現在5連休を併せて10連休を満喫しているATSUYUKI@ベトナムです。11日からべトってます。結局社会人になっても汚らしい格好で一人旅をしています。なんか、ベトナムに来てやっと落ち着いたって気がしています。
先週末に友人の結婚式で大阪に戻り、関空?ホーチミンと来て、ホーチミンの喧騒が若干嫌になって、今はダラット(DALAT)という、ホーチミンから東へ車で6時間程行った標高1500M程の街にいます。この街は中々良いです。仏の植民地時代から避暑地として有名で、街の中心には湖があり、湖畔沿いにカフェ、レストラン、ホテルが立ち並んでいる。今日はバイクをレンタルして街を散策していた。ホンダの50CCのカブ式だが、俺が大学の始めの頃乗っていたオンボロDAXと比べても相当性能が良いし、早い早い。デザインもスポーティでクール。ベトナムではバイクの免許も何も要らないから(50CCくらいは)、ノーヘルで快適に異国の地を飛ばしていた。ここは冷涼な土地とあり、郊外まで足を運ぶと高原野菜(主にキャベツ)の収穫風景を伺えた。農業の風景は日本のそれと大差はなく、遠く離れた土地でも同じような方法で栽培されて収穫されて、トラックに積まれていた。
また、夕方の湖畔沿い、夕焼けが湖に映えてすごく美しい瞬間が街に存在する時、バイクや車(バイクが圧倒的に多い)で行き交う人々を見ながら、やはりここでも自分たちが住む国と大した違いはなく、異なるものは歴史、文化(言葉含む)、風土のようなものであり、本質的な人間の営みは変わらないんだと改めて思った。旅にでるといつも、日本の生活では感じることがない純粋な感性が蘇ってくる。こんな青くさい文章を普段の生活では恐らく書く勇気もないが、今は純粋に自分はこんな事を思っているのでしょう。上記異なるものとして、歴史を挙げたが、これが自分の中でひっかかり、その後色々と考えるきっかけとなった。
考えたこと。半ばメモ代わりにこのBLOGを使います。
1.なぜアメリカがベトナム戦争を引き起こしたのか。
2.ベトナム社会主義共和国とあるけど、本当に社会主義国家なのか。
3.今後世界中が市場経済に飲み込まれてしまうのではないか。
まず、
1.なぜアメリカがベトナム戦争を引き起こしたのか。
この動機として、上記重複になるが11日にホーチミンに入り、メコンデルタツアーや各種戦争、歴史系博物館等を巡った結果、自分にとって最も引っかかるキーワードはベトナム戦争だった。ホーチミンの戦争証跡博物館では、ベトナム戦争の悲惨な記録が展示されてあり、まぁ予想通り悲惨だった。なんか、もう自分が趣味でもなんでも写真なんか撮りたくないと思うほどリアリティに溢れて、何かを感じずにはいられないものばかりが並んでいた。博物館にお昼の休憩があることを知らず、実際その博物館の展示をみたのはほんの一部だったが、残りに関しても悲惨の記録が列挙されていることは明らかだったので、午後から見ようと固執はしなかった。それよりも、その戦争の本質的な部分は何かをベトナムに居る間に考えたかった。
ベトナム戦争の細部は詳しくないが、結果的には1973年南ベトナム政府率いるアメリカ側が破れ、北・南ベトナム解放民族戦線側が勝利した。これによって1976年にベトナム社会主義共和国が形成され現在に至る。アメリカがこの戦争を起こしたきっかけとして、よく言われているのは冷戦期における、中国に並ぶ社会主義国家をアジアに形成することが自国(アメリカ)にとってあらゆるマイナス要素を秘めているからだという事。
この事に関して、今回の旅に持参した本のひとつに以前からずっと気になっていた ルービン回顧録/日本経済新聞社 なるものがある。この本の著者のロバート・ルービンは米国財務省長官を長年務め、メキシコ政府のデフォルトに対する回避や、アジア通貨危機を防いだとされている方。つまりはアメリカの財務面での政治介入の意思決定を行ったと言える人物。1995年メキシコのデフォルト危機に対して、IMF等の機関だけではなく、アメリカの立場として為替安定基金なるものを用いた融資を行った事に対して、「メキシコ政府の債務不履行によりアメリカの成長と繁栄が鈍化するからだ」と語っている。
アメリカのメリット・デメリットの観点での対外政策は現在の数々の事象をみても、ベトナム戦争期と変わっていないと考えられる。
2.ベトナム社会主義共和国とあるけど、現在、本当に社会主義国家なのか。(知識は中学社会科レベル)
ベトナムに来て思ったのは、アジアでは中国やタイに比べてもコンビ二もマクドナルドも見当たらない。単に規制がかかっているのだと思われるが。この点については、特に社会主義云々よりも、国の外交的問題にあたると思う。それよりも自分的には経済システムにおける社会主義がどのように影響を与えているのか気になった。
1976年以降、ホーチミン主導によりベトナム社会主義共和国が建国され、1986年の刷新(ドイモイ)政策により社会主義を維持しつつ、市場経済を導入し、対外外交を促進させたと歴史的にはある。市場経済(自由経済、資本主義を象徴)と計画経済(社会主義を象徴)は対をなすものと理解しており、その計画経済により政府が生産と分配を統制するものと考えた結果、市場経済を導入することで国家体制は社会主義でなくなるのではないだろうか。(こんな事を議論するのに細部の言葉の定義も詳細にせずによくもべらべらと書き記していると自分でも情けなく思うが続ける。)
ドイモイにより市場経済を導入し、生産や価格は市場に依存した形になる。結果的には政府の統制力が弱まり、生産者に競争原理が働き、多く稼ぐ者が現れる。多く稼ぐ者から税金として国が徴収し、それを国民に再配分したとしても所得を平準化するまでには至らないと思う。こうして次第に貧富の差が生じてくる思うのだが、どうでしょう。あくまでも、所得を平準化するのが社会主義と解釈している自分が間違っている可能性大。所得の平準化(貧富の差をなくす)に関しては、共産主義になって初めて実現しうると理論的には考えられているのでしょうか。
結局はベトナムも対外的に貿易を促進させ、特に自国の産業としては有力なものがなさそうに思うが、短・中期的には外国資本の投下により、安定的な経済成長が見込めるのでないでしょうか。って偉そうに誰かから聞いたように書いていますが、実際、ワーカーレベルとしては高いものがあると感じる。理由として、アジアで典型な農耕民族であり、農耕における整然とした農地の整理や、きめ細かな手作業、この国の人全般からくる誠実そうな印象を挙げる(説得力に欠けるね)。
3.今後世界中がアメリカが主導する市場経済に飲み込まれてしまうのではないか。
話は飛躍して、中国にしろ、ロシアにしろ、現在は市場経済による移行がなされ、ベトナムと同じような現象が起こっていると思う(むしろ、中国の方が先に移行していたか)。いわゆるアメリカに代表される、あらゆるものを市場に任せ、競争原理により国家的成長を目指す経済システムに向かっているという事。
日本だって郵政民営化に代表されるように、小さな政府を目指して、市場に通じた競争原理の元、商売繁盛で頑張って下さいな。と言わんばかりの方策を採っているし。二極化、二極化と言われるのも、日本の経済システムも完全市場経済に移行している事を示すものだと考える。市場経済の行き着く先は、勝者と敗者なのだと思う。利益を出す者が勝ち、利益を出さないものが負ける。日本において、利益を出さない銀行を公的資金で介入するのは、市場原理に反しモラルハザードの際たるものだが、時として経済理論に則らない事が起こるのが現実の市場なのだと理解するしかない(もちろんあらゆる側面を考慮された意思決定だとは思う)。
この先、仮に二極化が進み、貧富の差が激しくなった際に起こる、国家政治(経済システム含む)に対する圧力って何なんだろうか。なんとなく、富の平準化の圧力が発生しそうな。本当にどうなるんやろうね。他のアジアの国に比して、あまり国家成長を見込めない国がどんな策をとればいいんやろうね。完全市場経済(自由経済)における富の配分って、まさしくビル・ゲイツが立てた基金(それにウォーレン・バフェットが出資したり)で、世界の貧富の差を縮小する方向で使用される訳だけど。やはり、もうそれは国ではなく、個人(企業)の力で富を平準化するしかないんかね、この先。
なんか、こんな事を考えていると、本当にもっともっと知りたいことが増えた。やっぱり経済システムには興味があるし、理論経済学をもっとゆっくり学びたくなった。この点に詳しい方々に日本、東京に戻ってできる限りコンタクトをとっていこうと思う。ベトナムで曲がりなりにも色んな事を考える時間を持てて本当に良かった。今、俺ロバート・ルービンに影響受けまくっています。今回の旅は強烈な人との出会いはないが、良い本と出会えて良かった。明日は、ホーチミンに戻って、明後日に帰国します。
2006/08/22
ぼちぼちですね
『ぼちぼちですね。』中々いい言葉だと思う。ゆっくりとした感じで、特に嫌味でもなく控えめすぎる事もなく、あまりよく知らない先輩から「調子どう??」の返答に、いちいち考えず都合の良い解釈を相手に与えてくれるから楽。
関西のアイデンティティも凝縮されていて、なんか自分にはしっくりくる。
だけど、『ぼちぼちって?』と突っ込んでくる人には要注意、面倒くさい。だから、親しい先輩にはあんまり使わない。
職場のフロアには、新人の自分にとって少しだけ知ってる人が結構いるから、挨拶を交えて軽く話す機会が多い。よって、上のような軽い会話が多いわけだ。まぁ、そのようなちょっとした会話が繋がって結構仲良くなっていくものだ。
と、客観的にはほのぼのと仕事をやっているように思えるが、先週末とか昨日とかは結構泣きそうになってたわけで。やっぱその泣きそうになるのも、配属されて2ヶ月ちょっとのズブの素人同然の『ぼちぼちですね』とか言ってるやつに、重い責任とプレッシャーが伸し掛かってしまうからである。まぁ今日は結構充実感に浸っているのは正直な感想であって・・・。
こういう浮き沈みの中で、溺れそうになって、一回溺れて、また這い上がって徐々に成長していくのかなって思う。いや、思ってみる。
そんな、今のとこ浮き沈みの多い毎日だからこそ使える言葉。
それは『ぼちぼちですねー。』なのだ。
P.S 帰りに買った東京カレンダーのお店を片っ端から攻めたくなった。
関西のアイデンティティも凝縮されていて、なんか自分にはしっくりくる。
だけど、『ぼちぼちって?』と突っ込んでくる人には要注意、面倒くさい。だから、親しい先輩にはあんまり使わない。
職場のフロアには、新人の自分にとって少しだけ知ってる人が結構いるから、挨拶を交えて軽く話す機会が多い。よって、上のような軽い会話が多いわけだ。まぁ、そのようなちょっとした会話が繋がって結構仲良くなっていくものだ。
と、客観的にはほのぼのと仕事をやっているように思えるが、先週末とか昨日とかは結構泣きそうになってたわけで。やっぱその泣きそうになるのも、配属されて2ヶ月ちょっとのズブの素人同然の『ぼちぼちですね』とか言ってるやつに、重い責任とプレッシャーが伸し掛かってしまうからである。まぁ今日は結構充実感に浸っているのは正直な感想であって・・・。
こういう浮き沈みの中で、溺れそうになって、一回溺れて、また這い上がって徐々に成長していくのかなって思う。いや、思ってみる。
そんな、今のとこ浮き沈みの多い毎日だからこそ使える言葉。
それは『ぼちぼちですねー。』なのだ。
P.S 帰りに買った東京カレンダーのお店を片っ端から攻めたくなった。
2006/08/04
財布なくした
財布無くしたら、マ・ジ・で焦るね。
今日、同じフロアの同期と3時くらいにコンビニ行くタイミングが同じで、ちょっと休憩がてら外のベンチに座ってだべっていた。
んで、フロアに戻って仕事再開して、明らかに処理能力を上回る案件が次々に来て若干開き直りはじめたら、急に眠たくなってきたので、フロアの自販機にコーヒーを買いに行こうとした。その時・・・。(5時過ぎくらいやったかな)
あれ!?・・・、いつもは足元に置いているカバンの中に財布があるのにない。なんかカバンの中に財布がある気配もない。カバンの中と机の周りを入念に探したがない、ない。(若干焦りはじめる)
行動振り返り
1、3時くらいにコンビニでコンニャクのジュースを買って袋に入れてもらう(その際は確実に財布あり)→2、一階外のベンチに座る(財布もってたかな?)→3、しゃべる(もってた?)→4、フロアーに戻る(たぶん・・・)→5、すぐ目に付いた小さいゴミ箱にジュースの殻ごとコンビニの袋に入れて捨てる→6、席につく→7、5時過ぎくらいに財布がない事を認識
仮説:自分的に5が怪しい。コンビニの袋に財布を入れる癖があるので、袋に入れたままゴミ箱に捨てた。はず。
そんな自分の行動仮説を立てながら、コンビニの袋を捨てた円柱形の上が開いている小さいゴミ箱を覗くと・・・。
ゴミが全くない。そういえば、少し前にゴミ回収の業者が集めていってた。
かなり焦り始める。ますます自分の仮説が真実のように思えてくる。もうゴミがトラックに積まれて、焼却所に向かってるかもとか思う。
なんとかゴミを集めている人にコンタクトを取りたいが、全く見当たらないし、とりあえず管理室みたいなとこにTELして、状況を説明してゴミの置き場を教えてもらう。
んで、貨物のエレベーターに乗って、18階から地下2階にいく。その間、財布の中身を思い浮かべて、クレジットカードとか、銀行のカードとか、定期とか、免許証とか、かなり面倒くさい事を思い浮かべながら、ひたすらにゴミ置き場を目指す。
んでなんとか大量のゴミのありかを発見して、業者の方と会って状況を説明して、手伝ってもらいながら財布を探そうとする。が、一日でこのビルだけでこんなにもゴミが出るのねって思うくらいわんさかあって、ちょっと見ただけでは探し当てれそうにもない。業者の他の方もヘルプで総勢5人の方が僕の財布探しに付き合ってくれた。一旦、どのゴミ箱かを集めた人にわかってもらうため、18階に戻る。
んで、状況をSPに話すと、「どこかに置き忘れてんじゃないの?」と言われたので、それまで固執した自分の仮説を疑ってみる。
仮説再考:可能性があるのは2,3,4。もしかして、ベンチに置き忘れてんのかも。でも3時間くらい前やし、人通りもあるからまず誰か持って行ってるだろう、と思うが・・・。
んで、18階からB1階に降りて、1階の玄関に上がってベンチを観にいくと・・・。
何やら、茶色い物体が。
あ、あった。あった。普通にあった。
それを避けるように、隣のベンチで人は座ってて、僕が財布を持っていった時に凝視されたので、「これ僕のんですから」と笑顔で理解してもらった。
真っ先にダッシュで地下2階に下りて、僕の財布を捜してくれている方にご報告して、お詫びをして、何度も何度もお詫びをして、でも、おじさん、おばさんたちは「あって、よかった、よかった。」と何度も言ってくれた。本当に申し訳ない気持ちだった。明日、改めて皆さんにお詫びをしようと思う。
ほんま、物を無くした時の自分の記憶ってあいまいで、変な仮説を立ててしまう。んで、焦れば焦るほど、その仮説に固執しはじめて、変な行動に出てしまう。これからはまじで気をつけようと思う。
でも、財布あってよかった。
財布の管理には要注意だ。
仕事中に何してんねんって感じやけど
ま、いっか。
因みに、普段はもちろんの事休憩なんてことでコンビニ行って、外に出るとかありませんわ。
たいていお昼から戻って仕事はじめると、気が付いたら夜って感じです、はい。
今日、同じフロアの同期と3時くらいにコンビニ行くタイミングが同じで、ちょっと休憩がてら外のベンチに座ってだべっていた。
んで、フロアに戻って仕事再開して、明らかに処理能力を上回る案件が次々に来て若干開き直りはじめたら、急に眠たくなってきたので、フロアの自販機にコーヒーを買いに行こうとした。その時・・・。(5時過ぎくらいやったかな)
あれ!?・・・、いつもは足元に置いているカバンの中に財布があるのにない。なんかカバンの中に財布がある気配もない。カバンの中と机の周りを入念に探したがない、ない。(若干焦りはじめる)
行動振り返り
1、3時くらいにコンビニでコンニャクのジュースを買って袋に入れてもらう(その際は確実に財布あり)→2、一階外のベンチに座る(財布もってたかな?)→3、しゃべる(もってた?)→4、フロアーに戻る(たぶん・・・)→5、すぐ目に付いた小さいゴミ箱にジュースの殻ごとコンビニの袋に入れて捨てる→6、席につく→7、5時過ぎくらいに財布がない事を認識
仮説:自分的に5が怪しい。コンビニの袋に財布を入れる癖があるので、袋に入れたままゴミ箱に捨てた。はず。
そんな自分の行動仮説を立てながら、コンビニの袋を捨てた円柱形の上が開いている小さいゴミ箱を覗くと・・・。
ゴミが全くない。そういえば、少し前にゴミ回収の業者が集めていってた。
かなり焦り始める。ますます自分の仮説が真実のように思えてくる。もうゴミがトラックに積まれて、焼却所に向かってるかもとか思う。
なんとかゴミを集めている人にコンタクトを取りたいが、全く見当たらないし、とりあえず管理室みたいなとこにTELして、状況を説明してゴミの置き場を教えてもらう。
んで、貨物のエレベーターに乗って、18階から地下2階にいく。その間、財布の中身を思い浮かべて、クレジットカードとか、銀行のカードとか、定期とか、免許証とか、かなり面倒くさい事を思い浮かべながら、ひたすらにゴミ置き場を目指す。
んでなんとか大量のゴミのありかを発見して、業者の方と会って状況を説明して、手伝ってもらいながら財布を探そうとする。が、一日でこのビルだけでこんなにもゴミが出るのねって思うくらいわんさかあって、ちょっと見ただけでは探し当てれそうにもない。業者の他の方もヘルプで総勢5人の方が僕の財布探しに付き合ってくれた。一旦、どのゴミ箱かを集めた人にわかってもらうため、18階に戻る。
んで、状況をSPに話すと、「どこかに置き忘れてんじゃないの?」と言われたので、それまで固執した自分の仮説を疑ってみる。
仮説再考:可能性があるのは2,3,4。もしかして、ベンチに置き忘れてんのかも。でも3時間くらい前やし、人通りもあるからまず誰か持って行ってるだろう、と思うが・・・。
んで、18階からB1階に降りて、1階の玄関に上がってベンチを観にいくと・・・。
何やら、茶色い物体が。
あ、あった。あった。普通にあった。
それを避けるように、隣のベンチで人は座ってて、僕が財布を持っていった時に凝視されたので、「これ僕のんですから」と笑顔で理解してもらった。
真っ先にダッシュで地下2階に下りて、僕の財布を捜してくれている方にご報告して、お詫びをして、何度も何度もお詫びをして、でも、おじさん、おばさんたちは「あって、よかった、よかった。」と何度も言ってくれた。本当に申し訳ない気持ちだった。明日、改めて皆さんにお詫びをしようと思う。
ほんま、物を無くした時の自分の記憶ってあいまいで、変な仮説を立ててしまう。んで、焦れば焦るほど、その仮説に固執しはじめて、変な行動に出てしまう。これからはまじで気をつけようと思う。
でも、財布あってよかった。
財布の管理には要注意だ。
仕事中に何してんねんって感じやけど
ま、いっか。
因みに、普段はもちろんの事休憩なんてことでコンビニ行って、外に出るとかありませんわ。
たいていお昼から戻って仕事はじめると、気が付いたら夜って感じです、はい。
2006/07/29
東京一週間
ふぅ、やっと一週間が終わった。やっとと思うくらいやから、そこそこ疲れたのかなぁ。
水・木・金と飲みだったので、後半は充実していた。水曜は友達と、木曜は10時くらいから課長などなど先輩方との飲み、んで金曜は部署内の若手の飲みだった。どれも突発的な飲み会だったので、逆にテンションが上がった。前もって予定されている飲み会よりも、その場の空気で突発的に行なわれる飲み会っていい。
部署は比較的忙しくて、比較的飲み会が少ないので、あまり身近な先輩らと飲む機会が今の所ない。あっても形式的な飲み会が多いので、木曜はなんか仕事帰りに飲んでるって感じだった。
その後、電車で寝てしまい、丸の内線で池袋に着いても眠りこけていたけど、心優しき人が起こしてくれた。この前、電車内で知らん間に落とした本も心優しき人がわざわざ追いかけて届けてくれた。優しい人はどこでもいますね。
で、今週はSP(僕をネホリハホリ指導してくれる人、センパイ)が5連休中だったので、ちょっと開放感はあった。でも、仕事のプレッシャーは相変わらずで、というかむしろ日に日に増していって、それと共に冷や汗と脇汗も増していって・・・まぁなんとかやっているわけですが。やっぱ思う事は、主体的に動けてる時ってテンションも乗ってきて楽しいけど、受身で業務が進んでる時ってしんどい。できるだけ攻めの姿勢で仕事ができるように曲りなりにも色々考えるが、まだまだ知識の絶対量と経験がないので無理なわけで。亀の気持ちで頑張ります。
明日、土曜は組合のセミナーみたいなのがあるから、品川のホテルに行ってくる。んで、そこでボウリングもあるのできっちり200を出そうと思う。いい食事もあるみたいやし量よりも質を楽しもうと思う。以上。
水・木・金と飲みだったので、後半は充実していた。水曜は友達と、木曜は10時くらいから課長などなど先輩方との飲み、んで金曜は部署内の若手の飲みだった。どれも突発的な飲み会だったので、逆にテンションが上がった。前もって予定されている飲み会よりも、その場の空気で突発的に行なわれる飲み会っていい。
部署は比較的忙しくて、比較的飲み会が少ないので、あまり身近な先輩らと飲む機会が今の所ない。あっても形式的な飲み会が多いので、木曜はなんか仕事帰りに飲んでるって感じだった。
その後、電車で寝てしまい、丸の内線で池袋に着いても眠りこけていたけど、心優しき人が起こしてくれた。この前、電車内で知らん間に落とした本も心優しき人がわざわざ追いかけて届けてくれた。優しい人はどこでもいますね。
で、今週はSP(僕をネホリハホリ指導してくれる人、センパイ)が5連休中だったので、ちょっと開放感はあった。でも、仕事のプレッシャーは相変わらずで、というかむしろ日に日に増していって、それと共に冷や汗と脇汗も増していって・・・まぁなんとかやっているわけですが。やっぱ思う事は、主体的に動けてる時ってテンションも乗ってきて楽しいけど、受身で業務が進んでる時ってしんどい。できるだけ攻めの姿勢で仕事ができるように曲りなりにも色々考えるが、まだまだ知識の絶対量と経験がないので無理なわけで。亀の気持ちで頑張ります。
明日、土曜は組合のセミナーみたいなのがあるから、品川のホテルに行ってくる。んで、そこでボウリングもあるのできっちり200を出そうと思う。いい食事もあるみたいやし量よりも質を楽しもうと思う。以上。
2006/07/16
銭湯っていい!
今日は近くの銭湯に行って来た。部屋にユニットバスはあるが、狭いし水もよろしくなさそうなので、湯を貯めた事もない。
寮から徒歩5分くらいにある銭湯はいかにも町の銭湯って感じで、地域密着型。車を置くスペースもほとんどなく、大抵の客はチャリか徒歩で来てる感じ。
こじんまりしてるんやけど、サウナがあって、風呂の種類も露天風呂など含め6つくらいあって、清潔やし、めちゃめちゃ気持ちよかった。サウナ→水風呂頭までのスーパーコンボは最高に気持ちいい!サウナで血管・汗腺(?)を開いて、水シャワー+水風呂で収縮させる。血行が良くなると誰かが言ってたような。汗と共に老廃物がでたような。風呂自体もよかった。結果、癒された!!
なんか銭湯って、ほんま日本の文化やなぁって思う。外国に行っても、このような形態をあまり見たことないし、同時にコミュニティの役割を果たす日本の銭湯は素晴らしいと思った。最近は規模が大きく企業が経営しているスーパー銭湯形式が増えて、あまり地域密着な銭湯をみなくはなったが、後者の銭湯は地域コミュニティを充実させる役割を担ってるんやろうなぁ、って来てる人の会話とか聞きながら思っていた。
なんで、日本って温泉とか銭湯とか湯の文化が形成されたんやろうなぁって疑問が湧いて、色々知りたいことが増えた。温泉もこれまたええもんなぁ。湯を吟味できるようになりたいなぁ。違いのわかる人間になりたいなぁ。
実家に居るときは、あまり銭湯に行く機会はなかったけど、自分が住んでいる町を色々知る事や仕事の疲れを癒す、リフレッシュする目的でもちょこちょこ行ってみようかなと思った。
色んなリフレッシュの仕方あるもんねぇ。
寮から徒歩5分くらいにある銭湯はいかにも町の銭湯って感じで、地域密着型。車を置くスペースもほとんどなく、大抵の客はチャリか徒歩で来てる感じ。
こじんまりしてるんやけど、サウナがあって、風呂の種類も露天風呂など含め6つくらいあって、清潔やし、めちゃめちゃ気持ちよかった。サウナ→水風呂頭までのスーパーコンボは最高に気持ちいい!サウナで血管・汗腺(?)を開いて、水シャワー+水風呂で収縮させる。血行が良くなると誰かが言ってたような。汗と共に老廃物がでたような。風呂自体もよかった。結果、癒された!!
なんか銭湯って、ほんま日本の文化やなぁって思う。外国に行っても、このような形態をあまり見たことないし、同時にコミュニティの役割を果たす日本の銭湯は素晴らしいと思った。最近は規模が大きく企業が経営しているスーパー銭湯形式が増えて、あまり地域密着な銭湯をみなくはなったが、後者の銭湯は地域コミュニティを充実させる役割を担ってるんやろうなぁ、って来てる人の会話とか聞きながら思っていた。
なんで、日本って温泉とか銭湯とか湯の文化が形成されたんやろうなぁって疑問が湧いて、色々知りたいことが増えた。温泉もこれまたええもんなぁ。湯を吟味できるようになりたいなぁ。違いのわかる人間になりたいなぁ。
実家に居るときは、あまり銭湯に行く機会はなかったけど、自分が住んでいる町を色々知る事や仕事の疲れを癒す、リフレッシュする目的でもちょこちょこ行ってみようかなと思った。
色んなリフレッシュの仕方あるもんねぇ。
2006/06/29
仕事 (祝100post)
久々にBLOGを書こうと思ったら、今回が100回目のpostingになる。何を書いたのか過去の文とかちょこっと見たりして、やっぱその時考えていた事とか分かって意外とおもろい。へー俺こんな事考えてたんやなぁ、とか下手な文章やけど伝わってくる。
仕事、配属されて約1ヶ月。んで、そろそろ来週くらいから本格的に任される部分が増えて仕事らしくなっていくらしい。
まぁ業務の事はさておき、今日の仕事もそれほど遅くなく、予定もなかったので、丸の内線と西武池袋線を使っていつも通り曲をシャッフルにして受身的に音楽を聴きながら、読書しながらぼちぼち帰った。池袋から急行を使って焦るわけでもなく、準急で座って帰った。んで最寄駅近くの行った事のない定食屋でご飯を食べた。豆腐鍋みたいなものを食べた。一人でご飯を食べるのはあまり好きじゃないが、自炊機能のない寮なのでしょうがない。食堂があるのに、ご飯が出ない。部屋にはユニットバスの水周りだけ。
帰りにセブンイレブンで次の朝食のサンドウィッチを買って、近くのコープで無糖のコーヒー1リットルを買ったり、コップを洗うスポンジを買ったり、除湿剤を買ったりした。これまで実家だった僕には新しい生活リズム。若干めんどくさいとも思う。
んで、コープから寮まで、じっとりと湿気が多く、でも夏の匂いが少し混じった道をゆっくり歩きながら考えていた。
おそらくこんな感じの日々が続くんだろうな、と。特にネガティブとか仕事に対する後ろめたさとかではなくて、自分的に充実した仕事ができたとしても時間はどんどん過ぎていくと思う。朝会社に行って、帰る時には日が暮れていて、予定のない日はこんな感じに帰る。いや、仕事が遅くなって適当に夕食を食べてまた仕事に戻るかもしれない。特に外に出る機会が少ない部署なので、昼に会社近辺で食事にでるくらいで後はずっと中かな。
やはり平日の一日の大半を仕事に費やす事は間違いない。仕事が完全に慣れるまで短期的に見積もっても2、3年はかかると思うし、その間自分は時間の投資(消費!?)と共に客観的にみても大きく成長するとは思う。
じゃあ成長って何よ。って感じなのだが、業務の処理スピードとか業務面の知識とかそれは新人として配属されたのなら、誰でも当たり前に向上していくと思う。じゃあ、本当の成長って何よって考えると、まず自分が目的を決めてその方向性に進んでいく事なんじゃないのかなと思う。資格とかもそう思うけど、何のために取るの?って。まず、大枠でも、長期的でも、短期的でもいいから自分がどうなりたいとか、取ってどうしたいからとかじゃないと、何か間違った方向に時間を投資してしまうんじゃないのかなって思う。当たり前とは思うけど。取ってから考えればいいじゃんって意見もあると思うけど、社会人として働きながら取る資格についてはそれでは時間がもったいな過ぎる。
よく聞くでしょ以下に記した『仕事の成果』の話。松下幸之助とか、京セラの稲盛さんとかが言ってる。結局誰がオリジナルやねんって思うやけど。
仕事の成果=考え方×熱意×能力
考え方:人生哲学 -100から+100
熱意:努力で決まる 0から100
能力:先天的 0から100
これはきちんとしたマインドセットをしていないと、中々効率的に目的に近づかない事を説いてくれているのだと思う。
何でこんな事を考える日になってしまったんだろうと思うと、具体的にはアクチュアリーの資格試験を年末に受けざるを得ない状況になっていることを、上司の話とドンと机に届けられた教材を見て実感した。そこで、仮に実際自分が何年かかけて、その資格をとった結果どうなるんだろうとか考えてしまっていたのである。戦略的には途中の軌道修正が効くように、汎用性の高い科目を今年は受けることにしているが。(ニヤニヤ)
このBLOGをはじめた時から自分のPROFILEの所で、無駄に「世界で活躍・・・」とか恥じも承知で書いてて、でもそんなグローバルとか戯言も思ってみるもので、実際その観点で進むべき方向性に現時点ではあると思う。抽象的だけど、大枠を描く事で日々の行動や意識、読書で、目的を果たす戦略が浮かび上がってくる。と自分では思っている。
今日はまだ時間もあるし、読書でもしようと思う。
この前、丸善でフラッと買った『金融越境バトル/日本経済新聞社』。タイトルでもイメージできるように、規制緩和による日本の金融業界の障壁がなくなってきている事を題材にIT、ファンド、金融機関等、様々なプレーヤーを軸に書かれている本。興味ありと思って買ってみると、驚き。同じグループの時々昼飯を一緒にする先輩が普通に実名で書かれたインタビュー文が掲載されていた。見てくれたら分かると思うけど、台風デリバティブの開発のモチベーションや損保の今後の方向性と自分がどのようなマインドで業務を遂行しているのかが書かれていた。普段、熱い話をされない方なので、その本でその先輩の熱い部分を知ることができてよかった。その先輩含め先人(大袈裟やな)から色々と吸収させてもらおう思う。
まぁ、結局新人の今ごろって色々考える事が多いのでしょうね。ね、そこの新人!
とりあえず、ゴミの日じゃないと思うけど、ゴミ捨ててきます。では。
仕事、配属されて約1ヶ月。んで、そろそろ来週くらいから本格的に任される部分が増えて仕事らしくなっていくらしい。
まぁ業務の事はさておき、今日の仕事もそれほど遅くなく、予定もなかったので、丸の内線と西武池袋線を使っていつも通り曲をシャッフルにして受身的に音楽を聴きながら、読書しながらぼちぼち帰った。池袋から急行を使って焦るわけでもなく、準急で座って帰った。んで最寄駅近くの行った事のない定食屋でご飯を食べた。豆腐鍋みたいなものを食べた。一人でご飯を食べるのはあまり好きじゃないが、自炊機能のない寮なのでしょうがない。食堂があるのに、ご飯が出ない。部屋にはユニットバスの水周りだけ。
帰りにセブンイレブンで次の朝食のサンドウィッチを買って、近くのコープで無糖のコーヒー1リットルを買ったり、コップを洗うスポンジを買ったり、除湿剤を買ったりした。これまで実家だった僕には新しい生活リズム。若干めんどくさいとも思う。
んで、コープから寮まで、じっとりと湿気が多く、でも夏の匂いが少し混じった道をゆっくり歩きながら考えていた。
おそらくこんな感じの日々が続くんだろうな、と。特にネガティブとか仕事に対する後ろめたさとかではなくて、自分的に充実した仕事ができたとしても時間はどんどん過ぎていくと思う。朝会社に行って、帰る時には日が暮れていて、予定のない日はこんな感じに帰る。いや、仕事が遅くなって適当に夕食を食べてまた仕事に戻るかもしれない。特に外に出る機会が少ない部署なので、昼に会社近辺で食事にでるくらいで後はずっと中かな。
やはり平日の一日の大半を仕事に費やす事は間違いない。仕事が完全に慣れるまで短期的に見積もっても2、3年はかかると思うし、その間自分は時間の投資(消費!?)と共に客観的にみても大きく成長するとは思う。
じゃあ成長って何よ。って感じなのだが、業務の処理スピードとか業務面の知識とかそれは新人として配属されたのなら、誰でも当たり前に向上していくと思う。じゃあ、本当の成長って何よって考えると、まず自分が目的を決めてその方向性に進んでいく事なんじゃないのかなと思う。資格とかもそう思うけど、何のために取るの?って。まず、大枠でも、長期的でも、短期的でもいいから自分がどうなりたいとか、取ってどうしたいからとかじゃないと、何か間違った方向に時間を投資してしまうんじゃないのかなって思う。当たり前とは思うけど。取ってから考えればいいじゃんって意見もあると思うけど、社会人として働きながら取る資格についてはそれでは時間がもったいな過ぎる。
よく聞くでしょ以下に記した『仕事の成果』の話。松下幸之助とか、京セラの稲盛さんとかが言ってる。結局誰がオリジナルやねんって思うやけど。
仕事の成果=考え方×熱意×能力
考え方:人生哲学 -100から+100
熱意:努力で決まる 0から100
能力:先天的 0から100
これはきちんとしたマインドセットをしていないと、中々効率的に目的に近づかない事を説いてくれているのだと思う。
何でこんな事を考える日になってしまったんだろうと思うと、具体的にはアクチュアリーの資格試験を年末に受けざるを得ない状況になっていることを、上司の話とドンと机に届けられた教材を見て実感した。そこで、仮に実際自分が何年かかけて、その資格をとった結果どうなるんだろうとか考えてしまっていたのである。戦略的には途中の軌道修正が効くように、汎用性の高い科目を今年は受けることにしているが。(ニヤニヤ)
このBLOGをはじめた時から自分のPROFILEの所で、無駄に「世界で活躍・・・」とか恥じも承知で書いてて、でもそんなグローバルとか戯言も思ってみるもので、実際その観点で進むべき方向性に現時点ではあると思う。抽象的だけど、大枠を描く事で日々の行動や意識、読書で、目的を果たす戦略が浮かび上がってくる。と自分では思っている。
今日はまだ時間もあるし、読書でもしようと思う。
この前、丸善でフラッと買った『金融越境バトル/日本経済新聞社』。タイトルでもイメージできるように、規制緩和による日本の金融業界の障壁がなくなってきている事を題材にIT、ファンド、金融機関等、様々なプレーヤーを軸に書かれている本。興味ありと思って買ってみると、驚き。同じグループの時々昼飯を一緒にする先輩が普通に実名で書かれたインタビュー文が掲載されていた。見てくれたら分かると思うけど、台風デリバティブの開発のモチベーションや損保の今後の方向性と自分がどのようなマインドで業務を遂行しているのかが書かれていた。普段、熱い話をされない方なので、その本でその先輩の熱い部分を知ることができてよかった。その先輩含め先人(大袈裟やな)から色々と吸収させてもらおう思う。
まぁ、結局新人の今ごろって色々考える事が多いのでしょうね。ね、そこの新人!
とりあえず、ゴミの日じゃないと思うけど、ゴミ捨ててきます。では。
2006/06/11
ようやく新生活
今日久々にネット環境が復活。こんな時間にネットをしていると学生時の優雅な時間感覚が思い出される・・・。
そんな僕も社会人になって2ヶ月。
勤務地が東京になって、初めて実家とはなれた環境での生活がはじまった。6月最初に勤務地やら引越しやら新しい職場やら上司やら先輩やら、歓迎会やら、オールやら、通勤ラッシュやら、風邪ひいて熱だすやら、食生活がアンバランスな現代人には濃い目の野菜ジュースが欠かせない(?)やら・・・なんかバタバタとしていた。若干まだ風邪は治ってないけど、原因はやっぱり睡眠だという事や。枕はやっぱり首よりもちょっと上に重心を据えれるものが自分に適している事がわかったり。色んな発見もしています、はい。若干意味不明ですが元気モリモリで頑張っています。
東京ライフ、攻めの姿勢で楽しんでいきます。
仕事の方も、良い環境に恵まれたのだから頑張りなさいよ。と自分に言い聞かせています。くそでかい目標を立ててしまいそうな部署やけど、それは当分は内にしまって精進する。
まだまだ青2才、当分の間成長しかないっしょ。と、まぁやや楽観的ですが、そんな感じでいいよね。できるだけリラックスリラーックス。スーハースーハー。
以上。眠い。。
そんな僕も社会人になって2ヶ月。
勤務地が東京になって、初めて実家とはなれた環境での生活がはじまった。6月最初に勤務地やら引越しやら新しい職場やら上司やら先輩やら、歓迎会やら、オールやら、通勤ラッシュやら、風邪ひいて熱だすやら、食生活がアンバランスな現代人には濃い目の野菜ジュースが欠かせない(?)やら・・・なんかバタバタとしていた。若干まだ風邪は治ってないけど、原因はやっぱり睡眠だという事や。枕はやっぱり首よりもちょっと上に重心を据えれるものが自分に適している事がわかったり。色んな発見もしています、はい。若干意味不明ですが元気モリモリで頑張っています。
東京ライフ、攻めの姿勢で楽しんでいきます。
仕事の方も、良い環境に恵まれたのだから頑張りなさいよ。と自分に言い聞かせています。くそでかい目標を立ててしまいそうな部署やけど、それは当分は内にしまって精進する。
まだまだ青2才、当分の間成長しかないっしょ。と、まぁやや楽観的ですが、そんな感じでいいよね。できるだけリラックスリラーックス。スーハースーハー。
以上。眠い。。
2006/04/30
休みだぁ@関西
久々の更新です.
先週末から帰阪して今は大阪で実務研修です.
といっても,まだまだゆるやかな日々が続いており,基本夜は飲みな生活です(笑)
働き出して色々と真新しい事を吸収してるんだけど,特にコンプライアンスなんかが引っかかって,中々ここで書き出す事は難しいね.そこのあなた,また飲みながら色々話しましょう♪
という事で週末の話.
土曜は先輩のお見舞いに行くために神戸の病院へ.1ヶ月ぶりくらいの神戸だったかな.先輩は相変わらず元気そうで何よりだった.まぁ暇そうやったけど,しばしの社会人休息やね.必要必要.
で,せっかく車で神戸に来たのだからと思い,帰りに買い物でもしようと.元町にある
creationっていう靴屋に行った.最近は毎日仕事靴なので,何気にカジュアルの靴が欲しいなぁと思ってて.長い事カジュアルのんは買ってなかったし.で,僕のニーズにぴったりな靴を発見→購入という流れ.うん,満足満足.消費消費♪
で,夕食にビストロジローという神戸大丸から近くの路地を入ったところにある洋食屋さんにも行った.狙いを定めていた訳じゃなく,フィーリングで入ったが,入るやいなやアタリな予感がぷんぷん.基本カウンターのみで木質が漂う造りで,上品な喫茶店という感じ.マスターは豪華客船浅間丸のシェフだったらしい.どうりで船の絵が飾られているわけや.
僕はタンシチューを食べた.タンシチューってお店で食べた事がなく,期待しまくり.かなり濃厚なデミグラスソースで,肉もめちゃくちゃ柔らかくおいしかった.ただ,僕的にもうちょっとさっぱりしたデミグラスソースの方がよかったかな.赤ワインの味が強すぎたのかも.まだまだ口がお子様なだけだと思うが.お連れさんはフィレビーフカツレツを食べていたが,むしろ僕はそちらの方が絶品だった.衣が絶妙に薄く肉のうまみを存分に引き立てていた.←こんなコメントよくあるっしょ.まさしくこれ.
このお店は是非友達にも紹介したいです.
で,今日,日曜は家族と和歌山の黒潮市場に行った.母上がやたら行こうと誘ってくるし,否定する理由もなかったので行ってきた.学生の時よりなんか週末はOFFスイッチになる.で,黒潮市場.ポルトヨーロッパに隣接していて,新鮮な魚介類等が売っており,その場で買ったものをBBQできる.海沿いでBBQは超気持ちいいね.やっぱいいよ.海沿いBBQ.ここは片付けとかは要らないし,食材の補充も簡単だからまた友達と来たいね.
明日からまた新しい部署の実務研修で,多くの人と初めてお会いする事になるだろうから,失礼のないよう,にこやかに接して,色々学ばせていただこうと思う.ま,2日間か.がんばろ.
先週末から帰阪して今は大阪で実務研修です.
といっても,まだまだゆるやかな日々が続いており,基本夜は飲みな生活です(笑)
働き出して色々と真新しい事を吸収してるんだけど,特にコンプライアンスなんかが引っかかって,中々ここで書き出す事は難しいね.そこのあなた,また飲みながら色々話しましょう♪
という事で週末の話.
土曜は先輩のお見舞いに行くために神戸の病院へ.1ヶ月ぶりくらいの神戸だったかな.先輩は相変わらず元気そうで何よりだった.まぁ暇そうやったけど,しばしの社会人休息やね.必要必要.
で,せっかく車で神戸に来たのだからと思い,帰りに買い物でもしようと.元町にある
creationっていう靴屋に行った.最近は毎日仕事靴なので,何気にカジュアルの靴が欲しいなぁと思ってて.長い事カジュアルのんは買ってなかったし.で,僕のニーズにぴったりな靴を発見→購入という流れ.うん,満足満足.消費消費♪
で,夕食にビストロジローという神戸大丸から近くの路地を入ったところにある洋食屋さんにも行った.狙いを定めていた訳じゃなく,フィーリングで入ったが,入るやいなやアタリな予感がぷんぷん.基本カウンターのみで木質が漂う造りで,上品な喫茶店という感じ.マスターは豪華客船浅間丸のシェフだったらしい.どうりで船の絵が飾られているわけや.
僕はタンシチューを食べた.タンシチューってお店で食べた事がなく,期待しまくり.かなり濃厚なデミグラスソースで,肉もめちゃくちゃ柔らかくおいしかった.ただ,僕的にもうちょっとさっぱりしたデミグラスソースの方がよかったかな.赤ワインの味が強すぎたのかも.まだまだ口がお子様なだけだと思うが.お連れさんはフィレビーフカツレツを食べていたが,むしろ僕はそちらの方が絶品だった.衣が絶妙に薄く肉のうまみを存分に引き立てていた.←こんなコメントよくあるっしょ.まさしくこれ.
このお店は是非友達にも紹介したいです.
で,今日,日曜は家族と和歌山の黒潮市場に行った.母上がやたら行こうと誘ってくるし,否定する理由もなかったので行ってきた.学生の時よりなんか週末はOFFスイッチになる.で,黒潮市場.ポルトヨーロッパに隣接していて,新鮮な魚介類等が売っており,その場で買ったものをBBQできる.海沿いでBBQは超気持ちいいね.やっぱいいよ.海沿いBBQ.ここは片付けとかは要らないし,食材の補充も簡単だからまた友達と来たいね.
明日からまた新しい部署の実務研修で,多くの人と初めてお会いする事になるだろうから,失礼のないよう,にこやかに接して,色々学ばせていただこうと思う.ま,2日間か.がんばろ.
2006/04/08
あー休みだ
今餃子で有名な宇都宮です。ネットカフェも全くないので、フレッツカフェで高速ネットを体験という名目でネットしてます。メールもみれないし、MIXIもガードされてるみたいなので、せめてBLOGだけでも更新してやろうと。
えー今栃木で会社の研修やってまして。
今週一週間は怒涛の如くでした。初社会人なわけで、疲れた疲れた。なんか長かったなぁ。
入社式があったりで、その後はおべんきょおべんきょで講義の日々でした。でもなんか新しい実際的な事を学ぶってたのしい。周りの意識も高いし、ええ奴らで毎日飲んでる。研修所が鬼のようにクールで空間が素晴らしく、飯も相当うまいし、ルームサービスも行き届いているし、各部屋や研修所内の至る所にROY LICHTENSTEIN のアートが飾られている。談話室の椅子とかも、デザイン効いてて、バーゼルのVITRA DESIGN MUSEUMでみたようなものだし。とりあえず素晴らしい環境で研修ができてて嬉しい。さすが建築大賞とってるわ。
明日は同期とレンタカー借りて、足尾銅山や渡良瀬川や日光に行く予定。
来週の週末はTOKIOに繰り出そうかなと。
初社会人のみんなはどうしてるんやろうなー。
えー今栃木で会社の研修やってまして。
今週一週間は怒涛の如くでした。初社会人なわけで、疲れた疲れた。なんか長かったなぁ。
入社式があったりで、その後はおべんきょおべんきょで講義の日々でした。でもなんか新しい実際的な事を学ぶってたのしい。周りの意識も高いし、ええ奴らで毎日飲んでる。研修所が鬼のようにクールで空間が素晴らしく、飯も相当うまいし、ルームサービスも行き届いているし、各部屋や研修所内の至る所にROY LICHTENSTEIN のアートが飾られている。談話室の椅子とかも、デザイン効いてて、バーゼルのVITRA DESIGN MUSEUMでみたようなものだし。とりあえず素晴らしい環境で研修ができてて嬉しい。さすが建築大賞とってるわ。
明日は同期とレンタカー借りて、足尾銅山や渡良瀬川や日光に行く予定。
来週の週末はTOKIOに繰り出そうかなと。
初社会人のみんなはどうしてるんやろうなー。
2006/03/31
大阪最後の日? 会社とは・・・
でもないと思うけど.
今日は朝から一人で九条にあるシネ・ヌーヴォーへ.
現在モーニングショーで公開されているTHE CORPORATIONを観ようと思って.
興味を持ったきっかけは,最近企業とは・・・みたいな事に関心があったから.いくつか読んでいる本の中で会社はだれのものか/岩井克人がある.この本の中で,まず企業と会社の言葉の定義を明確にして,さらに株主・経営者・従業員が明確に分離されているものを会社とし,その会社の価値を2つにわけている.それは1:モノとしての会社の価値と,2:法人として規約されるヒトとしての会社の価値.簡単に言うと1:モノとしての会社の価値とは株式のこと.2:ヒトとしての会社の価値とは,法人格を持つ会社がヒトとして所有している資産の価値としている.
例えば,ライブドアのニッポン放送の買収を通じてフジテレビの支配権を握ろうとした問題において,ライブドアが断念せざるを得ない背景として産業資本主義におけるおカネの論理と,ポスト産業資本主義におけるヒトの論理との違いがあったという事を示している.
つまり,ホリエモンの「カネで何でも買える」という思想は,会社の買収を試みた際,モノの側面のみをみた発言で,会社のヒトの側面を無視した行為だと筆者は論じている.ここであの時のニュースを思い出したのだが,フジテレビの番組に出ているタレントがホリエモンが仮にトップに君臨したら自分が出演している番組を降板すると言っていた事.これらタレントは2の価値に当てはまると思う.フジテレビの社員に関しても2の価値で,この事件がきっかけで彼らが会社を離れてしまうとフジテレビの資産価値が弱まる.まぁ現時点では,資本主義のルールに乗っからない行為をしたライブドアの問題を取り上げるのはナンセンスかもしれないな.
現在の日本をポスト産業資本主義と定義した上で,産業資本主義の時と違って製造業に関しても,他社との違いにより付加価値を生み出す必要があると説明している.その付加価値を生み出す事に関してヒトの果たす重要性がますます高まり,元来ヒトが資産と言われている業種(メディアなど)に関しては顕著に現れるという.このヒトの価値の高まりが,おカネだけでは会社は買えない理由であり,この本の筆者の主張として,これからますますヒトに対するおカネの価値は低下していく事を挙げている.
まだ1回しかこの本を読んでないので完全理解には乏しいが,自分が上で記したポスト産業資本主義などの抽象的な言葉に対する説明・定義づけもしっかりされていて,これから会社はどうなっていくのかを考える上で基本的な下地が形成できる,わかりやすくて良い本だと思う.
で,肝心な今日観た映画the corporationでは,会社を擬人化して,利益を追求する強欲なものと理解した上で,利益をあげるためにどんな事をして,社会にどんな弊害を及ぼすのかを示している.というのも現在,会社(狭義の企業)が社会に絶対的な影響力を持ち,自己中心的に世の中を支配していると示している.
完全なドキュメント映画なので,事例が多く出てきたが,例えばウガンダの少年兵問題に関して,計量武器の供給は大半が先進諸国企業である事.この事は以前の項でも自分は考えていた.
その他には,ボリビアのコチャバンバの水道業務をアメリカの建設業を軸に何でもやっている会社ベクテルが民営化を試みた際に起きたエピソード.リンク先をみてもらったら分かると思うが,迂闊に人間が生きていく上で必須の水を,営利団体(すなわち会社)に業務させる事は非常に怖い.以下引用.
わずか60ドルの月給で生活するしかない母親が、とにかく水道を使い続けるだけのために、15ドル余りを支払うように指示されたのだ。
ありえない・・・
他に,かなりショックだった事例として,第2次世界大戦時ナチスのユダヤ人粛清のための管理に,だれがどのように対処されるのかを記録するためにアメリカのIBMのパンチカード機器「ホレリス」が必須だったらしい.映像でも流れていたが,5はガス室送りや6は特別処刑(例えば銃殺)など,一人一人がどのようになったかを記録されている.
この映画は初志一貫して会社は利益を追求するものとして扱い,ある意味ミクロ経済の点からもそれは明らかだけど,かなり冷徹な存在としてCORPORATIONというものが描かれている.
映画の内容はここまでとし,以下少し話はそれながらも続ける.
次のような本を読んでみて,これまたなんか企業にとっては奇麗事やなと思ってしまう.日本をロハスに変える30の方法 ? BUSINESS LOHAS/ローハスクラブ
LOHAS=Lifestyle Of Health And Sustainable頭文字をとったものだが,健康的で持続可能な環境に配慮した生活を行なう.みたいな事.まぁそのままやけど.健康的に生きることや地球を大切にしようと言う姿勢を持つ事は自分でもクールだと思うし,自分もそうありたいと思う.どっちかというと環境にも体にも良いものを食べたいと思うし.そう思い,具体的に実行する事がLOHAS的な生き方なんだとさ.
だけど,それ(環境配慮など)を企業が行なうのは矛盾していると思う.というか,それを前面に押し出しているのは嘘のような気がする.この考えは先の「会社は誰のものか」の著者,岩井克人さんのものだが,結局は長期的な利益を求めて,環境に配慮している会社,地球に優しい会社だと認識させ,ブランドイメージ向上の結果,株価の向上を期待しているとある.
最近では日本の会社が,環境配慮の時流にあり,それに乗っかるように色んな会社が環境配慮を謳っているが,今の中国市場で一般国民にそんな事をアピっても何にもならんと思う.高度成長期の日本に環境配慮を謳う会社があったかどうかを考えると理解できる.例えあったとしても,少数派であると会社として環境配慮を謳うメリットはない.理由は多数派になって環境配慮の時流を作らないと,一般国民にも浸透しないし,消費者に浸透しないとそれが消費へのインセンティブに加味されないから,投資家もカネを出してくれない.
まぁ明日からちょうど4月1日で,今日が学生と社会人の節目の日でもあるし,これから属することになる会社についてちょっと批判的につらつらと書いてみましたがな.
明日の午後に上京して,インターンシップ時のメンバーと,千鳥ケ淵緑道で夜桜してその後新宿で飲みに行こうという計画になっている.久々の再会なので楽しみや.4月3日入社式はどこの会社もそうやろね.しばし大阪を離れます.みんなGOODLUCK.俺もGOODLUCK.では.
今日は朝から一人で九条にあるシネ・ヌーヴォーへ.
現在モーニングショーで公開されているTHE CORPORATIONを観ようと思って.
興味を持ったきっかけは,最近企業とは・・・みたいな事に関心があったから.いくつか読んでいる本の中で会社はだれのものか/岩井克人がある.この本の中で,まず企業と会社の言葉の定義を明確にして,さらに株主・経営者・従業員が明確に分離されているものを会社とし,その会社の価値を2つにわけている.それは1:モノとしての会社の価値と,2:法人として規約されるヒトとしての会社の価値.簡単に言うと1:モノとしての会社の価値とは株式のこと.2:ヒトとしての会社の価値とは,法人格を持つ会社がヒトとして所有している資産の価値としている.
例えば,ライブドアのニッポン放送の買収を通じてフジテレビの支配権を握ろうとした問題において,ライブドアが断念せざるを得ない背景として産業資本主義におけるおカネの論理と,ポスト産業資本主義におけるヒトの論理との違いがあったという事を示している.
つまり,ホリエモンの「カネで何でも買える」という思想は,会社の買収を試みた際,モノの側面のみをみた発言で,会社のヒトの側面を無視した行為だと筆者は論じている.ここであの時のニュースを思い出したのだが,フジテレビの番組に出ているタレントがホリエモンが仮にトップに君臨したら自分が出演している番組を降板すると言っていた事.これらタレントは2の価値に当てはまると思う.フジテレビの社員に関しても2の価値で,この事件がきっかけで彼らが会社を離れてしまうとフジテレビの資産価値が弱まる.まぁ現時点では,資本主義のルールに乗っからない行為をしたライブドアの問題を取り上げるのはナンセンスかもしれないな.
現在の日本をポスト産業資本主義と定義した上で,産業資本主義の時と違って製造業に関しても,他社との違いにより付加価値を生み出す必要があると説明している.その付加価値を生み出す事に関してヒトの果たす重要性がますます高まり,元来ヒトが資産と言われている業種(メディアなど)に関しては顕著に現れるという.このヒトの価値の高まりが,おカネだけでは会社は買えない理由であり,この本の筆者の主張として,これからますますヒトに対するおカネの価値は低下していく事を挙げている.
まだ1回しかこの本を読んでないので完全理解には乏しいが,自分が上で記したポスト産業資本主義などの抽象的な言葉に対する説明・定義づけもしっかりされていて,これから会社はどうなっていくのかを考える上で基本的な下地が形成できる,わかりやすくて良い本だと思う.
で,肝心な今日観た映画the corporationでは,会社を擬人化して,利益を追求する強欲なものと理解した上で,利益をあげるためにどんな事をして,社会にどんな弊害を及ぼすのかを示している.というのも現在,会社(狭義の企業)が社会に絶対的な影響力を持ち,自己中心的に世の中を支配していると示している.
完全なドキュメント映画なので,事例が多く出てきたが,例えばウガンダの少年兵問題に関して,計量武器の供給は大半が先進諸国企業である事.この事は以前の項でも自分は考えていた.
その他には,ボリビアのコチャバンバの水道業務をアメリカの建設業を軸に何でもやっている会社ベクテルが民営化を試みた際に起きたエピソード.リンク先をみてもらったら分かると思うが,迂闊に人間が生きていく上で必須の水を,営利団体(すなわち会社)に業務させる事は非常に怖い.以下引用.
わずか60ドルの月給で生活するしかない母親が、とにかく水道を使い続けるだけのために、15ドル余りを支払うように指示されたのだ。
ありえない・・・
他に,かなりショックだった事例として,第2次世界大戦時ナチスのユダヤ人粛清のための管理に,だれがどのように対処されるのかを記録するためにアメリカのIBMのパンチカード機器「ホレリス」が必須だったらしい.映像でも流れていたが,5はガス室送りや6は特別処刑(例えば銃殺)など,一人一人がどのようになったかを記録されている.
この映画は初志一貫して会社は利益を追求するものとして扱い,ある意味ミクロ経済の点からもそれは明らかだけど,かなり冷徹な存在としてCORPORATIONというものが描かれている.
映画の内容はここまでとし,以下少し話はそれながらも続ける.
次のような本を読んでみて,これまたなんか企業にとっては奇麗事やなと思ってしまう.日本をロハスに変える30の方法 ? BUSINESS LOHAS/ローハスクラブ
LOHAS=Lifestyle Of Health And Sustainable頭文字をとったものだが,健康的で持続可能な環境に配慮した生活を行なう.みたいな事.まぁそのままやけど.健康的に生きることや地球を大切にしようと言う姿勢を持つ事は自分でもクールだと思うし,自分もそうありたいと思う.どっちかというと環境にも体にも良いものを食べたいと思うし.そう思い,具体的に実行する事がLOHAS的な生き方なんだとさ.
だけど,それ(環境配慮など)を企業が行なうのは矛盾していると思う.というか,それを前面に押し出しているのは嘘のような気がする.この考えは先の「会社は誰のものか」の著者,岩井克人さんのものだが,結局は長期的な利益を求めて,環境に配慮している会社,地球に優しい会社だと認識させ,ブランドイメージ向上の結果,株価の向上を期待しているとある.
最近では日本の会社が,環境配慮の時流にあり,それに乗っかるように色んな会社が環境配慮を謳っているが,今の中国市場で一般国民にそんな事をアピっても何にもならんと思う.高度成長期の日本に環境配慮を謳う会社があったかどうかを考えると理解できる.例えあったとしても,少数派であると会社として環境配慮を謳うメリットはない.理由は多数派になって環境配慮の時流を作らないと,一般国民にも浸透しないし,消費者に浸透しないとそれが消費へのインセンティブに加味されないから,投資家もカネを出してくれない.
まぁ明日からちょうど4月1日で,今日が学生と社会人の節目の日でもあるし,これから属することになる会社についてちょっと批判的につらつらと書いてみましたがな.
明日の午後に上京して,インターンシップ時のメンバーと,千鳥ケ淵緑道で夜桜してその後新宿で飲みに行こうという計画になっている.久々の再会なので楽しみや.4月3日入社式はどこの会社もそうやろね.しばし大阪を離れます.みんなGOODLUCK.俺もGOODLUCK.では.
写真展終了!!と感謝

