2010/01/31

No Man's Land

タイトル記載のアートイベント、No Man's Land。広尾にあるフランス大使館旧庁舎の解体に伴い、解体前の旧庁舎で日仏のアーティスト70名が現代アートを展示しているというもの。
大使館でアート!というと堅苦しい印象を受けてしまいますが、敢えてそのイメージをなくすために現代アートの展示にしたと言われている。

本来なら1月末までだったところを、2月18日(木)まで延長されるとの事。(何かの映画みたいですが・・・)
入場無料。よって週末は結構混んでいるが、多くの人の現代アートに触れる障壁を下げてくれている点に感銘。

そもそも大使館の中を拝見できるってのも良いポイント。
内容は盛りだくさんで、いくつか携帯で撮った写真を掲載しておきますが、個人的に非常に好きです。もう一回行きたいくらいです。

詳細URL





2009/10/01

Arabesqu,Hallelujah,Picasso

今朝スペインから帰国した。
旅の感性は後半になるほど成熟する。
今回の旅も後半にエッセンスが詰まっていたように思う。

旅前、何か漠然とした感情を抱きながらアンダルシアを周り始めたのだが、それがマラガ(MALAGA)で明らかになった。

マラガはスペイン南部、地中海に面し、ピカソが生まれて幼少期を過ごした港町。
気候が良く、魚介類を主としたTapasが有名でおいしい。
また、Museo Picasso Malaga(ピカソ美術館・マラガ)は多くの観光客が訪れる。(自身もその一人)
地中海を挟んでアフリカ大陸に向かうフェリーも出ており、アフリカ大陸(モロッコ等)との結びつきが強い。
古くイスラムの領土であった事もあり、名前においてもアラブ=イスラム色が残る町名(イスラムの呼び名はマラカー)となっている。

旅をして思ったが、アンダルシア一帯は、Alが頭に付いている町(これはアラブを意味する)が多い。特に地中海沿岸にそれが象徴されており、リゾートで有名なAlicante、比較的大きな都市であるAlmeriaやジブラルタルの隣にあるAlgeciras等多くはアフリカ大陸と近接する港町だ。もちろん、グラナダのAlhambraもそれにまつわる意。少し脱線。

マラガでの話。
町の中心に40Mを超えるドームを備える大聖堂(カテドラル)とALCAZABAと呼ばれるイスラムを象徴する宮殿が現存する。
そのカテドラルの壮厳たる内部空間に身をおきながら、ゆっくりとこの土地の事を考えた。
カトリシズムにまつわる音楽を聴きたかったが、生憎なかったので、Debussyの2つのアラベスク−アラベスク第1番を聴いた。

アンダルシア地方は、15世紀のレコンキスタ(カトリック勢力の国土回復運動)により、現在に至るまでカトリックを主として文化、建造物が構築されているが、イスラムの文化が細々とマラガを含むアンダルシア地方に残っている。
グラナダのアルハンブラ宮殿もそうだが、カトリックの時代になってからもそのアイデンティティとなるイスラム色の強い建築等を破壊す事なく、実際に使用した。

この地で生まれたピカソはキュビズム、シュールレアリスムの旗手として多くの新しい芸術を生み出した。
彼の生まれ育った上記歴史的背景を有するアンダルシアの地が、彼の芸術に少なからず影響を与えていると思われる。
彼の作品に多く牛が描かれるのも、マラガでの幼少期によく親とともに通った闘牛場での出来事が影響しているのだという。
アルハンブラやALCAZABA等でみた、美しいアラベスク模様を有するイスラム建築の装飾は非常に幾何学的な側面を有し、キュビズムの創出に少なからず影響しているのかも知れない。

このようなイスラムとカトリックの融合の歴史と文化が、現在のこの地に住む人々の食や芸術に影響を与えている事を肌で感じ取れた事が、今回の旅の大きな収穫と考える。

2009/09/28

Cadiz from Malaga

Hola!
I'm in Cadiz(oldest port-town of Europe)from Malaga(4hours by bus).It gets light until 8PM here.
Now,Catholic festival(VIRGEN DE LA MERCED) was performed on outside of the Hostal my stay.
The owner of the Hostal can speak Japanese very well because he stayed to work Spanish Restaurant of Tokyo(Nakano-ward) for 20 years.
He is very kind to talk about this festival,Cadiz's history and so on.

In this trip,I traveled mainly Andalcia(southern part of Spain,Granada,Malaga,Cadiz)
And I'm impressed by many things(people,drink&dishes,architecture including Alhambra,nice weather,and so on).

It's last part of this trip and I'll back to Madrid 5 hours by train tomorrow.

2009/09/22

休みでアンダルシアへ

明日火曜の朝から成田→フランクフルト→マドリッドでスペインに行ってきます。2002年に、バルセロナにはどっぷり行ったので、今回はアンダルシアを中心に行ってきます。気が向けばポルトガルにも行こうかな、と。

もう9月は仕事がないので、開放感に浸りながら行きたいのですが、始発で成田に向かわないといけないのに未だ荷物も詰めず呑気にラジオ聞きながら、こうしてブログを更新しています。

結局1週間そこそこの旅だし、だいたい今の日本と気温が変わらなさそうなので、それほど準備するものも多くないかなと。むしろ本のチョイスが重要。Lonely Planet Spain、Transitのスペイン特集、ドン・キホーテ、ジャン・コクトーの小説、銀河鉄道の夜を一緒に。

カメラは未だ24mmレンズ一つのみ。今回は三脚を新調したし、フィルムも多数買い込んだ。

久しぶりの旅行なので、とりあえず楽しみだ。

心を自由に、行ってきます。

2009/08/11

夜の写真(赤坂〜表参道)

最近は会社帰りに家の近くのカフェに寄って帰ることが多い。
MIDという山手通りにあるお店で、毎日夜中2時までやってるので閉店時間に焦らされる事なく、ゆっくり本等が読める。
広々と席を使えるのもとても良い。

今、山手通りは中央環状新宿線の地下トンネル掘削工事が延々と行われており、地上部分も工事中の様子を常に保っているのだが、お店を出て歩いている時にいつも思うのだが、なーんとなく工事現場って格好いいのだ。
夜の工事現場に限られるのだが、特に作業中のハロゲン投光機を使って作業している時の光はめちゃめちゃ格好よくて、遠くからみるとすごく良い空間が演出されている。
撮りたい。

夜の写真と言えば三脚が付き物だが、最近は一眼レフすら持ち歩かず、専らコンパクトのGR1vのみを持って外出する。先日、赤坂から青山霊園を通り抜けて表参道まで歩いた時にとった写真(青山霊園辺りの夜はやっぱりちょっと怖い)。
道をテーマに撮った。
そもそも、このブログの趣旨って写真載せる事やったわぁ、という事を思い出して実行。









