りにもある身近なものである事も教えてくれる。

想田和弘監督の『なぜ僕はドキュメンタリーを撮るのか』を併読する事でより彼の作品の理解が深まる。

1シーンのDetailに数々の思考がちりばめられており、監督の思考の深さとドキュメンタリーの偶然性に感銘を受けた。
また、観察映画の前提として、既存の物事から大半を作り出すという、写真の連続帯の様な印象を受けた。

ドキュメンタリーとして、「テーマから映画を撮るのではなく、世の中を切り取った結果何か(表現したいもの)が現れた。」との監督の思考には写真に通ずる共感を覚えた。

今後は彼の他の作品の「精神」と「選挙」も観てみたい。

2010/10/24

白州蒸溜所見学

サントリーの白州蒸溜所に行ってきた。
サントリーウィスキー「白州」を製造している工場だ。この商品名に関して、白州次郎を連想し、「しらす」と思われがちだが、山梨県北杜市白州町の蒸溜所の名称どおりで、読み方は「はくしゅう」である。
同敷地には、サントリー南アルプスの天然水を製造している工場もある。

今回、酒を飲むのでさすがに鉄道を使った。
新宿から特急あずさで蒸溜所最寄りのJR小淵沢駅まで2時間。(小淵沢駅から工場まではタクシーで10分程度。)
特急あずさに乗ったのは初めてで、新宿からの乗車券(特急券+乗車券)で5500円。(ま、こんなもんなのか。チケットは金券ショップがおすすめ。片道4000円くらいで買える。通常における、この値段の下がり方からして、各種回数券に関して供給過剰の状態が伺える。余談。)

白州工場に行くに至った背景として、銀座のdi puntoというカジュアルイタリアンの店でたまたま「森香るハイボール」という、白州でつくったハイボールを飲んで旨いと感じて以来、この「白州」に最近はまっている事もあり、今回①蒸溜所見学(事前予約不要、無料)②ハイボール体感講座(事前予約必要、一人700円)に参加するために行ってきた。

①蒸溜所見学で得た事。
・最初の蒸溜工程で生じる、大麦を水を通して発酵させた麦汁の匂いが何とも表現し難い匂いであった事。
・ウィスキーの味の要素は大きく2点、樽の種類と水を含む製造する土地の周辺環境。(樽が味に大きく影響を与えている事は知らなかった。)
・シングルモルト(麦芽)ウィスキーのシングルとは単一蒸溜所の原酒のみで造られている事を示している。
・樽の貯蔵庫の温度調整はしていない。
・ビール、焼酎と比して、ウィスキーの製造工程は長い。原料はいずれも主に麦(焼酎は色々あるが。)で、蒸溜工程がビールはなし、焼酎は一回に比べてウィスキーは2回。ウィスキーは長期にわたる樽熟成。


②ハイボール体感講座で得た事。
・講座が開催された敷地内BAR白州のバーカウンターは、昔銀座8丁目にあった「バーうさぎ」のカウンターバーをそのまま譲り受けた。
・山崎との飲み比べもできるが、個人的な嗜好は、白州。山崎の方がスモーキーな印象で、白州の方がフルーティな印象。
・白州12年の方が10年よりもまろやかな印象を持った。
・おつまみとして出された京都小倉山荘のチョコ柿の種が抜群に旨かった事。
・アンケートの項目に「blogにこの講座の事を紹介しますか?」あった事。(チェックをしていないが、こうして紹介していること。)
・上記、森香るハイボールを初めて飲んだ店(di punto)はもろにサントリー系列だった事。
・「森香るハイボール」とは、白州をソーダでわったハイボールを指す、サントリー側の造名称であること。


白州工場は自然もよく、空気も綺麗し、週末のリフレッシュプランにおすすめです。
ウィスキーとか、ハイボール好きな人にとってはさらに良いです。
ウィスキー自体に興味が湧いたし、スコッチとか本場のものとの違いについても今後は興味を持ち始めそう。

上記から、自分はサントリーの回し者ではありませんので。

しかし、当企業は広告とか宣伝が旨いなーと感じる。
ハイボールという軸で、ウィスキー市場を拡大させつつある事を踏まえると、今回の見学会等でも「森香るハイボール」のPRに余念がなかった。
マーケティングの根本である、マーケットの創出を地道に実践しているように思えた。
高付加価値のハイボールとして、現在盛り上がっているハイボール市場に一線を画そうとしているのだろうか。
いい戦略だと思う。普通に美味しいし。

2010/05/15

深い河

GWにインドから帰国した1週間後、八雲図書館で遠藤周作の深い河を読んだ。

インドを旅行している時からずっと読みたかった本であり、遠藤周作の宗教観を集約した本である。
今回のバラナシにおけるガンジス河で抱き、悶々とした感情をクリアにしたかった。

自分が先日のGWと2003年に訪れて、インドに対して持ったどこか他の諸外国と異なる感情、想いは何か、日本で暮らしていて何か通ずるものがあるのは何故かを明らかにしたかったのだ。
この一冊にすべての疑問解決を委ねる事はしなかったが、解決の糸口を得るツールとして期待した。