本日写真展が終了いたしました.
まず,中崎町という梅田の少し外れた,且つ非常にわかりにくい立地にも関わらず,足を運んでくれた友人(先輩・後輩含め)には感謝しています.立ち代り入れ替わり来ていただき,僕自身全く暇な時間がなく,嬉しかった.花やらワインやら京菓子やらの差し入れもホントにありがとう!!
開催されるまでは,計画していたものの不安で不安で仕方がなかった.観にきてくれる人はいるだろうか,観に来ていただいた人に満足してもらえるだろうか・・・,など等不安の種は尽きなかった.展示においては,写真とセンス,その他様々な点で信頼のおける友人Kに手伝ってもらって何とか色のバランスや作品の感覚,照明や音楽,椅子・テーブルの配置など,かなり満足のいく展示会場に仕上げた.来てくれた人はわかると思うが,会場というよりも自分の趣味の部屋にしたって感じ.上の写真は写メールで撮ったやつ.
梅田から徒歩圏の中崎町と言えども,立地的にわかりにくいし,来場してくれたほとんどの人が自分が告知した人だった.やっぱり身近な人に観てもらう喜びがあるし,久々の再会もあったし,自分が学生の最後を締め括る最高の機会だったと思う.展示していたのはこれまでの旅の写真がメインで,頂いたコメントをみていると,旅に行きたくなったや,自分の創作活動の参考になったや,観に来ていただいた人には何かしらプラスの影響を与える事ができたのかと思う.まぁ毎度の如くポジティブな解釈かもしれませんが.来場してくれた方々の今後の活動における微々たる動機でもこの展覧会で発見していただいたなら,これほど嬉しいことはない.
僕自身が例えば,インドを旅する際の動機は2つあった.一つは欧州からの帰りの飛行機でチューリヒからシンガポールに向かう際,ボーダレスの世界を体感した後に,偶然パキスタンとインドの国境上空を通過して(座席の前面モニターで確認),真っ暗な闇の中に光り輝くボーダーラインをみた瞬間はとてもショックだった事.2つ目はチベットチベットという現在のチベット問題を浮き彫りにしたドキュメンタリー映画をみた時,舞台となった現在仮のチベット政府が置かれるインドのダラムサラに興味が惹かれた.結局インドにも行ったし,ダラムサラにも足を運び,ダライラマの秘書から数々のチベットの問題についてお聞きし,彼らの思想も自分なりに解釈することができた.
何が言いたいかって言うと自分がこれまで,いや,これからも重要としている事は「計画は実行するためにある」って事だと思う.これははっきり言ってカルロスゴーンの言葉です.大学1年か2年の時にルネッサンスって本を読んだときに,これや!!って思ってインプットしていた言葉であり思想.
動機があって計画を立てる,そして実行する.簡単なようで意外と難しい.でもそれを続けると日々充実して過ごせる.学生のうちはそんな感じだった.
今回の展覧会もそう.意地でも計画を実行に移してやるって結果.一年くらい前から個展でもやりたいなーと思って,友達にも話していた.実際,修士論文に予想以上に時間を取られ,残された約1ヶ月の時間で中国旅行と写真展は厳しいかと思ったが何とか両方実行できた.それは今となればすごい充実感を与えてくれたし,自信にもなった.でもこんな計画を実行できるのも,身近な家族のおかげであると思うが,今思うと本当に感謝せなあかんなと思ってしまう.
今日でも写真展の片付けを親切な友人達が手伝ってくれて,その後はタイミングよく叔母夫婦が食事に誘ってくれて,僕の門出を祝ってくれたりと,自分本当に周りに恵まれているなぁと感謝しまくり.
計画を実行に移す.これは当分の間社会人になっても,自分の頭に据え置くキーワードだと改めて思う春一歩手前の夜でした.
2006/03/22
写真展の告知!
色々と書きたいことはありますが,とりあえず写真展の告知をしまーす.
Atsuyuki Mori Photo Exhibition
「feeling my way」
2006.3.27.Mon-3.30.Thu @Gallery Pichikuri

期間:2006年3月27日(月)-3月30日(木)11時-19時(27日のみ14時-)
場所:ギャラリーピチクリ :http://www.pichicri.com/
大阪市北区中崎西1丁目6-36 サクラビル223号
MAP:http://www.pichicri.com/map.html
・谷町線中崎町駅2番出口すぐ.
・梅田からでも徒歩圏なので気軽にお立ち寄り下さい.ていうか来てください!
Atsuyuki Mori Photo Exhibition
「feeling my way」
2006.3.27.Mon-3.30.Thu @Gallery Pichikuri