後、下のは全く関係ないが最近とても好きな写真。

Bill EvansのI Will Say Goodbyeのジャケットの写真で、西日に向かって車が橋を駆け上がっていく様子。
この先の風景を敢えてみせないシンプルさに完成度の高さを感じた。
このジャケットに惹かれてCDを買ったが、結局最近はかなりの頻度で聞いている。
Waltz For Debbyほど名盤じゃないかも知れないが、今はBill Evansの中では一番好き。

一番上の写真はこの写真に影響を受けているつもりだったが、単に広角で遠近的にとっているだけだった(涙)



2009/08/02

週末徒然(原宿)

全く更新してなかった。
友達からもブログどうなってんの?と言われ、書く事に。
今週末は原宿に居る事が多かった。

土曜のキーワード:CAFE LIBERTE ぐるなび

土曜は友達の誕生日パーティーで明治通りから少し入った所にあるCAFE LIBERTEというお店で30人くらい集まった。
といっても結構知らない人が多く、アウェー感があったが、共通の友人も居たので遅くまで盛り上がっていた。
店的には南米をイメージしたカフェとあったが、特に南米感はなかった。テラスには植物が茂っていて、ジャングル的だったが整然としていたので鬱陶しくはなかった。オープンエアーの店でテラス席を貸し切っており、幸いにも土曜の夜は比較的涼しかったので開放感があり心地よかった。
総じて都会的ないいお店だった。
奥まった場所と3階に立地する事もあり、普段から店内は混み合っている様子はなかった。
店員はちょっと・・・なところもあったが、使えるお店だと思います。

あと、今回の店の地図等の情報でぐるなびがリンクされていたのだが、最近のぐるなびの店の網羅性にも驚いた。
つい最近の日経ヴェリタス(会社で購読している、僕の好きな紙媒体のひとつ)の記事でぐるなびのビジネスモデルと収益性について特集されていたが、Web上に店情報の掲載料を獲得するために新規店舗の開拓を都内だけでも500人体制で行っているという。
今後もどんどん掲載されるお店が増えてくるのはもちろん、感度の高い店(要はあまり知られていないがいいお店)もぐるなびに引っかかってくるのかなと思う。

これまでは、至極主観的ではあるが、ぐるなびに載っているお店=ベタな店という考えが僕自身にあったが、今後は口コミとかのみで訪れる客を相手にしていた店も、ぐるなびに掲載せざるを得ない状況になるかも知れない。
というのも、ぐるなびの掲載効果が日に日に増していってその事実を店側に突きつけられると、中途半端に隠れ家的に経営していた店も集客力の向上を理由に表舞台(ぐるなび掲載)に引きづり出されるような気がする。

また、ぐるなびは、①新規出店支援、②人材支援、③仕入れ支援、④売上アップ支援等のサービス(コンサルティング)も、ストックされた独自の情報力により、掲載店舗に提供していくという。
恐るべしぐるなび。


日曜のキーワード:GLACÉAU Vitamin Water 八尾良太郎

日曜は、GLACÉAU popupという、最近街で目にするNY発のグラソービタミンウォーターのプロモーションイベントが原宿のH&Mの上階で行われており、そこで普段からBBQとか白金高輪のBAR(Weekends Tokyo)で仲良くしてもらっている良太郎君の個展が開催されていたので足を運んだ。

最終日に駆けつけたら、ちょうどGLACÉAU Vitamin Waterのイベントがやっていて、そのイベントにも参加できたのでラッキーだった。
倉本美津留が司会兼演奏もやっていて、はるな愛、バカリズムとかも出ていた。バカリズムの官能野球小説ネタは面白かった。

彼の個展の話だが、上のリンク先を観てもらえればイメージできると思うが、白の壁にポップな色でキャッチーな人物の有名なカットをコピーした絵画と、彼らの普段着を想像してスタイリングしたアート。
パリッとした絵と首より下の洋服のスタイリングの質感のギャップがデジタルとアナログの対比のように面白かった。
Vitamin Water のカラフルさともマッチしており、Vitamin Waterのプロモという観点でもよかったね。

今後のアーティスト八尾良太郎に期待です。

2009/03/08

書籍『21世紀に生きる君たちへ/司馬遼太郎』

タイトルに書いた『21世紀に生きる君たちへ』司馬遼太郎著を読んだ。
同じ会社で働く、元小学校の教諭をされていた2児の母である先輩が貸して下さった。
会社帰りの喫茶店の時間と、家に帰ってからの時間の2度読んだ。小学生でも読めるように字が大きいのですぐに読めるが、非常に奥が深い本。

以下、感想。
とてもよかった。
恐らく、自分が小学生の時にこの文章を読んでも大して感動はしなかったと思う。それは、その当時の自分が司馬遼太郎という人物がどのような人間なのかが知らなかったからである。小学校の読書感想文を3年連続オズの魔法使いのあとがきをコピペしていた自分が懐かしい。


自分が現時点で人生の柱とする書物が2つある。司馬遼太郎の『竜馬がゆく』と『坂の上の雲』。
これら2つの本に大きく影響を受けた自身にとっては、改めて司馬遼太郎から授かった言葉を反芻する機会となった。

司馬さんが歴史を学ぶ事の素晴らしさを本書でも説いているが、自身も強くそう思う。
そもそも上記2つの大書を通じて、司馬遼太郎から大きく影響を受けてるので、自分が彼に共感を持つのはもっともな事だが。
歴史を学ぶ事で、この世で生きて行くための知恵を身につける事ができると思っている。
その理由は司馬さんが本書でも記載しているように、『自然の中で人間が営む生活はいつの時代もほとんど変わらない。』と思っているから。

上記2つの本は(ご存知かも知れませんが)、それぞれ幕末の動乱と、日露戦争について書かれているのだが、どちらも史実を描写するというよりも、その時代に生きる人間(の内面)に焦点を当て記されている。
これらの本で、まさに坂本竜馬という人間や彼を取り巻く人間、日露戦争に係った人間について学んだ。

竜馬がゆくでは坂本竜馬から『気を気で返すな』という事を学んだ。

具体的なエピソード。
尊王攘夷の風潮が濃くなった幕末の京都で、坂本龍馬が細い路地を手下の藤兵衛と共に歩いていたとき、向こうから親幕派の2人がこちらへ向かって来た。
互いにすれ違う事もできない細い路地。殺気だって敵だという認識を持って近づいてくる。
肩と肩がぶつかり合うと、切り合いになる事が予想される。
そこで手下の藤兵衛が竜馬にひとこと「兄貴、やりますか」。そこで竜馬、「まぁみていろ。」と。
いよいよ距離も近づいて、向かってくるものが刀に手をやったとき、竜馬は近くののら猫をとっさに抱え上げ顔に押し付ける。「よーしよしよし。」と。
相手は拍子抜けしてその場を立ち去る。
そこで竜馬は藤兵衛へ一言。「今の切り捨て御免の風潮が高まる中、相手が殺気立っている時にこちらも同じように返すと切り合いになり一方がやられる。それ程無駄な死はない。今流す血は何になる!?つまり、気を気で返してはいけない。」と。