期待は裏切らなかった。映画化もされているが、未だVHSしかなくDVDは未発売。

現代を舞台に、ヒンドゥー教を含めたキリスト教に対する遠藤の宗教観についても記載されている小説。

主な主人公は5人居て、現代におけるそれぞれの個人がインド旅行ツアーに参加し、主にバラナシにおけるガンジス河をメインにそれぞれの想いを交錯させるもの。それぞれの個人が何故インド旅行に来ているのかという切り口で過去に遡り、例えば、妻の死を皮切りに輪廻転生の発想を持つ者、過去、ビルマ戦線に参加した老人が仲間の肉を口にしてしまう事による善悪、カルマ思想を持つきっかけとなった者。

これが、デリー、アーグラ、ジャイプル、バラナシと偶然にも今回自分が友人達と行った内容とぴったり同じだった事は驚きだった。まぁ北インドの定番ルートなのでしょうが。

つらつらと、内容を備忘のため記載するつもりはないが、はじまりは磯辺という50代の男の妻が末期癌に亡くなる章から始まる。彼の妻が死ぬ間際に輪廻転生を思わせる言葉を残す事から、彼がインドに行くきっかけとなる。

人が信じる神をそれぞれに選ぶのは、生まれた国の文化や伝統や各自の環境による事が多いと思う。

自分が印象に残った点として、「善悪不二」について。内容は次のとおり。
「人間のやる所業には絶対に正しいことはないと言えることはない。逆にどんな悪行にも救いの種が潜んでいる。何事も善と悪とが背中合わせになっていて、それを刀で割ったように分けてはならぬ、分別してはならぬ。」

上記内容は全くガンジスの沐浴と通ずる。遺灰を流すその横で人々がその横で幸せそうに沐浴をしている。(その水は横で遺灰が流されている事を知らぬような表情)

それはまさに宗教心の現れであり、彼らにとって輪廻転生が日々を過ごす上で当たり前である事が伺える光景であったように思えた。

2010/05/09

Incredible India 2

インド所感の続き

◆バラナシ
前回行けなかったバラナシに今回は行った。ガンジス河畔のヒンドゥー教と仏教の一大聖地。

ガンジス河自体がヒンドゥー教ではガンガーと呼ばれる神を表しているので、ヒンドゥー教徒はこの河で沐浴をして体を清めたり、この河の水を飲んだりしている事は有名な話。ヒンドゥー教の成り立ちは紀元前5世紀あたりとされているため、現在もほぼ同様の形式で上記行為が存続している事自体が驚き。

ヒンドゥー教では、バラナシのガンジス川周辺で死をむかえると輪廻から解脱できると考えられている。そのため、この地でひたすら死を待つ人々が多くいる。

バラナシは「大いなる火葬場」とも呼ばれており、年中煙の絶えることはなく、死者はガンガーに浸されたのちに火葬場としての役割を果たしているガート(川岸に設置された階段。洗濯場のほか、巡礼者の沐浴の場)で荼毘(火葬)に付され、遺灰はガンガーへ流される。金が無い人、赤ん坊、妊婦、蛇に噛まれて死んだ人はそのまま流される。
ヒンドゥー教では魂のぬけた亡骸になんの未練も持たず、死体は空の器として不要とされているので、墓はつくらない。

実際、船に引っかかっている一体の遺体を見た。誰も驚く事なく、それが自然の営みと教わると、その現実を受け入れざるを得ない独特な空間がそこにはあった。
その時、藤原新也がガンガーに流された水死体が犬に食われる現実をみて残した言葉「人間は犬に食われるほど自由だ」が頭によぎった。
今回みた水死体が岸壁に流れ着いて、野良犬に囲まれると彼がとった写真と同じ構図になる。(参考:藤原新也のweb内mementmori

火葬場で遺体を燃やして、灰を河に流しているわずか30M程の場所で、同じ河で洗濯をして水浴びをしている。これらの現実を理解するには、彼らの信仰心以外に存在しないと思う。
では自分は?と考えると、実際何を拠り所に生きているのかわからなくなった。
特にないというのが今の自分の答えかもしれないが、ある人にとっては、宗教というもので、多くのしきたりはあるものの、これを拠り所にする事で人生における幸福度が増すと考えているのだと思う。(ヒンドゥーにおいては、輪廻にまつわるもっと深い何かがあるのだと思うが。)

イギリスからの独立運動を指導したマハトマ・ガンディーも熱心なヒンドゥー教徒であったが、イギリスに留学してインドに戻ってきた際に、ヒンドゥーの仕来りにより牛の尿を飲んで体を清める等の行為を最初は拒んだという。(ヒンドゥー教/森本達雄著)
今後インドがより世界に解放された際に、ヒンドゥー教徒の宗教観はどのような変遷を遂げるのだろうか。ガンディーのように他国の習慣等を客観視する人々が増えたしても、依然悠久なる時間の中でガンジスの営みが行われ続けるのだろうか。

少なくとも急速に都市化が進むデリーの街では、この国がヒンドゥー教の国だと決定づける事象には、遭遇しにくくなっている。(マクドナルドの数も2003年よりも明らかに増えていた。)それだけインド国内もグローバライズされている。