期間:2006年3月27日(月)-3月30日(木)11時-19時(27日のみ14時-)
場所:ギャラリーピチクリ :http://www.pichicri.com/
大阪市北区中崎西1丁目6-36 サクラビル223号
MAP:http://www.pichicri.com/map.html
・谷町線中崎町駅2番出口すぐ.
・梅田からでも徒歩圏なので気軽にお立ち寄り下さい.ていうか来てください!
2006/03/16
帰国して思うこと ソウル編
昨日,中国(少し韓国)の旅から帰ってきました.
徐々に振り返って,自分なりに整理してみようと思う.
大まかに言うと,
重慶(チョンキン)に入国⇒そこから長江を3泊4日で船に乗って下り,三峡ダムを通過⇒宜昌(イーチャン)に到着⇒バス4時間で武漢(ウーハン)⇒鉄道14時間で西安(シーアン)⇒鉄道17時間で上海⇒飛行機でソウル⇒日本
という流れ.
一昨日,午後に上海からソウルにOZで移り24時間ステイしての帰国だった.仁川国際空港で大きな荷物を預けて,ガイドも何も持っていなかったので空港においてあった地図を持って明洞行きのバスに乗ってソウルの中心部に行った.
偶然居合わせている友人との待ち合わせ時間まで,明洞(ミョンドン)や新村などを散策して,活気に満ちた街を楽しんでいた.
5年前,大学1年の春休みに訪れたソウルとは相当変化していたような気がする.その際に10日間程滞在していた,東大門近くの街並みは劇的に変化していた.あの時は大通りを外れると,哀愁が漂い趣がある路地などが存在していたのだが,大学路辺りは裏路地まで近代的な建物が立っていてがらりと雰囲気が変わっていていた.『こんなにも活気がある場所だったっけ』て思うほど活気に満ちていた.
街並みもそうだが,物価面でも相当変化していた.例えば梨花女子大近くのスタバで飲んだカフェモカは3800ウォンだった.100円が800ウォンなので日本円換算で470円くらいか.高いですよねー.ソウル中心部までのバスも8000ウォンで約1時間だったっけ.
その後友人と久々の再会をして飯を食って,彼は仕事で結構忙しそうだったので日本でまたねと言って別れた.で,まぁちょうど感度3200のフィルムがカメラに入っていたので夜の街でも撮ろうかと思い,東大門からそれた辺りの趣のある路地を撮ったりしていた.
ちなみに,感度(ISO)が大きくなればなるほど,少ない光でもシャッターを切ることができるので,夜でもノーフラッシュで撮影できます.その分粒子が粗いので,画質的には感度の低いものよりも劣ります.感度3200やと空港のX線に通すと感光してしまいます.感度(ISO)1000までなら大丈夫みたいです.少し余談.
で,かなーり寒くなってきたので宿を見つけようと思い,マクロな地図にゲストハウス(Seoul Backpackers)を発見していたのでそこに向かう事に.東大門から西に2駅行ったところなのだが,いざ行ってみると周りはラブホ街で結構怪しい雰囲気.でもなんかそこらのハングル文字とネオンがいい感じでおもろかったので,パシャパシャ撮っていた(相当怪しいはず).ハングル文字ばっかなので,簡単に見つけれそうもないと思ったが,唯一HOTELと書いてある観光ホテルで尋ねて,詳細な所在が分かり発見&到着.
そこで素晴らしい出会いがあった.受付の兄ちゃんなのだが,今年の1月まで日本にワーホリで来ていたので日本語が堪能.その人と中国のことについてなど少し会話をした後,なんか妙に話が合うなって印象.
その後彼の仕事が終わってから飲みにいこうと誘ってくれて,近くの飯屋に.めっちゃ辛いホルモン料理をアテに飲んでいた.彼は自分よりも一つ下で,軍隊も2年経験して,今はマーケティングの会社でインターンをして,夜はゲストハウスでバイトをしている.最初,自分よりも年上と感じたのは軍隊を経験しているからだろうか.ほんと礼儀正しくて,配慮もきちんと出来ていて,なんて気持ちのいい奴なんだと節々で思う.
将来的に彼は叔父さんの現在日本市場に卸している衣料品会社に入る事になっているため,今はそれに向けて様々な修行をしている.生産地が中国やベトナム,ロシア等様々な国にあるため,それぞれの現場を経営者になっても感じたいの事から,中国語と英語をマスターする目的でいるらしい.近々イギリスに留学すると言っていた.後,経営的なものもグローバルマーケティングに柱を置いてよく勉強されてる.そこで,今の韓国のインフレの状態やアジア地域の国民性,中国の事,彼が日本で感じたこと,その他プライベートな事までほんと色々話した.
ただ,韓国の経済については憂いていた,公務員の初任給で比較しても日本とほぼ同じ状態になっているのだが,それは為替の影響が強くて,実質的なコアとなる産業に不安が残ると話す.現代・サムスン・LG等製造メーカーが経済の柱を形成しているが,それらが今後日本と中国の兼ね合いでどのような位置付けでやっているのかが不安要素と彼は見ていた.気が付くと深夜4時を回っていた.
人との出会いって不思議ですな.なんで日本におってもそこまで思考パターンとか,その他様々な要素で会う人ってそれほど多くはないのに,こんなとこでこんな感じに出会うことになるんだろうって.空港で何気なしに取った地図にいくつもあるゲストハウスから感覚的に一つに赤丸を付けて,住所も詳細の情報も載っていないのにそこにふらっと行く事になって・・・.
思えば5年前,本格的な旅をしようと思い立ったのがここソウルだった.あれから色んな国をみて来て,学生の最後に再びこの国に訪れた.韓国の経済的変化を物価や街並みを通じて実感したが,それと同時に時間の流れも実感した.この5年間で自分の視野は格段に広がって,とても濃い5年だったんだろうかなと思う.
特にこんな想いを得たいがために,韓国を訪れた訳じゃないのだけど,同じ国に時間を置いて訪れる事で何か物凄い懐かしさを感じられた.色んなものが絡み合って言葉にするのは難しい.たぶんそれは時間的なものだけじゃなく.自分自身の事も大いに関係していると思うのだけれど・・・.
徐々に振り返って,自分なりに整理してみようと思う.
大まかに言うと,
重慶(チョンキン)に入国⇒そこから長江を3泊4日で船に乗って下り,三峡ダムを通過⇒宜昌(イーチャン)に到着⇒バス4時間で武漢(ウーハン)⇒鉄道14時間で西安(シーアン)⇒鉄道17時間で上海⇒飛行機でソウル⇒日本
という流れ.
一昨日,午後に上海からソウルにOZで移り24時間ステイしての帰国だった.仁川国際空港で大きな荷物を預けて,ガイドも何も持っていなかったので空港においてあった地図を持って明洞行きのバスに乗ってソウルの中心部に行った.
偶然居合わせている友人との待ち合わせ時間まで,明洞(ミョンドン)や新村などを散策して,活気に満ちた街を楽しんでいた.
5年前,大学1年の春休みに訪れたソウルとは相当変化していたような気がする.その際に10日間程滞在していた,東大門近くの街並みは劇的に変化していた.あの時は大通りを外れると,哀愁が漂い趣がある路地などが存在していたのだが,大学路辺りは裏路地まで近代的な建物が立っていてがらりと雰囲気が変わっていていた.『こんなにも活気がある場所だったっけ』て思うほど活気に満ちていた.
街並みもそうだが,物価面でも相当変化していた.例えば梨花女子大近くのスタバで飲んだカフェモカは3800ウォンだった.100円が800ウォンなので日本円換算で470円くらいか.高いですよねー.ソウル中心部までのバスも8000ウォンで約1時間だったっけ.
その後友人と久々の再会をして飯を食って,彼は仕事で結構忙しそうだったので日本でまたねと言って別れた.で,まぁちょうど感度3200のフィルムがカメラに入っていたので夜の街でも撮ろうかと思い,東大門からそれた辺りの趣のある路地を撮ったりしていた.
ちなみに,感度(ISO)が大きくなればなるほど,少ない光でもシャッターを切ることができるので,夜でもノーフラッシュで撮影できます.その分粒子が粗いので,画質的には感度の低いものよりも劣ります.感度3200やと空港のX線に通すと感光してしまいます.感度(ISO)1000までなら大丈夫みたいです.少し余談.
で,かなーり寒くなってきたので宿を見つけようと思い,マクロな地図にゲストハウス(Seoul Backpackers)を発見していたのでそこに向かう事に.東大門から西に2駅行ったところなのだが,いざ行ってみると周りはラブホ街で結構怪しい雰囲気.でもなんかそこらのハングル文字とネオンがいい感じでおもろかったので,パシャパシャ撮っていた(相当怪しいはず).ハングル文字ばっかなので,簡単に見つけれそうもないと思ったが,唯一HOTELと書いてある観光ホテルで尋ねて,詳細な所在が分かり発見&到着.
そこで素晴らしい出会いがあった.受付の兄ちゃんなのだが,今年の1月まで日本にワーホリで来ていたので日本語が堪能.その人と中国のことについてなど少し会話をした後,なんか妙に話が合うなって印象.
その後彼の仕事が終わってから飲みにいこうと誘ってくれて,近くの飯屋に.めっちゃ辛いホルモン料理をアテに飲んでいた.彼は自分よりも一つ下で,軍隊も2年経験して,今はマーケティングの会社でインターンをして,夜はゲストハウスでバイトをしている.最初,自分よりも年上と感じたのは軍隊を経験しているからだろうか.ほんと礼儀正しくて,配慮もきちんと出来ていて,なんて気持ちのいい奴なんだと節々で思う.
将来的に彼は叔父さんの現在日本市場に卸している衣料品会社に入る事になっているため,今はそれに向けて様々な修行をしている.生産地が中国やベトナム,ロシア等様々な国にあるため,それぞれの現場を経営者になっても感じたいの事から,中国語と英語をマスターする目的でいるらしい.近々イギリスに留学すると言っていた.後,経営的なものもグローバルマーケティングに柱を置いてよく勉強されてる.そこで,今の韓国のインフレの状態やアジア地域の国民性,中国の事,彼が日本で感じたこと,その他プライベートな事までほんと色々話した.
ただ,韓国の経済については憂いていた,公務員の初任給で比較しても日本とほぼ同じ状態になっているのだが,それは為替の影響が強くて,実質的なコアとなる産業に不安が残ると話す.現代・サムスン・LG等製造メーカーが経済の柱を形成しているが,それらが今後日本と中国の兼ね合いでどのような位置付けでやっているのかが不安要素と彼は見ていた.気が付くと深夜4時を回っていた.
人との出会いって不思議ですな.なんで日本におってもそこまで思考パターンとか,その他様々な要素で会う人ってそれほど多くはないのに,こんなとこでこんな感じに出会うことになるんだろうって.空港で何気なしに取った地図にいくつもあるゲストハウスから感覚的に一つに赤丸を付けて,住所も詳細の情報も載っていないのにそこにふらっと行く事になって・・・.
思えば5年前,本格的な旅をしようと思い立ったのがここソウルだった.あれから色んな国をみて来て,学生の最後に再びこの国に訪れた.韓国の経済的変化を物価や街並みを通じて実感したが,それと同時に時間の流れも実感した.この5年間で自分の視野は格段に広がって,とても濃い5年だったんだろうかなと思う.
特にこんな想いを得たいがために,韓国を訪れた訳じゃないのだけど,同じ国に時間を置いて訪れる事で何か物凄い懐かしさを感じられた.色んなものが絡み合って言葉にするのは難しい.たぶんそれは時間的なものだけじゃなく.自分自身の事も大いに関係していると思うのだけれど・・・.
2006/03/11
Now i 'm in Shanghai
Nihao!
I'm Shanghai.It's cold in here.
now,I stay internet room at Shanghai library.
today I walk around The Bund ,ride metro,eat noodle and came library.I spend a relax'in day.
yesterday I came here from Xian by train.
This train(to Shanghai from Xian) was the worst I've ever experience.I don't say quality of train,I say very very tired!!
imagine
you are in a full train and stay in.
imagine
you don't have your seat,and there's no space to sit on ground.
imagine
you must stay 17hours!!
When I tried to buy a train ticket,I couldn't get ticket sleeper class.Because there are many people to Shanghai from Xian,and basically there are many many people in this country.so I reluctantly bought seat class ticket.but then,I thought it's Ok.When I ride train,I knew my thoughtless decision.
Between 3/10 pm 6:30 to 3/11 am 11:30,I can seat properly only last 30 minutes!Expect this time,I sit barely on little little space of ground or stand.Because cart of salesclerk cross in crowded every about 30-minutes.
Of course,I couldn't sleep at all.
As a result,you know,I was very tired.but it was precious experience.I thought many things on that time.On same viewpoint of chinese people,I could see attitude of trainman from monopoly system.It was much different from Jpanese one. Derivative from this think,economic system of present China,the national character of this country,how will be China from now on,and so on.
Yesterday night,when I eat and drink with people from Japan I met same hostel,we talk about many things include above contents by midnight.It was special time.
In this trip,I got valuable experience.
think about gap between inland and coast,about Three Gorges crusing including(Three Gorges Dam ),and so on.
afterdays I maybe write here.
just hungry(><)
I'll go to eat Chinese food.
ciao.
I'm Shanghai.It's cold in here.
now,I stay internet room at Shanghai library.
today I walk around The Bund ,ride metro,eat noodle and came library.I spend a relax'in day.
yesterday I came here from Xian by train.
This train(to Shanghai from Xian) was the worst I've ever experience.I don't say quality of train,I say very very tired!!
imagine
you are in a full train and stay in.
imagine
you don't have your seat,and there's no space to sit on ground.
imagine
you must stay 17hours!!
When I tried to buy a train ticket,I couldn't get ticket sleeper class.Because there are many people to Shanghai from Xian,and basically there are many many people in this country.so I reluctantly bought seat class ticket.but then,I thought it's Ok.When I ride train,I knew my thoughtless decision.
Between 3/10 pm 6:30 to 3/11 am 11:30,I can seat properly only last 30 minutes!Expect this time,I sit barely on little little space of ground or stand.Because cart of salesclerk cross in crowded every about 30-minutes.
Of course,I couldn't sleep at all.
As a result,you know,I was very tired.but it was precious experience.I thought many things on that time.On same viewpoint of chinese people,I could see attitude of trainman from monopoly system.It was much different from Jpanese one. Derivative from this think,economic system of present China,the national character of this country,how will be China from now on,and so on.
Yesterday night,when I eat and drink with people from Japan I met same hostel,we talk about many things include above contents by midnight.It was special time.
In this trip,I got valuable experience.
think about gap between inland and coast,about Three Gorges crusing including(Three Gorges Dam ),and so on.
afterdays I maybe write here.
just hungry(><)
I'll go to eat Chinese food.
ciao.
2006/03/03
チャイナー&写真・個展
はい.
明日の昼1時の便でチャイナに行ってきます.2週間弱行ってきます.重慶IN,上海OUTです.んでアシアナで行くので帰りにソウルでストップオーバーして,偶然居るらしい友人と肉食うつもりです.
特にいつもの旅みたいに,テンションが上がってませんな.まぁ,まったり内陸部から沿岸部に鉄道移動しようかなと.近い国でメディアからの情報は多いけど,逆に未知数が多い国なので色々感じることは多いのかなと.今回の旅は前回同様,あまりバカンス的な意味合いが強くなさそうなので,社会人になったらそろそろ短期ゴージャス型のバカンス旅行を満喫したいとか思っている.てか,休みの日数的にそれしかできなくなるのか.
とか何とか言ってるが,この時間になって何も準備してない.今日の帰りに衣類圧縮袋とアップルストアーでipodの携帯バッテリーとヨドバシでモノクロとカラーのフィルムを買ったくらい.
はい.
昨日卒業確定です.2日前の時点ではある必要な単位が放棄になっていて相当焦りまくってました.まぁ,結果的に担当教官のミスが明らかだったので問題はなかったが,必要以上の労力が要った.なんせ,研究室旅行で岡山美作の湯郷温泉滞在中に,助教授と家から電話がかかってきたからね.処理に大変だった.
節目で一波乱あるようです.
はい.
写真の個展やります.
旅行から帰ってきたらそっちモードに切り替えます.
3月27日(月)ー30日(木)まで,梅田・中崎町でやります.
この個展で学生を締めくっくて,とりあえず東京に向かおうかなと.
来てくださいね.
詳細は帰国後お伝えします.
明日の昼1時の便でチャイナに行ってきます.2週間弱行ってきます.重慶IN,上海OUTです.んでアシアナで行くので帰りにソウルでストップオーバーして,偶然居るらしい友人と肉食うつもりです.
特にいつもの旅みたいに,テンションが上がってませんな.まぁ,まったり内陸部から沿岸部に鉄道移動しようかなと.近い国でメディアからの情報は多いけど,逆に未知数が多い国なので色々感じることは多いのかなと.今回の旅は前回同様,あまりバカンス的な意味合いが強くなさそうなので,社会人になったらそろそろ短期ゴージャス型のバカンス旅行を満喫したいとか思っている.てか,休みの日数的にそれしかできなくなるのか.
とか何とか言ってるが,この時間になって何も準備してない.今日の帰りに衣類圧縮袋とアップルストアーでipodの携帯バッテリーとヨドバシでモノクロとカラーのフィルムを買ったくらい.
はい.
昨日卒業確定です.2日前の時点ではある必要な単位が放棄になっていて相当焦りまくってました.まぁ,結果的に担当教官のミスが明らかだったので問題はなかったが,必要以上の労力が要った.なんせ,研究室旅行で岡山美作の湯郷温泉滞在中に,助教授と家から電話がかかってきたからね.処理に大変だった.
節目で一波乱あるようです.
はい.
写真の個展やります.
旅行から帰ってきたらそっちモードに切り替えます.
3月27日(月)ー30日(木)まで,梅田・中崎町でやります.
この個展で学生を締めくっくて,とりあえず東京に向かおうかなと.
来てくださいね.
詳細は帰国後お伝えします.
2006/02/27
就活セミナー
今日は4月から働く会社の就活セミナーに内定者として参加した.
いやはや,結構疲れた.
というのも,セミナー内の内定者の部屋とやらを担当することになり,午前:40分×4ターム,午後:40分×4タームを内定者1人につき8人程度の就活生の相談を受ける.もちろん内容は就活全般の事.
セミナー開始前に参加内定者代表として挨拶したのだが,その際,さすがに就活生150名の前となると緊張だ.午前の部の挨拶では,ここまで噛むかってくらい噛んだので逆に笑いが取れてよかった.いや完全に笑われた!中途半端に噛むんやったら思いっきり噛めだ.で,噛んだことを認める照れを全面に出せ!だ.で,最後にきっちり締めたらこっちのもんだ.って変にポジティブ.
で,セミナー開始.
内定者の部屋にやってきた就活生が持つ不安や聞かれる点は大体共通したもので,面接や筆記試験,採用プロセスや自身の志望動機や,どんな就活をやってきたか等など.それらの事に対して内定者がお答えする形式.人に語れる程の経験値もないが,自分の話を皆さんカリカリとメモしてくれていて,その度にお役に立ちたい系のアドレナリンが分泌されて俄然やる気に.真剣に取り組んだ分正直疲れたが,終わってから挨拶に来てくれる人や遅くまで話し込んでくれた人がいて,なんかちょっとうれしかった.
基本自分,人の役に立ちたい系なのだと今日改めて確認.
また,一ヵ月後社会人になる自分にとって,再度就活・就職というものを振り返れて有意義だった.やっぱ頭の中を整理するって大事やね.なんかスッとした.
んで,終わってから内定者達とのるーびーは仕事帰りの一杯先取り味だった.
いやはや,結構疲れた.
というのも,セミナー内の内定者の部屋とやらを担当することになり,午前:40分×4ターム,午後:40分×4タームを内定者1人につき8人程度の就活生の相談を受ける.もちろん内容は就活全般の事.
セミナー開始前に参加内定者代表として挨拶したのだが,その際,さすがに就活生150名の前となると緊張だ.午前の部の挨拶では,ここまで噛むかってくらい噛んだので逆に笑いが取れてよかった.いや完全に笑われた!中途半端に噛むんやったら思いっきり噛めだ.で,噛んだことを認める照れを全面に出せ!だ.で,最後にきっちり締めたらこっちのもんだ.って変にポジティブ.
で,セミナー開始.
内定者の部屋にやってきた就活生が持つ不安や聞かれる点は大体共通したもので,面接や筆記試験,採用プロセスや自身の志望動機や,どんな就活をやってきたか等など.それらの事に対して内定者がお答えする形式.人に語れる程の経験値もないが,自分の話を皆さんカリカリとメモしてくれていて,その度にお役に立ちたい系のアドレナリンが分泌されて俄然やる気に.真剣に取り組んだ分正直疲れたが,終わってから挨拶に来てくれる人や遅くまで話し込んでくれた人がいて,なんかちょっとうれしかった.
基本自分,人の役に立ちたい系なのだと今日改めて確認.
また,一ヵ月後社会人になる自分にとって,再度就活・就職というものを振り返れて有意義だった.やっぱ頭の中を整理するって大事やね.なんかスッとした.
んで,終わってから内定者達とのるーびーは仕事帰りの一杯先取り味だった.
2006/02/21
久々にコモル
日曜の夜から久しぶりに篭った.六甲山腹の暗室に.
途中,印画紙を買いにヨドバシに寄ったのだが,銀塩系の売り場がやたらと小さくなってる.印画紙の種類も少なくなってるし,その他の必要道具の選択肢もだんだん少なくなっている.お気に入りのAGFAの生産も終了したし,しぶしぶ古巣のILFORDの半光沢・サテン地を買う.ILFORDはフィルムも含めお気に入りメーカーなので,しぶしぶではないわ.
てか,フジの銀塩用品を覗いて見ると(ちなみにフジの製品は自分の性に会わないので3年前から一切使っていません),『原油価格の高騰と銀塩市場縮小による生産コスト増大により価格を上げさせていただきました』.だってよ.銀塩用品メーカーがばたばた生産を止めて,フジだけとかなったら,独占的に価格操作されるぞ.この,フジの強気の姿勢を見る限りあり得るぞ!他のメーカー頑張れ!
何かとアナログな人には不都合な時代になりましたね.
以上はヨドバシでの感想.
で,夜通し篭る気満々であったが,久しぶりの後輩と部室で飲む事に.ビールばっかり飲んでいた.11年かかった味を堪能するために円熟も飲んだ.が,後半過ぎて味がわからず.ウイスキーをコーラで割って懐かしいとか言うてる未成年の後輩がいた.こんな流れでコタツ効果もあり,いつの間にか睡眠→朝.んでやっと篭り始める.

やっぱり,久しぶりに薄赤暗い部屋に篭るのはいい.何がいいってトリップができるから.像を印画紙に焼き付けて液に浸して像を浮き出す事で,右脳に引っ付いてるあやふやな記憶を具現化してくれる.必ずしも過去にトリップするだけじゃなくて,そこから派生した色んな思考に結びつく.自分が撮ってきたものって自分の記憶やし,何気にシャッターを切っているようでも,その瞬間に感動を覚えた何かがあるんやろうと思う.たとえアーティスティックな写真を生み出そうと思っても,記憶としてその瞬間は刻まれているはずやし,作品のコンセプトに影響を与えていると思う.
何が言いたいんかよくわからんけど,上の写真一枚をとっても自分の中では色々と思い返してしまう事があった.この写真では特に聴覚的な記憶が蘇った.
これは,ボリビアのコパカバーナという所で,場所に関しては以前UPした写真の項で記してある.
ラパス行きのバスの待ち時間が3時間くらいあり,感じの良いカフェに居合わせた時のこと.
若いセンスの良い夫婦がやっているお店で,客は誰も居なくて,久しぶりに濃いコーヒーを飲んでまったりしていた.外の天気も抜群にいいし,気温もほど良くいいし,旅も順調だったのでこのテンションを伝えようとポストカードを書いたりもしていたかな.
何よりも,その時流れていたRita・LeeのBossa'n Beatles内のin my life(spanishバージョン)がヒットだったというか,その空間にとてもマッチしすぎていた.後はFrank emilio等cuba音楽が流れていた.
今回上の写真を焼くときは,Rita leeを流してボリビアにトリップしていた.
少なくとも,この写真で視覚・聴覚・味覚は蘇ったかな.
ちょっと前にキックザカンクルーの脳内バケーションって曲あったけど,俺あのフレーズめっちゃ好きやわ(そのPVでは,台湾が彼らのバケーション先でした).
ってとこから暗室=脳内トリップの場所とします.勝手にしとけって感じですよね・・・.まぁまぁ.
今回脳内トリップしすぎて,100枚近く焼きこんだ.
おかげで暗室のドアを開けると,辺りは真っ暗でそこにはだーれもいなくて,朝方からめっちゃ降ってた雨も止んでて,濡れずに下山できましたとさ.おわり
途中,印画紙を買いにヨドバシに寄ったのだが,銀塩系の売り場がやたらと小さくなってる.印画紙の種類も少なくなってるし,その他の必要道具の選択肢もだんだん少なくなっている.お気に入りのAGFAの生産も終了したし,しぶしぶ古巣のILFORDの半光沢・サテン地を買う.ILFORDはフィルムも含めお気に入りメーカーなので,しぶしぶではないわ.
てか,フジの銀塩用品を覗いて見ると(ちなみにフジの製品は自分の性に会わないので3年前から一切使っていません),『原油価格の高騰と銀塩市場縮小による生産コスト増大により価格を上げさせていただきました』.だってよ.銀塩用品メーカーがばたばた生産を止めて,フジだけとかなったら,独占的に価格操作されるぞ.この,フジの強気の姿勢を見る限りあり得るぞ!他のメーカー頑張れ!
何かとアナログな人には不都合な時代になりましたね.
以上はヨドバシでの感想.
で,夜通し篭る気満々であったが,久しぶりの後輩と部室で飲む事に.ビールばっかり飲んでいた.11年かかった味を堪能するために円熟も飲んだ.が,後半過ぎて味がわからず.ウイスキーをコーラで割って懐かしいとか言うてる未成年の後輩がいた.こんな流れでコタツ効果もあり,いつの間にか睡眠→朝.んでやっと篭り始める.

やっぱり,久しぶりに薄赤暗い部屋に篭るのはいい.何がいいってトリップができるから.像を印画紙に焼き付けて液に浸して像を浮き出す事で,右脳に引っ付いてるあやふやな記憶を具現化してくれる.必ずしも過去にトリップするだけじゃなくて,そこから派生した色んな思考に結びつく.自分が撮ってきたものって自分の記憶やし,何気にシャッターを切っているようでも,その瞬間に感動を覚えた何かがあるんやろうと思う.たとえアーティスティックな写真を生み出そうと思っても,記憶としてその瞬間は刻まれているはずやし,作品のコンセプトに影響を与えていると思う.
何が言いたいんかよくわからんけど,上の写真一枚をとっても自分の中では色々と思い返してしまう事があった.この写真では特に聴覚的な記憶が蘇った.
これは,ボリビアのコパカバーナという所で,場所に関しては以前UPした写真の項で記してある.
ラパス行きのバスの待ち時間が3時間くらいあり,感じの良いカフェに居合わせた時のこと.
若いセンスの良い夫婦がやっているお店で,客は誰も居なくて,久しぶりに濃いコーヒーを飲んでまったりしていた.外の天気も抜群にいいし,気温もほど良くいいし,旅も順調だったのでこのテンションを伝えようとポストカードを書いたりもしていたかな.
何よりも,その時流れていたRita・LeeのBossa'n Beatles内のin my life(spanishバージョン)がヒットだったというか,その空間にとてもマッチしすぎていた.後はFrank emilio等cuba音楽が流れていた.
今回上の写真を焼くときは,Rita leeを流してボリビアにトリップしていた.
少なくとも,この写真で視覚・聴覚・味覚は蘇ったかな.
ちょっと前にキックザカンクルーの脳内バケーションって曲あったけど,俺あのフレーズめっちゃ好きやわ(そのPVでは,台湾が彼らのバケーション先でした).
ってとこから暗室=脳内トリップの場所とします.勝手にしとけって感じですよね・・・.まぁまぁ.
今回脳内トリップしすぎて,100枚近く焼きこんだ.
おかげで暗室のドアを開けると,辺りは真っ暗でそこにはだーれもいなくて,朝方からめっちゃ降ってた雨も止んでて,濡れずに下山できましたとさ.おわり
2006/02/19
おつかれおれ
今日は修論審査会だった.
教授2人と助教授1人で,狭い部屋で30分弱の論文に関する審査会.
面接やね,あれは.部屋に入る前の一年前の緊張感が懐かしかった.実際面接を受けるつもりのテンションやったから,何も持たずに入ると.助教授が「論文は持参していないのか?」,「はい」,「まぁどこに何が書いているのならいいが」と.まぁ自分がどこに書いたかくらいは分かるだろうと平常心を装う.
修論のタイトルは『地方空港の国際化が地域経済に与える影響分析』.まぁ理論研究ではなくバリバリの実証研究である事はタイトルだけで理解できますな.
一昨日の公聴会(全体のプレゼン)の際にも思ったのだが,教授2人は本質をついた質問をどんどんしてくる.何とも現実に即した説得力の高い攻め方をしてくるので,こっちも論理的に返答しようとするが,同じ文脈でまた質問,また返答・・・と2,3回返すのに精一杯.
A教授に関して,彼は質問に対して僕がどう返答してくるか予想して,さらにそれに付随した本質に迫る質問をしてきて,さらにその先まで想定しているようなので,しまいにこっちが論理破綻してしまう.おそらく,僕が教授にとって想定内の返答をしているのだと思うけど,そのやり取りは極めて研究の本質を突いたものになっているので,最終的に教授の論点を受け入れるしか出来なくなる事があった.
明らかに今日の審査会の教授2人に関しては,研究に関して相当広い視野を持っているので,突いてくる内容にも重みがある.自分の研究アプローチが所属系統では稀ではあり,例え彼らがその分野の深い知識を持ち合わせていなくても,修士レベルの学生の現実を扱う研究に対してはだいたい分かっているよくらいの感じなのかな.
助教授がしてくるテクニカルな質問に関しては,むしろこっちが,「あんたそれは理解不足っしょ,もっと僕の論文を読みなさい」って点があった.
審査会後,助教授との打ち合わせの時にプラスアルファのタスクを与えられたが,修論全体に関して地味に労ってくれたので,嬉しかったのは間違いない.研究室入った時はめちゃめちゃ言われてたもんね,俺.
その後,夕方からM2全員で王子公園の定番,鳥ひげへ.まぁどうでもいいですが,微妙に歯茎が痛かったので,串が当たらないように注意して焼き鳥を食べました,はい.
いやむしろ,歯茎の下に隠れてる歯が痛いかもしれない.これは一大事だ!
教授2人と助教授1人で,狭い部屋で30分弱の論文に関する審査会.
面接やね,あれは.部屋に入る前の一年前の緊張感が懐かしかった.実際面接を受けるつもりのテンションやったから,何も持たずに入ると.助教授が「論文は持参していないのか?」,「はい」,「まぁどこに何が書いているのならいいが」と.まぁ自分がどこに書いたかくらいは分かるだろうと平常心を装う.
修論のタイトルは『地方空港の国際化が地域経済に与える影響分析』.まぁ理論研究ではなくバリバリの実証研究である事はタイトルだけで理解できますな.
一昨日の公聴会(全体のプレゼン)の際にも思ったのだが,教授2人は本質をついた質問をどんどんしてくる.何とも現実に即した説得力の高い攻め方をしてくるので,こっちも論理的に返答しようとするが,同じ文脈でまた質問,また返答・・・と2,3回返すのに精一杯.
A教授に関して,彼は質問に対して僕がどう返答してくるか予想して,さらにそれに付随した本質に迫る質問をしてきて,さらにその先まで想定しているようなので,しまいにこっちが論理破綻してしまう.おそらく,僕が教授にとって想定内の返答をしているのだと思うけど,そのやり取りは極めて研究の本質を突いたものになっているので,最終的に教授の論点を受け入れるしか出来なくなる事があった.
明らかに今日の審査会の教授2人に関しては,研究に関して相当広い視野を持っているので,突いてくる内容にも重みがある.自分の研究アプローチが所属系統では稀ではあり,例え彼らがその分野の深い知識を持ち合わせていなくても,修士レベルの学生の現実を扱う研究に対してはだいたい分かっているよくらいの感じなのかな.
助教授がしてくるテクニカルな質問に関しては,むしろこっちが,「あんたそれは理解不足っしょ,もっと僕の論文を読みなさい」って点があった.
審査会後,助教授との打ち合わせの時にプラスアルファのタスクを与えられたが,修論全体に関して地味に労ってくれたので,嬉しかったのは間違いない.研究室入った時はめちゃめちゃ言われてたもんね,俺.
その後,夕方からM2全員で王子公園の定番,鳥ひげへ.まぁどうでもいいですが,微妙に歯茎が痛かったので,串が当たらないように注意して焼き鳥を食べました,はい.
いやむしろ,歯茎の下に隠れてる歯が痛いかもしれない.これは一大事だ!
2006/02/17
結婚式




じゃあなくて,結婚式の2次会ですな.高校の友達のん.
アナログカメラの嫌な点.一月にあったこの会のネガをやっと昨日現像に出して,取りにいったこと.まぁそんなことより,この結婚式2次会.
新郎・新婦ともに自分の高2のクラスメイト.2人とも仲良くしてた友達だからなおさら感慨深いものがあった.なかなかこんな結婚式にはめぐり合えんやろな.
高2というと,修学旅行もあったし,ほんと良い思い出が一杯な気がする.
高校の環境も良かったし,最高にあほなやつらがいたような気がする.今でも笑いの基準は高校時代だと思う.勉強が出来なくても将来を憂う事なく,部活の仲間やクラスの仲間と毎日あほやっていたような気がする.大笑いしてた気がする.先生もほんとに良い人ばっかだったし,大学とはまた違う自由が与えられていたような気がする.なんか毎日晴れだったような気がする.それは言いすぎか.
たぶん彼らも同じような思い出を持っていることだろう.
そんな素晴らしい思い出を共有できてるっていいですな.
それにしてもゴールインできて,非常にめでたい!めでたいめでたい!
と,俺の周りももうそんな時期かと・・・.まだ働いてませんが,何か?
久々な高校連中とも会えて楽しかった.ほとんど社会人だった.んで,あほだった.
2006/02/10
提出!修了?そして・・・
変な時間(朝3時)に起きてしまった.意味不明な生活体系からくるものか.
昨日(9日),15時頃,論文提出!!!
充実感が満ち溢れた.自分でも妥協なしに提出できて,よかったよかった.何かしこりが残るものにだけはしたくなかった.後はまぁ,来週に発表と公聴会を残すだけだ.不安要素はまぁ,ないな.ちゃっちゃとパワポでもつくるか.
昨日の一連の流れ.
論文提出後,研究室のM2達と,HAT神戸のなぎさの湯へ.
その後,王子公園のいなかもんへ.相変わらずうまい料理とビールで研究室の面々と戯れるが,途中,ビールと寝不足で記憶なくなる.その後,いつものKZ宅へ.みんな一瞬で寝る.まぁ疲れきっていたからしゃあないが.
で,今日の朝.皆が寝てる中を帰宅.みんな,よー寝れたんかいな.Mっちとか.
で,次の視点は,社会人までの期間をいかに過ごすか.だったので,さくっと旅でもしようかと.持っているシンガポール航空のマイレージ,クリスフライヤーの使用期限が3月末までなので,それを使ってどっかいこうかなと.まぁだいぶ前から中国の奥地って決めてるんやけどな.
で,今日の神戸からの帰りに梅田の第一生命ビルにあるシンガポール航空のオフィスに.スターアライアンスの中でも,成都とか桂林とか重慶とか,やや内陸まで行ける航空会社がアシアナ航空だけ(今調べたらANAもありそうやな)だったので,おそらくアシアナを使おうかと.普通にANA使ってさっといくんもありやけど,ストップオーバーで帰りに久々ソウルに寄りたいとも思ってて.そんなに遠くに行く期間もないし,近場が好都合かな,と.
で,オフィスに行った理由は,SQのWEBでマイル使うための路線検索の際に,OZの詳細な乗り継ぎ便が表示されなかったため.SQのオフィスからでも,OZの国内端末しかアクセスできないため,例えばインチョンー成都間のブッキング状態を(日程が確定しない限り)知ることができないらしい.ま,でも中国内の行き先に柔軟性を持たせれば,楽にチケットが取れそうな感じを持った.
スターアライアンス内でも,それほどWEB面で融通されていないんかなという印象だった.その辺のサービス面では会社毎に差がありそうやな.
中国内陸と言ってもまだ,それほど行きたいところが決まっていないため.もう少し考えようと思う.
で,さらに帰宅途中.心斎橋のアップルストアーに.やっとipod(30ギガ)を買う.
で,さらに本屋に寄る.難波のジュンク堂でお目当ての本を探すがない.ますます購入したいので,旭屋に行く.ないと思ったが,あった.この前の日経日曜で書評もされていた,「物理学者ウォール街を往く」.
年始にも書いた卒業までの目標,本15冊を読むの中で,この本は質・量を考えて2冊と換算しよう.
昨日(9日),15時頃,論文提出!!!
充実感が満ち溢れた.自分でも妥協なしに提出できて,よかったよかった.何かしこりが残るものにだけはしたくなかった.後はまぁ,来週に発表と公聴会を残すだけだ.不安要素はまぁ,ないな.ちゃっちゃとパワポでもつくるか.
昨日の一連の流れ.
論文提出後,研究室のM2達と,HAT神戸のなぎさの湯へ.
その後,王子公園のいなかもんへ.相変わらずうまい料理とビールで研究室の面々と戯れるが,途中,ビールと寝不足で記憶なくなる.その後,いつものKZ宅へ.みんな一瞬で寝る.まぁ疲れきっていたからしゃあないが.
で,今日の朝.皆が寝てる中を帰宅.みんな,よー寝れたんかいな.Mっちとか.
で,次の視点は,社会人までの期間をいかに過ごすか.だったので,さくっと旅でもしようかと.持っているシンガポール航空のマイレージ,クリスフライヤーの使用期限が3月末までなので,それを使ってどっかいこうかなと.まぁだいぶ前から中国の奥地って決めてるんやけどな.
で,今日の神戸からの帰りに梅田の第一生命ビルにあるシンガポール航空のオフィスに.スターアライアンスの中でも,成都とか桂林とか重慶とか,やや内陸まで行ける航空会社がアシアナ航空だけ(今調べたらANAもありそうやな)だったので,おそらくアシアナを使おうかと.普通にANA使ってさっといくんもありやけど,ストップオーバーで帰りに久々ソウルに寄りたいとも思ってて.そんなに遠くに行く期間もないし,近場が好都合かな,と.
で,オフィスに行った理由は,SQのWEBでマイル使うための路線検索の際に,OZの詳細な乗り継ぎ便が表示されなかったため.SQのオフィスからでも,OZの国内端末しかアクセスできないため,例えばインチョンー成都間のブッキング状態を(日程が確定しない限り)知ることができないらしい.ま,でも中国内の行き先に柔軟性を持たせれば,楽にチケットが取れそうな感じを持った.
スターアライアンス内でも,それほどWEB面で融通されていないんかなという印象だった.その辺のサービス面では会社毎に差がありそうやな.
中国内陸と言ってもまだ,それほど行きたいところが決まっていないため.もう少し考えようと思う.
で,さらに帰宅途中.心斎橋のアップルストアーに.やっとipod(30ギガ)を買う.
で,さらに本屋に寄る.難波のジュンク堂でお目当ての本を探すがない.ますます購入したいので,旭屋に行く.ないと思ったが,あった.この前の日経日曜で書評もされていた,「物理学者ウォール街を往く」.
年始にも書いた卒業までの目標,本15冊を読むの中で,この本は質・量を考えて2冊と換算しよう.
2006/01/30
声がでない
今年2回目の風邪.
原因は不規則,睡眠不足と自分では分かっているものの,週末2日とも論文作成やら飲みやらで京阪神の3都物語を演じてみたり,まぁ風邪が悪化するのもしょうがない.
前回はインフルエンザだったが.今回は熱はないものの声がでない程喉がやられる系だ.4年に一度くらい声が出なくなる風邪にかかっているような気がする.
声が出なくなるのは,本当にしんどいです.
まぁ完全に出なくなるわけではないんやけど,自分の思うような音量やトーンが出せなくなる.そうなると,人とのコミュニケーションがやや不安になる.自分自身のことをうまく伝えれなくなると,自分からコミュニケーションを控えてしまう姿勢になる.
あるアメリカの心理学者が行なった『人が他人から受け取る情報の割合』の研究で,「言葉」「声質」「顔の表情」という3つの情報のうち,「顔の表情」が55%,「声質」が38%,「言葉」はわずか7%だという.相手の顔の表情,声音,声量などと言葉とで矛盾した情報が与えられた場合,人は言葉以外の非言語情報を9割以上の割合で重視して相手を判断するという実験結果がある.
こう考えると,昨日の同じ大学内定者の飲み会での僕の情報伝達力は格段に低かったと思われる.実際,「今日はあんまりしゃべらんなぁ」と言われた.うまく声が出ないと思うので,表情もこわばり,声量もうまく出せていないので,上の心理学者の見解では僕は伝えたい事の1割しか相手に伝わっていない事になる.
ということで今日は論文よりも喉の回復を最優先し,自宅療養をした.と言ってもここぞとばかりに寝まくっていただけ.夕方になって,声が治る気配もないので行きつけの病院にいく事にした.注射を打って,薬をもらった.
話は前後するが,本来なら今日は助教授と研究の打ち合わせがあった.昼頃に研究室の秘書さんから,「先生が風邪で休みなので打ち合わせは延期」との連絡があり,ややホッとした.助教授意外と病弱でナイス.
が,論文の提出期日は変わる事なく,明日からは再び研究室な生活だ.
友人に喉の風邪にはりんごと生姜が良いと聞いたので,今りんごを食べながらこれを書いています.密が詰まっててマイウーです.
原因は不規則,睡眠不足と自分では分かっているものの,週末2日とも論文作成やら飲みやらで京阪神の3都物語を演じてみたり,まぁ風邪が悪化するのもしょうがない.
前回はインフルエンザだったが.今回は熱はないものの声がでない程喉がやられる系だ.4年に一度くらい声が出なくなる風邪にかかっているような気がする.
声が出なくなるのは,本当にしんどいです.
まぁ完全に出なくなるわけではないんやけど,自分の思うような音量やトーンが出せなくなる.そうなると,人とのコミュニケーションがやや不安になる.自分自身のことをうまく伝えれなくなると,自分からコミュニケーションを控えてしまう姿勢になる.
あるアメリカの心理学者が行なった『人が他人から受け取る情報の割合』の研究で,「言葉」「声質」「顔の表情」という3つの情報のうち,「顔の表情」が55%,「声質」が38%,「言葉」はわずか7%だという.相手の顔の表情,声音,声量などと言葉とで矛盾した情報が与えられた場合,人は言葉以外の非言語情報を9割以上の割合で重視して相手を判断するという実験結果がある.
こう考えると,昨日の同じ大学内定者の飲み会での僕の情報伝達力は格段に低かったと思われる.実際,「今日はあんまりしゃべらんなぁ」と言われた.うまく声が出ないと思うので,表情もこわばり,声量もうまく出せていないので,上の心理学者の見解では僕は伝えたい事の1割しか相手に伝わっていない事になる.
ということで今日は論文よりも喉の回復を最優先し,自宅療養をした.と言ってもここぞとばかりに寝まくっていただけ.夕方になって,声が治る気配もないので行きつけの病院にいく事にした.注射を打って,薬をもらった.
話は前後するが,本来なら今日は助教授と研究の打ち合わせがあった.昼頃に研究室の秘書さんから,「先生が風邪で休みなので打ち合わせは延期」との連絡があり,ややホッとした.助教授意外と病弱でナイス.
が,論文の提出期日は変わる事なく,明日からは再び研究室な生活だ.
友人に喉の風邪にはりんごと生姜が良いと聞いたので,今りんごを食べながらこれを書いています.密が詰まっててマイウーです.
2006/01/22
仮説思考とやら
最近の生活は2日に1日は研究室で,もう1日は自宅で寝る生活.研究の頭でやや混沌としてたので,一昨日の帰りに雑誌を買って気分転換.
買った雑誌は年に4回東洋経済からだされている,THINK.いわゆるビジネス雑誌で,面白いトピックの刊は買うようにしている.
今回は仕事で実践するコンサル力がテーマで,別に自分がコンサルタントになる訳じゃないけど,このテーマに関しては関心があるので購入.
気分転換のつもりで読んでいたが,今やっている論文作成の行為に直結するアイデアを吸収できた.
それは仮説思考という考え方.
ボストンコンサルティンググループの内田和成さんの項でこの仮説思考の利点について説明していた.仮説思考の定義は「物事を答えから考えること.」
まず,仮の答えを出し(予想し),その答えまでのプロセスを導いていくやり方.
彼は「コンサルタントとして鍛えられていく中で,仮説思考を基にした仕事の進め方を身に付けていくために,問題解決のスピードが格段に早くなる.」と語る.
自分も含め,多くの人がそうであると思うが,仮の答えを見出す事が困難だと感じる.
この点(仮の答えを出す事)に関して,内田さんは将棋の羽生善治の例を出して,直観力,カンの働きが重要になると話す.羽生名人は将棋の一つの局面に80通りの指し手の可能性があるが,そのうち2、3の手だけを直感で選び自分のカンを頼りに検証していく.ただ,単なるヤマカンではなく経験や学習を通じて自分自身の中にストックされたデータベースを基に,それらを活用しながら集中して考える事で筋のよさそうな仮説が浮かび上がってくるのではないかと言っている.
確かに,今自分が作成している修士論文においても,卒業論文の頃よりも仮説(結果)が自分の中で明確化されているように思う.それは,おそらく土木計画という分野の研究室に曲がりなりにも3年間属し,その分野の論文にも多く目を通し,数々の背景を基にした研究の目的を自分なりに理解できるようになったからではないかと思う.なので,学部4年の頃のカンよりも,現時点の研究に対するカンはより洗練されたものではないかと思う.
ただ,その仮説に関しては間違っていても問題はないと内田氏は話す.「どんどん仮説を立て,検証して間違っていたら別の仮説を立てる.よさそうならば,その仮説を進化させる.それの繰り返しだ.すなわち仮説・検証の回数が重要だ」と.
確かに,分析を進める上で予想外の展開や新たな発見により軌道修正が必要なことは自分自身の経験からも理解している.失敗のパターンや成功のパターンを自分の中に暗黙知ではなく形式知としてストックする事で,確かなカンを構築する事ができるのだと思う.
そのカンってのが将来を展望する先見力にもつながるのかな.
とりあえず吸収したものは実践しないと意味がないと思うたちなので,今回の仮説思考の項で得た事を研究で実践する事にした.
研究における大局的な仮説をさらに細分化して,章毎の仮説,節毎の仮説を決めどんどん論文としての形にまとめ上げていく.最後の最後まで良い結果をだそうと分析をうじうじやるよりも,現時点でだせるだけの結果を出し論文の枠組みを仕上げて,修正という形で分析をやり直すアプローチで臨もうと思う.
買った雑誌は年に4回東洋経済からだされている,THINK.いわゆるビジネス雑誌で,面白いトピックの刊は買うようにしている.
今回は仕事で実践するコンサル力がテーマで,別に自分がコンサルタントになる訳じゃないけど,このテーマに関しては関心があるので購入.
気分転換のつもりで読んでいたが,今やっている論文作成の行為に直結するアイデアを吸収できた.
それは仮説思考という考え方.
ボストンコンサルティンググループの内田和成さんの項でこの仮説思考の利点について説明していた.仮説思考の定義は「物事を答えから考えること.」
まず,仮の答えを出し(予想し),その答えまでのプロセスを導いていくやり方.
彼は「コンサルタントとして鍛えられていく中で,仮説思考を基にした仕事の進め方を身に付けていくために,問題解決のスピードが格段に早くなる.」と語る.
自分も含め,多くの人がそうであると思うが,仮の答えを見出す事が困難だと感じる.
この点(仮の答えを出す事)に関して,内田さんは将棋の羽生善治の例を出して,直観力,カンの働きが重要になると話す.羽生名人は将棋の一つの局面に80通りの指し手の可能性があるが,そのうち2、3の手だけを直感で選び自分のカンを頼りに検証していく.ただ,単なるヤマカンではなく経験や学習を通じて自分自身の中にストックされたデータベースを基に,それらを活用しながら集中して考える事で筋のよさそうな仮説が浮かび上がってくるのではないかと言っている.
確かに,今自分が作成している修士論文においても,卒業論文の頃よりも仮説(結果)が自分の中で明確化されているように思う.それは,おそらく土木計画という分野の研究室に曲がりなりにも3年間属し,その分野の論文にも多く目を通し,数々の背景を基にした研究の目的を自分なりに理解できるようになったからではないかと思う.なので,学部4年の頃のカンよりも,現時点の研究に対するカンはより洗練されたものではないかと思う.
ただ,その仮説に関しては間違っていても問題はないと内田氏は話す.「どんどん仮説を立て,検証して間違っていたら別の仮説を立てる.よさそうならば,その仮説を進化させる.それの繰り返しだ.すなわち仮説・検証の回数が重要だ」と.
確かに,分析を進める上で予想外の展開や新たな発見により軌道修正が必要なことは自分自身の経験からも理解している.失敗のパターンや成功のパターンを自分の中に暗黙知ではなく形式知としてストックする事で,確かなカンを構築する事ができるのだと思う.
そのカンってのが将来を展望する先見力にもつながるのかな.
とりあえず吸収したものは実践しないと意味がないと思うたちなので,今回の仮説思考の項で得た事を研究で実践する事にした.
研究における大局的な仮説をさらに細分化して,章毎の仮説,節毎の仮説を決めどんどん論文としての形にまとめ上げていく.最後の最後まで良い結果をだそうと分析をうじうじやるよりも,現時点でだせるだけの結果を出し論文の枠組みを仕上げて,修正という形で分析をやり直すアプローチで臨もうと思う.
2006/01/18
震災の記憶@研究室