坂の上の雲では、秋山真之(日本海海戦でバルチック艦隊を破った戦術を考案した人物。東郷平八郎の参謀。正岡子規の幼なじみで親友。)から、「どんな大著でも学べる事はたかだかメモでとれる数行だ。」という事を学んだ。

日露戦争で、日本の勝利を決定づけた日本海海戦の丁字戦法やバルチック艦隊が日本海周りに進行してくる事のヨミは、神頼みでも何でもなく、彼がワシントンの図書館で古代からの戦争を全てレビューし、歴史から学んでいた事が大きな影響を与えていると言われている。

そんな彼が同じ松山出身で古くからの友人の正岡子規の病床を伺った際、たくさんの本を子規に送った。その時の言葉として、「自分みたいな軍人にとって書物は戦場で使う知識を得るために読むもの。実際に戦場で使える知識は、どんな大書であってもせいぜいメモで書き取れる数行だ。だから、その数行をメモしさえすればもうその本には用はない。だからお前が持っておけばいい。」と。

自分もこの考えを受けて、自分の人生で読む本に対しては、何を得る事ができたのかを常に考えながら読むようにしている。何か少しでも得る事ができればそれは自分にとって価値がある事だと思っている。

以上のように、司馬遼太郎から学んだ身としては、今回の『21世紀を生きる君たちへ』で書かれていた、「自己を確立せねばならない事」、「根っこの感情(いたわり、他人の痛みを感じること、やさしさ)を持つ事」、「たのもしい人間となる事」等々について、影響を受けた上記2冊でも愚直に伝え続けていたのだという彼の一貫性について感動した。

今回の読書で、上記2つの小説により言語化できないまま自分にストックされていたものが再燃して、司馬さんが何を伝えたかったのかがよりクリアになる機会となった。

というような読書感想文をお貸し頂いた方に送った。

2009/03/04

映画『お早よう/小津安二郎』

暫く更新をしていなかった。
年度末ですが元気です。

それはさておき、さっき小津安二郎の『お早よう』を観た。1959年の作品でとても面白かった。

引っ越して近辺にTSUTAYAがなく(前もなかったが・・・)、DVDを借りる事がなくなっていたのだけれど、年明けから赤坂のTSUTAYAを利用しだしてDVDを観る機会が増えた。

平日の夜に観ていると、(内容に係らず)70%の確率で途中で寝てしまうので、1本を2日に分けて観たりしている。

映画って何を観たのか忘れがちで、映画の内容以前に何の映画を観たのか思い出せない事も多いので、備忘録的にも良い映画は書き留めておいた方がいいかなと思っていた。
その行為に何の意味があるかわからないけど、何かを感じとれる映画にしたいという意識を持って観る方がいいかなと思っている。
本や音楽と一緒で、最近はできるだけ多くの映画に触れたいと強く思うようになった。

そこで『お早よう』。
これは、TSUTAYAに行った際、雑誌FRaUが『子供がいい味を出している映画』を推薦している棚があり、その一つとして『お早よう』があったので、直感的に借りたもの。確かにめちゃくちゃ子供がいい味を出していた。色んな事を気づかせてくれた深い映画だった。

舞台は1950年代後半の東京・荒川の土手近辺にある数件の住宅が共存するエリア。
まだほとんどの家庭で3種の神器(冷蔵庫、テレビ、洗濯機)が揃わず、子供はテレビを観に隣の家にお邪魔するという、"お隣さん"の概念が色濃く残る時代を映している。
主人公は兄と弟の二人兄弟。

ある時、彼ら2人がテレビを買ってくれと両親にあまりに無理を言うので、彼らは両親から『余計な事を言うな』と叱られる。そこで彼らは、大人も『お早よう』、『いい天気ですね』、『お元気ですか』等余計な事を言っているじゃないかと反論。それでも叱られる彼らは反抗の意を込めて言葉を発しない戦略を打って出る。

彼らは言葉を発しないがために、近隣の人にも挨拶をしなくなり、学校でも全く何も話さないので、"お隣さん"からその子達の家庭に対して陰口を言われるようになる。

彼らが言葉を発しない様子をみて、理由を耳にしたある大人は、『確かに生きて行く上で無駄な事が多いように思う。でもその無駄がないと人生はつまらない。』という。またある大人は、『お客と無駄な事を話して、車を売っている』ともいう。
生きて行く上で、何が無駄で何が本質かという、壮大な意を暗示しているかのよう。

ただ、終始子供達のコミカルな様子(おでこを押した途端に、おならをする事にハマっている等)が描写されていて、微笑ましい内容。
また、Nationalのテレビや各種家具等1950年代後半の日常を伺い知れる記録的要素も強い映画だった。

今後、小津作品をもっとみたいと思った。

2008/11/03

文化的な一日@銀座&六本木

 今日は文化の日一日前に相応しい文化的な1日だった。

 会社の同期が、11月1日・2日の2日間銀座で開催されている銀座JAZZ Festivalの中止リスクをカバーする保険を主催者に提供しており、フリーパスらしきものを持っているとの事なので、連れられてこのイベントに行ってきた。

 このイベントは銀座のシャネル、バーバリー、アルマーニのホールや時事通信社のホール等にて、世界各国、国内から集まった13グループのJAZZ(系)奏者によって演奏されるイベント。GINZA International Luxury Committee(GILC)という、銀座で店舗を構えるラグジュアリーブランド(上記シャネル等)で構成される組織が、銀座の認知度とブランド力を高めるために開催しているフリーイベントの一種。銀座の認知度とブランド力が高まる事で、最終的にそれら企業の利益にも貢献する取組である事は予想できる。

 そもそもが無料のイベントなので、最初、フリーパスのメリットを見いだす事は出来なかったが、行ってみてはじめてわかりました。各アーティストの演奏を聞くためには、全23ステージそれぞれ事前に予約して、抽選の結果各ステージ毎のチケットをゲットしないといけない。昨日の青木カレンのステージのチケットは7倍くらいの倍率だったらしい。
そんな面倒くさいプロセスなしに、途中の入退場OKで色んな会場を好きなように回れるフリーパスは非常によかった。同期に感謝。おかげで今日だけでも5つのステージを回る事ができて、色んなアーティストの演奏を聴く事ができた。

やはり生演奏はよい。

 特によかったのは時事通信で行われていたエミリー・クレア・バーロウとシャネルのネクサスホールで行われたパリジ・ミュゼット・トリオ(ゲストボーカル:アワ)のステージだった。