ただ、インドの人のアイデンティティは間違いなくヒンドゥー教に由来している。(インドにおけるヒンドゥー教徒は8.3億人)
それはボリウッドを代表とする映画、音楽等文化的な側面と共に彼らの精神面での支えにもなっているのだと思う。

今後インド経済が成長する中で、彼らのアイデンティティとしてのヒンドゥー教の考えを保持する事も他方で検討する事が必要になってくるのだと思う。

ガンジスの夕方の火葬風景と早朝の沐浴風景をガンジス河上の船からみたが、携帯でも写真を撮ったのでいくつか掲載する。


Incredible India 1

GWはインドに行ってきた。
学生時代のMRIインターンシップ時代の友人で、現在重電メーカーで働く友人が海外研修生としてデリーに滞在しているため、日本から同コミュニティの友人6名で遊びに行ってきた。

30日に出発して昨日東京に戻ってきたが、やはりインドは暑かった。
いつもオフィスの中で籠りきっているので、40度くらいの気温で熱風が吹くインドの灼熱はきつかった。
その点、日本の今の気候は最高ですな。
まずはそういう感想。

2003年の9月に一人旅で訪れて以来約7年ぶりのインドであったが、インフラ整備、携帯電話の普及等多くの点で圧倒的な成長を感じた。
デリーを拠点として、車と飛行機を使っての移動だった。コースは以下のとおり。
デリー→アーグラ(タージマハル)→ジャイプル→デリー:車2台をチャーターして移動。
デリー→バラナシ(サルナート):飛行機(航空会社、行き:Kingfisher、帰り:Spicejet)


◆デリー
・道路が整い、バスも電光版を備えたものが普及、デリーメトロの一号線も開通して都市化が促進されていたが、急激な自動車の増加により渋滞が蔓延していた。

・感覚的に牛が少なくなっていた。どこにいったのでしょうか?野良牛が居住するにも、草木の箇所がアスファルト整備されてしまうと食料にありつけないので自然と郊外に追いやられる流れになると思う。さらに草木の生長を促進するために、牛等に食べられないような柵も張り巡らされていた。他の都市でも同様で、政府のCO2削減対策との事(バラナシのガイド談。)


◆航空業界
・デリーからバラナシ(約600KM)は鉄道ではなく、飛行機で行った。(鉄道では約11時間かかるが、飛行機では約1時間。)

・行きは、Kingfisher、帰りは格安航空会社のSpicejetを利用した。値段はKingfisherは6,500Rs(約13,000円)、Spicejetは2,500Rs(約5,000円)。

・Kingfisherはインドのビール会社ユナイテッド・ブリュワリーズ(UB)傘下の航空会社。(インド滞在中は何度も同名のビールを何度も飲んだ。日本の味に近く、美味しい。)機内サービスが充実しており、約1時間のフライトの割に機内食も支給してくれる。機材はエアバス。

・Spicejetは、完全にローコストキャリアを前提にした戦略をとっており、機内サービスは水のみ(画面も音楽もない)。上記のとおり、値段はKingfisherと比して半分以下。機材はBoeing737。インド国内全域を満遍なく11都市に就航している。Spicejetの名は欧州のローコストキャリアEasyjetを思い浮かべる。(戦略も同様!?)

・上記どちらのフライトも空席はほぼなかったが、乗客はインドの富裕層もしくは観光客。鉄道はKingfisherの値段を基に考えると、一等でも約4分の1、一般庶民が乗るエアコンなし2等では約30分の1の値段。

・デリーのIndira Gandhi国際空港の国内線ターミナルの整備状況を拝見するに、上記航空会社の他にIndigoやAirsahara等の新興航空会社が競合しており潜在需要を感じられる。実際、デリー、ムンバイ等の大都市間の高速鉄道の整備がない状況、インドの国土規模、毎年約6%のGDP成長率等を考慮すると今後ますます拡大する市場になると思う。(当面は富裕層、観光客向けビジネスになると思うが。)


◆ホテル
・インド滞在の友人が全て以下のホテルを手配をしてくれたので、本当に感謝だった。日本でも馴染みのあるシャングリラホテル等いずれも相当良いホテルだった。自分が一人旅で使うような宿とはかけ離れていた。
Delhi:Vasant Continental、Shangri-la Hotel、The Leela hotel
Jaipur:Trident
Varanasi:Ramada Plaza

・ホテルの価格決定要素は立地、内装、外装、スタッフのサービス、料理の質、部屋の仕様、部屋からの眺望等が挙げられると思うが、その点首都機能を有するデリーのホテルは軒並み、ジャイプル、バラナシのホテルよりも高かった。

・デリーのホテルでは、空港からのアクセスが良い新興都市Gurgaon(外資や日本企業の拠点があり、重要な金融センターの位置づけでもある。)、The Leela hotelが最も高かった。

・個人的には立地以外の要素ではシャングリラホテルが良かった。


以上は経済的な側面のインドの所感。
Incredible India 2ではバラナシに行って感じた事を記す。