今研究室でふと1月17日阪神大震災について触れたら、淡路の人間に軽軽しく語るなとか言われました。俺も一応大阪在住なんで、頭にCDラジカセくらいは落ちてきたんですがね・・・。
まぁ自分の席の左手には上の写真(携帯でとりました)にあるように昼と夜で神戸の景色がいつも見えていて、10年前にはものすごい事が起こったのだと思うと、少し冷静になってしまう。
この間研究室を掃除していると、当時の研究室の学生が綴った震災当日の日記があった。折角なので、自分がこの事実を振り返る意味も込めて少し抜粋してそのまま載せようと思う。
以下日記より(1995年1月17日地震発生後、明るくなりはじめた頃から)
空がちょっと白んできたので、私は車を学校に持っていくことにした。ブロックをのけて学校へ走り出すと信号は作動していないし、道路はいたるところで割れているし、JRの高架は落ちてるしでえらいことになっていた。ところが、学校に着くと、学校は何事もなかったかのようだった。私の原チャリも倒れていなかった(倒れてまた立ったという説もある)。ここで、実家に電話して無事を知らせ部屋に戻った。
部屋に戻ると(ちなみに部屋は御影石町)うちのマンションの周りは騒然としていた。うちのマンションの古い木造住宅はほとんど倒壊していたが、それらに火がまわってしまったらしい。「母と妹がまだ家の中にいるんです」という女の人の声がして、周りの人たちと助けようとして行ったが、もうすでに火が回っていてどうしようもできない状態になっていた。消防車は来ないし、消火栓から水も出ない。家族の人が「さっきまで声がしてた。まだ生きているから助けてあげてー」と叫ぶが誰も何もできなかった。そうこうしているうちに、一面火の海になってしまって、とうとううちのマンションにまで延焼しそうになった。
近所の住人と一丸となってバケツリレーをして、なんとかそれ以上の延焼はまぬがれたが、それでもかなりの面積が焼失してしまった。
このバケツリレーは朝の8時過ぎから昼の2時過ぎまで延々続いた。途中チャリンコでMが来て手伝ってくれた。
やっと下火になったので、Mと原チャリに2ケツして学校に向かった。もう道路は大渋滞していてローソンも長蛇の列だった。
私とMは飲み物を確保し、学校に来ると見事に電気が来ておりTVもうつった。
その晩はSも加わり3人で寒さと余震に震えながら研究室で明かした。
その次の日、朝農学部で炊き出しのおにぎりを2個もらい昼過ぎ、Mと私は「地獄のアウトロー」と化し、2ケツ、ノーヘル、歩道走りで西宮北口まで逃げ出した。阪急で梅田まで行くと、まるで何事もなかったかのように普段どおりだった。知り合いの阪急の姉ちゃんは相変わらず笑顔で商品券を売っていた。力が抜けた・・・
以上 日記より。
微妙にオチがついていたが、結構リアルな内容だった。もちろんほんの一部の震災エピソードやけど、貴重な体験談としてのこの日記をあの時ごみ箱にポイしなくてよかった。他にももっと大変な事があったんやろうなと思いながら、また左手に見える神戸の空をみてしまう深夜@研究室でした。
2006/01/14
世の中デジタル化?
ニコンが銀塩フィルム市場におけるカメラ・レンズ生産の大幅縮小の記事をみて.高級機のF6とマニュアル入門機FM10を残し,レンズに関してはオートではなく,マニュアルレンズのいくつかだけを残すらしい.
僕はキャノンユーザーなので,直接的なダメージはないのだが,最近,撮影のバイトで先輩にニコンのF100を借りて初めてニコンカメラを使ったのだが,キャノンのオートフォーカスよりもボディーやレンズがアナログ的な設計で硬派な印象を持っている.この点に結構惹かれてニコン機に乗り換えてもいいかなと思っていた.
今回の記事に関して思ったことを少々。
1,ニコンユーザーのメンテはどうなるの?
うちの写真部には結構F80とかF100を使っている人がいるのだが,そのどちらもが生産中止,さらにオートフォーカスのレンズも生産中止なので,長期的に見たらそれらのメンテナンスが厄介になりそうだ.特に古くに生産されていたマニュアル式のカメラと比較して,これらのオートフォーカス製品は電化製品的気質が強く,電子部品が各々に設置されている.ので,他でまかなえるような代替部品はなく,修理にはメーカーを通す必要がある.
ただ,デジタル一眼のレンズ等の部品で補える可能性もあるし,ニコンにとっては既存ユーザーに対するブランド力を低下させないためにも,その辺の策は考えていることだろう.
2,キャノンが銀塩カメラ市場独占?
日本における銀塩市場で,キャノンとニコンが2大メーカーだが,この内のニコンが縮小となると,キャノンが銀塩のオートフォーカスカメラに関してはニコンユーザーを囲い込む構図になるのか。いくらフィルム市場が減少しても,今後も少なからず需要は存在すると思うので,キャノンがどのような手をうって来るのかが気になる。
今回のようなニコンのフィルム市場縮小の影響で一般消費者はよりデジタル一眼へ向かうのか,それともフィルム一眼なら選択肢の多いキャノンにしようと思う人が増えるのか。
3,ていうか銀塩自体が消える?
先の記事から,
昨年1月から11月の国内全体の出荷台数累計は、フィルムカメラが前年比49.2%減の28万5344台と大幅減。デジカメは前年比1.1%減の757万3630台と横ばい。レンズ交換式デジタル一眼レフは、前年比52.3%増の50万513台と需要が拡大という内容に関して。
数字だけみると,各メーカーはデジタル一眼に資源を集中させたいと思うが,この市場に関しては有望市場であるがその点競合が多い。
松下やソニー,富士フィルム,など等フィルムカメラ市場では存在しなかった企業が競合となる。もちろんキャノンもだ。
デジタル一眼に関して,ニコンは蓄積されたノウハウで高級路線で他者と差別化していくだろうと思うが,今後どうなっていくだろう.
根強く残ったフィルムカメラユーザーはキャノンが奪っていくのか。
自分は銀塩を愛している一人なので,使うものに関してはできるだけ多くの選択肢を持ちたいし,将来的にみても根強く残るユーザーだと思うので,このニュースは少し悲しいものである.
というのも現像の際,露光によって潜像を生じた乳剤中のハロゲン化銀を金属銀に還元するプロセスを,あの暗くて薄赤い空間で眺め,何とも言えない感情を今後も持ちつづけたいと思うからだ。ある意味,自分にとっての癒しの空間である暗室に,今後とも篭る動機を与えてもらう必要があるのです(笑)
僕はキャノンユーザーなので,直接的なダメージはないのだが,最近,撮影のバイトで先輩にニコンのF100を借りて初めてニコンカメラを使ったのだが,キャノンのオートフォーカスよりもボディーやレンズがアナログ的な設計で硬派な印象を持っている.この点に結構惹かれてニコン機に乗り換えてもいいかなと思っていた.
今回の記事に関して思ったことを少々。
1,ニコンユーザーのメンテはどうなるの?
うちの写真部には結構F80とかF100を使っている人がいるのだが,そのどちらもが生産中止,さらにオートフォーカスのレンズも生産中止なので,長期的に見たらそれらのメンテナンスが厄介になりそうだ.特に古くに生産されていたマニュアル式のカメラと比較して,これらのオートフォーカス製品は電化製品的気質が強く,電子部品が各々に設置されている.ので,他でまかなえるような代替部品はなく,修理にはメーカーを通す必要がある.
ただ,デジタル一眼のレンズ等の部品で補える可能性もあるし,ニコンにとっては既存ユーザーに対するブランド力を低下させないためにも,その辺の策は考えていることだろう.
2,キャノンが銀塩カメラ市場独占?
日本における銀塩市場で,キャノンとニコンが2大メーカーだが,この内のニコンが縮小となると,キャノンが銀塩のオートフォーカスカメラに関してはニコンユーザーを囲い込む構図になるのか。いくらフィルム市場が減少しても,今後も少なからず需要は存在すると思うので,キャノンがどのような手をうって来るのかが気になる。
今回のようなニコンのフィルム市場縮小の影響で一般消費者はよりデジタル一眼へ向かうのか,それともフィルム一眼なら選択肢の多いキャノンにしようと思う人が増えるのか。
3,ていうか銀塩自体が消える?
先の記事から,
昨年1月から11月の国内全体の出荷台数累計は、フィルムカメラが前年比49.2%減の28万5344台と大幅減。デジカメは前年比1.1%減の757万3630台と横ばい。レンズ交換式デジタル一眼レフは、前年比52.3%増の50万513台と需要が拡大という内容に関して。
数字だけみると,各メーカーはデジタル一眼に資源を集中させたいと思うが,この市場に関しては有望市場であるがその点競合が多い。
松下やソニー,富士フィルム,など等フィルムカメラ市場では存在しなかった企業が競合となる。もちろんキャノンもだ。
デジタル一眼に関して,ニコンは蓄積されたノウハウで高級路線で他者と差別化していくだろうと思うが,今後どうなっていくだろう.
根強く残ったフィルムカメラユーザーはキャノンが奪っていくのか。
自分は銀塩を愛している一人なので,使うものに関してはできるだけ多くの選択肢を持ちたいし,将来的にみても根強く残るユーザーだと思うので,このニュースは少し悲しいものである.
というのも現像の際,露光によって潜像を生じた乳剤中のハロゲン化銀を金属銀に還元するプロセスを,あの暗くて薄赤い空間で眺め,何とも言えない感情を今後も持ちつづけたいと思うからだ。ある意味,自分にとっての癒しの空間である暗室に,今後とも篭る動機を与えてもらう必要があるのです(笑)
2006/01/09
2006/01/02
新年を展望する
次に2006年が自分にとってどんな年なのか展望してみると・・・初社会人になる年である。
生まれて初めて自分が社会に飛び出すわけだ。なかなか感慨深いが、これまでも別に社会と切り離された存在だった訳じゃないし、社会人になる事で特殊な環境に放り込まれる、とも思っていない。むしろ今の自分にとって未知の領域が広がってそうで楽しみだ。人の出会いとかはもっと楽しみだ。
根本的に何かしらの生産をしてお金をもらう訳だから、学生の頃よりもシビアな世界であるのは間違いない。安藤忠雄さんとバイト中に会ったときこう話してくれた。『自分の研究室の生徒に対しては厳しくない。でも設計事務所の部下に対しては相当厳しい。なぜなら後者の人間にはお金が発生するから。』
そういえば表参道ヒルズが楽しみだ。
まぁ、社会人に対して色々想いを巡らせていても後3ヶ月な訳だから、今ある学生の時間を最大限有効活用すべき事を考えていこう。それが、4月からのモチベーションにも繋がると思うから。
2月上旬の修論提出までは、それに大半の時間と労力を注ぎ込もうと思っているが・・・。常に部分をチェックし全体を俯瞰する事を心掛け、一日一日のタスクを決めて確実に実行していこう。それと並行して、自分に足りない部分を補うべく本、その時に最も関心がある本を効率よく読もう。
で、修論提出後は写真に関する何らかのイベントをしよう。旅行もちょっこっとしよっかな。うーん、あっという間に3ヶ月が過ぎていきそうだ。
後悔のない日々を送る事。これに尽きる。
生まれて初めて自分が社会に飛び出すわけだ。なかなか感慨深いが、これまでも別に社会と切り離された存在だった訳じゃないし、社会人になる事で特殊な環境に放り込まれる、とも思っていない。むしろ今の自分にとって未知の領域が広がってそうで楽しみだ。人の出会いとかはもっと楽しみだ。
根本的に何かしらの生産をしてお金をもらう訳だから、学生の頃よりもシビアな世界であるのは間違いない。安藤忠雄さんとバイト中に会ったときこう話してくれた。『自分の研究室の生徒に対しては厳しくない。でも設計事務所の部下に対しては相当厳しい。なぜなら後者の人間にはお金が発生するから。』
そういえば表参道ヒルズが楽しみだ。
まぁ、社会人に対して色々想いを巡らせていても後3ヶ月な訳だから、今ある学生の時間を最大限有効活用すべき事を考えていこう。それが、4月からのモチベーションにも繋がると思うから。
2月上旬の修論提出までは、それに大半の時間と労力を注ぎ込もうと思っているが・・・。常に部分をチェックし全体を俯瞰する事を心掛け、一日一日のタスクを決めて確実に実行していこう。それと並行して、自分に足りない部分を補うべく本、その時に最も関心がある本を効率よく読もう。
で、修論提出後は写真に関する何らかのイベントをしよう。旅行もちょっこっとしよっかな。うーん、あっという間に3ヶ月が過ぎていきそうだ。
後悔のない日々を送る事。これに尽きる。
2006/01/01
旧年を振り返る
久しぶりにこのブログで文を書くような気がする。
2006年にもなった事だし、少しは2005年を振り返ってみるのもありかな。と。
2005年を軽く振り返ってみる。
大きく分けて 1、就職活動 と 2、南米旅行
1、就職活動
に関して結論から言うと、人との出会いそのものだった。
後悔のない就職活動をしたいと思っていたので、その通り後悔のない就活ができた。
行動に移す事に重きを置いていたので、本当に良く動いた。自分の可能性を存分に引き出したかったし、機会を失う事が何よりも嫌だったので、夜行バスを使って何度も東京に行ってた。その行為は特につらくなかった。機会を失う事に比べては。おかげで本当に幅広い分野の業種を見ることができたし、多くの貴重な人との出会いもあった。
色んな分野を試した自分、五感で感じてきた自分だからこそ、4月から働く会社が最適だと思えるようになったんじゃないかなと思う。
本質的な事は経験しないと分からない、人と会ってみないと分からないと真剣に思えるようになった。それが自分にとっての就職活動だった。このスタンスは今後の自分の価値観に大きな影響を与えるものとなる。
今思うと、就職活動期に仲良くなった友達とは今後とも仲良くやっていけそうな気がする。
2、南米旅行
2005年の8月30日ー9月30日の期間、ペルー、ボリビア、アルゼンチン、ブラジル、帰りに3日間トロントを巡った旅。
この旅の詳細は過去のアーカイブ(2005年8月 2005年9月 2005年10月)を見てもらったら分かると思うが、とりあえず未知の何かを求めたいという探究心が行動に移させたと思う。
このような旅をする事で自分が世界的な問題に対して身を持って感じ、考える機会になる。それが長期的に自分の中に形式的にしろ暗黙的にしろストックされ、経験したトピックがあると容易に自分の中に入ってきてくれる。さらに、容易にその際に考えていた問題意識も蘇る。
例えばボリビアの話。
最近(2005年12月28日)のトピックで、ボリビア大統領が初の先住民系(インディオ)のモラレス氏になった事。この方、社会主義運動党らしく、さらに最近のトピックではキューバに訪問してカストロ氏と会談したりしている。
この件に関して、2005年9月中旬に自分が訪れた際、先住民による道路封鎖デモの経験から考えた事。
彼らは市場経済の流れについていけない事からくる貧困が理由に、おそらく単純な思いで社会主義というものを熱望していた。それと並行して、少なからずゲバラの影響が彼らにとって大きい事がいくつかの場面で感じ取れた。町にいくつかのキューバ料理屋もあり(実際に食べた)、親キューバ的である面も感じとれた。
上のように自分が経験から考えた事が、数ヵ月後に今のボリビアを考える上でのキーワードとして現れてきた。なので、どういう状況で、どのような背景でこの社会主義運動党の人物が選ばれたのか想像する事はできた。少なからず人口の40%を占める先住民の思いが通じた選挙だったのかもしれない。
今回、社会主義党で先住民の大統領選ばれた理由としては、ボリビアの市場経済導入による腐敗政治や貧富の格差に対して、国民の不満が溜まっていた事が挙げられている。
このような遠くの南米の最貧国の選挙にも、自国のように夢中になって好奇心を持ちつづけられる事、これが僕にとって旅をする意義かもしれない。
2006年にもなった事だし、少しは2005年を振り返ってみるのもありかな。と。
2005年を軽く振り返ってみる。
大きく分けて 1、就職活動 と 2、南米旅行
1、就職活動
に関して結論から言うと、人との出会いそのものだった。
後悔のない就職活動をしたいと思っていたので、その通り後悔のない就活ができた。
行動に移す事に重きを置いていたので、本当に良く動いた。自分の可能性を存分に引き出したかったし、機会を失う事が何よりも嫌だったので、夜行バスを使って何度も東京に行ってた。その行為は特につらくなかった。機会を失う事に比べては。おかげで本当に幅広い分野の業種を見ることができたし、多くの貴重な人との出会いもあった。
色んな分野を試した自分、五感で感じてきた自分だからこそ、4月から働く会社が最適だと思えるようになったんじゃないかなと思う。
本質的な事は経験しないと分からない、人と会ってみないと分からないと真剣に思えるようになった。それが自分にとっての就職活動だった。このスタンスは今後の自分の価値観に大きな影響を与えるものとなる。
今思うと、就職活動期に仲良くなった友達とは今後とも仲良くやっていけそうな気がする。
2、南米旅行
2005年の8月30日ー9月30日の期間、ペルー、ボリビア、アルゼンチン、ブラジル、帰りに3日間トロントを巡った旅。
この旅の詳細は過去のアーカイブ(2005年8月 2005年9月 2005年10月)を見てもらったら分かると思うが、とりあえず未知の何かを求めたいという探究心が行動に移させたと思う。
このような旅をする事で自分が世界的な問題に対して身を持って感じ、考える機会になる。それが長期的に自分の中に形式的にしろ暗黙的にしろストックされ、経験したトピックがあると容易に自分の中に入ってきてくれる。さらに、容易にその際に考えていた問題意識も蘇る。
例えばボリビアの話。
最近(2005年12月28日)のトピックで、ボリビア大統領が初の先住民系(インディオ)のモラレス氏になった事。この方、社会主義運動党らしく、さらに最近のトピックではキューバに訪問してカストロ氏と会談したりしている。
この件に関して、2005年9月中旬に自分が訪れた際、先住民による道路封鎖デモの経験から考えた事。
彼らは市場経済の流れについていけない事からくる貧困が理由に、おそらく単純な思いで社会主義というものを熱望していた。それと並行して、少なからずゲバラの影響が彼らにとって大きい事がいくつかの場面で感じ取れた。町にいくつかのキューバ料理屋もあり(実際に食べた)、親キューバ的である面も感じとれた。
上のように自分が経験から考えた事が、数ヵ月後に今のボリビアを考える上でのキーワードとして現れてきた。なので、どういう状況で、どのような背景でこの社会主義運動党の人物が選ばれたのか想像する事はできた。少なからず人口の40%を占める先住民の思いが通じた選挙だったのかもしれない。
今回、社会主義党で先住民の大統領選ばれた理由としては、ボリビアの市場経済導入による腐敗政治や貧富の格差に対して、国民の不満が溜まっていた事が挙げられている。
このような遠くの南米の最貧国の選挙にも、自国のように夢中になって好奇心を持ちつづけられる事、これが僕にとって旅をする意義かもしれない。
2005/12/20
中間発表→忘年会→北新地
40時間起きつづけた後、さっき8時間の睡眠から起床した。
昨日は修論の中間発表。
僕自身、基本的に発表の前の日は最低数時間は眠るようにしているのだが、今回はそうはいかなかった。
この中間発表が終わるともう論文提出後まで発表する機会はないし、なんとしても現時点で提示できるような有意性のある結果をまとめて、陳腐なプレゼンにならないようにしたかった。
「節目節目で結果を出せないと、この先も同じだぞ。」って自分に鞭をうちながら、結果を出すことに執着した。故に、睡眠欲も吹き飛ぶくらい集中力が維持されたまま作業に集中できて、なんとか発表できるレベルの結果を出せた。
プレゼン自体も現段階のベストを尽くしたと思う。先生方からは、自分には無い視点で色んな示唆をいただけたし、自分自身研究を整理する上でも非常に有意義な発表だった。
その後、研究室のOB含む教授の教え子とその知人、研究室学生からなる忘年会が福島であった。学生以外は年齢層高め&スーツを着るような若干硬めな忘年会だったが、それはそれで有意義な時間となる。この時点でねむい度MAX。
こうしてやっと長い一日が終わったと思って、外の冷たい新鮮な空気を吸っていると・・・。
研究会でお話する元お役人の社長さんが、僕ともう一人の学生を北新地に連れて行ってくれると言う。
何やら、もう一人の学生が以前ノリでアポをとっていたという。
結局何故か僕もお呼ばれする事になり、夜の北新地へ。
新地の華やかな世界に驚愕する事が多々ありましたが、まぁ良い社会勉強ということで!敢えて英語が通じないブロンズ美女オンリーなお店とか・・・(笑)てか、来てるお客さん明らか重役っしょ、みたいな店ばっかやったし。社長さん、いつもこんなとこで遊んでるんですね。最近は減って2日に1回とか言ってたが・・・。
中間発表→忘年会→新地、
大人の階段のーぼるぅ♪ な一日でした。
昨日は修論の中間発表。
僕自身、基本的に発表の前の日は最低数時間は眠るようにしているのだが、今回はそうはいかなかった。
この中間発表が終わるともう論文提出後まで発表する機会はないし、なんとしても現時点で提示できるような有意性のある結果をまとめて、陳腐なプレゼンにならないようにしたかった。
「節目節目で結果を出せないと、この先も同じだぞ。」って自分に鞭をうちながら、結果を出すことに執着した。故に、睡眠欲も吹き飛ぶくらい集中力が維持されたまま作業に集中できて、なんとか発表できるレベルの結果を出せた。
プレゼン自体も現段階のベストを尽くしたと思う。先生方からは、自分には無い視点で色んな示唆をいただけたし、自分自身研究を整理する上でも非常に有意義な発表だった。
その後、研究室のOB含む教授の教え子とその知人、研究室学生からなる忘年会が福島であった。学生以外は年齢層高め&スーツを着るような若干硬めな忘年会だったが、それはそれで有意義な時間となる。この時点でねむい度MAX。
こうしてやっと長い一日が終わったと思って、外の冷たい新鮮な空気を吸っていると・・・。
研究会でお話する元お役人の社長さんが、僕ともう一人の学生を北新地に連れて行ってくれると言う。
何やら、もう一人の学生が以前ノリでアポをとっていたという。
結局何故か僕もお呼ばれする事になり、夜の北新地へ。
新地の華やかな世界に驚愕する事が多々ありましたが、まぁ良い社会勉強ということで!敢えて英語が通じないブロンズ美女オンリーなお店とか・・・(笑)てか、来てるお客さん明らか重役っしょ、みたいな店ばっかやったし。社長さん、いつもこんなとこで遊んでるんですね。最近は減って2日に1回とか言ってたが・・・。
中間発表→忘年会→新地、
大人の階段のーぼるぅ♪ な一日でした。
2005/12/09
ベンチャー魂
今日はベンチャーに関する講演会に行ってきた。とても有意義だった。
東京の友人から紹介があった、その名も「関西だってベンチャーできるぞ!」プロジェクト。
主催は関西学研都市知的クラスターという、いわゆる京阪奈地域の学術的な結びつきと向上を元に同志社や奈良先端大等が中心に発足した機関。
僕はただ単に講演会をしてくれるスタンフォード(コンピューター・サイエンス学科)のエドワード・ファイゲンバウム教授の話を聞きたかっただけ。彼はシリコンバレーでは3社のベンチャー創設等で名が知られて、コンピューター界のノーベル賞と言われるACMチューリング賞を携えておられる方。どんな人なのか、どんな話を聞けるのか気にならない訳はない。まぁ御年70歳という事でなかなかのおじいさんです。
他にもシリコンバレーから来られたFirst Compass Groupジェネラルパートナー等を務める外村仁さんがオーガナイザーとなり、関西で実際にベンチャーを立ち上げている起業家6人のパネルディスカッション等があった。
ファイゲンバウム氏の講演では、日本及び関西でベンチャーが育ちにくい理由を、シリコンバレーとの比較により論じていた。
また企業が勝っていくための要素として、ファイゲンバウム氏は一貫してINNOVATION、革新を強調していた。ソニーを例にとって、企業組織の肥大化が革新のスピードを遅らせ、グローバル競争に勝てなくなっている事を話したり等など。
聞いていると、大企業組織に入るのが鬱になるような事もボンボン出て来る。新入社員として意気揚揚と入社した人間が、組織に埋もれ、例え部長クラスになったとしても若い頃の熱いハートが消えている・・・と。彼は一般論をしているわけであって、この事に関して反発する必要はないが若干の不安は生ずる。
結局、ベンチャーがイノベーションを起こすのに最適だという風に繋がる。で、そのベンチャーが成り立つための要素として制度面、ベンチャーキャピタルの存在、失敗を成功にするカルチャーの変更など等を指摘していた。
全プログラムが終了した後、懇親会があるというのでせっかくなので出てみた。無料やったし(笑)
せっかく出たので、ファイゲンバウム先生に話したいなと思う。英語オンリーという事もあるのか、あまり多くの人ががっついていないのでがっついてみた。
自分が来年からベンチャーと極にあると考えられるいわゆる大きい組織を持つ企業で働く上で、その後、起業に結びつけるとしたらどのようなアプローチがあるのかを聞いた。
僕自身、これからのキャリアビジョンで起業という選択肢を消去する訳ではないし、チャンスがあればその時のタイミングでチャレンジしてみるのも悪くないと今現在は思っている。そこで、短期的には来年4月からいわゆる大企業に入って、そこからどういう意識で3年を過ごすか、どれほどアンテナを張り巡らす事ができるのか、この点が重要だと外村さんもファイゲンバウム先生も伝えてくれた。もう少し具体的に事も話してくれたが、なんか僕がまだ入ってもないのに早くも会社辞める気満々な奴みたいなので控えておく。
後は、急速に世界規模で情報化が進む上で先進諸国と後進諸国とのinformation gapの是正に関しての意見を求めたところ、この答えに関してはかなり難しいので、これを専門にして2005年Honda Foundation Prizeを受賞しているカーネギーメロン大のProfessor Raj Reddy の文献やWEBでも漁ってくれと言っていたので、ちょっとチェックしてみようと思う。
他にも松下や関電に属しながらベンチャーを考えている方々とお話する事ができて、これから自分が企業に入り、どのような意識で過ごしていくかを考える良い機会になった。
東京の友人から紹介があった、その名も「関西だってベンチャーできるぞ!」プロジェクト。
主催は関西学研都市知的クラスターという、いわゆる京阪奈地域の学術的な結びつきと向上を元に同志社や奈良先端大等が中心に発足した機関。
僕はただ単に講演会をしてくれるスタンフォード(コンピューター・サイエンス学科)のエドワード・ファイゲンバウム教授の話を聞きたかっただけ。彼はシリコンバレーでは3社のベンチャー創設等で名が知られて、コンピューター界のノーベル賞と言われるACMチューリング賞を携えておられる方。どんな人なのか、どんな話を聞けるのか気にならない訳はない。まぁ御年70歳という事でなかなかのおじいさんです。
他にもシリコンバレーから来られたFirst Compass Groupジェネラルパートナー等を務める外村仁さんがオーガナイザーとなり、関西で実際にベンチャーを立ち上げている起業家6人のパネルディスカッション等があった。
ファイゲンバウム氏の講演では、日本及び関西でベンチャーが育ちにくい理由を、シリコンバレーとの比較により論じていた。
また企業が勝っていくための要素として、ファイゲンバウム氏は一貫してINNOVATION、革新を強調していた。ソニーを例にとって、企業組織の肥大化が革新のスピードを遅らせ、グローバル競争に勝てなくなっている事を話したり等など。
聞いていると、大企業組織に入るのが鬱になるような事もボンボン出て来る。新入社員として意気揚揚と入社した人間が、組織に埋もれ、例え部長クラスになったとしても若い頃の熱いハートが消えている・・・と。彼は一般論をしているわけであって、この事に関して反発する必要はないが若干の不安は生ずる。
結局、ベンチャーがイノベーションを起こすのに最適だという風に繋がる。で、そのベンチャーが成り立つための要素として制度面、ベンチャーキャピタルの存在、失敗を成功にするカルチャーの変更など等を指摘していた。
全プログラムが終了した後、懇親会があるというのでせっかくなので出てみた。無料やったし(笑)
せっかく出たので、ファイゲンバウム先生に話したいなと思う。英語オンリーという事もあるのか、あまり多くの人ががっついていないのでがっついてみた。
自分が来年からベンチャーと極にあると考えられるいわゆる大きい組織を持つ企業で働く上で、その後、起業に結びつけるとしたらどのようなアプローチがあるのかを聞いた。
僕自身、これからのキャリアビジョンで起業という選択肢を消去する訳ではないし、チャンスがあればその時のタイミングでチャレンジしてみるのも悪くないと今現在は思っている。そこで、短期的には来年4月からいわゆる大企業に入って、そこからどういう意識で3年を過ごすか、どれほどアンテナを張り巡らす事ができるのか、この点が重要だと外村さんもファイゲンバウム先生も伝えてくれた。もう少し具体的に事も話してくれたが、なんか僕がまだ入ってもないのに早くも会社辞める気満々な奴みたいなので控えておく。
後は、急速に世界規模で情報化が進む上で先進諸国と後進諸国とのinformation gapの是正に関しての意見を求めたところ、この答えに関してはかなり難しいので、これを専門にして2005年Honda Foundation Prizeを受賞しているカーネギーメロン大のProfessor Raj Reddy の文献やWEBでも漁ってくれと言っていたので、ちょっとチェックしてみようと思う。
他にも松下や関電に属しながらベンチャーを考えている方々とお話する事ができて、これから自分が企業に入り、どのような意識で過ごしていくかを考える良い機会になった。
2005/12/03
ラーメン屋の本気度
昨日、研究室の帰りに一緒に帰っていたMっち(研究室仲間)と思い立って上新庄駅の近くにある天神旗というラーメン屋に行って来た。名前に天神とついている事からも博多系の豚骨ラーメンなのは想像できるでしょう。
そこに7,8回は行った事があるくらいそこのラーメンが好きだ。関西でも結構色んなラーメン屋に行ってるが、そこのラーメン屋の本気度はかなり高い。その本気度と比例して味もかなり本気。まず、入った時に豚骨の臭みが鼻につく。とりあえずその時点でむぅりぃな人もいるかと。
豚骨ラーメンは好き嫌いがあると思うが、本気のラーメンを食べたいと思う人は行ってみたらいいと思う。大将のあの目つきは本物や。ほんまにええ仕事してる目つきでラーメンを作ってくれている。かといって愛想が悪いわけじゃない。ラーメンをみて、客をみて、ラーメンをみて、客をみて、奥から自分の店を常に把握している。かといってその視線を客は感じる事はない。俺がこそっと、客を観察して本気でラーメンやってる大将を観察してただけ。
ここのラーメンを注文する際の注意。ラーメンは大まかに塩とんこつと醤油とんこつがある。これはまぁそれほど大差なく、醤油とんこつの方がチャーシューに醤油味がきいてるなくらいの印象。
ここからが肝心、老と若というとんこつの濃さの違いも選ぶのだが、ここでややあっさりと書かれている若を選ぶと負け。勝ち負けとかじゃないけど、この店に来るならやっぱ本家本元の老を頼んでできるだけこってりして帰るべきだと思う。一回、若を食べてかなり後悔してしまったのだ。若を食べるのなら同系統の一風堂とかで普通に食べる方がいいかと。
実はその日の昼にもひょんな事でふうりんという東灘にあるラーメン屋に行った。朝から以前の追突事故の関係で東灘警察に行く用事があったので。天神旗に行ったMっちプラスKZさんの3人で、KZさんリコメンのふうりんへ。まぁ3人とも事故の被害者なんで警察署に行ったついでに。
ふうりん・・・。KZさんあれはないわぁ。うそうそ。ないわぁってことはないね普通においしいよ。でも普通過ぎるし、本気度が低いっしょ。
てか、財布見つかってよかったね。結局自分んとこのトイレでとか、それが一番ないぅわぁ。
結局最近、自分なりのラーメン屋を選ぶ基準って大将(もしくはラーメンを作っている人)の本気度かなーと思う。その本気具合が店内や店員や、もちろん味にも影響を与えているような気がする。
そこに7,8回は行った事があるくらいそこのラーメンが好きだ。関西でも結構色んなラーメン屋に行ってるが、そこのラーメン屋の本気度はかなり高い。その本気度と比例して味もかなり本気。まず、入った時に豚骨の臭みが鼻につく。とりあえずその時点でむぅりぃな人もいるかと。
豚骨ラーメンは好き嫌いがあると思うが、本気のラーメンを食べたいと思う人は行ってみたらいいと思う。大将のあの目つきは本物や。ほんまにええ仕事してる目つきでラーメンを作ってくれている。かといって愛想が悪いわけじゃない。ラーメンをみて、客をみて、ラーメンをみて、客をみて、奥から自分の店を常に把握している。かといってその視線を客は感じる事はない。俺がこそっと、客を観察して本気でラーメンやってる大将を観察してただけ。
ここのラーメンを注文する際の注意。ラーメンは大まかに塩とんこつと醤油とんこつがある。これはまぁそれほど大差なく、醤油とんこつの方がチャーシューに醤油味がきいてるなくらいの印象。
ここからが肝心、老と若というとんこつの濃さの違いも選ぶのだが、ここでややあっさりと書かれている若を選ぶと負け。勝ち負けとかじゃないけど、この店に来るならやっぱ本家本元の老を頼んでできるだけこってりして帰るべきだと思う。一回、若を食べてかなり後悔してしまったのだ。若を食べるのなら同系統の一風堂とかで普通に食べる方がいいかと。
実はその日の昼にもひょんな事でふうりんという東灘にあるラーメン屋に行った。朝から以前の追突事故の関係で東灘警察に行く用事があったので。天神旗に行ったMっちプラスKZさんの3人で、KZさんリコメンのふうりんへ。まぁ3人とも事故の被害者なんで警察署に行ったついでに。
ふうりん・・・。KZさんあれはないわぁ。うそうそ。ないわぁってことはないね普通においしいよ。でも普通過ぎるし、本気度が低いっしょ。
てか、財布見つかってよかったね。結局自分んとこのトイレでとか、それが一番ないぅわぁ。
結局最近、自分なりのラーメン屋を選ぶ基準って大将(もしくはラーメンを作っている人)の本気度かなーと思う。その本気具合が店内や店員や、もちろん味にも影響を与えているような気がする。
2005/11/30
香港2003
何気にPCに入れてあるスキャン済みの写真を整理をしてたら、2年前にインドからの帰りにストップオーバーして3日間ほど立ち寄った香港の写真がでてきた。どうせだから、Photo albumに追加しておこうと思う。さっさと南米やらの写真をスキャンしてUPしたいのだが・・・。
基本まだアナログで撮って、現像→プリントのパターンなのでPCに入れるにはスキャンが必要になる。ネガスキャナーを欲しいのだが、友人曰く紙をスキャンするよりも解像度は高くないらしい。その友人は店に出してネガをデジタル化してもらっているらしい。最近はスキャンしてPCに取り込んだ写真をフォトショップでいじったりするのが楽しくなってきてるので、アナログからデジタルへの質的満足が得られて且つ迅速なやり方を模索中。
基本まだアナログで撮って、現像→プリントのパターンなのでPCに入れるにはスキャンが必要になる。ネガスキャナーを欲しいのだが、友人曰く紙をスキャンするよりも解像度は高くないらしい。その友人は店に出してネガをデジタル化してもらっているらしい。最近はスキャンしてPCに取り込んだ写真をフォトショップでいじったりするのが楽しくなってきてるので、アナログからデジタルへの質的満足が得られて且つ迅速なやり方を模索中。
2005/11/28
Tanguera