 エミリー・クレア・バーロウはカナダ・トロント出身の女性JAZZボーカリスト。ブラジル音楽の影響を受けているため、ボサノボ風の曲調にアレンジされたものが多く、実際セルジオ・メンデスのカバーとしてso many stars等を歌っていた。so many starsを歌い終わった後「the Ginza street has so many stores.」とボケていた。自分としては逆に、知っているボサノバの曲がJAZZ風にアレンジされていたのが新鮮で、印象に残った。

 パリジ・ミュゼット・トリオは、フランス出身の奏者で、アコーディオンが印象的でいかにもおフランスを思わせるパリ・ミュゼットという音楽の奏者。ジャンゴ・ラインハルトの曲でミュゼット音楽には触れた事があったけど、今回はその音調にセネガル出身の女性ボーカルのアワの声が加わった事がとても新鮮で心地よいステージだった。


 その後、六本木ヒルズに場所を移し、森美術館が主催しているMAMアートコースとして、姜 尚中の「21世紀の国際社会とこれからの日本」と題した講演会に参加した。学生の時から好きな学者であり、最近では「悩む力」と言う本を読んだが、いつでも含蓄ある言葉を放ち、クールさを持った佇まいは非常に好感度を持て、彼のスマートな部分に惹かれてファンになる女性も多いのだろうと思う。実際、300人規模の会場の7〜8割くらいが女性であった。

論旨は、主に日本が今後どうなるのか、また姜 尚中としてはどう考えるのか、を中心に2時間程の内容であった。

 彼の今後の日本のあるべき姿としては高福祉・高負担の社会、つまりは北欧型の社会を目指すべきである事を主張していた。
 日本の経済成長の6割が依然として内需が占めるため、内需拡大が政策の優先順位としては高く、国民が将来に安心を抱けるような年金制度・医療保険等のセーフティネットの構築等が必要とし、それを実行し得るリーダーの出現もまた重要と説いていた。
 また、国のリーダーを生み出すための選挙制度の改革が必要であり、そもそもマックス・ウェーバーの言う『可能な事をするだけではなく、不可能な事にチャレンジして可能にしていく』気概を持った人材の政治への参加機会を広げる根本的な施策が必要であると話していた。

 白州次郎も大切にしていた精神、ノブレス・オブリージュ(nobless oblige:高貴な者が社会に果たすべく義務感)を持った日本のエリート学生が非常に少ない現状を、米国や韓国のエリート学生のアントレプレナー志向と比較して憂いていた。


知識の詰まった人の言葉には深淵なる響きがある。彼の講演を受けてそんな事を思った。


以上、銀座と六本木にて、文化的なとある一日でした。


2008/09/30

上海で会った彼

感情と記憶が風化しないように記す。

彼とは2006年3月に学生時代を締めくくる卒業旅行で中国を旅行した時、上海・外灘のユースホステルで出会った。
最初、旅慣れたヒッピーっぽい日本人のにぃちゃんが居るなぁと思っていた。色は黒く、髪は括ってフレームの細いスタンダードな黒ぶち眼鏡をかけ、Tシャツにちょっと破れたストレートの埃がかったブルーデニムを穿いていた。自分以上にコテコテ、というよりも大阪市内で話される大阪弁を話していた。事実、大阪市内在住の自分より4歳程下の“彼”であった。

彼とは、他に居たゲストハウスの日本人と共に2日間くらい、普通に晩飯を食って飲んだりした。でも彼とは特に夜中によく話した。話をする内に無限の広がりがある時間を過ごしている気分になった。世界の事、人間の事、そんな本質的で根源的な話ばかりしていた。

夜中ビールを買いに行く時、敢えて中国系のコンビニに行って、サービス精神の無さが共産主義に起因していることを、同じく上海市内にある日系のローソンと比較して議論してみたり。

彼は旅から多くを学んでいたので、そもそも社会主義体制を敷いているキューバの街中や人はどんな様子か、彼がすばらしい国(素晴らしい湖がある)と称するグァテマラの話など多く聞いた。危険な話も聞いた。また、彼が自分と会う数日前に中国の雲南で軟禁にあって身ぐるみを剥がされた話も具体的に聞いた。その時の悪人の様子や連携プレーはどのようなものだったか。リアルで面白かった。金がなくなったので、上海から大阪までは船で帰ると言っていた。

その時自分自身は、河合隼雄の精神世界、立花隆の脳科学、茂木健一が提唱するクオリアについて興味を持っていた時期だったので、そんな話をしていくつかの本を紹介した。

僕は彼の事を世の中の形式ばった事は分かっている訳じゃないけど、生きて行く上で本質的なものを掴みきっているような感じがした。とても抽象的だけどそんな印象を持った。だからこそ、彼がどんな人間になるのか楽しみだった。間違いなく社会の枠にとらわれる事なく、生きて行くのだろうと思っていた。

帰国後3週間後くらいの3月下旬に学生時代の締めくくりとして自分が開催した大阪・中崎町の写真展にもふらっと顔を出してくれた。それ以降彼の近況はSNS上で確認していた。連絡等は特にしないが、相変わらず自由で生きているなぁと刺激をもらっていた。

そして、つい最近の日曜の朝、大阪から東京に戻ってネットを付けた時、SNS上で彼のお姉さんから、彼が亡くなったとの連絡があった。事故で。報告の文字がとても重かった。

9月の頭に自分が休みで大阪に帰った時、何故か無性に彼に会いたいと思っていた。彼は無限の可能性を感じさせる何かを持っているので、久々にどんな事を考えて過ごしているのか知りたいと思っていた。未知なる価値観を吸収したいがために会いたい友達は、自分の中でもそうはいない。でも結局会えず、次に大阪に帰ってくる時に会おうと思った。そして上記事実。後悔はあったが、全てを受け入れるしかない。

あまり死について長々と書くつもりはないが、身近な事象である事を改めて感じた。
彼のお姉さんから、彼が旅先で会った写真家に影響を受けて写真をし始め、その写真家が自分ではないかとの連絡を頂いた。もし自分であればそれはとても嬉しい事。

人の人生に良い影響を与えられる人間になりたい。

2008/07/16

移動

 最近、というか一昨日前の日曜に引っ越しました。
今日初めて千代田線を利用して出社しましたが、通勤が非常に楽になりました。始発の駅なので座っていけます。朝の精神的ゆとりは大事なものだと、実感しました。有り難いという感覚はすぐに慣れてしまうので、この気持ちを忘れないようにしようと思います、はい。

 BLOGの更新もかなり低頻度になっていたので、ここでワンポスト、引越について!と書きたい所なんですが、もうあまり乗る事のなくなった副都心線の事について書こうと思う。

 あ、でも引越を手伝って下さいました会社同期4人(内2人は引越バイト経験者の強者)の皆様、本当にありがとうございました。自分は引越というものを相当なめていました。運ぶとか、詰めるとか、乗せるという動作が大半を占める引越において、マンパワーの必要性を強く実感させられました。引越はとてもアナログなものだと感じたので、今後も引越という作業が機械化され難いのかも知れません。