タイトル『 Tanguera 』
学祭で展示してた、モノクロの組写真。
これはタイトルの通りTangueraにちなんだ写真。今年の9月17日、アルゼンチン・ブエノスアイレスにて。Tangueraとはタンゴにミュージカルの要素を加味したもの。そのTangueraが催されていた建物や入り口を撮影したもの。
タンゴはサッカーで有名Boca Juniorの本拠地でもあるLa Boca地域が発祥になっている。そこは港近くのエリアで、港運などに従事する多くの労働者が暮らしている地域。タンゴは男と女がセットで踊る事をイメージするが、初期は労働者の男達だけで踊っていたらしい。その辺のうんちくは一緒にこれを見に行った、若干日本語ができるメキシコ人の方が教えてくれた。そのメキシコの方はメキシコの民族音楽のミュージシャンらしいが、あんましオーラなかった(すんません)。で、彼が若干日本語ができた理由は、日本に雅楽を学ぶため奈良県・天理市に住んでいたかららしい。これは余談。
Tangueraの幕開けとともにブエノスアイレス港をイメージしたセットで男達だけのタンゴがはじまる。それからは男女混合系のタンゴが主流にミュージカルが進行していく。内容はブエノスアイレス港に降り立った美女をものにしようと、労働者の男とマフィアのボスが取り合う。要するに女の取り合い!非常にシンプル。で、基本的にタンゴ・タンゴ♪で進んでいく。めーっちゃ良かった。めちゃくちゃ感動したのを覚えている。。
ブエノスアイレスはイタリア・ジェノバと古くから交易があり(母を訪ねて三千里のマルコがジェノバからブエノスアイレスを目指していた事からもわかる)、その影響もあってか街のセンスが自分が行った南米の街の中でも格段に良かった。というか歩いている人のセンスが良かった。南米のパリと言われるくらいやし。ペルー・チチカカ湖で会ったパリっ子もブエノスアイレスはお気に入りやったらしく、「欧州にいるみたいでよかった。」とか言ってなー。
僕自身ブエノスアイレスは非常に良い印象を持っている。街は綺麗し、何よりも物価が安い!ベテランウェイターがいるような歴史あるステーキ屋(名前はpippoだった)で、子牛の柔らかめのステーキ食って、メンドーサ産のワイン飲んで等しても1200円くらいやったような気がする。治安に関しても夜中に出歩いても全く危険な感じがしなかった。むしろ週末は朝方まで外がうるさいくらい賑わっていた。もちろん地域的な差はあると思うが。何しかブエノスアイレスはよかった。是非おすすめします。
2005/11/20
実質と名目
今日は久しぶりに日曜に研究室に行き研究に励んだ(?)。が、実質と名目という言葉にやきもきさせられた。
最近、研究に関連して東アジア諸国(中国、韓国、台湾、香港)の経済指標を扱っている。中国は省単位で。いわゆるGDP(国内総生産)とかCPI(消費者物価指数)とかです。こういう経済指標ってやたらと定義も曖昧で、年度毎に定義が変わっている事もある。日本でも今は一般的に国の成長力を表す指標としてGDP(国内総生産)が使われているけど、一昔前まではGNP(国民総生産)が使われていた。
GNPは日本国籍の者が生産する分しか計上されないので、外国人が日本で生産してもGNPには反映されない。GDPは日本国内で生産される分は外国人労働者や外資企業であれ反映される。今後、国内に外国人労働者や外資への企業誘致が進むのなら、GDPの方が日本の成長力を表面化してくれるんだろうと考える。まぁ統計の国際基準に合わすという意味でも今はGDPにしてると思うんだが。
それはそうと、GDP含む経済指標値は中々統一したものを提供してくれない。IMFやら世銀やら各国の統計機関で出された値を比較して扱うようにしているのだが、名目ならまだしも実質になると相当ばらつきがある。名目GDPはその年に計上された値をそのまま示しているのだが、実質GDPはインフレ率や為替レート等を考慮してある年を基準とした値として算出している。
その国の経済成長を時系列的に把握する場合、実質GDPをみる方が理解しやすいが、その値を出している機関によってばらつきがあるのでかなり困惑してしまう。それも結構な違いもあるので、機関毎にどのように集計・算出されているか確認しておかないと結果がきちんと出てもなーんかしっくりこないように思うからだ。かといって前に進まないのも困る。んーー。
最近、研究に関連して東アジア諸国(中国、韓国、台湾、香港)の経済指標を扱っている。中国は省単位で。いわゆるGDP(国内総生産)とかCPI(消費者物価指数)とかです。こういう経済指標ってやたらと定義も曖昧で、年度毎に定義が変わっている事もある。日本でも今は一般的に国の成長力を表す指標としてGDP(国内総生産)が使われているけど、一昔前まではGNP(国民総生産)が使われていた。
GNPは日本国籍の者が生産する分しか計上されないので、外国人が日本で生産してもGNPには反映されない。GDPは日本国内で生産される分は外国人労働者や外資企業であれ反映される。今後、国内に外国人労働者や外資への企業誘致が進むのなら、GDPの方が日本の成長力を表面化してくれるんだろうと考える。まぁ統計の国際基準に合わすという意味でも今はGDPにしてると思うんだが。
それはそうと、GDP含む経済指標値は中々統一したものを提供してくれない。IMFやら世銀やら各国の統計機関で出された値を比較して扱うようにしているのだが、名目ならまだしも実質になると相当ばらつきがある。名目GDPはその年に計上された値をそのまま示しているのだが、実質GDPはインフレ率や為替レート等を考慮してある年を基準とした値として算出している。
その国の経済成長を時系列的に把握する場合、実質GDPをみる方が理解しやすいが、その値を出している機関によってばらつきがあるのでかなり困惑してしまう。それも結構な違いもあるので、機関毎にどのように集計・算出されているか確認しておかないと結果がきちんと出てもなーんかしっくりこないように思うからだ。かといって前に進まないのも困る。んーー。
2005/11/18
カラー2枚目@写真展

学祭写真展に展示したカラー2枚目。
タイトル 『 Poppin' 』
この写真はボリビアのCopacabana(ブラジルにもイパネマとならぶ有名ビーチとして知られるコパカバーナとは異なる)というチチカカ湖沿いの街にて。標高は3000m以上はあったと思う。ペルーのPUNOから国境を通過しボリビアに入った時、ラパスへのバスに乗り継ぐために3時間ほど立ち寄った所。
街自体道路の石が白く、それに燦々と降り注ぐ太陽の光が街の白さに拍車をかけていた。街中から坂を下る際、少し遠くに望むチチカカ湖の青さと街の白が妙に調和して非常に美しかった。街の白さが軒に並べられている色々をさらにカラフルにみせる。その光景に思わず目と足が止まりシャッターを切る。その袋の中身は普通のポップコーン☆
2005/11/14
写真展@学祭

昨日、一昨日と学生最後の学園祭があり、部で写真を展示していた。モノクロの3枚(組写真)とカラー3枚(それぞれ単作品)を出展した。久々の友達やら内定先の友達やら、研究室の仲間やら多くの人が自分の作品を観にきてくれた。色んな会話を楽しめてとても良い最後の学祭だった。学部三年くらいから学祭の楽しみ方は人と会うことが重点的になったような気がするなぁ。結構写真の方も評判がよろしかったようです。
カラー一枚目
タイトル 「 Horizon at DAWN 」
これは今年8月末、南米に行く際の飛行機の中から撮ったもの。トロント→リマ間の飛行中、南米大陸に入った時くらいに朝、陽が昇りきろうとする瞬間を捉えた作品。最初窓の外を見たとき、視界に広がる自然現象が理解できないくらい幻想的な光景が広がっていた。陽が完全に上ってしまって雲海に朝日が満ちる前にどうしてもこの自然現象の中に生まれる幾何学性を切り取りとっておきたかった。飛行機の中を歩き回って、数十カットは撮ったと思う。若干周りの目には怪しく映ったかもしれないが、そんな事、お構いなし。撮らずに悔やむより、撮って悔やむほうがいい。旅先では大抵こんな事を考えながら、自分を動機付ける。こうしてできた作品が上の写真。
2005/11/07
初おかまほられたー
ええ、本日初の交通事故に遭いました。
ええ、夜6時10分頃、43号線の神戸市東灘区辺りで信号待ちで止まった瞬間、後ろから乗用車に追突されました。結構な衝撃で。
研究室の友達3人で神戸から大阪に向かうところでした。家の車で僕が運転してたので、色々手続きが要って大変でしたわ。警察やら何やらで。まぁ相手が100%悪い形で収束してるんでこっちのマイナスには一切ならないんやけど、色々時間的なものや手続きが面倒くさい。とりあえずは無事なのですが、病院にいって一番被害の可能性が高い友人の診断をして我が家に戻ってきました。といっても、事故後は右後ろのタイヤがバンパーに挟まれて動かん状態だったが、車運ぶ気満々のJAFのおじさんが何とか応急措置を施してくれました。
まぁ相手側とは紳士的にやりとりしようと思うし、この際に損保の方も実体験をもとに勉強できるかなと。こんなポジティブシンキングです。
詳細はまた後日。アドバイスあれば誰か教えてね。
ええ、夜6時10分頃、43号線の神戸市東灘区辺りで信号待ちで止まった瞬間、後ろから乗用車に追突されました。結構な衝撃で。
研究室の友達3人で神戸から大阪に向かうところでした。家の車で僕が運転してたので、色々手続きが要って大変でしたわ。警察やら何やらで。まぁ相手が100%悪い形で収束してるんでこっちのマイナスには一切ならないんやけど、色々時間的なものや手続きが面倒くさい。とりあえずは無事なのですが、病院にいって一番被害の可能性が高い友人の診断をして我が家に戻ってきました。といっても、事故後は右後ろのタイヤがバンパーに挟まれて動かん状態だったが、車運ぶ気満々のJAFのおじさんが何とか応急措置を施してくれました。
まぁ相手側とは紳士的にやりとりしようと思うし、この際に損保の方も実体験をもとに勉強できるかなと。こんなポジティブシンキングです。
詳細はまた後日。アドバイスあれば誰か教えてね。
2005/10/30
記録的な写真より旅を振り返る



学祭ではカラー作品を出そうと考えているが、モノクロに関しても年度末に計画している展覧会との兼ね合いも考えて作品化していこうかと。
ここでは記録的な写真(まぁただの旅行写真やけど)として、2005年9月1日南米最初の訪問地リマのホステル、Flying Dog Backpackersで出会ったファンキーなやつら。イギリス、スイス、カナダ、オーストラリア、イタリア、ドイツ、スペイン、フィンランド、地元のペルーGUYS。ほんと色んな所から来てるなーと思った。だいたい自分と同年代。
旅のはじまりとして、とても良い時間を過ごした。だれかれともなく酒を飲もうという話になって、皆が乗り気。少なくとも南米に旅に来ているというだけで、かなり大きな共通点。話題はいくらでもある。お互いの旅に関して興味があるし、他国のことについても興味がある。また、政情不安定なボリビア等の国家状況を実際に行った人の生の情報を得る事ができる。実際に外務省が出している海外安全情報等はリスクが強調されすぎている感があるし、その部分だけ見ると誰でも恐怖感が先行してしまう。しかしその情報は大変参考になるのも事実。現にボリビア南部でデモによる道路封鎖も見事に体験した。その時は外務省の情報にあったなと思い、状況の理解は早かったが、それでも誰一人観光客がいない状況では結構焦った。現地の旅行者と仲良くなっていたからなんとか彼らのサポートで抜けきる事ができた(過去の記事3段落目参照)。
僕自身当初はボリビアに行く予定はなく、このパーティで話したドイツからの女性の話を聞いてボリビア行くかもーって思った。話してくれたボリビアの話は特に良い事ではなかったが、未知数の多い国が明らかになっていく事で興味が増していくのを感じた。旅中はこのようにリアルな話を自分に蓄積し、その中から自分の考えとすり合わせながら行く先を決めていたように思う。まぁこの夜はかなり酔っ払っていたので、あまりどんな事を話していたか忘れたが、かなり楽しかったという記憶だけはある。
皆に他の写真含め添付メールしてあげよう思う。
2005/10/29
暗室にて
先日修士論文の中間発表があり、それまでは結構バタバタしていたように思うが、ある先生からお褒めの言葉を頂くなどいい形で終える事ができたので、さらにやる気アップで次のステップに進めそう。
という事で研究に対するやる気はあるとは言いつつも、節目の後はゆとりを持ちたいので昨日の晩から暗室に篭って写真を焼く事にした。結局寝る間も含めて今日の夕方まで部室に居た。合計8時間くらい暗室に篭っていたと思う。焼いたのは南米のモノクロ。ネガ現像は帰国後すぐにやっていたので今回はプリントのみ。今回の南米旅行でモノクロは14本撮っており、一日やそこらでネガの段階で印象的なもの全てをプリントする事は不可能と思っていたので、旅中に知り合った人へ送るものを優先的にプリントした。
視界が黒98%赤2%の暗室で印画紙に像を焼き付けて、現像液に浸し、像が浮かび上がってくるのを眺めていると同時に、その像の時空間を存在していた自分の五感が蘇ってくる。完全に定着させ、作品として出来上がったものから受ける記憶の回復よりも、プリント最中の方が鮮明に当時の五感を復元することができる。なぜだかわからないが、あのほぼ真っ暗な空間(暗室)で水洗の音と調和してリラックスした音楽を耳に入れ、プリントの完成を願いながら印画紙を現像液に浸している最中に、当時を思い出したいという自身のプログラムが本能的に始動しているからかもしれない。プリント作業への集中力が高まっている時間だと思う(ちなみに昨日最高に集中できた曲はWalts for Debby/Bill Evans Trio)。
正直、暗室から出て六甲の山を下るとき、素晴らしくいい景色に毎回感動しながらも、テスト後のような何か物凄く集中した後の感覚がある。今回もそうだった。
ともあれ、今回の旅ではいい感じのモノクロ作品がたくさんできそう。そんな気がする。ネガも良い状態で仕上がってるので、プリントで色々ためす事ができそうや。
という事で研究に対するやる気はあるとは言いつつも、節目の後はゆとりを持ちたいので昨日の晩から暗室に篭って写真を焼く事にした。結局寝る間も含めて今日の夕方まで部室に居た。合計8時間くらい暗室に篭っていたと思う。焼いたのは南米のモノクロ。ネガ現像は帰国後すぐにやっていたので今回はプリントのみ。今回の南米旅行でモノクロは14本撮っており、一日やそこらでネガの段階で印象的なもの全てをプリントする事は不可能と思っていたので、旅中に知り合った人へ送るものを優先的にプリントした。
視界が黒98%赤2%の暗室で印画紙に像を焼き付けて、現像液に浸し、像が浮かび上がってくるのを眺めていると同時に、その像の時空間を存在していた自分の五感が蘇ってくる。完全に定着させ、作品として出来上がったものから受ける記憶の回復よりも、プリント最中の方が鮮明に当時の五感を復元することができる。なぜだかわからないが、あのほぼ真っ暗な空間(暗室)で水洗の音と調和してリラックスした音楽を耳に入れ、プリントの完成を願いながら印画紙を現像液に浸している最中に、当時を思い出したいという自身のプログラムが本能的に始動しているからかもしれない。プリント作業への集中力が高まっている時間だと思う(ちなみに昨日最高に集中できた曲はWalts for Debby/Bill Evans Trio)。
正直、暗室から出て六甲の山を下るとき、素晴らしくいい景色に毎回感動しながらも、テスト後のような何か物凄く集中した後の感覚がある。今回もそうだった。
ともあれ、今回の旅ではいい感じのモノクロ作品がたくさんできそう。そんな気がする。ネガも良い状態で仕上がってるので、プリントで色々ためす事ができそうや。
2005/10/16
写真『ウユニ塩湖』