 旅とかしていると、何でも自分だけでできそうな、何とか生きていける、俺はサバイバルに強い人間だぜ、逆境に強い人間だぜ、なんて錯覚してしまう事がしばしばありますが、先日の引越を一人でする事(時間の制約あり)は不可能だと思いました。確実に、引越impossibleでしたわ。

 困難であった原因はただ一つ、本です。社会人になって、アマゾンを利用してポンポン注文して買っていたと思う。本って相当密度が高い。コンパクトにまとめられた日本の本って、段ボールにすっと入るがぎっしり埋めるとホンマ重い。未だ部屋には、ダンボールに入ったままの書籍達が6、7箱あります。でかい書棚を買おうと思っているが、そもそも減らす事もしようと思う。

 と、思い立った所で、副都心の話はまた別の機会にしよう。最近、ロイズ・アンティークスで売っている風の英国1930年代のアンティーク調の家具(どちらかというとモダンより)を半額以下で買えるお店をチェきっています。どなたか情報あれば個別にプリーズ。

2008/05/21

ポートレート by 坂田栄一郎

今丸の内界隈で坂田栄一郎さんのポートレート写真展が開催されています。(参考URL)
坂田さんはAERAの表紙を撮影している写真家なので、誰もが一度は見た事がある感じの写真です。

毎週金曜の昼は丸ビルに食べに行く事が多いので、その際、丸ビル1階の展示場でインパクトのある大判モノクロのポートレート写真に衝撃を受けたのがこの展覧会を知るきっかけ。
以下に展覧会情報を掲載しているが、丸ビル、新丸、オアゾ、行幸地下ギャラリー等に計900作品もの、著名人の顔を撮った大判の写真が展示されている。

行幸地下ギャラリーと呼ばれる、東京駅から丸ビルや皇居側(千代田線の二重橋前)に地下でつながる通路の壁面ガラス内に200作品程展示されている事を知り、今日の出勤時と、退社時もそこを経由した。さらに昼休みもこの場所を訪れて、作品というか時系列に展示された著名人一人一人の顔の表情を楽しんでいた。普段から人気の少ない地下通路なので、ゆっくりとした時間を過ごせてよい。

”顔はその人自身を語る。”
どこかでだれかが言ってそうなフレーズが、今日写真を見ている際、自分の脳裏に浮かんだ。ガラス越しに作品を観ていたので、光が反射して自分の顔も半透明に重なって見えた。

個人的に、写真の被写体としての人(の顔)は何事・何物にも勝るインパクトとメッセージを見るものに与えると考えている。
坂田さん自身の解釈を経て、被写体としての人はメッセージを放っている。

今日みた中(行幸地下ギャラリー)では、田中麗奈、川上未映子、Ann Sallyの写真が印象に残っている。いずれもグレー調で白っぽい感じで仕上がっており、透明感のある存在として切り取られていた。

一度”人”をご覧になってみてはどうでしょう。

【展 覧 会 名】 AERA創刊20周年記念
坂田栄一郎 「LOVE CALL ―時代の肖像―」
【会   場】
<東京丸の内エリア>
丸ビル (マルキューブ、3階回廊)
新丸ビル  (3階アトリウム)
行幸地下ギャラリー
丸の内オアゾ (○○広場〔おおひろば〕)

【会   期】 2008年5月9日(金)~6月8日(日)
11:00~21:00
会期中無休
【入 場 料】
無料

2008/04/27

NIKKO IS NIPPON

今週末、大阪から両親が上京していたので、東京・日光観光をしてきた。
父の日光に行きたいとの希望があったので、関空−羽田の飛行機往復、新宿−日光・鬼怒川温泉間直通特急スペーシア(JRと東武の相互乗り入れで2006年から運用開始)のチケット、鬼怒川温泉の宿を手配していた。
母は関西圏の番組でみのもんたが赤坂サカスを紹介していたとの理由で、そこに行きたがっていたが、時間的制約で却下(僕も行った事がないので、案内のしようがない)。
とりあえず現在開催中の恵比寿の写真展を見せて、その後、スペーシアで新宿から鬼怒川温泉へ。あいにくの雨だったので、宿でゆっくり、夜はゆば料理を食した。ゆばは日光エリアの名物です。

翌日は、鬼怒川温泉から日光へ。
日光東照宮へは、2006年に入社した後の研修期間中に同期と研修先(栃木県)からレンタカーで行った事があったが、若干懐かしく感じられた。
親の世代の小学・中学校時代の修学旅行先に日光が選ばれる事が多かったらしく、事実母の中学生時代の修学旅行先も日光だったとの事。父も20年くらい前に訪れていたとの事。

そういった意味で、上述した新宿−日光間を繋ぐ特急スペーシアのHPは良く出来ている(今回特に親がこのHPを見た訳ではないが。)。
団塊世代が一度は訪れた事がある日光へもう一度足を運ばせようとの狙いがあり、且つバスで訪れる事が大半である日光の観光客を取り込もうとの狙いがあるのだと思う。
キャッチコピーは『あの日のあなたへ、走ります。』。『走ります』の語呂がしっくり来ないが、電車のPRなのでまぁしょうがない。
ほのぼのとして、懐かしい気分にさせてくれる。ひとつひとつの写真もよいが、ローディングに時間がかかる。でも、トータルして何か日光に行きたいと思ってしまうようなHP。

で、実際スペーシアで行ってみた感想。
ニーズの創出を図るべくHP内には色々な日光の名所を示してくれているが、実際電車で日光を訪れ、それらの名所を行こうと思うと車の方が利便性が高い。スペーシアのチケットには日光の東武バスのフリーチケットも付いているが、バスは運行頻度も少なく自由度に欠け、短時間に網羅的に路線を把握する事は困難。
シンプルに日光東照宮に行くのならばスペーシアの選択肢でOKですな。
若者ではなく年輩を対象にしているHPの構成からしても、マーケティングがきっちりできているなぁと思った。

日光東照宮とかって、壮大で徳川の偉大さを感じれる(因にわたくしはむしろ倒幕した坂本龍馬たちを激しくすごいと思った。)ものであるけど、未だに何故この土地に行きたいと思うのかがよくわからない。親に聞いた日光に行きたい動機も、「懐かしさ」からだという結論。一般的には、歴史を学ぶ事と近い感覚で訪れる人が多いのかな。参拝するという事。何に対して参っているのか。先祖、神?参拝するという一種生まれながらに備わっている先天的なものがある!?
と考えてしまったが、特にこれに関しては意味を見いだす必要はないのかな。でも、この件についてお詳しい人、独自の考えをお持ちの方がいれば教えて頂きたいなぁ。

日光を後にして、上今市という所にある日光街道沿いの杉並木を訪れたが、そこに関しては特別天然記念物と文化遺産にも登録されているだけあり、東照宮に続く道としての神聖さが長い間備わっている、そんな感覚を持つ事ができた。高野山の奥の院の感覚に似ていた。