2005年9月11日、今から一ヶ月程前、写真にあるボリビアのウユニ塩湖(salar de Uyuni)に僕は居た。そこは標高3600mにあり、琵琶湖の約12倍の面積で一面が塩の湖。塩の湖と聞くと、中東にある死海をイメージする人も居るかと思われるが、水分はなく塩オンリーの砂漠だ。スキー場の雪が全て塩になった感じ。なので、昼夜の気温差は激しくおそらく僕の感覚では昼間は15度くらいあり、夜は0度近く(もしくはそれ以下)になってるんじゃないかと思うくらい寒い。
というのもラパスからウユニに来る途中のバス(ラパスからウユニまで約9時間)ではこの塩湖辺りをを通っていたとき窓が完全に凍っていたし、半端なく寒くて泣きそうだった。そのバスは道なき道を進み、短いアップダウン(しょぼいジェットコースターくらい)を繰り返し、おまけに暖房はなしで、バス内で空気を吸うと必ず咳き込んでしまうくらい煙だらけでかなりきつかった。このようにボリビア南部のバス事情はひどかった。ラパスからウユニに向かう旅行者は多いはずで、バスの行き来も盛んだ。でもラパス?ウユニ間(特にOruro?Uyuni間)の道路事情はよろしくなかった。ボリビアの国家レベルを実感する機会になる。
ウユニの塩湖にはウユニの街でツアーに申し込む必要がある。街には30くらいの旅行代理店があり、どの店でもツアーの相場が決められている。利用するのは大半が外国人旅行者なので、高い価格が設定されている。とりあえずラパスの日本人学生からの情報を元に、旅行代理店を選定し1泊2日のツアーに申し込んだ。ウユニ塩湖の真ん中にある塩のホテルに泊まりたかったので、そのプランを用意してある旅行代理店を選んだ。交通費やホテル宿泊料を含めて40US$。4WDじゃないと塩湖を移動することは難しいし、個人で手配する事も難しいのでこのツアー料金で納得するしかない。この値段は非常に高い。なぜならボリビアでは3US$(バックパッカーのドミトリー部屋)で一泊できるし、食事も2US$でできる。ちなみにバーガーキングのセットは15Boliviano(約2US$)。これは現地の人にとってはカジュアルではないと思う。
写真に映っている風景はウユニ塩湖にあるHotel Playa Blancaという塩のホテルの近くで撮ったもの。一面が塩の風景に最初ショックを受けた。何度も塩を採ってなめたがやっぱり塩で、それが琵琶湖の12倍て。もちろんその塩を売り物にしている訳で、その塩の値段を聞いたのだが40tトラック一台積んでいくらと思います??
40Bolivianoです。500円です!!!40000kgの塩が500円です。やばくないですかい?
このウユニ塩湖で赤穂の塩ブランドは高く売れるのでしょうか。
そのホテルプラヤブランカ。ホテルと名がついてるだけで、普通にイメージするホテルと思ってはいけません。そのとき泊まってたのは僕一人。ガソリンで発電してるだけなので、夜になると燃料節約のためろうそくの灯りのみ。風呂なんぞ当然なし。便所はあるが流れない。ホテルで一家族(写真の子供達はその家族)が住んで運営しているが、夜7時になると自分達の部屋に入ってしまう。夜は気温が下がるし、吹雪くが、星がすさまじいほど綺麗。天の川に手が届きそうな感じ。かな。
その夜、ろうそくの灯りで本(たぶんモーターサイクルダイアリーズ)を読んで、電気の大切さを感じる。そこから派生して自分が置かれている恵まれた環境を思ってしまう。最初は電気がない事にとてもストレスに感じたが、自分の常識というものを改めて考える機会になった。自分が思う常識から外れるとストレスを感じるが、塩湖のど真ん中に身を置き冷静に考えてみる。「この場所で住むひとつの家族がいる。彼らは必要以外電気をもたず、夜になると眠る生活を送っている。彼らにはそれが常識。こうして地球の裏側に生きている人がいる。僕の常識なんて世界的にみると全然非常識なんだ。」と考えていると、ろうそくの灯りがやたらと明るく感じて貴重に思った。ろうそくの灯りがレトロで格好良くみえた。その灯りの元での読書はその本の言葉以上のものをインプットしたように思う。
本来人間は保守的で、変化を嫌う生き物なのかな、と。でも変化が訪れた時、その変化を自分なりに解釈し吸収する事により新たな価値観が芽生え、成長していけるのかな等考えていたんだろう。
2005/10/09
少しアートな@東京
先日東京に行った際、少しアートな日を過ごした。
現在六本木ヒルズで開催中の杉本博司写真展に行ってきた。これはホント行って良かった。規模も大きく2時間半くらい会場に居たと思う。最近BRUTUSでも彼の特集されてましたな。
写真展というか、会場自体が写真との調和を考えて作家自体が構想されたもので、空間自体面白い。それまで杉本博司に関しては建築物をピンボケで撮影した作品群しかしらなかったのだが、今回会場を去るときにはこんなにも奥の深い偉大な写真家だったのだという印象を持った。と同時に写真に対しても色々考えさせられる事があった。特にコンセプトの大切さを改めて感じさせられた。
リンク先の一面、会場の最初の一枚でもある彼の劇場を撮った作品に関して、最初観た際は大判で撮影して黒も締まって非常に美しい作品だなくらいの印象しかなかった。しかし、彼のコンセプトは映画を一本丸ごと撮影するというものだった。映画一本分(約2時間)シャッターを開き放しで、結果的にできた写真はスクリーンの光が強すぎて観客等の姿は消し去られた理想的なものだと言う。長時間露光をする上で適正露出のもと作品を完成させるには、多くの時間を費やしたと思うし、彼がこの展覧会全体で表現しようとしている時間というコンセプトとも通じている。他にもまだまだ面白いコンセプトと写真技術を元にした作品が多く展示されてあった。建築物のピンボケ写真のコンセプトに関しても建築家が持つ設計前段階の構想をイメージしたそうだが、このような一貫したコンセプトで長期間、継続的に撮りつづけている彼の姿勢に作品を通じて感銘を受けた。
僕のように杉本博司をほとんど知らない、または知らない人でも会場では丁寧に彼のコンセプトが文章で書かれているので、写真(モノクロ)の美しさ面白さを感じ取れると思う。
後、MOLESKIN EXHIBITIONにも行ってきた。これは青山ブックセンター等の少しのスペースで無料で行われているもので、イラストレーターやデザイナーなどが各々のセンスでMOLESKINに描写等した作品が展示されている。僕が行った青山ブックセンター本店ではクリスチャン・ラクロワ等の作品があった。
現在六本木ヒルズで開催中の杉本博司写真展に行ってきた。これはホント行って良かった。規模も大きく2時間半くらい会場に居たと思う。最近BRUTUSでも彼の特集されてましたな。
写真展というか、会場自体が写真との調和を考えて作家自体が構想されたもので、空間自体面白い。それまで杉本博司に関しては建築物をピンボケで撮影した作品群しかしらなかったのだが、今回会場を去るときにはこんなにも奥の深い偉大な写真家だったのだという印象を持った。と同時に写真に対しても色々考えさせられる事があった。特にコンセプトの大切さを改めて感じさせられた。
リンク先の一面、会場の最初の一枚でもある彼の劇場を撮った作品に関して、最初観た際は大判で撮影して黒も締まって非常に美しい作品だなくらいの印象しかなかった。しかし、彼のコンセプトは映画を一本丸ごと撮影するというものだった。映画一本分(約2時間)シャッターを開き放しで、結果的にできた写真はスクリーンの光が強すぎて観客等の姿は消し去られた理想的なものだと言う。長時間露光をする上で適正露出のもと作品を完成させるには、多くの時間を費やしたと思うし、彼がこの展覧会全体で表現しようとしている時間というコンセプトとも通じている。他にもまだまだ面白いコンセプトと写真技術を元にした作品が多く展示されてあった。建築物のピンボケ写真のコンセプトに関しても建築家が持つ設計前段階の構想をイメージしたそうだが、このような一貫したコンセプトで長期間、継続的に撮りつづけている彼の姿勢に作品を通じて感銘を受けた。
僕のように杉本博司をほとんど知らない、または知らない人でも会場では丁寧に彼のコンセプトが文章で書かれているので、写真(モノクロ)の美しさ面白さを感じ取れると思う。
後、MOLESKIN EXHIBITIONにも行ってきた。これは青山ブックセンター等の少しのスペースで無料で行われているもので、イラストレーターやデザイナーなどが各々のセンスでMOLESKINに描写等した作品が展示されている。僕が行った青山ブックセンター本店ではクリスチャン・ラクロワ等の作品があった。
2005/10/04
ボリビアの道路封鎖デモ
サンパウロは南米旅行の終着点でその間のスケジュールは非常に不確定。ボリビア・ポトシ(POTOSHI)からアルゼンチン・ブエノスアイレスに行く際、ボーダー通過手続き等も含め通常2日で行ける。
が、ポトシ近辺で大雪のためバス内で12時間ストップ。チェーンという概念もありません、もちろんスタッドレスタイヤなんてものも存在しません。夜が明けてみると同じようにストップしていたバスがずらーっと列をなしていた。その先に見事に横転しているバスを発見。雪で足元を救われたのでしょう。そらそんなものを目の当たりにして、標高4000mの山道を走る事はできませんね。そして、その後順調に進んでいたかと思うとまたストップ。今度は何かと思うと、バス乗客が一斉に荷物を持ってバスを降りだす。仲良くなったボリビア人の青年2人が「VAMOS、VAMOS(バモース、バモース)」さぁ行こう、さぁ行こう。と言ってるので、訳もわからずとりあえず僕もバスを降り山道を歩き始める。
すると同じように多くのバスから降りて歩き出す乗客いる。しかし、外国人旅行者(欧米系・アジア系)は全くいない。少し道から外れた所が青空トイレになって、多くの人がトイレをしている(ボリビアだけが僕が行った4ヶ国のうち唯一バスにトイレがなかった)。そういう光景を横目に歩いていると僕も腹が痛くなってきた・・・。その後進んで行くと何やら人がやたらと(50-80人くらい)集まっている個所がある。
僕はその時「土砂崩れがあって、それにみんな野次馬してるんだな。」と予想した。その場所に近づくにつれて、何やら旗が見える、人が言い合っている、辺りの道路上に不自然にサボテンや茨等の痛い系植物、岩等が散在している。そう、それは道路封鎖だった。その封鎖の仕方がかなり原始的で少し笑ってしまった。そのような道路封鎖ポイントが3箇所くらいあり最終ラインは明らかに先住民系のおばちゃんで構成された人のブロックができあがっていた。彼女らの表情は憂いに満ちていて、とりあえず封鎖しとこうという惰性的なものに感じられた。
ボリビアに入る前から政情不安という事は頭に入れており、デモや道路封鎖も頻繁にあると聞いていたが、実際どのような理由でどのような人がどのようにそれを行っているかを知りたかった。チリに行くのをやめてあえて政情不安による治安悪化のリスクが存在するボリビアに入ったのも、実際デモという形で自分達の考えを主張する行為の裏側にあるものを知りたかったし、五感を持ってそれを感じたかった。道路封鎖という手段でデモを行っていた人たちは間違いなく先住民族のインディオ系の方々だった。彼らが何を望むか、それは貧困からの脱出である。仮に共産主義体制を平等の体制と彼らが理解しているのなら、本当にそれを臨んでいるかもしれない。一説によるとそれは真だと聞く。道路封鎖の現場を撮影したがったが、撮れていても1、2枚だと思う(モノクロフィルムで撮ったのでまだ現像はしていない)。最終ラインのインディオのおばさん達が作り出しているブロックを通過した時には異様な雰囲気で、カメラを出して撮ったときの多少の危険性を感じたので撮影を控えた。何せ明らかな外国人旅行者は僕くらいだったから。そしてその先に同じバス会社のバスが待機しており、それに乗ってボリビアとアルゼンチンの国境の町VILLAZONへと向かった。バス会社としても道路封鎖を想定してる事がわかったので、頻繁に道路封鎖が起こっている事が理解できる。
というような経験をしていると、簡単にサンパウロに辿りつけそうな気がしないのは理解できるでしょう(上記の経験は特にボリビアに限った事だが)。後、サンパウロ都市圏は1500万の人が住んでいる程の大都市で簡単に目的住所に辿り着けるとは思わないからだ。ましてやブラジルではほぼ英語は通じないし。
が、ポトシ近辺で大雪のためバス内で12時間ストップ。チェーンという概念もありません、もちろんスタッドレスタイヤなんてものも存在しません。夜が明けてみると同じようにストップしていたバスがずらーっと列をなしていた。その先に見事に横転しているバスを発見。雪で足元を救われたのでしょう。そらそんなものを目の当たりにして、標高4000mの山道を走る事はできませんね。そして、その後順調に進んでいたかと思うとまたストップ。今度は何かと思うと、バス乗客が一斉に荷物を持ってバスを降りだす。仲良くなったボリビア人の青年2人が「VAMOS、VAMOS(バモース、バモース)」さぁ行こう、さぁ行こう。と言ってるので、訳もわからずとりあえず僕もバスを降り山道を歩き始める。
すると同じように多くのバスから降りて歩き出す乗客いる。しかし、外国人旅行者(欧米系・アジア系)は全くいない。少し道から外れた所が青空トイレになって、多くの人がトイレをしている(ボリビアだけが僕が行った4ヶ国のうち唯一バスにトイレがなかった)。そういう光景を横目に歩いていると僕も腹が痛くなってきた・・・。その後進んで行くと何やら人がやたらと(50-80人くらい)集まっている個所がある。
僕はその時「土砂崩れがあって、それにみんな野次馬してるんだな。」と予想した。その場所に近づくにつれて、何やら旗が見える、人が言い合っている、辺りの道路上に不自然にサボテンや茨等の痛い系植物、岩等が散在している。そう、それは道路封鎖だった。その封鎖の仕方がかなり原始的で少し笑ってしまった。そのような道路封鎖ポイントが3箇所くらいあり最終ラインは明らかに先住民系のおばちゃんで構成された人のブロックができあがっていた。彼女らの表情は憂いに満ちていて、とりあえず封鎖しとこうという惰性的なものに感じられた。
ボリビアに入る前から政情不安という事は頭に入れており、デモや道路封鎖も頻繁にあると聞いていたが、実際どのような理由でどのような人がどのようにそれを行っているかを知りたかった。チリに行くのをやめてあえて政情不安による治安悪化のリスクが存在するボリビアに入ったのも、実際デモという形で自分達の考えを主張する行為の裏側にあるものを知りたかったし、五感を持ってそれを感じたかった。道路封鎖という手段でデモを行っていた人たちは間違いなく先住民族のインディオ系の方々だった。彼らが何を望むか、それは貧困からの脱出である。仮に共産主義体制を平等の体制と彼らが理解しているのなら、本当にそれを臨んでいるかもしれない。一説によるとそれは真だと聞く。道路封鎖の現場を撮影したがったが、撮れていても1、2枚だと思う(モノクロフィルムで撮ったのでまだ現像はしていない)。最終ラインのインディオのおばさん達が作り出しているブロックを通過した時には異様な雰囲気で、カメラを出して撮ったときの多少の危険性を感じたので撮影を控えた。何せ明らかな外国人旅行者は僕くらいだったから。そしてその先に同じバス会社のバスが待機しており、それに乗ってボリビアとアルゼンチンの国境の町VILLAZONへと向かった。バス会社としても道路封鎖を想定してる事がわかったので、頻繁に道路封鎖が起こっている事が理解できる。
というような経験をしていると、簡単にサンパウロに辿りつけそうな気がしないのは理解できるでしょう(上記の経験は特にボリビアに限った事だが)。後、サンパウロ都市圏は1500万の人が住んでいる程の大都市で簡単に目的住所に辿り着けるとは思わないからだ。ましてやブラジルではほぼ英語は通じないし。
2005/10/03
内定式で東京へ&少し旅を振り返る
明日10月3日から会社の内定式が理由で3日間程東京に行ってくる(会社関係は月曜と火曜の午前だけだが)。東京在住の友人やら、同じようにあっちで内定式の友人何人かと会ってくる。2年前音楽と写真でコラボってライブをやった時(僕は写真だが)の友人が早くもタイに駐在してしまうので、しばしの別れを惜しむ会などもやってくる。
そういえば南米旅行の際に内定先のサンパウロ支店に足を運び、幸運な事に現地駐在員の方とお会いしたというラッキーな事がありました。最初はネタのつもりでどんな建物かを見る程度の計画だったんやけど、目的地住所が近づくにつれてどうせなら誰かに会いたいと思いはじめた。
いざサンパウロ支店の前に着くと、予想以上にセキュリティが高い様子で簡単に入れる感じでもなかった。日本の会社とは違い建物の周りに庭がありその周りを高い柵で取り囲んでいるような状態。なので建物に入るためには2つの玄関を通過する必要がある。敷地内に入る最初の玄関で、もう既に入れるような状態ではない。英語が通じない事が予想できるし、入る必要性がある存在とみなされる格好もしてなかったから。なんせ1ヶ月間寝るときも何をするときも一つのズボンでしたから(もちろん洗ってもいません)。
そこで柵越しに敷地内を覗くと何やらアジア系の人がタバコを吸って休憩している姿が見える。チャーンスと思い、若干躊躇はしたがもう建物の中に入ってしまいそうだったので、思いきって少々大声で「すいませーん」と呼びかける。するとその方は僕が若干失礼に思いながらも手を振っている姿に気づいてくれる。柵は棒と棒の間に十分な隙間があるのでそれ越しに会話をする。その方は少しの日本語と英語を話せる現地採用で日系ブラジルの方。僕がどういう理由でここに来ているかを熱弁すると、中に入れてくれる手続きを取ってくれた。後で分かったのだが、その方は僕がこの会社で働きたいと思っていると理解していたそうだ。英語の微妙なニュアンスが伝わっていなかったのだろう、無念。日本からの駐在員の方と話したいと告げると建物内に案内してくれて、駐在の方を呼びに行ってくれた。
少し時間が経った後に駐在員の方が現れる。日本語スピーカーつまり日本からの駐在の方はその方だけで社長補佐という役職に就かれていた。とてもお忙しい様子だったので少しの時間しかお会いする事はできなかった。その時はもろオフィスアワーだったし、ノンアポだったのでアポを取っておいてくれたら時間を取れたと言ってくれていたが僕にとってアポを取る行為はリスクのある事だった。
ボリビアの道路封鎖デモに続く
そういえば南米旅行の際に内定先のサンパウロ支店に足を運び、幸運な事に現地駐在員の方とお会いしたというラッキーな事がありました。最初はネタのつもりでどんな建物かを見る程度の計画だったんやけど、目的地住所が近づくにつれてどうせなら誰かに会いたいと思いはじめた。
いざサンパウロ支店の前に着くと、予想以上にセキュリティが高い様子で簡単に入れる感じでもなかった。日本の会社とは違い建物の周りに庭がありその周りを高い柵で取り囲んでいるような状態。なので建物に入るためには2つの玄関を通過する必要がある。敷地内に入る最初の玄関で、もう既に入れるような状態ではない。英語が通じない事が予想できるし、入る必要性がある存在とみなされる格好もしてなかったから。なんせ1ヶ月間寝るときも何をするときも一つのズボンでしたから(もちろん洗ってもいません)。
そこで柵越しに敷地内を覗くと何やらアジア系の人がタバコを吸って休憩している姿が見える。チャーンスと思い、若干躊躇はしたがもう建物の中に入ってしまいそうだったので、思いきって少々大声で「すいませーん」と呼びかける。するとその方は僕が若干失礼に思いながらも手を振っている姿に気づいてくれる。柵は棒と棒の間に十分な隙間があるのでそれ越しに会話をする。その方は少しの日本語と英語を話せる現地採用で日系ブラジルの方。僕がどういう理由でここに来ているかを熱弁すると、中に入れてくれる手続きを取ってくれた。後で分かったのだが、その方は僕がこの会社で働きたいと思っていると理解していたそうだ。英語の微妙なニュアンスが伝わっていなかったのだろう、無念。日本からの駐在員の方と話したいと告げると建物内に案内してくれて、駐在の方を呼びに行ってくれた。
少し時間が経った後に駐在員の方が現れる。日本語スピーカーつまり日本からの駐在の方はその方だけで社長補佐という役職に就かれていた。とてもお忙しい様子だったので少しの時間しかお会いする事はできなかった。その時はもろオフィスアワーだったし、ノンアポだったのでアポを取っておいてくれたら時間を取れたと言ってくれていたが僕にとってアポを取る行為はリスクのある事だった。
ボリビアの道路封鎖デモに続く
2005/09/30
阪神優勝
てか、一昨日帰国したら阪神がマジック1ですか。一ヶ月前出発する時にはまだ中日と競ってたのに。で、昨日阪神優勝ですね。研究室の仲間4人が甲子園でみていたらしく、僕の研究室からの帰りとタイミングがあったため、ミナミに繰り出す計画を実行。道頓堀川は完全に封鎖されている事は分かっていたけど、どんな感じに盛り上がっているか楽しみだった。
やはり道頓堀は盛り上がっていた。ほんと祭りだった。あれだけの人を狂乱させる阪神のパワーは物凄いと思った。道頓堀の飛び込みが不可となると、何か別のおもろい事を考える(大阪人のDNAなのでしょうか)。引っ掛け橋南の地上4階程の高さがある広告塔に数人が交互によじ登り、お立ち台ですか。楽しいアホな事をされていました。いやーVIVA阪神なエンターティナーがたくさんいるものです。しばらくミナミの街を徘徊したあと、東心斎橋のBARと湊町のオープンテラスでカジュアルな飲み屋2軒を梯子して朝まで久々の再会を兼ねて話してました。もちろん辺りは阪神優勝ムード一色でした。
なんか大阪が以前よりもさらに好きになりました。
やはり道頓堀は盛り上がっていた。ほんと祭りだった。あれだけの人を狂乱させる阪神のパワーは物凄いと思った。道頓堀の飛び込みが不可となると、何か別のおもろい事を考える(大阪人のDNAなのでしょうか)。引っ掛け橋南の地上4階程の高さがある広告塔に数人が交互によじ登り、お立ち台ですか。楽しいアホな事をされていました。いやーVIVA阪神なエンターティナーがたくさんいるものです。しばらくミナミの街を徘徊したあと、東心斎橋のBARと湊町のオープンテラスでカジュアルな飲み屋2軒を梯子して朝まで久々の再会を兼ねて話してました。もちろん辺りは阪神優勝ムード一色でした。
なんか大阪が以前よりもさらに好きになりました。
2005/09/29
帰国
今日一ヶ月の旅から帰ってきました。9月27日(火)の9時30分エアカナダ、トロント発バンクーバー経由で9月28日(水)の17時関空着でした。帰りの飛行機はずっと昼間で寝れるか心配だっが、バンクーバー発の機内食でビールとワインを連続で飲んだので結構よく寝れた。特に疲れもなく関空に着いた訳だが、何やら今、蚊にかまれたようなできものが体、特に腕に広がっている。自分でそれを見て鳥肌が立つくらい。うぁーきもっ。関空の検疫所ではマラリアの潜伏期間は4週間とか言ってたので少し心配。先ほど洗濯物を出すときに親が変な虫を発見。明らかに日本に居なさそうな虫。あーきもっ。虫はほんと嫌い。マチュピチュに居た得たいの知れない小さい虫もうざかった。小さいのにやたらと攻撃力が高い。蚊にかまれたみたいなかゆさがあるのだが、かゆみと痕がひどいと2週間ほど続く。旅での虫系だけは注意が必要。
今日はこのできものが早く治る事を祈りながら眠ります。
今日はこのできものが早く治る事を祈りながら眠ります。
2005/09/26
i`m in Toronto.i`ll back to Japan tomorrow
hi!now 9/26 am 10:30,i`m in Toronto.it`s rainy today.i came here from Sao Paulo yesterday.
In Sao Paulo,i watched football game of Sao Paulo FC.it was very nice.amd I saw some architecture by oscar nemyer.for example,memory of Latine America and copan edifico.
yesterday,I walked around in Toronto.it`s clean,safety traffic,nice building.but i felt normal,not exciting.i felt excited little to Chinatown.In that place,they are vitarity same as other place of Chinatown. and i ate Chinese food(wantang-noodle,spring roll).
today,i`ll go to record and book shop and so on.i`ll chill out here.
In Sao Paulo,i watched football game of Sao Paulo FC.it was very nice.amd I saw some architecture by oscar nemyer.for example,memory of Latine America and copan edifico.
yesterday,I walked around in Toronto.it`s clean,safety traffic,nice building.but i felt normal,not exciting.i felt excited little to Chinatown.In that place,they are vitarity same as other place of Chinatown. and i ate Chinese food(wantang-noodle,spring roll).
today,i`ll go to record and book shop and so on.i`ll chill out here.
2005/09/22
I'm in Rio de Janeiro.next to Sao poulo
Bon noches!9/21 PM22.i'm in Rio de janeiro.yesterday i came here from Igauz by bus.it took 24hours and i felt it to be very tired because i used flight from Buenos aires to Iguaz.i was very impressed to Iguaz fall.i respected nature.
i stay hostel in Ipanema.It's very nice around here.But I hear it's dangerous little bit in Rio,so I'm in hostel now.today I walked around Rio de Janeiro by using some transportation.for example I went to Ipanema,Copacabana,niteroi and so on.i went to niteroi museum by Oscar Niemeyer(i wanted to go there before).Inside exbition is not good,but Architecter is good.Ipanema,Copacabana beach is wonderful,so if possible i want to swim tomorrow.i have swim pants.
tomorrow i'll go to corcovado and so on.and evening i'll go to Sao paulo by bus(about 7hours).day after tomorrow,i ll see football game of Sao paulo FC.my friend live in sao paulo will invite me that football game.when i crused in Puno,i met with him.
i stay hostel in Ipanema.It's very nice around here.But I hear it's dangerous little bit in Rio,so I'm in hostel now.today I walked around Rio de Janeiro by using some transportation.for example I went to Ipanema,Copacabana,niteroi and so on.i went to niteroi museum by Oscar Niemeyer(i wanted to go there before).Inside exbition is not good,but Architecter is good.Ipanema,Copacabana beach is wonderful,so if possible i want to swim tomorrow.i have swim pants.
tomorrow i'll go to corcovado and so on.and evening i'll go to Sao paulo by bus(about 7hours).day after tomorrow,i ll see football game of Sao paulo FC.my friend live in sao paulo will invite me that football game.when i crused in Puno,i met with him.
2005/09/17
now i'm in Buenos aires.
Buenos noches.
i'm in Buenos aires.now it's seprember 16th 23:00.
3hours ago,i just came here from san salvadol de jujuy in Argentina.
it's take 2days by bus from potoshi in Bolivia,because there is many happenings.
one is snow,and the other is blocked road by Indio in Bolivia.
The fuct of blocked road tell me about bad policy situation of Bolivia.
it's incredible for me.i want to tell in detail after,and use japanese font.
i feel Buenos aires is good city,and there are many fashionable people look like Europe.I felt so when i had dinner and i walk around here. and i think it's not dangerous here.
now i'm sleepy because i had much cerveza(beer) and vino(wine) with two guys from Bolivia.I came from Potoshi with two guys and one family.so it's fun for me to spend time on bus.
tomorrow,i will dig and walk aroud this city.i'm looking forward to.
good night,ciao.
i'm in Buenos aires.now it's seprember 16th 23:00.
3hours ago,i just came here from san salvadol de jujuy in Argentina.
it's take 2days by bus from potoshi in Bolivia,because there is many happenings.
one is snow,and the other is blocked road by Indio in Bolivia.
The fuct of blocked road tell me about bad policy situation of Bolivia.
it's incredible for me.i want to tell in detail after,and use japanese font.
i feel Buenos aires is good city,and there are many fashionable people look like Europe.I felt so when i had dinner and i walk around here. and i think it's not dangerous here.
now i'm sleepy because i had much cerveza(beer) and vino(wine) with two guys from Bolivia.I came from Potoshi with two guys and one family.so it's fun for me to spend time on bus.
tomorrow,i will dig and walk aroud this city.i'm looking forward to.
good night,ciao.
2005/09/14
i'm in potoshi. next (villazon) argentina
hi.now,i'm in potoshi.but sooner i must go bus terminal in potoshi(rest 30minutes).i will go to villazon.it,s border town between argentina and bolivia. from there,i go directly to buenosaires. just go bus stastion. story of potoshi and uyuni is later.
ciao!
ciao!
2005/09/12
Boliva.I'm in Uyuni(salar de Uyuni),next to Potosi
Buenas tardes!こにゃにゃちわ。9月11日正午現在、ボリビアのウユニという、とてつもなくでかい
塩の平原(salar de Uyuni)の近くの町にいます。意外と日本語フォントが入ってるものです。日本人観光客が多い証拠です。今日は午後4時頃から、塩の平原に向かい、そのど真ん中にあるホテルに泊まる予定。やぶぁいらしいです。ほんと、マチュピチュより感動したっていう人をよく聞きます。
てか、昨日ラパスからバスでORUROを経由してトータル12時間くらいでここにやってきたのですが、そのバス最悪でした。ORUROを出てからはずっと砂利道の上を走って(7時間くらい)、バスもしょぼいし、窓が氷つくほど激寒やし、何といっても砂煙がバスの中を覆ってたことはきつかった。且つ縦ゆれ、横揺れのオンパレード。当初はこれくらいの事を予想していたんやけど、ペルーのバスの感覚が抜けきれずやった。
ラパスから南の観光地に行く際の道が整備されていない事は、この国の状況を表しているのだろうか。物価に関しては、ペルーよりも格段に安いです。1US$は8BOLIVIANO(ボリビアの通貨)で、普通のホテルはシングルで25BOLIVIANO程で泊まれる。さっき食べた外国人向けの朝食も10BOLI。昨日夜食べた、南米でメジャー食事、鶏(ケンタッキーみたいなん)とポテトの組み合わせが7BOLI。まぁこんな感じで安いのです。ただ今日の夕方からの塩のホテルに泊まって塩の平原をくまなく楽しむ1泊2日のツアーは40US$。
そして、明日の夕方にUyuniに戻り、そのままバスで標高4000mの銀山の町ポトシに向かいます。鉱山の現状を知るツアーに行く予定。その後、国境を越えアルゼンチンに入る予定。てか、かなり急ぎめでいかないと旅を終結できないなと感じ始めている。
塩の平原(salar de Uyuni)の近くの町にいます。意外と日本語フォントが入ってるものです。日本人観光客が多い証拠です。今日は午後4時頃から、塩の平原に向かい、そのど真ん中にあるホテルに泊まる予定。やぶぁいらしいです。ほんと、マチュピチュより感動したっていう人をよく聞きます。
てか、昨日ラパスからバスでORUROを経由してトータル12時間くらいでここにやってきたのですが、そのバス最悪でした。ORUROを出てからはずっと砂利道の上を走って(7時間くらい)、バスもしょぼいし、窓が氷つくほど激寒やし、何といっても砂煙がバスの中を覆ってたことはきつかった。且つ縦ゆれ、横揺れのオンパレード。当初はこれくらいの事を予想していたんやけど、ペルーのバスの感覚が抜けきれずやった。
ラパスから南の観光地に行く際の道が整備されていない事は、この国の状況を表しているのだろうか。物価に関しては、ペルーよりも格段に安いです。1US$は8BOLIVIANO(ボリビアの通貨)で、普通のホテルはシングルで25BOLIVIANO程で泊まれる。さっき食べた外国人向けの朝食も10BOLI。昨日夜食べた、南米でメジャー食事、鶏(ケンタッキーみたいなん)とポテトの組み合わせが7BOLI。まぁこんな感じで安いのです。ただ今日の夕方からの塩のホテルに泊まって塩の平原をくまなく楽しむ1泊2日のツアーは40US$。
そして、明日の夕方にUyuniに戻り、そのままバスで標高4000mの銀山の町ポトシに向かいます。鉱山の現状を知るツアーに行く予定。その後、国境を越えアルゼンチンに入る予定。てか、かなり急ぎめでいかないと旅を終結できないなと感じ始めている。
I had my pocket picked in Lapaz!!
ラパスでの話。結果的に9月10日午前11時ごろ、初スリに会いました!
旅の半ばで気が緩んでいたのかもしれないが、街中で悠々とシャッターを切っていた。果物のフレッシュジュースを屋台で悠々と飲んで居たときにチェックされていたのだろう。ジュースを飲み終えた後、お金を払い(2BOLI)、財布をズボンの左ポケットに入れ、肩にカメラをぶら下げたまま人が行き交うごみごみとした市場の細い路地へ歩み始めた。
商店の軒と青空市場の間を通り過ぎようとしたその時、何かわからない水分が自分の顔にかかった。その瞬間、反射的に上から何か水が落ちてきたのかと思い上を見上げた。その時両サイドには2、3人の男の気配。彼らも水分がかかったのかと思うようなリアクション。かなり一瞬なので顔も確認できないくらい。その後、左ポケットに手をあてると明らかに財布がない空虚な感覚。その瞬間2、3人の男の行方を見たが、どれも違う方向に消えていった。さらに反射的にその財布の重要度を確認。あまり重要でない事が判明。旅行でしか使わない6年前に買った財布。中身は15US$と250BOLIVIANO。合計4000円くらい。
ほんと、不幸中の幸いだった。ラパスで3日間滞在したホステルの支払いを済ませたとこだったし、現地通貨がなくなっていたので両替に行こうとしていたとこだった。犯人は支払いの際に出し入れしていた財布を狙っての犯行だったが、僕の旅の時の命は右ポケットなんですよね。あまり具体的に話すと今後恐いので止めときます。ただ、この件をきっかけに旅の安全面に関してかなり気が引き締まった。安全対策委員会が1時間ほど自分の中で行われた。ただ、あの時顔にかかった水分、おそらく唾だと思います。唾かけスリがボリビアであるという内容を何かでチェックしていた。そう思うと無性に腹がたった。
スリに遭う前の話。ラパスに着いた時、ボリビアの政情があまりよろしくないと聞いていたが、ストなどで騒がしい感じではなかった。夕方になると、ボンボンと何やら爆発の音がするのだが、花火を上げているらしい。市民の政治に対する反発と捉えていいのだそうだ。町中を小型バスで移動している時、警官が武装し銀行や官邸など一つの場所に集まっているのを見えた。少し緊張する瞬間だった。
ville de Luna(月の谷)で会った日本人学生に連れられて、日本人folkloreミュージシャン(福田大治さん)のコンサートに行った。ゲバラにささげる曲はボリビアの人にオオウケだった。やはりこの国においてゲバラは英雄らしい。その関係だと思うがキューバ料理屋が目に付いた。そのコンサートが終わってから、ボリビアに留学している日本人留学生含め、キューバ料理屋に行った。MOJHITOはうまかった。CUBANITOというラムとトマトとタバスコを入れた酒は僕にとって罰ゲームだった。
何かこの国、ボリビアの政情に関してもう少し深く知りたいと思うようになった。民主主義、市場経済主義を敷いている国の体制に不満を持つ貧困層(主に先住民のインディオ)がストやデモを引き起こしている事。確かにペルーに比べてボリビアの方が先住民族の数が目立つ。先住民的な意識では誰もが平等を良しとする社会主義的な政権を望んでいるのだろうか。もし彼らの中にゲバラを崇拝する事が政治的願望とリンクするなら、それをこの国に身を置き感じれた経験は僕にとってpricelessだ。では、なぜこの現時点の体制が先住民を中心とする貧困層を生み出すのかだが、一つに主要産業がないことが挙げられる。それ以外にもっと根元的なもの民族的なものがあるように感じる。この点はゲバラが南米の政治体制に矛盾を感じていた通ずる。次に行くポトシ銀山でも何か新しい発見があるように思う。
旅の半ばで気が緩んでいたのかもしれないが、街中で悠々とシャッターを切っていた。果物のフレッシュジュースを屋台で悠々と飲んで居たときにチェックされていたのだろう。ジュースを飲み終えた後、お金を払い(2BOLI)、財布をズボンの左ポケットに入れ、肩にカメラをぶら下げたまま人が行き交うごみごみとした市場の細い路地へ歩み始めた。
商店の軒と青空市場の間を通り過ぎようとしたその時、何かわからない水分が自分の顔にかかった。その瞬間、反射的に上から何か水が落ちてきたのかと思い上を見上げた。その時両サイドには2、3人の男の気配。彼らも水分がかかったのかと思うようなリアクション。かなり一瞬なので顔も確認できないくらい。その後、左ポケットに手をあてると明らかに財布がない空虚な感覚。その瞬間2、3人の男の行方を見たが、どれも違う方向に消えていった。さらに反射的にその財布の重要度を確認。あまり重要でない事が判明。旅行でしか使わない6年前に買った財布。中身は15US$と250BOLIVIANO。合計4000円くらい。
ほんと、不幸中の幸いだった。ラパスで3日間滞在したホステルの支払いを済ませたとこだったし、現地通貨がなくなっていたので両替に行こうとしていたとこだった。犯人は支払いの際に出し入れしていた財布を狙っての犯行だったが、僕の旅の時の命は右ポケットなんですよね。あまり具体的に話すと今後恐いので止めときます。ただ、この件をきっかけに旅の安全面に関してかなり気が引き締まった。安全対策委員会が1時間ほど自分の中で行われた。ただ、あの時顔にかかった水分、おそらく唾だと思います。唾かけスリがボリビアであるという内容を何かでチェックしていた。そう思うと無性に腹がたった。
スリに遭う前の話。ラパスに着いた時、ボリビアの政情があまりよろしくないと聞いていたが、ストなどで騒がしい感じではなかった。夕方になると、ボンボンと何やら爆発の音がするのだが、花火を上げているらしい。市民の政治に対する反発と捉えていいのだそうだ。町中を小型バスで移動している時、警官が武装し銀行や官邸など一つの場所に集まっているのを見えた。少し緊張する瞬間だった。
ville de Luna(月の谷)で会った日本人学生に連れられて、日本人folkloreミュージシャン(福田大治さん)のコンサートに行った。ゲバラにささげる曲はボリビアの人にオオウケだった。やはりこの国においてゲバラは英雄らしい。その関係だと思うがキューバ料理屋が目に付いた。そのコンサートが終わってから、ボリビアに留学している日本人留学生含め、キューバ料理屋に行った。MOJHITOはうまかった。CUBANITOというラムとトマトとタバスコを入れた酒は僕にとって罰ゲームだった。
何かこの国、ボリビアの政情に関してもう少し深く知りたいと思うようになった。民主主義、市場経済主義を敷いている国の体制に不満を持つ貧困層(主に先住民のインディオ)がストやデモを引き起こしている事。確かにペルーに比べてボリビアの方が先住民族の数が目立つ。先住民的な意識では誰もが平等を良しとする社会主義的な政権を望んでいるのだろうか。もし彼らの中にゲバラを崇拝する事が政治的願望とリンクするなら、それをこの国に身を置き感じれた経験は僕にとってpricelessだ。では、なぜこの現時点の体制が先住民を中心とする貧困層を生み出すのかだが、一つに主要産業がないことが挙げられる。それ以外にもっと根元的なもの民族的なものがあるように感じる。この点はゲバラが南米の政治体制に矛盾を感じていた通ずる。次に行くポトシ銀山でも何か新しい発見があるように思う。
2005/09/08
I'm in Puno, next to Lapaz
いやいや、ペルーにきて初めて日本語フォントが使えます。今は9月7日の22時でPUNOという標高3800メートルのペルーの街に来ています。ここはチチカカ湖という世界一標高の高い湖があります。今日は朝7時から夕方5時までその湖をクルージングしてきました。途中、欧米版大富豪をフェリーの上でやりました。フランス、イギリス、ベルギー、イスラエル、ブラジル、これまた面白い面子です。ルールは日本と比べてマイナーチェンジしてますが、まぁ理解はできます。大富豪はプレジデントと呼んでいたが、日本で用いる貧民等の表現は民族的に用いなくてそれらはドクロと訳していました。僕が一瞬、slave?と言ったら、NoNO Dokuroって言われました。いや、でもこれを書いてて思うのだが、ドクロって日本語なのでは。でも確かに彼らはドクロと言っていたのですよ。それをきっかけに、かれらと色々仲良くさせてもらいましたわ。パリで今面白い場所や、イスラエル、パレスチナの状態、サンパウロFCを観に連れていってやる等などかなり楽しい時間をすごしました。何よりも生の声で話、情報を聞けるのが貴重な経験です。何かものすごく世界における自分の位置づけを考えてしまう時間でもある。
チチカカ湖のクルージング話。インディオにとって、古くから様々な意味合いを持つ湖なので、現在でも彼らはそこに住んでいる。彼らの暮らしを見物するプログラムもあり、色んな驚きもあったが観光用に作られた感がもちろんあった。どのような心境で彼らは僕らツーリストに自分たちの暮らしをさらけ出しているのだろうかと思う。従来のように、魚を湖でとってそれと物々交換で野菜などを仕入れる暮らしよりも楽なのだろうか(もちろん今も魚類は採っているが)。
明日、9月8日朝7時のバスでボリビア、ラパスに向かいます。当初の予定とは変更です。ウユニの塩の平原を見てみたい事や、ポトシ銀山にも行っておきたい。ゲバラの事も一要因です。
ペルー最後の夜に思うのだが、この国は相当な観光資金を手に入れているし、力を入れている。マチュピチュを例に考えると、クスコから1泊2日で行って帰ってくるのに安くても1万円程必要で、現地の人で行く人はほとんどいない。現地の人は1食200円程(店で)ですから結構な裕福層じゃないと難しいことがわかる。この旅をする上で結構高いプランに毎日先進各国から引っ切り無しに人が押し寄せる。クスコからマチュピチュの麓アグアスカリエンテスまでの鉄道は連日満席に近い(シーズンにもよるが)。僕も行き当たりばったりでチケットをとった。うん、マチュピチュビジネスは大成功してると思う。そんなビジネス的な観点ばかりで眺めているわけでなく、感動しまくってますから。ペルーの観光以外の産業はどうか?日本を代表するような産業、つまり電子機器産業や自動車産業はこの国には存在しない。電化製品はソニー、松下、シャープ、サムスン、LGだし、車はトヨタ、三菱、日産、現代、ホンダ、ワーゲンだし。街ではキョロキョロしてるがペルー製を見たことない。なので、観光産業に力を入れざるを得ないとも言える。まだ観光資源に恵まれているペルーは幸いだ。
コロンビアでも電子機器や自動車市場は日本や欧米の企業に牛耳られているらしい。昨日クスコからプーノまでバスが一緒で仲良くなったコロンビア人のオスカーが言ってた。昨日は彼とプーノで部屋をshareし、夜は一緒にピスコサワー(ピスコはペルーを代表するお酒)を飲んだ。彼は僕と全く同じ年生まれで、大学では環境学を学んでいるらしい。かなり気さくで笑いのツボが似ていた。ラパスで石油会社からの研究依頼で調査しに行くらしい。その後、ブエノスアイレスの姉さんの所で2ヶ月間stayするらしい。eosの海外版の一眼レフを持っていたなぁ。多分kissシリーズの海外版っぽい。
更新が若干滞っているとのY.M君からの指摘がありましたが、この通り(?)生きています。元気です。ちょっと体が痒いけど。マチュピチュではホント感動して、さらにマチュピチュの背後にそびえるワイナピチュと言う山に登り、そこからのマチュピチュやそれを取り囲む山々の風景は最高でした。かなりタイトめなスケジュール且つ色んな人との出会いも会ったので、ネットできない状態でしたねん。俺、ほんとに良い経験をこの旅でしてると思います。
ではそろそろペルー最後の夜を締めたいと思います。CIAO!
チチカカ湖のクルージング話。インディオにとって、古くから様々な意味合いを持つ湖なので、現在でも彼らはそこに住んでいる。彼らの暮らしを見物するプログラムもあり、色んな驚きもあったが観光用に作られた感がもちろんあった。どのような心境で彼らは僕らツーリストに自分たちの暮らしをさらけ出しているのだろうかと思う。従来のように、魚を湖でとってそれと物々交換で野菜などを仕入れる暮らしよりも楽なのだろうか(もちろん今も魚類は採っているが)。
明日、9月8日朝7時のバスでボリビア、ラパスに向かいます。当初の予定とは変更です。ウユニの塩の平原を見てみたい事や、ポトシ銀山にも行っておきたい。ゲバラの事も一要因です。
ペルー最後の夜に思うのだが、この国は相当な観光資金を手に入れているし、力を入れている。マチュピチュを例に考えると、クスコから1泊2日で行って帰ってくるのに安くても1万円程必要で、現地の人で行く人はほとんどいない。現地の人は1食200円程(店で)ですから結構な裕福層じゃないと難しいことがわかる。この旅をする上で結構高いプランに毎日先進各国から引っ切り無しに人が押し寄せる。クスコからマチュピチュの麓アグアスカリエンテスまでの鉄道は連日満席に近い(シーズンにもよるが)。僕も行き当たりばったりでチケットをとった。うん、マチュピチュビジネスは大成功してると思う。そんなビジネス的な観点ばかりで眺めているわけでなく、感動しまくってますから。ペルーの観光以外の産業はどうか?日本を代表するような産業、つまり電子機器産業や自動車産業はこの国には存在しない。電化製品はソニー、松下、シャープ、サムスン、LGだし、車はトヨタ、三菱、日産、現代、ホンダ、ワーゲンだし。街ではキョロキョロしてるがペルー製を見たことない。なので、観光産業に力を入れざるを得ないとも言える。まだ観光資源に恵まれているペルーは幸いだ。
コロンビアでも電子機器や自動車市場は日本や欧米の企業に牛耳られているらしい。昨日クスコからプーノまでバスが一緒で仲良くなったコロンビア人のオスカーが言ってた。昨日は彼とプーノで部屋をshareし、夜は一緒にピスコサワー(ピスコはペルーを代表するお酒)を飲んだ。彼は僕と全く同じ年生まれで、大学では環境学を学んでいるらしい。かなり気さくで笑いのツボが似ていた。ラパスで石油会社からの研究依頼で調査しに行くらしい。その後、ブエノスアイレスの姉さんの所で2ヶ月間stayするらしい。eosの海外版の一眼レフを持っていたなぁ。多分kissシリーズの海外版っぽい。
更新が若干滞っているとのY.M君からの指摘がありましたが、この通り(?)生きています。元気です。ちょっと体が痒いけど。マチュピチュではホント感動して、さらにマチュピチュの背後にそびえるワイナピチュと言う山に登り、そこからのマチュピチュやそれを取り囲む山々の風景は最高でした。かなりタイトめなスケジュール且つ色んな人との出会いも会ったので、ネットできない状態でしたねん。俺、ほんとに良い経験をこの旅でしてると思います。
ではそろそろペルー最後の夜を締めたいと思います。CIAO!
2005/09/04
tomorrow is machu picchu
buenas tardes,i am in cuzco.
i came here yesterday(9/2) by bus.i was very tired because it was 22hours from Lima on the zigzag road,and what's more,high altitude.But(i think)the bus which i got is better than ones in Japan.when i was on the bus,i was served meal 3 times(look like airplain). its cost is about 20 dollars.Long-distance bus market is hard competition in Peru.On the other hand ,train which i will get on tomorrow from cuzco to machu picchu is monopoly of perurail.train cost is about 50 dollars,about 4 hours. i can learn some things from above fucts.but i'm looking forward to train to machu picchu.
cuzco's story.cuzco is very nice city ,with traditionally,historically,very fine weather.until a few minutes ago(now 9/3 pm10),i take photos of night view with tripod.i expect this negatives include good works.from now on,i try to take more photos.
ciao!
i came here yesterday(9/2) by bus.i was very tired because it was 22hours from Lima on the zigzag road,and what's more,high altitude.But(i think)the bus which i got is better than ones in Japan.when i was on the bus,i was served meal 3 times(look like airplain). its cost is about 20 dollars.Long-distance bus market is hard competition in Peru.On the other hand ,train which i will get on tomorrow from cuzco to machu picchu is monopoly of perurail.train cost is about 50 dollars,about 4 hours. i can learn some things from above fucts.but i'm looking forward to train to machu picchu.
cuzco's story.cuzco is very nice city ,with traditionally,historically,very fine weather.until a few minutes ago(now 9/3 pm10),i take photos of night view with tripod.i expect this negatives include good works.from now on,i try to take more photos.
ciao!
2005/09/02
Lima is fun, next is cuzco
hola! now i'm in lima. lima is safety and fun. yesterday, i saw and dug someplace in lima by bicycle. i like bycycle,in japan too.i rode coastline of the pacific.the pacific ocean view is wonderful because it was fine(often cloudy in lima).
and last night, i had a party in hostel with australian,canadian,german,italian,englishman,swiss,espanola,finlandian and peruvian.i was familiar with them much more than i expected.Lady from spain was very cute! we had much drink and special time!! .
today's evening i will go to cuzco by bus. it's about 20hour! i expect very tired.cuzco(altitude 3000m) was capital of inca emperia and is given world heritage.
i'm looking forward to. ciao!
and last night, i had a party in hostel with australian,canadian,german,italian,englishman,swiss,espanola,finlandian and peruvian.i was familiar with them much more than i expected.Lady from spain was very cute! we had much drink and special time!! .
today's evening i will go to cuzco by bus. it's about 20hour! i expect very tired.cuzco(altitude 3000m) was capital of inca emperia and is given world heritage.
i'm looking forward to. ciao!
2005/08/30
IN LIMA
Buenos diaz!
now 8/30 AM9,I'm in Lima.Between Peru and Japan,time difference is 14 hous. it's cloudy and little cold.
I'm tired of long flight,total 20hour! through vancouver,toronto.
from now,I will go to see the Pacific on foot.The further side of the sea,there is Japan!
Que tenga un buen dia.
now 8/30 AM9,I'm in Lima.Between Peru and Japan,time difference is 14 hous. it's cloudy and little cold.
I'm tired of long flight,total 20hour! through vancouver,toronto.
from now,I will go to see the Pacific on foot.The further side of the sea,there is Japan!
Que tenga un buen dia.
2005/08/28
南米へ
明日、8月29日から学生最後の夏を締めくくるであろう放浪の旅に出ます。行き先は掲題の通り南米!!リマIN サンパウロOUTです。ペルー、チリ、アルゼンチン、ブラジルの順でGOGO!帰りに特に意味はないが、エアカナダ利用だからトロントに3日間ストップオーバーして滞在予定。
今日は南米での色んなリスクを想定しつつ、カードや保険の規約書を熟読したり、窓口に行って説明を求めたり、トラベラーズチェックと現金の比率を決めた上で両替したり・・・と。普段の旅ではしないような事まで今回は念入りに行った。向こうの天候や季節を考慮して、モノクロやカラーのフィルムを選んだりしてるとすぐに時間が経ってしまった。
とりあえず安全第一、BUT オープンマインドで行ってきます。
このBLOGに旅日記更新しようかと考えております。
今日は南米での色んなリスクを想定しつつ、カードや保険の規約書を熟読したり、窓口に行って説明を求めたり、トラベラーズチェックと現金の比率を決めた上で両替したり・・・と。普段の旅ではしないような事まで今回は念入りに行った。向こうの天候や季節を考慮して、モノクロやカラーのフィルムを選んだりしてるとすぐに時間が経ってしまった。
とりあえず安全第一、BUT オープンマインドで行ってきます。
このBLOGに旅日記更新しようかと考えております。
2005/08/18
Read recently 更新
Read recentlyを更新しました。
・木を見る西洋人 森をみる東洋人/リチャード・E・ニスベット
・レクサスとオリーブの木/トーマス・フリードマン
・仕事力(朝日新聞社)
・コーポレートガバナンスの経済学/小佐野広
・経済物理学(エコノフィジックス)の発見/高安秀樹
・フランス映画史の誘惑/中条省平
・さおだけ屋はなぜ潰れないのか?/山田真哉
・木を見る西洋人 森をみる東洋人/リチャード・E・ニスベット
・レクサスとオリーブの木/トーマス・フリードマン
・仕事力(朝日新聞社)
・コーポレートガバナンスの経済学/小佐野広
・経済物理学(エコノフィジックス)の発見/高安秀樹
・フランス映画史の誘惑/中条省平
・さおだけ屋はなぜ潰れないのか?/山田真哉
2005/08/17
BLUE NOTE
一昨日OSAKA BLUE NOTEに行ってきた。ハービスENTに移転してからは初めて訪れたが、内部空間は移転前とほぼ同じだった。というか東京等のBLUE NOTEも同じような空間になっているんでしょうね。観てきたのは小曽根真トリオ。彼のラジオプログラムを聞くし、以前から興味がありライブに行きたい思っていたアーティストだった。この期間、学生はスチューデント優待が適用されるので、普段の半額でライブを楽しむ事ができた。ドリンクはデュポネソーダを頼んだ(MENUには載ってないがロックでも大丈夫)。
最新アルバム「REAL」からの楽曲演奏だった。印象的だったのはベーシストのジェームス・ジーナス 作曲の「OCTOBER SONG」と小曽根真作曲でエレクトリック・ピアノのフェンダーローズを用いた「DANCE ON THE BEACH」だった。OCTOBER SONGの序盤のメロディーにぐぐっときて、DANCE ON THE BEACHのフェンダーローズの幻想的な生音は自分にとって新鮮だった。
音楽評論家みたいに音楽から得た感情を理論的に説明する事はできないけど、抽象的な感情が芽生える時間って必要だと思った。音楽や芸術などからプラスの抽象的な感情を持つ事で、非日常的な感覚が生じる。自分の柱となる時間(自分の柱となる時間なんて学生の自分には存在しないに等しいのですが・・・)から切り離された、非日常的で自由でリラックスしたいい時間を過ごす事が自分の幸せ度を向上させると思う。結局いい時間を過ごすためには機会を作り出す必要があると思いますが。コンサートホールみたいに観客が多くなくアーティストの距離も近いので、ライブを楽しむという点でBLUE NOTEではいい時間を過ごせたと思う(色んな意味で)。
最新アルバム「REAL」からの楽曲演奏だった。印象的だったのはベーシストのジェームス・ジーナス 作曲の「OCTOBER SONG」と小曽根真作曲でエレクトリック・ピアノのフェンダーローズを用いた「DANCE ON THE BEACH」だった。OCTOBER SONGの序盤のメロディーにぐぐっときて、DANCE ON THE BEACHのフェンダーローズの幻想的な生音は自分にとって新鮮だった。
音楽評論家みたいに音楽から得た感情を理論的に説明する事はできないけど、抽象的な感情が芽生える時間って必要だと思った。音楽や芸術などからプラスの抽象的な感情を持つ事で、非日常的な感覚が生じる。自分の柱となる時間(自分の柱となる時間なんて学生の自分には存在しないに等しいのですが・・・)から切り離された、非日常的で自由でリラックスしたいい時間を過ごす事が自分の幸せ度を向上させると思う。結局いい時間を過ごすためには機会を作り出す必要があると思いますが。コンサートホールみたいに観客が多くなくアーティストの距離も近いので、ライブを楽しむという点でBLUE NOTEではいい時間を過ごせたと思う(色んな意味で)。
2005/08/15
同窓会
昨日は初の高校学年全体の同窓会があった。3セクで悪評高きりんくうゲートタワービルの全日空ゲートタワーホテルにて。9クラス(1クラス約40名)からなる学年で、160名程の参加があった。クラス担任参加者は2人だったのが少しさびしかった。
高校卒業して早6年、中々懐かしいものです。なんなんでしょうね、高校時代一緒の時間を過ごしたというあの親近感。最も素の部分が曝け出されていて、互いに秘密を知っているような。これから知り合う人とはどこか異なる、飾られていない自分が出せるような。基本的に自分自身のノリや性格は変わらないと思っているが、どこから変わらないというと僕の場合高校からだと思う。地元に根付きながらも精神的にも成長してきて、色々葛藤し、でもバカ騒ぎして将来の不安も全くなく、自由な感情で過ごしてきたのが高校時代だったと思うなぁ。そんなある意味大学時代よりも、純粋で自由な精神の元で過ごした高校の友達は落ち着くという点ではビンゴだと思う。
同窓会会場では、皆自前のデジカメで写真を撮っていたけど、高校の時にはそんなもの誰も持っていませんでしたから。ポケットベル全盛期の時代やったしな。時の移り変わりを感じさせるエピソードでした。
高校卒業して早6年、中々懐かしいものです。なんなんでしょうね、高校時代一緒の時間を過ごしたというあの親近感。最も素の部分が曝け出されていて、互いに秘密を知っているような。これから知り合う人とはどこか異なる、飾られていない自分が出せるような。基本的に自分自身のノリや性格は変わらないと思っているが、どこから変わらないというと僕の場合高校からだと思う。地元に根付きながらも精神的にも成長してきて、色々葛藤し、でもバカ騒ぎして将来の不安も全くなく、自由な感情で過ごしてきたのが高校時代だったと思うなぁ。そんなある意味大学時代よりも、純粋で自由な精神の元で過ごした高校の友達は落ち着くという点ではビンゴだと思う。
同窓会会場では、皆自前のデジカメで写真を撮っていたけど、高校の時にはそんなもの誰も持っていませんでしたから。ポケットベル全盛期の時代やったしな。時の移り変わりを感じさせるエピソードでした。
2005/08/03
甲子園