その後東京に戻り、親が自分が勤める会社の近くに行きたいとの要望(←ありがち)もあったので、丸の内辺りを案内した。東京における新宿等のターミナルと比して、東京駅を出た丸の内側の道幅と建築敷地間のゆったりさと、それが皇居の緑に続く様をオフの視点で改めて眺めると、整然としていて一種の神聖な感覚を持ってしまった。でも、この風景から活力は感じられなかった。今ふと思ったが、「神聖である事」と「活力がある事」は相反する事象になるのだろうか。神聖さは必ずしも活力を生み出さないのだろうか。(発散しがちなのでこの辺でやめる)

一通り丸の内を案内した後羽田へと向かった。かなりタイトなスケジュールだったのでお疲れになった事でしょう。僕も結構疲れました。








2008/03/16

写真展告知:3/24-5/10 Atsuyuki Mori Photo Exhibition@La Muggina Cafe

恵比寿のLa Muggina Cafeで写真展をする事になりましたので告知させて頂きます。東京進出第一弾です。
カフェのスペースに展示させてもらう形式で、カラーを中心に50作品程展示する予定です。これまでの欧州、インド、南米、東アジア等の作品に、昨年7月に訪れたモロッコの作品を加えた展示となります。
すごくよいカフェなので一度覗いてみて下さい。お店のHPにも情報公開される予定ですのでご参照ください。




Atsuyuki Mori Photo Exhibition
"Innertravel"
開催期間:2008/3/24.Mon-5/10.Sat

◇住所
東京都渋谷区恵比寿南2-3-12 (JR山手線・埼京線 恵比寿駅 西口より徒歩4分程)
TEL: 03-3760-4244 <MAP>

開催時間:12:00 - 24:00 (月-木、土)
     12:00 - 28:00 (金)
     日曜はお休み



2008/02/13

BLUE NOTE

先週のweekday仕事帰り、BLUE NOTEに行った。東京のは初めてだった。
大阪のBLUE NOTEには学生時代にSPEECH,INCOGNITO,小曽根真トリオと何回か行った事があったので、アーティストに近い場所でライヴを楽しめる良さが今回もある事を期待しての@表参道だった。
社会人らしくちゃんとリザーブをしておいたが、アーティストとの距離は近いものの若干全体を見るのに不都合な席だった。席の細かい指定まで必要ですなこれは、と思った。

で、肝心なアーティストはというとセルジオ・メンデス!!
学生時代にベタにSergio Mendes & Brasil 66のベストとか買って耳に馴染む程には聞いてはいたが、今回のライヴのメインアルバムのTimeless
は2007年の前半はよく聞いた。2006年末に学生時代からお世話になっているお店神戸の北野にあるMAY-HWAに行った際、オーナーのMAY-HWAさんに紹介してもらったアルバム。

つい先日、同期の結婚式で神戸に行った際にも、お店に立ち寄りおいしい中華をごちそうになりながら、Michael Buble ロッド・スチュワートのいくつかの曲(主にスタンダードナンバー)を紹介してもらった。自分にとって未知の領域だったので現在開拓進行中。

んで、BLUE NOTE。Timeless自体Black Eyed Pieceがプロデュースしている事もあり、Bossa Nova・セルメンのピアノにHip-Hopの格好よさが加わって、なんかめちゃくちゃはまっている曲もある。Stevie Wonderがハーモニカで参加しているBerimbauも演奏された。もちろんStevieは来てませんよ。セルメンが器用にピアノでハーモニカの音を表現していました。かなり軽快に音もよかったし、やっぱりいい具合に閉じている空間はよかった。
今回のアレンジがかったMas Que Nadaで会場はかなりの盛り上がり。長年のセルメンファンを伺えた。大人な人が多かった。

大阪のBLUE NOTEの時は分からなかったけど、2nd Stageが終了した後はそのまま席がバーっぽい雰囲気に変わって長居できるような場に変わった。仕事帰りのいい時間@東京(→雑誌のタイトルにできそうですな)でした。

2008/02/12

書籍『残業ゼロの仕事力』

あまり更新せずカビが生えてきたので、久しぶりに本のレビューでも。

休日に丸善に行って、買った本の一冊。
下着メーカートリンプの元社長、吉越浩一郎さんが書いた残業ゼロの仕事力
最近は敢えて、自己啓発系とかビジネス書の類いを読まず、例えば雪が降っていたので川端康成の雪国を読もうとか、訳の分からない動機で純文学に触れていた。

とは言いつつも、雑誌や新聞でトリンプの吉越さんの事を知っていたし、何か自由で人生を楽しんでいそうな人だなぁという印象があったので、さっと買ってさっと読んだ。ほんとにさっと読める。因にトリンプは吉越さんが社長になって、全社が残業ゼロ&19年連続増収増益を達成した事で有名。最近でも毎日がノー残業(原則仕事は18時まで)だという。

本書を読めば、確かに吉越さんが実践してきた残業ゼロのために仕事を効率化するメソッドを体系的に学べる。残業ゼロを実践するための具体例として、仕事にデッドラインを設けるとか、問題を細分化する等を掲げている。

しかし、何よりもこの本で良かった事は、定年を迎えた吉越さん自身が人生という大きな視座で、残業をゼロにする意義を語ってくれている事だった。つまりは、ビジョンを持って生きろという事だと思う。自分の中で本当に楽しい事、大切な事を仕事以外の時間で見つけろという内容だった。だから残業はするなという結論。
仕事をしている全ての人に、自分の人生で本当に大切なもの(吉越さんはきっぱりと仕事ではないと言い切っている。)とは何かを考えさせてくれる本。時間的コストも考えて費用対効果の高い本。


以下は自身が本書で赤線を引いた箇所の抜粋。ご参考まで。(一応章毎に分類)


①デッドラインがスピードと密度をあげる

②問題はとにかく分けて考える
・問題が起こったとき最悪なのは、放置すること。
・問題を置きっぱなしにしておくと、どんどん育ってしまう。
・問題は姿が見えれば8割解決
・仕事のキャパシティ=能力×時間×効率
・出来る事をやる事が仕事ではない。会社にとって正しい事をするのが仕事。
・いったんデッドラインを設定したからには、途中であきらめず最後までやり抜く。

③残業ゼロの達成まで
・TTP(徹底的にパクる)=優秀な人(会社)のマネをする。
・残業をゼロにするのは仕事を楽しむ事に通じる。
・自分の人生のために投資する。
・終わりの時間を常に意識する。

④仕事の常識はこれだけ変わった
・自分のキャパシティを知るのは、仕事にデッドラインをつけて、自分を追い込めばいい。
・仕事をする中で最も大切な事=スピード(吉越さんの持論)
・仕事を客観的にみて、会社にとって最良の結果を出せるのが本当のプロフェッショナル
・仕事は人生そのものではなく、人生の一部
・仕事を俯瞰的に見られる目を持つこと
・いずれは独立するぞという気概を持っている人とそうでない人=成長のスピードが全く違う。

⑤本当のワークライフバランス
・人生を楽しむためには準備が必要
・残業ばかりしてしまうと、人生を楽しむための計画がたてられない。
・生き甲斐や自己実現というものは、仕事よりも仕事以外の生活に求める方が自然だと思わないですか?