もうすぐ夏の高校野球が始まりますね。この時期になると、自分が高校まで野球少年だった事を懐かしく思います。そんな事はどうでも良いんですが、先日(7月31日)阪神戦を観に甲子園に行ってきました。研究室にインドからの留学生(博士号取得で今秋帰国予定)が居られて、その方がどうしても甲子園に行ってみたいと言われていたので、急遽初のヤフオクでチケット4枚を競り落とした。甲子園は高校野球が始まるので、阪神は長期ロードに入りオークションでも結構高値が付いていた。結局、レフトスタンド正規価格1枚あたり1700円のチケットを3000円弱で購入した。阪神人気なんやなぁとつくづく思った。
実際、甲子園に足を運ぶと独特の雰囲気がありますね、ホンマに阪神好きな方々が多い。レフトスタンドでさえも9割方阪神ファン。阪神ファンというだけで、一種の連帯感が生まれてる。お隣さんとも仲良くなったりでお菓子の交換したり(笑)それも、関西系なのでコテコテ(僕も人の事は言えないが)で面白い。試合はまぁ投手戦やったし、阪神は負けてしまったので残念でしたが。
陽が沈む頃に吹く浜風が気持ちよくて、その時に飲んだビールは最高やった。やっぱこの時期はナイターが気持ちE!一緒に行った留学生も近くに居る阪神ファンと絡んだりして楽しんでいた。この方には僕がインドに行った際、友人を紹介してくれる等非常にお世話になった人だから、この機会にすこしでも恩返しができてよかったよかった。
2005/07/19
暗室

昨日から部室に泊り込み、写真の現像・プリントを久々にやった。1℃のずれ一秒のズレがあっても、微妙に仕上がりが違ってくるフィルム現像をする時はいつも通り集中力が要る。フィルムの中に収まっているカットを絶対に無駄にしたくないと思う気持ちが強くなればなるほど集中力が増す。これまでも数々の現像ミスはあったが、その度に自分が存在していた時間の喪失にショックを受ける。特に一期一会が多い旅先でのカットが詰まったフィルムの現像ミス程、虚しくなる事はない。学部2年の時、タイ北部の原住民(カレン族やったかな)の村を訪れた際、現地の子供達と触れ合い収めたカットがカメラの不具合と現像ミスが相まり真っ黒な状態のネガが出来てしまった。あらゆる後悔と共に眼前も真っ暗になった。
そんな失敗から学ぶ事が多い。温度に対するシビアさ、温度計のチェック。時間の二重計測。単純な事だけど、今じゃ徹底するようになった。
これまでの現像時の失敗を集約したら(カメラ正常時)
1:温度(室内、現像液等)、2:時間(現像、停止、定着、+αでかくはん)の二つだと思う。
この2つをきちんと正確に行えば、フィルム現像は失敗しないと考える。経験的カンの影響はあっても10%程度だと思う。
右の写真は7月頭に研究会で東京に行った際、ふらりと表参道から青山に立ち寄り撮影したもの。実は3、4年前にもこの建築の錯綜的な構造に惹かれ興味を持ち撮影した。今回リベンジ。
2005/07/04
映画『モーター・サイクル・ダイアリーズ』
昔よく行ってた中崎町の古着屋にこの前久々に行った際、馴染みの店員さんと南米の話で盛り上がりタイトルに挙げた映画の事を薦められた。チェ・ゲバラが主人公の映画だが、彼については高校の時から興味を持っていて、Tシャツを買う等していたが、キューバ革命の指導者くらいの理解しかなかった。そんなチェ・ゲバラにこの映画を観てさらに惹き付けられた。
モーター・サイクル・ダイアリーズ。内容はチェ・ゲバラが革命家になる前の医大生時代、友人と2人で南米をバイクで旅した事に焦点が当てられている。彼が記録として残したものが題材にされているので、多少脚色があっても実話である。
ゲバラは23歳のハンセン病を学ぶ医大生。旅の目的を特に定めず、彼の生まれた土地アルゼンチンからはじまり、チリ、ペルー等を経てエクアドルまで到達する。この旅での出来事がきっかけで、彼がその後革命家として志すようになる。これまで自国(アルゼンチン)だけで生き、国家間の障壁など考えなかったゲバラが、共産主義を志すが故に浮浪者の道を歩まざるを得なくなった夫婦や、チリのチュキカマタ銅山にて働く者達に会った際、何か言葉にできないものが湧き上がる。その時からの心情を言葉を通じて表したのは、彼がペルーのハンセン病療養所でボランティアを行った際のスピーチだった。
「無意味な国籍による障壁があるが、南米大陸は一つの混血民族から成り立っている。ゆえに偏差な地方主義はやめてペルーと統一された南米大陸に乾杯!!」
(僕、感激!!)
まるで坂本竜馬の発想だと思ったが、やはりチェ・ゲバラも坂本竜馬を尊敬していたらしい。彼が革命家として、マルクス主義を掲げるキューバ革命、つまり社会主義国家としてキューバを成り立たせるために先導したが、なぜ彼が社会主義を選んだのかはこの映画では分からなかった。社会主義国家を広める事で南米大陸が統一する事ができたのだろうか。直感的に現在の結果論として成り立っている国家群を眺めると厳しそうな気はするが、彼なりの理想とする社会主義国家群像があったのだろうと思う。竜馬は理想通りに日本を統一した。ゲバラは結果的に南米は統一していないが、彼のアプローチ(社会主義体制を国家に適応する事)でどんなシナリオを描いていたのか、それが非常に気になった。
このようなゲバラに興味津々になってしまうと同時に、映画の中の視覚的部分で南米にもさらなる興味を持ってしまった・・・
モーター・サイクル・ダイアリーズ。内容はチェ・ゲバラが革命家になる前の医大生時代、友人と2人で南米をバイクで旅した事に焦点が当てられている。彼が記録として残したものが題材にされているので、多少脚色があっても実話である。
ゲバラは23歳のハンセン病を学ぶ医大生。旅の目的を特に定めず、彼の生まれた土地アルゼンチンからはじまり、チリ、ペルー等を経てエクアドルまで到達する。この旅での出来事がきっかけで、彼がその後革命家として志すようになる。これまで自国(アルゼンチン)だけで生き、国家間の障壁など考えなかったゲバラが、共産主義を志すが故に浮浪者の道を歩まざるを得なくなった夫婦や、チリのチュキカマタ銅山にて働く者達に会った際、何か言葉にできないものが湧き上がる。その時からの心情を言葉を通じて表したのは、彼がペルーのハンセン病療養所でボランティアを行った際のスピーチだった。
「無意味な国籍による障壁があるが、南米大陸は一つの混血民族から成り立っている。ゆえに偏差な地方主義はやめてペルーと統一された南米大陸に乾杯!!」
(僕、感激!!)
まるで坂本竜馬の発想だと思ったが、やはりチェ・ゲバラも坂本竜馬を尊敬していたらしい。彼が革命家として、マルクス主義を掲げるキューバ革命、つまり社会主義国家としてキューバを成り立たせるために先導したが、なぜ彼が社会主義を選んだのかはこの映画では分からなかった。社会主義国家を広める事で南米大陸が統一する事ができたのだろうか。直感的に現在の結果論として成り立っている国家群を眺めると厳しそうな気はするが、彼なりの理想とする社会主義国家群像があったのだろうと思う。竜馬は理想通りに日本を統一した。ゲバラは結果的に南米は統一していないが、彼のアプローチ(社会主義体制を国家に適応する事)でどんなシナリオを描いていたのか、それが非常に気になった。
このようなゲバラに興味津々になってしまうと同時に、映画の中の視覚的部分で南米にもさらなる興味を持ってしまった・・・
2005/06/23
映画『THE LIFE AQUATIC』
今日は公務員試験を教える講師バイトがあり、大阪医専という梅田にある医療専門学校に行ってきた。今日は物理を教えたが、かなり基礎的な部分が中心なので自分も思い出しながら勉強が必要。人に教える事前提でインプットする必要があるので、自分が簡単に思う事象でも意外とむずい。そもそも、どんな知識でもアウトプットをイメージしながらインプットする事が重要ではないかと思ったりした。じゃないと言語化できていない知識が自分に入っているだけで、定着しにくく短時間で自分から離れていくような気がする。
バイトの後、帰路に梅田ガーデンシネマがあったのでふらっと寄ってきた。特にどの映画を観ると決めていたわけではなく、時間がジャストだったTHE LIFE AQUATICを観た。内容は海洋探検!!で海洋ドキュメンタリー映画を撮るべく冒険にでる主人公達。といってもまじめ度は少なく、所々CGを用いたアニメーション等が盛り込まれており、ジョークも頻繁にでる。
感想は・・・、良かった。特に衣装と音楽に惹かれた。海洋探検のクルーのユニフォームや帽子などにセンスを感じた。かなり格好良いマリンスタイルだった。アディダスがこの映画用のチームシューズを提供する等、ファッション的な要素が多くのシーンに散りばめられている。音楽はデヴィット・ボウイの曲をボサノヴァ調にアレンジされたものや、かなりUPPERめなテクノポップなんかな、DEVOの一人が手がけた曲も要所要所で流れる等、多様なジャンルのものがチョイスされていて楽しかった。
バイトの後、帰路に梅田ガーデンシネマがあったのでふらっと寄ってきた。特にどの映画を観ると決めていたわけではなく、時間がジャストだったTHE LIFE AQUATICを観た。内容は海洋探検!!で海洋ドキュメンタリー映画を撮るべく冒険にでる主人公達。といってもまじめ度は少なく、所々CGを用いたアニメーション等が盛り込まれており、ジョークも頻繁にでる。
感想は・・・、良かった。特に衣装と音楽に惹かれた。海洋探検のクルーのユニフォームや帽子などにセンスを感じた。かなり格好良いマリンスタイルだった。アディダスがこの映画用のチームシューズを提供する等、ファッション的な要素が多くのシーンに散りばめられている。音楽はデヴィット・ボウイの曲をボサノヴァ調にアレンジされたものや、かなりUPPERめなテクノポップなんかな、DEVOの一人が手がけた曲も要所要所で流れる等、多様なジャンルのものがチョイスされていて楽しかった。
2005/06/15
あいちきゅうはく
に火曜の早朝から行ってきました。全く無計画な数人で勢いのみで行ったので、少々反省する事はあったが僕の目指す万国文化人へ一歩近づけた、かな。うん、よかった!
途中のコンビニでドリンクと一緒にチケットを買って、そこで駐車場も教えてもらったり。(補足:駐車場は万博内にはないので周辺駐車場で車をとめて、そこからバスで会場に向かいます。)
ほぼ寝ずの状態で行ったため、序盤は暑さと、人の多さに加えて、猛烈な睡魔と戦いながらの、モリゾー・キッコロ博でした。
感想としては、やっぱり企業のパビリオンはすごい!という事です。明らかに金がかかっています。
ソニーの50m×10m(?)のスクリーンで映像を見たとき、そう思いましたね。ただ、どの企業パビリオンも混みすぎ!ネットで予約するべきでした(反省)。
今後、愛地球博に1日だけ行こうと思ってる人のために↓
・おしゃれな靴より、歩きやすい靴を。いや、むしろおしゃれで歩いても疲れない靴を!
・僕らが、チェコ館併設のレストランがあまりの混みようにチェコの生ビールを飲めずに、モルツで妥協していた時(それでも喉カラカラ時のビールは最高だが)、話しを切り出してきた16回この博覧会に来ているおばさん(厳密には名古屋のおばはん)の3つのおすすめ
1,配布整理券でみれるマンモスイベント(ソニーの巨大スクリーン)→確かに物凄くよかった!感動した!
2,トヨタ館→後に残しておいて空くのを待ってたんやけど、あれよあれよと最終回になってやべーと思ったら、定員オーバーで入れず(涙)
3,夜の大地の塔→帰る際に、思い出して後悔。なんとか外観から内部をシミュレーションした。
・平日やから空いてると思うと痛い目に遭います。僕らが遭いました。これからも、もう閉会するまで空く事はないんじゃないかと思うほどの勢いがありました。
・眠たくなった時は、愛・地球広場で寝ましょう。人工芝生が気持ちEです。夜はここで、野外フェスです。ビールとおつまみでひたってください。
↑こう書いていると、全く何もしてないやーと思われがちですが、あまりに万国文化人への意識が強すぎたため国のパビリオンを攻めすぎました。インド館に行ったとき、国の匂いってあるって思いました。匂いが記憶を蘇らせるというか、インドに行った時の言語化されてない感覚が蘇ってきました。なんかちょっとシュールでした。
・カメルーン館は手を抜きすぎ。もっと精進しなさい。エムボマ凹むぞ。
・JR東海のリニア体験3Dシアターはなーんかダサかった。でも、Tシャツは気にいったので買ってまいました。
・イギリス館はセンスよかった!
・スペイン館の人が着ているユニフォームはおしゃれだった。
・ベルギーの竹馬舞台は結構迫力があった。その日はベルギーの日で先のイベントが行われていた。ベルギーの王子様が来ていたのか、皆が騒いでいたが、あまり興味はなかった。むしろベルギーのビールを探していた。
等など、まだまだ書きたいが気が向いたら続きを書こう。
途中のコンビニでドリンクと一緒にチケットを買って、そこで駐車場も教えてもらったり。(補足:駐車場は万博内にはないので周辺駐車場で車をとめて、そこからバスで会場に向かいます。)
ほぼ寝ずの状態で行ったため、序盤は暑さと、人の多さに加えて、猛烈な睡魔と戦いながらの、モリゾー・キッコロ博でした。
感想としては、やっぱり企業のパビリオンはすごい!という事です。明らかに金がかかっています。
ソニーの50m×10m(?)のスクリーンで映像を見たとき、そう思いましたね。ただ、どの企業パビリオンも混みすぎ!ネットで予約するべきでした(反省)。
今後、愛地球博に1日だけ行こうと思ってる人のために↓
・おしゃれな靴より、歩きやすい靴を。いや、むしろおしゃれで歩いても疲れない靴を!
・僕らが、チェコ館併設のレストランがあまりの混みようにチェコの生ビールを飲めずに、モルツで妥協していた時(それでも喉カラカラ時のビールは最高だが)、話しを切り出してきた16回この博覧会に来ているおばさん(厳密には名古屋のおばはん)の3つのおすすめ
1,配布整理券でみれるマンモスイベント(ソニーの巨大スクリーン)→確かに物凄くよかった!感動した!
2,トヨタ館→後に残しておいて空くのを待ってたんやけど、あれよあれよと最終回になってやべーと思ったら、定員オーバーで入れず(涙)
3,夜の大地の塔→帰る際に、思い出して後悔。なんとか外観から内部をシミュレーションした。
・平日やから空いてると思うと痛い目に遭います。僕らが遭いました。これからも、もう閉会するまで空く事はないんじゃないかと思うほどの勢いがありました。
・眠たくなった時は、愛・地球広場で寝ましょう。人工芝生が気持ちEです。夜はここで、野外フェスです。ビールとおつまみでひたってください。
↑こう書いていると、全く何もしてないやーと思われがちですが、あまりに万国文化人への意識が強すぎたため国のパビリオンを攻めすぎました。インド館に行ったとき、国の匂いってあるって思いました。匂いが記憶を蘇らせるというか、インドに行った時の言語化されてない感覚が蘇ってきました。なんかちょっとシュールでした。
・カメルーン館は手を抜きすぎ。もっと精進しなさい。エムボマ凹むぞ。
・JR東海のリニア体験3Dシアターはなーんかダサかった。でも、Tシャツは気にいったので買ってまいました。
・イギリス館はセンスよかった!
・スペイン館の人が着ているユニフォームはおしゃれだった。
・ベルギーの竹馬舞台は結構迫力があった。その日はベルギーの日で先のイベントが行われていた。ベルギーの王子様が来ていたのか、皆が騒いでいたが、あまり興味はなかった。むしろベルギーのビールを探していた。
等など、まだまだ書きたいが気が向いたら続きを書こう。
2005/06/10
アメリカンMAP
最近、ふとアメリカに行きたいなーと思ってたら、なんかちょっとでもそれに近づけるGoogle Mapsを発見。アメリカの地理って留学や旅行した事がない人って案外知らんもんよね。でもなんか興味あるよなー。ボストンからシカゴまでどうやっていくんかなーとか、何号線通っていくんやろ、とかとか。MITとハーバードの位置関係ってどんなやろとか、周りに何あるんやろっとか。そんな好奇心が全て満たせて結構びっくりしてました。アメリカを車で旅行したくなったわ。
2005/05/26
写真『夕焼けシルエット』

shilhouette
Posted by Hello
夕焼けシルエット、こんなタイトルだった。2002年の10月くらいだったかなー、秋晴れの日の夕方。大阪の大正区、工業地域。物凄く空気が澄んでいて、西に傾いた陽が真っ白な雲を赤々と照らしている時。何か面白い被写体があるに違いない、特に歩む方向も決めずただひたすらに感動できる画を求めていた。新しいカメラも買って、急激に写真にはまっていた時だと思う。今改めてみてみると、白と黒のコントラストの表現もそうなんやけど、いかにも人工物的な幾何模様と空・雲の有機的な形、これをシンプルに表現するにはやっぱモノクロがマッチするのではないかと思う。
2005/05/22
写真『人工的ブルー』

blue
Posted by Hello
2年前くらいかな、写真部の合宿で下呂温泉に行った時。駅近く地下道の照明です。別に殺虫灯とかではなく、不思議な青を放っていました。あまり使わないリバーサルフィルムを使用していたので、普段のカラーフィルムよりも色に気を使いながら撮影していたと思う。地下道などで使われる電灯の色が青とは僕的に珍しい感じがするのだが、暖色系よりも波長の短い青を選ぶ理由があったのだろうか。うん。下呂温泉協会のこだわりかな。でも控えめな青でこういう青、なんか好きだ。
2005/05/21
写真『視覚的に懐かしい』