2007/12/03

クレジットカードのポイント特典(マイルと交換)

あまり更新しないとぺんぺん草が生えてきそうなので、コーシン。師走やし。関係ないけど。

タイトルに書いた、クレジットカードのポイント特典について。
今朝の新聞で見た記事に、カード会社のクレジットカードのポイント特典でマイレージへの交換比率が見直されるとの内容があった。
 
 具体的には、三井住友カードの利用で得たポイントを全日空のマイレージへ交換する際の比率が利用者にとって悪くなるというもの。
 現在は三井住友カードのポイント1ポイント(通常1000円使う事で1ポイント)で、全日空のマイルが10マイルと交換できるが、2008年の4月以降は1ポイントに対して3マイルになるという話。今、自分はポイントが2倍になるマイペースリボ契約なるものなので、1ポイントで20マイルの換算。
 要は、クレジットカードを75万円利用(変更手数料などを除く)する事で、1万5千マイル(現在のANAの基準では国内往復航空券分)がゲットできるというものなので、この変更はありえへん。変更後は単純に250万円分のカード利用しないと1万5千マイルをゲットできなくなる。
 クレジットカード利用75万円に対して、国内航空券往復は4~5万円なので、6%くらいのリターンになり結構割がいいと思っていた(もっといいものがあれば教えて下さい)。また、リボの契約をしていても、一括払いの設定をしていれば金利もかからないし、お金を右から左に流すだけですごい価値のあるポイント特典だと思っていたのでショック。
 とりあえず、2008年3月中に今あるポイントを全て全日空のマイルに交換し、その後、どのカードに変えるのか検討する必要がでてきた。


そもそも、クレジットカード会社がこのような対応を取らざるを得なくなった要因として、①個人向けのローンの金利規制と②利用者のポイント交換のために備えている費用の増加がある。

①については、個人向けローンの金利規制強化を受けて、カード会社の収益の一つである、年20%台後半のローン金利が18%以下に下がった事。
②については、カード会社が利用者のポイント使用のために、予め発生する費用(貸借対照表上の負債項目の引当金)が前年比3割増で計上する状況である事。カード会社間のサービスの差別化により、多種のポイント特典が用意され、それに伴い利用者のポイント関連の知識レベルが向上してきて、カード会社の予想以上にポイント特典が利用されているのだと思う。

実際、さっき三井住友VISAに勤める大学時代の友人に電話をして、この件について聞いた(クレームの電話か!?と言われたが。そもそも、カードを選ぶ際もこの友人に相談していた。)が、引当金の増加に関しては、マイル特典を開始した当初は、これほどまでポイントを使ってマイルに交換する利用者がいなかった(または想定していなかった)との事。既に3~4年前から、ポイントからマイルへの交換比率については、カード会社の負担が大きいため、見直しの方向で話が進んでいたとの事。

上記まとめると、①について、消費者保護(金利を落とす)の観点で法改正が行われ、企業にとっては収益の減少が強いられる結果となり、②のようにポイントサービスで膨らんでいる負債に歯止めをかけるべく今回の対応になったのだと理解。
 利益追求である企業にとって、収益を確保するために、プラスαのサービスを低下する戦略をとる事は必然だと思う。ただ、自分みたいにマイルへの交換率の良さを念頭にクレジットカード会社選びをしている者にとっては、今回の件で他社のクレジットカードに乗り換えの動機となり、JCBや三井住友VISAにとっては顧客離れの要因となる可能性がある。
 顧客離れについて、上記企業はどのように考えているのだろうか。比較的情報に長けて、企業の収益的に痛いポイント特典(マイルへの移行等)を使いまくる人は、他社に流れて結構というスタンスなのだろうか。確かに、あまり自分はカード会社に利益をもたらすようなキャッシングや分割返済を使っていないかも知れない。年会費くらい。なんやかんやでそれもわずかだったような気がする。(そのわずかを差別化とするカード会社もありますね。)

 競合カード会社他社がどのようなマイレージ移行サービスを用意しているのか、現時点で自分はあまりよく知らない。もし、現状三井住友VISAから提供されているマイル交換サービスと比して、妥協できる程のサービスを提供している会社があれば、その会社への移行を考えるだろう。
 市場経済において、情報が共有されていて、合理性を追及する者達の集団だと、全てが合理的な行動をとった結果、より良いサービスを提供する会社に移るはず。でも今ってクレジットカードのサービスは百貨店や鉄道・航空等本当にたくさんあるが、個人ではどうしても情報量が限られるため、本当に自分にとって最適なカード選びも難しいんだろうなと思う。
 なんとなく選ぶのも嫌なんで、3月までには少しは色々検討してみようと思う。あまり時間をかけるのもどうかと思うが。

2007/09/09

文化都市六本木

六本木はアートを発信する場となり得るのか。よくこんな事が言われていますが、どうでしょう。
普段丸の内で過ごしている身としては、最近の六本木は気になります。街の開放感という点で。
とかなんとか言ってて、東京ミッドタウンと現在ヒルズの森美術館で開催中のコルビュジエ展に行ってきました。

東京ミッドタウンの中に入るのは実は初めてで、広々とした空間を生かしテラスのスペースも十分に用意され、開放感があるお店(飲食)が多い。

Nirvanaという、かなりロックな店かと思いきや、めっちゃインド料理で結構いけてるお店に入りました。70年代からNYで伝説的(?)なインド料理屋として、愛されてきたお店らしいです。そもそもニルヴァーナという言葉が仏教用語で、涅槃(=理想の境地、完全な状態)を意味するらしく、お店のトレードマークが蓮である事も理解できますね。ランチはビュッフェ形式で味も良く、上品なインド料理を出してくれます。

別のフロアーには、雑貨やインテリアショップがいくつかあり、和を強調したラインナップとなっていました。これらのお店は六本木界隈の最近のコンセプト(日本の文化を発信していく)に合致しているが、物の割には高く感じる価格設定だった。裕福な外国人層を狙っているのでしょうかね。

六本木ヒルズの森美術館で現在開催中の ル・コルビュジエ展にも行ってきたが、内容が相当ボリューミーでよろしかった。かれこれ3時間半くらい居たと思う。
これまで自分が訪れたフランスでの彼の作品やインド・チャンディガールで彼が行った都市計画について、きっちりとしたコンセプトを再考できたのが有意義だった。実際の内部空間も演出されていて、なかなかコストがかかっている展覧会だなと関心した。特にマルセイユのユニテ・ダビタシオン(集合住宅)の空間演出(一つの部屋の間取りを再現)は自分が行ってみたいと思っていた事もありよかった。

2002年に欧州に行った際、コルビュジエの作品に触れる機会が多く、バーゼルからパリに向かう途中にフランス南東部のロンシャンの教会に訪れた。そのロンシャンの教会は現時点でも、自分がこれまでで最も感動した建築となっていて、建築というもので、あれほどまで感動してしまった自分を不思議に思ったくらいだった。何故教会の中の空間で、あれほどまで感動してしまったのか。空間を知り尽くし、考えて考え抜いた建築家だからこそ作り上げる事ができた空間だったのだろうか。おそらくそうなのだろう。

今回の展覧会で得た知識を元に考えた結果、ロンシャンの教会は彼のコンセプチュアルな部分と絵・彫刻等多様な表現方法を有している部分が相まって生まれた産物なのだと思った。イメージし、空間に落とし込む作業ってまさに絵と彫刻だと思うし、そういう意味で設計・施工を経て竣工の瞬間まで彼は綿密に計算できていたのかも知れない。恐らく、それが暗黙的に彼に形成されていたとしても、絵画と彫刻の一流の技法を身につけていない建築家に比べれば、その(イメージを最終段階まで綿密化する能力)差は歴然であると思われる。

ロンシャンの教会に行ってはじめて、建築の本質は内部空間にあると思った。
外観を形成するデザインと内部空間がどれほど相互依存しているのかは自分にはわからないが、建築は目でみるものじゃないと感じた事を記憶している。
建築空間は五感で感じ取るもの。そんな事を当時考えていたからなのか、ロンシャンの教会の写真がほとんどない事に気がついた。おそらく自分の事だから、視覚的にロンシャンの教会を切り取れたとしても、どうせ本質的な建築空間で得た感覚を伝える事ができないと思って、ひねくれていたのだと思う。五感で感じとれるものこそ建築の本質で、視覚的に紙媒体や展覧会でその建築を感じてもそれは本質じゃないと思うから、やっぱり、色々と訪れる事が有意義なんでしょうね。ロンシャンの教会はおすすめですので、フランスに行った際には訪れて下さいませ。

ロンシャンの礼拝堂に向かう道中の風景と、立ち寄ったカフェの写真。ちょっと懐かしかったので。こんな田舎道を上っていった小高い丘にロンシャンの教会があるのです。



2007/08/03

サハラ

モロッコから帰ってきたのは、もう1ヶ月前の事だが、最近はバタバタと時間が過ぎているような気がする。
先週は会社同期の素晴らしい結婚式(にしだ、まおさんおめでとうね!)に出席するために久々にゆっくりと実家に帰ってリフレッシュしたが。やっぱ大阪はマイホームタウンいう感じがした。
最近は時間に後押しされているような気がする。これを書いている瞬間も金曜の深夜なのに何故か急かされている感じがする。以前よりも会社に居る時間は増えたかもしれないが。なぜだろう。


という事で、日記を辿り、モロッコでサハラ砂漠に行った際のあの自由な感情を取り戻してみようかなと思う。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

モロッコにて。
マラケシュで2泊3日の現地ツアーを組んでサハラに向かう。途中数々の街に立寄り、アルジェリアの国境近くの街に到達し、そこからサハラ入りを果たす。

サハラ。何もない世界。音のない世界だと認識する。
太陽の日差しが予想以上に強く、全ての水分を一瞬にして蒸発させてしまうだろうという感覚を持つ。
べっとりとした西日の中を、ベルベル人のハッサンが先導するアジア人で編成されたキャラバンは進んでいく。
時折、太陽の造影は実像よりもくっきりと映る。

やがて、砂丘の合間にいくつかのテントが見える。そこが、その日サハラを過ごす場所。

着いて間もなく、まだ熱の残る砂丘を駆け上がり、日が没する光景をみようと頂を目指す。
乾ききった砂に触れるたび、体の水分が奪われる。一瞬で喉がカラカラになり、下に水を置いてきた事を若干後悔する。

砂丘の頂に到達(結構達成感あり)し、辺りを見渡す。日が完全に没するまでにまだ時間はあった。大声を出してみたが、こだまはなかった。

何となく砂丘を背に仰向けになって空をみた。
左方に、次の夜には満月になっているであろう月。右方に、マンガのような分かりやすい星。空の色は右方だけやや赤みがかった深いネイビー。背中には昼間太陽に照りつけられ熱せられた砂の余温があった。

耳を澄ました。音がなかった。虫の音も、風の音もなかった。無の空間だった。

音のない空をずっとみていると、時間がたったような気がしてはっと起き上がった。

西方は赤とネイビーのグラデーションが出来上がり、自分を中心とした半径100KMは音のない、無の世界が広がっているという実感を持ってしまうほど壮大な光景が広がっていた。




2007/06/26

In Morocco

Bonjour.
Now I'm in Marrakech,Morocco.
I spend a week's holiday of my company in this country.
I haven't upgrade this blog for a long time,so I try it with free feeling here.
I want to write much by using Japanese lungage.
But I can't use it here,and in addition,it's hard for me to use keyboard of French spec.

Yesterday morning(6/24 AM 9 local time:time difference between Tokyo and Morocco is 9hours),I arrived at Casablanca in Morocco by air.
Total flight from Haneda to Casablanca is about 20hours via Kansai,Doha by using Qatar airline.
I use this airline for the first time,I think it's nice service.
Recently Qatar air make an alliance with ANA,so mileage traveled by using this airline are added frequent flyer program of ANA,and I did so this time.

And in Casablanca.
I directly came to Marrakech by train from airport of Casablanca(it takes 4hours),without staying in Casablanca.
Because I thought instinctively it's not interesting there.
Casablanca is famous for movie...

In Marrakech.
The old town(called "Medina" in Arabian country)of Marrakech is a UNESCO world heritage site.
Markets of Medina(called "Souk" in Arabian country)have an atomosphere of energize,exciting,crowded,historical,traditional,caos and so on.
All of people in here are many kinds of business.
For example,it's peformer of snake,entertainer,craftsman of traditional item(cattle and sheep leather,shoes),artisan of metallic item and so on.
Sorry,it's difficult for me(my poor English) to explain everything about medina and souk.
Anyway,it's nice.
But here,it's hot during the daytime,so I get tired easily when I walk outside.

Tomorrow,I will join a tour(3days-2night) of the Sahara Desert.
A little while ago,I entered this at the tourist office.
This plan is to go over Atlas mountain from Marrakech,to pitch a tent and spend night in the Sahara Desert and so on.
I'm very looking forward to this.
I will feel grand and free more and more.

and show the picture in this web after back to Japan.
maybe good pic...

enjoy the rest.
Bye.