outside bus
Posted by Hello
懐かしい感じのする空。Shimlaからダラムサラに行く道中、ヒマラヤ山脈を延々とバスに揺られていた時。ふと窓越しに見上げた空が、小学生の時、夕方家に帰る途中、自転車をこぎながら見上げたなんとも言えない淡い色をした空に似ていた。小さい頃の抽象的な感覚が蘇ってくる瞬間だった。今思えば、ちょっと前のauの宣伝に使えるくらい、元ちとせの曲にぴったりな風景だった。
2005/05/07
2005/05/06
映画『パリ テキサス』
昨日、BSでやってたパリ、テキサスを観た。ヴィム・ヴェンダースの作品で以前からも観てみたかったんだが、レンタルする必要もなくラッキー。タイトルのパリ、テキサスとあるが、パリの土地は全く出てこず、舞台としてテキサス、ロス、ヒューストン。ま、実際にテキサスの中にあるパリという町は関係しているのだが。観て思った事、内容はさておき、映像が気持ちE!同じ被写体を撮影するにしても、風景の気持ちよさを存分に引き立てる構図を提供してくれている。こういうロードムービーをみると、無性に旅行に行きたくなってしまう。若干行ったつもりにもなってしまう。アメリカを車で旅行したら面白いでしょうねー。相当気持ちE!(使いすぎ?)でしょうね。GWの脳内バケーションには持ってこいだったかな。僕は中々家で本を読むのは苦手なようで、家では映画にかぎるな。外では本かな。
2005/04/25
2005/04/20
アカデミックな・・・
今日は久々の授業に出た、今期初めての授業だった。自分と異なる研究科、経営学研究科の授業、経営管理特論だったのだが、学部の時からお気に入りの素晴らしい教授である金井壽宏先生の授業だ。
本当にこの先生は内外からの評判がいい、僕自身も以前授業履修した時から崇拝している有名な経営学者なのだが、授業に足を運ぶといい感じのアカデミズムをぷんぷん放ってくれる。こういう授業は自分のモチベーション維持、もしくは向上のために必要な授業だ。
今日は「科学的管理手法」の提唱者、Frederick Winslow Taylorについての授業だった。彼の古典訳書「科学的管理法」について内容を議論する時間を持った。彼は今現在の日本の生産組織形態はもちろんの事、レーニンにも影響を与えている、つまりは社会主義にも影響を与えている人とあって素人の僕には驚きだった。ただ生産工程や社会主義とはかけ離れたように思うが、共通する事として、どちらも組織の平準化を目指している事だ。基準の設け方は生産工程の場合はトップに基準を設けたが、社会主義の場合どのレベルに基準を設けているのかは分からない(もうちょっと勉強セナ)。日本が誇るメーカーの生産システムや、組織形態に影響を与えているとあって、テーラーの古典「The Principles of Scientific Management」を読む事は、金井先生曰く(テーラーの解説書を読むのではなく原著を読む事に非常に意味がある)らしい。あくまでも経営学者を目指している人向けに言っていたのだろうけど。たかだか、100ページ弱らしいです。とあって、早速先程アマゾンで注文しました。安いです。500円くらい。安い自己投資自己投資、へへ。
確かに古典を読む事、原点を知る事は自分自身も数年前から気を使うようになっていた。音楽や写真にしろ自分の好きなアーティストが影響を受けたアーティストをしろうとしている。本でもそうやな。すげー経営者が影響を受けた書物!なんかをミーハー心で読んでいたように思う。なんか、そういうのって考えてみると自分の現時点で好きなアーティスト(経営者)の価値観に近づきたいって思ってるのかもしれない。
そういうのを時間かけて突き詰めれるのは、学生の特権かも知れない。ってか。
本当にこの先生は内外からの評判がいい、僕自身も以前授業履修した時から崇拝している有名な経営学者なのだが、授業に足を運ぶといい感じのアカデミズムをぷんぷん放ってくれる。こういう授業は自分のモチベーション維持、もしくは向上のために必要な授業だ。
今日は「科学的管理手法」の提唱者、Frederick Winslow Taylorについての授業だった。彼の古典訳書「科学的管理法」について内容を議論する時間を持った。彼は今現在の日本の生産組織形態はもちろんの事、レーニンにも影響を与えている、つまりは社会主義にも影響を与えている人とあって素人の僕には驚きだった。ただ生産工程や社会主義とはかけ離れたように思うが、共通する事として、どちらも組織の平準化を目指している事だ。基準の設け方は生産工程の場合はトップに基準を設けたが、社会主義の場合どのレベルに基準を設けているのかは分からない(もうちょっと勉強セナ)。日本が誇るメーカーの生産システムや、組織形態に影響を与えているとあって、テーラーの古典「The Principles of Scientific Management」を読む事は、金井先生曰く(テーラーの解説書を読むのではなく原著を読む事に非常に意味がある)らしい。あくまでも経営学者を目指している人向けに言っていたのだろうけど。たかだか、100ページ弱らしいです。とあって、早速先程アマゾンで注文しました。安いです。500円くらい。安い自己投資自己投資、へへ。
確かに古典を読む事、原点を知る事は自分自身も数年前から気を使うようになっていた。音楽や写真にしろ自分の好きなアーティストが影響を受けたアーティストをしろうとしている。本でもそうやな。すげー経営者が影響を受けた書物!なんかをミーハー心で読んでいたように思う。なんか、そういうのって考えてみると自分の現時点で好きなアーティスト(経営者)の価値観に近づきたいって思ってるのかもしれない。
そういうのを時間かけて突き詰めれるのは、学生の特権かも知れない。ってか。
2005/04/17
内定者懇親会
昨日内定先企業の関西メンバーの懇親会があった。少々緊張したが、多種多様な方々が居て優秀さを感じさせるメンバーだった。不満要素は全くなく、これからどんどん仲良くなりたい。皆がお互いにそう思っているような印象を受けた。僕もそのひとり。
人事の方々も僕が現時点で抱える業務への疑問や不安を親身になって聞いてくれる。セミナーの時に僕が外部から発した質問に対する真摯な態度と全く代わらないものがそこにはあった。人との縁、そんな抽象的なもの、でも生きていく上で必ず存在すると思うもの、それを僕は就職活動という期間に経験したと思う。そして今、最も縁を感じた企業への入社を決定付けようとしている。また、そこには自分が活躍できるフィールドが存在し、漠然とだが生き生きと活躍している自分の姿がみえる。
今後はそれが仮説的であるかもしれないが、中長期のビジョンを定め、学生の時期を最大限有効に使う生活を送りたいと思う。らくーにゆるーく、でも切れ味のある生活を送ろっと。
4月末には丸の内本店で全国型内定者全員が集まる懇親会がある予定。関東では間接的な友人も決まっているらしく未知な出会いが楽しみ。
人事の方々も僕が現時点で抱える業務への疑問や不安を親身になって聞いてくれる。セミナーの時に僕が外部から発した質問に対する真摯な態度と全く代わらないものがそこにはあった。人との縁、そんな抽象的なもの、でも生きていく上で必ず存在すると思うもの、それを僕は就職活動という期間に経験したと思う。そして今、最も縁を感じた企業への入社を決定付けようとしている。また、そこには自分が活躍できるフィールドが存在し、漠然とだが生き生きと活躍している自分の姿がみえる。
今後はそれが仮説的であるかもしれないが、中長期のビジョンを定め、学生の時期を最大限有効に使う生活を送りたいと思う。らくーにゆるーく、でも切れ味のある生活を送ろっと。
4月末には丸の内本店で全国型内定者全員が集まる懇親会がある予定。関東では間接的な友人も決まっているらしく未知な出会いが楽しみ。
2005/04/14
2005/03/09
写真追加
どもどもー
ざっと上に写真のっけてるんですが、追われ終われ!のエントリーシートの合間に上のMORIBLOの中でちょくちょく写真追加してるのでまた見てください。あ、コメントもよければ。
さっき、息抜きで、坂の上の雲読んでたんですが、やっぱいいですね。僕は児玉源太郎が好きです。柔軟な発想がいい。203高地で多大な死者を出している現状に、乃木に代わって指揮をとり命令を下しているところ。砲兵専門家に依存していた乃木の行動とは打って変わって、児玉は戦場において専門家を信じず一言
「諸君らはきのうの専門家であるかも知れん、しかし明日の専門家ではない」
専門家の既成概念による枠組みを取っ払うべく行動にでた。うーん、実際誰が正しいかは結果論で、当事の戦況や心理状況を考えると本当にリーダーの採るべき行動によって全てが決まると言っても過言ではないのですね。さらっと読み進めてるけど、この本はいつも多くを発見し、考える事ができる本です。・
ざっと上に写真のっけてるんですが、追われ終われ!のエントリーシートの合間に上のMORIBLOの中でちょくちょく写真追加してるのでまた見てください。あ、コメントもよければ。
さっき、息抜きで、坂の上の雲読んでたんですが、やっぱいいですね。僕は児玉源太郎が好きです。柔軟な発想がいい。203高地で多大な死者を出している現状に、乃木に代わって指揮をとり命令を下しているところ。砲兵専門家に依存していた乃木の行動とは打って変わって、児玉は戦場において専門家を信じず一言
「諸君らはきのうの専門家であるかも知れん、しかし明日の専門家ではない」
専門家の既成概念による枠組みを取っ払うべく行動にでた。うーん、実際誰が正しいかは結果論で、当事の戦況や心理状況を考えると本当にリーダーの採るべき行動によって全てが決まると言っても過言ではないのですね。さらっと読み進めてるけど、この本はいつも多くを発見し、考える事ができる本です。・
2005/03/03
続き
前回の続きでー。意味不明な方は前回からどうぞ。
結局そのインド系外国人の方は、乗客でした。まぁ僕自身不安で状況を聞いてもらいたかったので、自分のバスに置いていかれたエピソードを語り、共感(?)してくれたような、なかったような。でも、空席はたぶんあるよという嬉しい情報をくれる。
運転手が戻ってきたので、交渉開始。できるだけ怪しまれないように、深夜にも関わらず昼間の笑顔ではきはきと状況と希望を話す。その時、別のJRバス運転手が来て、僕の置かれた状況を聞くと「僕のとこ、がらがらですわー」。
なので、そちらのバスにお邪魔する事に。
現金は持っていたのですんなり乗車。しっかり領収書はもらう。
その運転手のお兄さんは、僕の置かれた状況に同情してくれて、「電話とか貸しますんで何でも言って下さい。ゆっくり休んで下さいね。」と温かいお言葉。
ほっと一息ついて、消灯された車内を覗くと、ほんとにガラガラ。30人定員中4人くらい。かきいれ時の週末なのに。格安高速バスの影響で、JRバスの乗客がとられてると言ってた。頑張れっJRバス!
バスに乗りながらこの後の展開を考える。
・現在乗っているJRバスは東京行き
・僕を置いていったバスは新宿行き
・いずれにせよ、東京駅から新宿まで行く必要あり
・なんとか元のバスの運転手と話す必要あり
→ようやく、僕がおらん事に気づいてちょっとだけ慌ててるやろ。でもさらっと客を置いていくくらいやから、あんま気にしてないかも(ムカッ)
まぁとりあえずは、
・東京着いてから一度自分の携帯にかける→アホ運転手がでる→ほぼOK
・携帯にでない→ネット上に会社の番号、緊急用の番号があったと思うので、マン喫で調べる→電話
その日、名神高速の静岡あたりで雪のため通行止めになっていて、JRバスは中央道を迂回してきたから数時間遅れで東京駅に到着。降車する前に、電話を借りて自分の携帯に電話。つながる、運転手でる、ほっと一息と同時にちょっとだけ文句。まぁ、僕を置いていったバスは、雪で通行止めになった東名高速を迂回して中央道で来るスキルはなく、東名で立ち往生していたため、未だ新宿にも着いていないらしい(トホホ)。電話をかけた時まだ沼津だった。
とりあえずこの後も、何回か公衆電話から自分の携帯にかける等かなり手間取ったが、数時間後、新宿到着予定の場所に行って荷物、鞄達と再会する。とりあえずJRバス等でかかった料金も多くもらえたし、JRバスは快適だったし、まぁ運転手も謝ってくれたし、ネタにもなったし、結果オーライという事で何とか元の状態(?)に戻る。
はぁこんな感じ。ええネタやろ。面接でつかおかな。
結局そのインド系外国人の方は、乗客でした。まぁ僕自身不安で状況を聞いてもらいたかったので、自分のバスに置いていかれたエピソードを語り、共感(?)してくれたような、なかったような。でも、空席はたぶんあるよという嬉しい情報をくれる。
運転手が戻ってきたので、交渉開始。できるだけ怪しまれないように、深夜にも関わらず昼間の笑顔ではきはきと状況と希望を話す。その時、別のJRバス運転手が来て、僕の置かれた状況を聞くと「僕のとこ、がらがらですわー」。
なので、そちらのバスにお邪魔する事に。
現金は持っていたのですんなり乗車。しっかり領収書はもらう。
その運転手のお兄さんは、僕の置かれた状況に同情してくれて、「電話とか貸しますんで何でも言って下さい。ゆっくり休んで下さいね。」と温かいお言葉。
ほっと一息ついて、消灯された車内を覗くと、ほんとにガラガラ。30人定員中4人くらい。かきいれ時の週末なのに。格安高速バスの影響で、JRバスの乗客がとられてると言ってた。頑張れっJRバス!
バスに乗りながらこの後の展開を考える。
・現在乗っているJRバスは東京行き
・僕を置いていったバスは新宿行き
・いずれにせよ、東京駅から新宿まで行く必要あり
・なんとか元のバスの運転手と話す必要あり
→ようやく、僕がおらん事に気づいてちょっとだけ慌ててるやろ。でもさらっと客を置いていくくらいやから、あんま気にしてないかも(ムカッ)
まぁとりあえずは、
・東京着いてから一度自分の携帯にかける→アホ運転手がでる→ほぼOK
・携帯にでない→ネット上に会社の番号、緊急用の番号があったと思うので、マン喫で調べる→電話
その日、名神高速の静岡あたりで雪のため通行止めになっていて、JRバスは中央道を迂回してきたから数時間遅れで東京駅に到着。降車する前に、電話を借りて自分の携帯に電話。つながる、運転手でる、ほっと一息と同時にちょっとだけ文句。まぁ、僕を置いていったバスは、雪で通行止めになった東名高速を迂回して中央道で来るスキルはなく、東名で立ち往生していたため、未だ新宿にも着いていないらしい(トホホ)。電話をかけた時まだ沼津だった。
とりあえずこの後も、何回か公衆電話から自分の携帯にかける等かなり手間取ったが、数時間後、新宿到着予定の場所に行って荷物、鞄達と再会する。とりあえずJRバス等でかかった料金も多くもらえたし、JRバスは快適だったし、まぁ運転手も謝ってくれたし、ネタにもなったし、結果オーライという事で何とか元の状態(?)に戻る。
はぁこんな感じ。ええネタやろ。面接でつかおかな。
2005/02/27
バスが僕を・・・
先日就活でちょこっと東京に行ってきたのですが、ありえへん経験をしてしまいました。
価格の安さにつられてサンシャインツアーとかいう夜行バスで行って来たんですが、とんでもない事をしでかされました。
そう、
途中立ち寄るサービスエリア(滋賀の多賀SA)に僕を置いて、バスは東京に向けて行ってしまったんです!
小さいときから、皆さんも修学旅行や遠足にバスで行ったとき、何となくバスの発車時刻を気にしていましたよね。僕自身も昔から、バスにほうっていかれたらどうしょうとか、サービスエリアで降りても何かそわそわする事があったんですよね。でも経験上、バスはまさか自分をほうって行かないだろうという思い込みがありました。
話しは戻り、とりあえずサービスエリアを2周半走りました。やっぱりバスはありませんでした。全く違うスキーツアーのバスとかも入り口まで行って覗き込んだり、今ある現実を否定する行動をとっている自分。走りながら自分の置かれた状態と次にとるべき行動を確認しました。予定バス発車時刻はAM1時20分のはずやったのに、僕の時計はAM1時15分。なんでやねん!!ほんまありえへん。あの乗務員のおっさん確認なしかよ!!あの適当め!! とか思う。
所持品:財布のみ ← 最悪ーーー
携帯、スーツ、その他荷物は全てバス。携帯を持ってこなかったのが悔やまれる。
とりあえずサービスエリア内に向かいながら冷静になる。チケットの領収書があり、一応電話番号が載っているがおそらく営業時間外で用無しと予想。期待度2%で公衆電話からかけるが案の定用無し。サービスエリアの中は週末なので、多くのウィンタースポーツを前にテンションが上がってる人々→孤独感倍増のなんとも憎い演出。このエキストラ達め。どうせどっきりやろ、なんて亜流な事は考えなかった。
次に、インターネットが使えるかなーとSA内の食堂の方に期待度5%で尋ねるが・・・→やはりNO。
一度外に出て辺りを見渡すと共に、残された2つの選択肢の実行計画
1、東京行き長距離トラック交渉
2、もしかしたらの東京行きJR高速バスへの期待(自分よりも遅い時間に大阪を出発しているもの)
僕を放置していったバスが戻ってくる期待は限りなく0に近かったし、どんな手段であれ東京に辿り着くまでに発生した費用は払ってもらうつもりでいた(当然だが)。とりあえず、夜行バスの価格低下理由をWEBによる最適な配車計画が可能になったからや!とか友達に言っていた自分を悔やむ。僕がされたのは明らかにサービスの質悪やんけ。
とか、考えてうろうろしていると、今まさに着いたっぽいJRバスが律儀にも3台も止まっているじゃあーりませんか。ドライバーは乗っていなかったので、戻って来次第交渉をスタートしようと思う。
しかし、なんでこんなネタになる経験をしなあかんねん!と内心思いながらも、まぁおもろいかと納得の路線を歩みはじめる。
ちょっと間してからバスの方に行くと、バスの入り口辺りにじーっとたっているインド系なのかパキスタン系なのかって感じの外国人の方が居て、あまりにもじぃーっと立ってるので、もしかしたらドライバー!?って思いつつ、3回くらい目が合ったところで声をかけると・・・。
続きはまた後日。
近々締め切りの消費財メーカーとシンクタンクのエントリーが待機してくれていますので。
でわでわ
価格の安さにつられてサンシャインツアーとかいう夜行バスで行って来たんですが、とんでもない事をしでかされました。
そう、
途中立ち寄るサービスエリア(滋賀の多賀SA)に僕を置いて、バスは東京に向けて行ってしまったんです!
小さいときから、皆さんも修学旅行や遠足にバスで行ったとき、何となくバスの発車時刻を気にしていましたよね。僕自身も昔から、バスにほうっていかれたらどうしょうとか、サービスエリアで降りても何かそわそわする事があったんですよね。でも経験上、バスはまさか自分をほうって行かないだろうという思い込みがありました。
話しは戻り、とりあえずサービスエリアを2周半走りました。やっぱりバスはありませんでした。全く違うスキーツアーのバスとかも入り口まで行って覗き込んだり、今ある現実を否定する行動をとっている自分。走りながら自分の置かれた状態と次にとるべき行動を確認しました。予定バス発車時刻はAM1時20分のはずやったのに、僕の時計はAM1時15分。なんでやねん!!ほんまありえへん。あの乗務員のおっさん確認なしかよ!!あの適当め!! とか思う。
所持品:財布のみ ← 最悪ーーー
携帯、スーツ、その他荷物は全てバス。携帯を持ってこなかったのが悔やまれる。
とりあえずサービスエリア内に向かいながら冷静になる。チケットの領収書があり、一応電話番号が載っているがおそらく営業時間外で用無しと予想。期待度2%で公衆電話からかけるが案の定用無し。サービスエリアの中は週末なので、多くのウィンタースポーツを前にテンションが上がってる人々→孤独感倍増のなんとも憎い演出。このエキストラ達め。どうせどっきりやろ、なんて亜流な事は考えなかった。
次に、インターネットが使えるかなーとSA内の食堂の方に期待度5%で尋ねるが・・・→やはりNO。
一度外に出て辺りを見渡すと共に、残された2つの選択肢の実行計画
1、東京行き長距離トラック交渉
2、もしかしたらの東京行きJR高速バスへの期待(自分よりも遅い時間に大阪を出発しているもの)
僕を放置していったバスが戻ってくる期待は限りなく0に近かったし、どんな手段であれ東京に辿り着くまでに発生した費用は払ってもらうつもりでいた(当然だが)。とりあえず、夜行バスの価格低下理由をWEBによる最適な配車計画が可能になったからや!とか友達に言っていた自分を悔やむ。僕がされたのは明らかにサービスの質悪やんけ。
とか、考えてうろうろしていると、今まさに着いたっぽいJRバスが律儀にも3台も止まっているじゃあーりませんか。ドライバーは乗っていなかったので、戻って来次第交渉をスタートしようと思う。
しかし、なんでこんなネタになる経験をしなあかんねん!と内心思いながらも、まぁおもろいかと納得の路線を歩みはじめる。
ちょっと間してからバスの方に行くと、バスの入り口辺りにじーっとたっているインド系なのかパキスタン系なのかって感じの外国人の方が居て、あまりにもじぃーっと立ってるので、もしかしたらドライバー!?って思いつつ、3回くらい目が合ったところで声をかけると・・・。
続きはまた後日。
近々締め切りの消費財メーカーとシンクタンクのエントリーが待機してくれていますので。
でわでわ
2005/02/15
就活モード?
いやはや、久しぶりの書き込みです。
研究室の学部4年、修士2年の卒業・修士論文の提出も無事終わり、僕自身もようやく就活モードに!?といっても別にこれまでと変わることなくぼちぼち進めていくつもりですが。
とりあえず、論文提出で奮闘された皆様お疲れ様でした。
最近、何冊か本を買って読んでたんですが、今の僕にとって気になるタイトルの本を読んでみました。
その名も、『採用の超プロが教える できる人できない人』。
この本の著者は安田佳生というワイキューブの代表で、これまで社長1000人、学生2万人と接して得られた知見をもとに書かれています。
こういう下りからはじまると、まぁあたりまえの事が書かれていても「ふむふむ、なるほど、そうか」と聞き入れてしまう自分がいます。
本書の中でひとつ印象に残った部分として、
彼が、ビジネスマンとして必要な素質として・素頭のよさ・素直さ・エネルギー量を挙げている。まぁこの辺も耳にたこですが。
挙げた中の人材のエネルギー量を測る部分で、「人生の目標バー」をどれだけ高く設定しているかという項目がある。そこで、彼は高いモチベーションを保ちつつ、バーを越えようという人生設計図を持っているものが勝つと、断言している。
このように、著者自身が断言している内容が本書では多々含まれている。
ワイキューブ自体、人材確保のノウハウを企業に提供したり、中には大手企業の人材コンサルもしていて、彼の価値観が企業の人事の価値観に影響を与えているかもと考えられる。まぁ、軽く読めるし、できるやつ・できないやつの定義とか、たった100円でわかる人間の器とか・・・興味深い内容も含まれているので、一読の価値はあるのでは。
話しは変わり
ついさっき、友達からの電話でビールの宣伝をされましたので、この場で挙げときます。
なにやら、近々アサヒの本生ゴールドというものがでるらしく、彼はこの売れ行きをあげようと必死そうだったので僕は応援してあげる事にします。本生ゴールドは発泡酒の値段そのままで、かなり上質な飲み応えらしい(と言ってました)。皆様も見かけたら飲んでみましょう。役所広司(←ウッケー、別所哲也やんけ!)がでるCMも始まるらしいです。徐々にCM本数も増やして、スーパードライよりも多く流すみたいですよ。アサヒさん結構この商品に力入れてるみたいですね。ぐいぐい飲みましょうー ぐいぐいー
研究室の学部4年、修士2年の卒業・修士論文の提出も無事終わり、僕自身もようやく就活モードに!?といっても別にこれまでと変わることなくぼちぼち進めていくつもりですが。
とりあえず、論文提出で奮闘された皆様お疲れ様でした。
最近、何冊か本を買って読んでたんですが、今の僕にとって気になるタイトルの本を読んでみました。
その名も、『採用の超プロが教える できる人できない人』。
この本の著者は安田佳生というワイキューブの代表で、これまで社長1000人、学生2万人と接して得られた知見をもとに書かれています。
こういう下りからはじまると、まぁあたりまえの事が書かれていても「ふむふむ、なるほど、そうか」と聞き入れてしまう自分がいます。
本書の中でひとつ印象に残った部分として、
彼が、ビジネスマンとして必要な素質として・素頭のよさ・素直さ・エネルギー量を挙げている。まぁこの辺も耳にたこですが。
挙げた中の人材のエネルギー量を測る部分で、「人生の目標バー」をどれだけ高く設定しているかという項目がある。そこで、彼は高いモチベーションを保ちつつ、バーを越えようという人生設計図を持っているものが勝つと、断言している。
このように、著者自身が断言している内容が本書では多々含まれている。
ワイキューブ自体、人材確保のノウハウを企業に提供したり、中には大手企業の人材コンサルもしていて、彼の価値観が企業の人事の価値観に影響を与えているかもと考えられる。まぁ、軽く読めるし、できるやつ・できないやつの定義とか、たった100円でわかる人間の器とか・・・興味深い内容も含まれているので、一読の価値はあるのでは。
話しは変わり
ついさっき、友達からの電話でビールの宣伝をされましたので、この場で挙げときます。
なにやら、近々アサヒの本生ゴールドというものがでるらしく、彼はこの売れ行きをあげようと必死そうだったので僕は応援してあげる事にします。本生ゴールドは発泡酒の値段そのままで、かなり上質な飲み応えらしい(と言ってました)。皆様も見かけたら飲んでみましょう。役所広司(←ウッケー、別所哲也やんけ!)がでるCMも始まるらしいです。徐々にCM本数も増やして、スーパードライよりも多く流すみたいですよ。アサヒさん結構この商品に力入れてるみたいですね。ぐいぐい飲みましょうー ぐいぐいー
2005/02/02
如月始動
どもども、2月になりましたね。
そろそろ、学校の課題やテスト等が落ち着くはずやったんやが、まだまだそっちも気に留めておく必要があったりの今日この頃。
寒いですねー。
極寒の夜の空って、やたら澄んでて、なんか黒がしまってて、強そうな印象を受けてしまう。空が人間を上から攻めてる感じ。
こんな夜に写真撮りに街に繰り出して、三脚立てて寒さに耐えながら、シャッターが閉じるまで20秒くらいじっとしていたいものです。昨年の今ごろはしょっちゅうそんな事をしながら写真を撮っていたように思う。ちょうど友達のバンドの曲を写真で表現するって事に夢中になってた時やったような。
「五等星」って曲をイメージして撮った写真。中津の夜を凍えながら怪しく動き回っていた、その時の空気感と空の印象が、今日見上げた夜空の感じに似ていた。僕的に中津は大学の最初の方から好きな場所で、梅田の輝きに消されるけどしっかりと五等星並み(肉眼でギリみえるのか)の輝きは持っている(?)、そんな場所です。阪急使っている人もほとんど降りた事なかったり、名前すら知らない人もいるようですが、一度中津で降りて梅田に歩くなり、スカイビルに行くなりしてみて下さい。2,3個の発見は辛うじて保証します。
そんなこんなで中津で撮った『五等星』

Canon Eos-7,EF 24mm, Kodak Royal-Gold 400
そろそろ、学校の課題やテスト等が落ち着くはずやったんやが、まだまだそっちも気に留めておく必要があったりの今日この頃。
寒いですねー。
極寒の夜の空って、やたら澄んでて、なんか黒がしまってて、強そうな印象を受けてしまう。空が人間を上から攻めてる感じ。
こんな夜に写真撮りに街に繰り出して、三脚立てて寒さに耐えながら、シャッターが閉じるまで20秒くらいじっとしていたいものです。昨年の今ごろはしょっちゅうそんな事をしながら写真を撮っていたように思う。ちょうど友達のバンドの曲を写真で表現するって事に夢中になってた時やったような。
「五等星」って曲をイメージして撮った写真。中津の夜を凍えながら怪しく動き回っていた、その時の空気感と空の印象が、今日見上げた夜空の感じに似ていた。僕的に中津は大学の最初の方から好きな場所で、梅田の輝きに消されるけどしっかりと五等星並み(肉眼でギリみえるのか)の輝きは持っている(?)、そんな場所です。阪急使っている人もほとんど降りた事なかったり、名前すら知らない人もいるようですが、一度中津で降りて梅田に歩くなり、スカイビルに行くなりしてみて下さい。2,3個の発見は辛うじて保証します。
そんなこんなで中津で撮った『五等星』

Canon Eos-7,EF 24mm, Kodak Royal-Gold 400
2005/01/22
並行作業
ほんと並行してやる事が多い今日この頃。
今、月曜にある2つの授業の課題レジュメ&パワポつくり中です。
1つ目はうちの研究室の助教授担当の授業。内容は現在の航空市場の競合状態を列挙し、モデル化し、均衡解導く・・・等。
□僕が選んだものは、アメリカのある路線でサウスウエスト航空とアメリカン航空等のメガキャリアが引き起こしている価格競争をモデル化・・・。現段階で自分が提示する内容自体も理解不足→ミクロ経済の本片手に式の概念やらを一つ一つつぶしていく必要あり。
2つ目は建築界の重鎮(?)とされている重村力って先生の授業。
この授業は僕以外その教授のゼミ生なんやけど、土木の僕がこの授業を履修した理由として。
今から2,3年前だろうか、梅田のサウナでバイトしていた時です。
そこはなんと安藤忠雄さんがよく利用されていました。彼が来た時、僕のミーハー心があんな有名人が居るのに話しかけないわけがなく、4、5回お話しさせてもらったことを覚えています。
安藤さんが裸に近い(もしくは裸)状態やけど彼のバックボーンを知っているため、少なからず緊張しますわな。彼の事を全く知らない他のバイトの子は「え、あのおっさんが、まじで!」っていうまぁ当然なリアクションをしていました。そこで安藤さんと色々話させてもらっている内に、僕自身の話しになった時、「あー重村さんおる大学かー」って事を言われました。その時僕の中で、重村要チェック!→いつかその先生の授業履修してやろう!!→今期履修!!!but課題キツイ(トホホ)みたいな感じです。
その授業は先生が忙しく回数は少なかったけど、一つ一つの授業は毎回各自が授業の目的に沿って調べてきたことを発表→先生コメント。みたいな形やから、毎回緊張です。でも先生の示唆は鋭く、且つすさまじい知識ストックを感じさせる話しぶり。いやはや、さすが重鎮、刺激的でした。と、過去形になっているが、月曜には最終プレゼンがあるわけで、完成までまだまだ時間がかかりそう。なんとしても完成させねば。
ちなみに僕がこの授業で取り組んでいるのは、“人がどのような要因のもとで行動するのか”って事を今和次郎が提唱した考現学の「人の行動に関する調査」の部分と、観光行動の心理的作用を結びつけた形で書き進めている。建築の授業だが、僕の中では「建築外の思考」が前提となっている。
今、月曜にある2つの授業の課題レジュメ&パワポつくり中です。
1つ目はうちの研究室の助教授担当の授業。内容は現在の航空市場の競合状態を列挙し、モデル化し、均衡解導く・・・等。
□僕が選んだものは、アメリカのある路線でサウスウエスト航空とアメリカン航空等のメガキャリアが引き起こしている価格競争をモデル化・・・。現段階で自分が提示する内容自体も理解不足→ミクロ経済の本片手に式の概念やらを一つ一つつぶしていく必要あり。
2つ目は建築界の重鎮(?)とされている重村力って先生の授業。
この授業は僕以外その教授のゼミ生なんやけど、土木の僕がこの授業を履修した理由として。
今から2,3年前だろうか、梅田のサウナでバイトしていた時です。
そこはなんと安藤忠雄さんがよく利用されていました。彼が来た時、僕のミーハー心があんな有名人が居るのに話しかけないわけがなく、4、5回お話しさせてもらったことを覚えています。
安藤さんが裸に近い(もしくは裸)状態やけど彼のバックボーンを知っているため、少なからず緊張しますわな。彼の事を全く知らない他のバイトの子は「え、あのおっさんが、まじで!」っていうまぁ当然なリアクションをしていました。そこで安藤さんと色々話させてもらっている内に、僕自身の話しになった時、「あー重村さんおる大学かー」って事を言われました。その時僕の中で、重村要チェック!→いつかその先生の授業履修してやろう!!→今期履修!!!but課題キツイ(トホホ)みたいな感じです。
その授業は先生が忙しく回数は少なかったけど、一つ一つの授業は毎回各自が授業の目的に沿って調べてきたことを発表→先生コメント。みたいな形やから、毎回緊張です。でも先生の示唆は鋭く、且つすさまじい知識ストックを感じさせる話しぶり。いやはや、さすが重鎮、刺激的でした。と、過去形になっているが、月曜には最終プレゼンがあるわけで、完成までまだまだ時間がかかりそう。なんとしても完成させねば。
ちなみに僕がこの授業で取り組んでいるのは、“人がどのような要因のもとで行動するのか”って事を今和次郎が提唱した考現学の「人の行動に関する調査」の部分と、観光行動の心理的作用を結びつけた形で書き進めている。建築の授業だが、僕の中では「建築外の思考」が前提となっている。
2005/01/21
2005/01/16
ウォントとニーズ
先日、就活で東京に行ってきました。
その時に持っていく本として、書棚から一冊の文庫本を選んだ。
タイトルは「生きること 学ぶこと」。なんてまじめなタイトルでしょう。大学1回の時に読んだ記憶があったが、内容はほとんど忘れ去られていました。
著者は広中平祐という数学者で、いざ目を通してみると、今の僕に素晴らしい知見を与えてくれました。その知見とは「ウォント(欲望)とニーズ(必要)の違いを理解した上で、創造に重要なものはウォントである」という事。その言葉だけ見ると若干抽象的かもしれませんが、就職活動中の自分にとってもウォントとニーズを考えながら物事を選択していく大切さを実感した。
以下本書の言葉を引用する
「ニーズ」と言う言葉は、空間的に言えば、外部の状況を判断して割り出した必要性であり、時間的に見ると、過去から現在にかけて人間が経験した事、得たものを基準にして割り出した必要性という意味に使われる。これに対して「ウォント」は、自分の内部から出てくる必要性であり、現在と未来に時間軸をとった上での必要性を意味している。すなわち、欲望とか、欠乏を内包した「必要」がウォントの意味なのだ。
そして、彼が「複素多様体の特異点に関する研究」でフィールズ賞を受賞するほどの研究成果を出せたのは、ウォントという情念が常に彼を動かしつづけたからだと言う。
ものを創る過程には総じて飛躍が必要であり、彼の飛躍の原動力はニーズではなく、ウォントであった
という。
また著者は若者の就職に対して、情報などによりニーズを割り出して就職先を決める人が圧倒的に多いと言う。例えニーズから割り出した就職先であっても、それが何らかの形でウォントに切り替わらない限り、どこかで挫折してしまうのではないかと言う。
理性による判断から生まれた「ニーズ」、現在の自分の中にある何かいたたまれない情念から生まれる「ウォント」。最近、就職に対して自分自身はニーズ一辺倒で考えて来た感があった。ニーズありきのウォントになっていたと思う。その場合のウォントは何かしっくりこないなと思う事が多々あった。そういう思考回路を一度リセットする機会をこの本で持つことができて有意義だった。
あーー2日酔いなのか、風邪なのかわからないこの体のだるさ。リセットして欲しいです。
その時に持っていく本として、書棚から一冊の文庫本を選んだ。
タイトルは「生きること 学ぶこと」。なんてまじめなタイトルでしょう。大学1回の時に読んだ記憶があったが、内容はほとんど忘れ去られていました。
著者は広中平祐という数学者で、いざ目を通してみると、今の僕に素晴らしい知見を与えてくれました。その知見とは「ウォント(欲望)とニーズ(必要)の違いを理解した上で、創造に重要なものはウォントである」という事。その言葉だけ見ると若干抽象的かもしれませんが、就職活動中の自分にとってもウォントとニーズを考えながら物事を選択していく大切さを実感した。
以下本書の言葉を引用する
「ニーズ」と言う言葉は、空間的に言えば、外部の状況を判断して割り出した必要性であり、時間的に見ると、過去から現在にかけて人間が経験した事、得たものを基準にして割り出した必要性という意味に使われる。これに対して「ウォント」は、自分の内部から出てくる必要性であり、現在と未来に時間軸をとった上での必要性を意味している。すなわち、欲望とか、欠乏を内包した「必要」がウォントの意味なのだ。
そして、彼が「複素多様体の特異点に関する研究」でフィールズ賞を受賞するほどの研究成果を出せたのは、ウォントという情念が常に彼を動かしつづけたからだと言う。
ものを創る過程には総じて飛躍が必要であり、彼の飛躍の原動力はニーズではなく、ウォントであった
という。
また著者は若者の就職に対して、情報などによりニーズを割り出して就職先を決める人が圧倒的に多いと言う。例えニーズから割り出した就職先であっても、それが何らかの形でウォントに切り替わらない限り、どこかで挫折してしまうのではないかと言う。
理性による判断から生まれた「ニーズ」、現在の自分の中にある何かいたたまれない情念から生まれる「ウォント」。最近、就職に対して自分自身はニーズ一辺倒で考えて来た感があった。ニーズありきのウォントになっていたと思う。その場合のウォントは何かしっくりこないなと思う事が多々あった。そういう思考回路を一度リセットする機会をこの本で持つことができて有意義だった。
あーー2日酔いなのか、風邪なのかわからないこの体のだるさ。リセットして欲しいです。
2005/01/04
2005年スタート
新年3日が過ぎようとしてます。
意気込んで年末年始にがっつり本読み計画を立てたものの全くです。
まぁある意味家族や親戚や友達等と密度の濃い時間を過ごしたのでありでしょうか。
うん、ありにします。
明日もまだお気に入りの図書館は開いてくれませんが、そろそろ生活リズムを作って具体的に課題などをこなさなと思う深夜。生活リズムは自分自身非常に重要視しているのですが、作り出すのはなかなか難しい。
リズムを形成したいとき<僕の場合>
1.必ずこなさなければならない事(課題)を把握
↓
課題をこなすためのおおよそのプロセス把握
<期限から逆算してどれくらい困難そうか>
2.自分の将来像把握
↓
将来像に必要な事(読書等)把握
1,2より
課題と読書のその時点における優先順位を選定
↓
優先順位に応じて一日の時間配分選定
<飽きやすいので並行する>
ん。ていうか誰でもこうするか。
結局は短期的な目標設定により自身にプレッシャーをかける事が大切なんでしょうな。
意気込んで年末年始にがっつり本読み計画を立てたものの全くです。
まぁある意味家族や親戚や友達等と密度の濃い時間を過ごしたのでありでしょうか。
うん、ありにします。
明日もまだお気に入りの図書館は開いてくれませんが、そろそろ生活リズムを作って具体的に課題などをこなさなと思う深夜。生活リズムは自分自身非常に重要視しているのですが、作り出すのはなかなか難しい。
リズムを形成したいとき<僕の場合>
1.必ずこなさなければならない事(課題)を把握
↓
課題をこなすためのおおよそのプロセス把握
<期限から逆算してどれくらい困難そうか>
2.自分の将来像把握
↓
将来像に必要な事(読書等)把握
1,2より
課題と読書のその時点における優先順位を選定
↓
優先順位に応じて一日の時間配分選定
<飽きやすいので並行する>
ん。ていうか誰でもこうするか。
結局は短期的な目標設定により自身にプレッシャーをかける事が大切なんでしょうな。
2004/12/26
子供兵
何かと並行してやる事が多い今日この頃。先日、学生サークルが主催する平和を考えるイベントに参加した。
イベントの目的は世界中で起きている内戦や戦争に、子供も兵士として戦争に参加している事実に焦点を当て、皆で考えようというものだった。
講師として実際にウガンダで子供兵についてのフィールドワークをした方が来ていて、少年・少女兵の軍隊を除隊した後の実際のインタビュー映像を流し、その現実を語ってくれた。その映像中の、除隊した子供の表情を見ると、あまりに一般の子供の表情からかけ離れている印象をうけた。何か深い悲しみと恐怖を通り越したような目をしていた。その地域(ウガンダ北部)の子供は軍の拉致により強制的に子供兵にされるケースが多い。映像中の子供たちも、夜寝ている時、村に侵入してきた兵士に拉致され子供兵として軍に入隊させられる事が多かった。
インタビューを受けた元少年兵の一人は次のような経験をした。
一度拉致された後にもう一度軍の兵士と家族の元まで戻り、軍の兵士は少年に次のように強要する。
「母親を殺せ」。しかし、少年はそんな事はできず。すると軍の男はナタを持ってきて少年に、「このナタで母親の腕を切り落とせ。もししないなら、お前も家族も全員殺す」という。あまりの恐怖に少年はナタで母親の腕を切り落として再び軍に連れて行かれる。少年は、絶望感と共にもう家族の元に帰れないと思う。非常にむごいが、本当にある話しなのだ。
子供を兵士として軍が利用する目的として大人の兵士よりも従順で、扱いやすく、洗脳する事により良い兵士になっていくと考えている。子供兵は前線に配置されるので地雷の被害などを受けやすい。また彼らが何らかのきっかけ(怪我や逃走)で元の生活に戻っても、通常の人のように生活するのは難しいと言う。
この問題を解決するために
(1)子供兵の発生防止
(2)除隊後の子供のケアがある。
(1)として、子供兵が発生する要因の一つに武器の軽量化があり、その点で先進国が深く関わっている。子供の体力でも簡単に扱える軽量武器製造の88%は先進国の企業である。近年では製造の効率化により、以前よりも安価で戦闘地にそれらの武器が送り込まれている。この点を何らかの規制により先進国企業に圧力をかけなければならない。
(2)として、除隊後の子供に対して社会復帰させる環境作りが必要である。具体的にはケアセンターの設立である。今回の講師として来られた方はウガンダのケアセンターに訪れ、除隊後の子供たちにインタビューしていた。それには子供兵の現実を知らせると共に、センターの内容充実の目的があった。
(1)、(2)を実行するにしてもまず多くの人がこの現実を知ることが重要である。現実を知らない限り、次の一手がうてないからだ。少しでも多くの人が子供兵の現実を知り、個人個人の尺度で考えてほしいと思う。
関連URL
イベントの目的は世界中で起きている内戦や戦争に、子供も兵士として戦争に参加している事実に焦点を当て、皆で考えようというものだった。
講師として実際にウガンダで子供兵についてのフィールドワークをした方が来ていて、少年・少女兵の軍隊を除隊した後の実際のインタビュー映像を流し、その現実を語ってくれた。その映像中の、除隊した子供の表情を見ると、あまりに一般の子供の表情からかけ離れている印象をうけた。何か深い悲しみと恐怖を通り越したような目をしていた。その地域(ウガンダ北部)の子供は軍の拉致により強制的に子供兵にされるケースが多い。映像中の子供たちも、夜寝ている時、村に侵入してきた兵士に拉致され子供兵として軍に入隊させられる事が多かった。
インタビューを受けた元少年兵の一人は次のような経験をした。
一度拉致された後にもう一度軍の兵士と家族の元まで戻り、軍の兵士は少年に次のように強要する。
「母親を殺せ」。しかし、少年はそんな事はできず。すると軍の男はナタを持ってきて少年に、「このナタで母親の腕を切り落とせ。もししないなら、お前も家族も全員殺す」という。あまりの恐怖に少年はナタで母親の腕を切り落として再び軍に連れて行かれる。少年は、絶望感と共にもう家族の元に帰れないと思う。非常にむごいが、本当にある話しなのだ。
子供を兵士として軍が利用する目的として大人の兵士よりも従順で、扱いやすく、洗脳する事により良い兵士になっていくと考えている。子供兵は前線に配置されるので地雷の被害などを受けやすい。また彼らが何らかのきっかけ(怪我や逃走)で元の生活に戻っても、通常の人のように生活するのは難しいと言う。
この問題を解決するために
(1)子供兵の発生防止
(2)除隊後の子供のケアがある。
(1)として、子供兵が発生する要因の一つに武器の軽量化があり、その点で先進国が深く関わっている。子供の体力でも簡単に扱える軽量武器製造の88%は先進国の企業である。近年では製造の効率化により、以前よりも安価で戦闘地にそれらの武器が送り込まれている。この点を何らかの規制により先進国企業に圧力をかけなければならない。
(2)として、除隊後の子供に対して社会復帰させる環境作りが必要である。具体的にはケアセンターの設立である。今回の講師として来られた方はウガンダのケアセンターに訪れ、除隊後の子供たちにインタビューしていた。それには子供兵の現実を知らせると共に、センターの内容充実の目的があった。
(1)、(2)を実行するにしてもまず多くの人がこの現実を知ることが重要である。現実を知らない限り、次の一手がうてないからだ。少しでも多くの人が子供兵の現実を知り、個人個人の尺度で考えてほしいと思う。
関連URL
2004/12/07
リベラルな人
昨日、大学で開かれていたコンサルタントセミナーに参加してきた。
岩瀬秀明さんという方の講演を聞く目的で参加した。
彼は神戸大工学部卒でいくつかのキャリアを経て、マッキンゼー入社、8年ほど勤めた後、現在はQOL(Quality of Life)という戦略系コンサルの代表取締役社長である。
彼の講演の中でいくつか印象に残ったもの3点挙げると
1.リスクフリー時の貴重さ
日々新しいものを捜し求めて生活している岩瀬さん。このスタンスは学生の頃から変わっていないらしく、その時々に好きなものをやっていたのでものすごく吸収が早かったという。彼の現在の価値観で20代前半、またキャリアが浅い人に対してのアドバイスとして、その状態、つまりリスクフリーな状態を目一杯有効に使って欲しいとの事だった。様々なキャリアパスを持つ人が純粋にそう語ってくれた言葉は、今の僕にとって非常に刺激的だった。
2.呪縛の徹底理解
コンサルタントとして新しいアイデアを出すために、まず呪縛を解く事と話されていた。問題の前提条件、制約条件を徹底的に理解した上で、それを取り払い、問題の本質に望む姿勢を持っているという。問題の本質に行く前に、問題の前提条件を徹底的に理解し、取り除けということか。
3.リスクの責任を自分で取れる人
これは岩瀬さんが尊敬する人物像。彼自身リスクに対して前向きな姿勢を持っているのが話し言葉でも感じれたし、現在の彼自身が理想としている生き方なのかなと思った。
1.2.3と挙げたが、講演中話されている節々から、本当にこの人は好きなことをやっているなーと感じた。好きなことと言えば少し軽いかもしれないが、興味があり、自分がその時々に夢中になれる事を探し、没頭する。自分がやりたい事なら、少々のしがらみも吹き飛ばし、実行に映す。自由、特に心の自由を優先にして生きている人なんだと思った。講演後お話しさせてもらっている時でも、時間価値の高い経営コンサルのイメージとは反して、ゆっくりとした雰囲気を持っており、話すテンポは忌野清志郎のようだった。ちょっと、理想だなと思ったりした。
下のは今の僕のPC壁紙。
ポスカからスキャンしたもの。
アンディ・ウォーホルの作品で、夏、文化村であったグッゲンハイム美術館展で展示されていた作品。
彼の作品であまり心動かされたことはないのだけど、この作品は素直にカッコイィと思った。シュッとした感じが。

Andy Warhol / Mercedes-Benz W196 R Grand Prix Car
岩瀬秀明さんという方の講演を聞く目的で参加した。
彼は神戸大工学部卒でいくつかのキャリアを経て、マッキンゼー入社、8年ほど勤めた後、現在はQOL(Quality of Life)という戦略系コンサルの代表取締役社長である。
彼の講演の中でいくつか印象に残ったもの3点挙げると
1.リスクフリー時の貴重さ
日々新しいものを捜し求めて生活している岩瀬さん。このスタンスは学生の頃から変わっていないらしく、その時々に好きなものをやっていたのでものすごく吸収が早かったという。彼の現在の価値観で20代前半、またキャリアが浅い人に対してのアドバイスとして、その状態、つまりリスクフリーな状態を目一杯有効に使って欲しいとの事だった。様々なキャリアパスを持つ人が純粋にそう語ってくれた言葉は、今の僕にとって非常に刺激的だった。
2.呪縛の徹底理解
コンサルタントとして新しいアイデアを出すために、まず呪縛を解く事と話されていた。問題の前提条件、制約条件を徹底的に理解した上で、それを取り払い、問題の本質に望む姿勢を持っているという。問題の本質に行く前に、問題の前提条件を徹底的に理解し、取り除けということか。
3.リスクの責任を自分で取れる人
これは岩瀬さんが尊敬する人物像。彼自身リスクに対して前向きな姿勢を持っているのが話し言葉でも感じれたし、現在の彼自身が理想としている生き方なのかなと思った。
1.2.3と挙げたが、講演中話されている節々から、本当にこの人は好きなことをやっているなーと感じた。好きなことと言えば少し軽いかもしれないが、興味があり、自分がその時々に夢中になれる事を探し、没頭する。自分がやりたい事なら、少々のしがらみも吹き飛ばし、実行に映す。自由、特に心の自由を優先にして生きている人なんだと思った。講演後お話しさせてもらっている時でも、時間価値の高い経営コンサルのイメージとは反して、ゆっくりとした雰囲気を持っており、話すテンポは忌野清志郎のようだった。ちょっと、理想だなと思ったりした。
下のは今の僕のPC壁紙。
ポスカからスキャンしたもの。
アンディ・ウォーホルの作品で、夏、文化村であったグッゲンハイム美術館展で展示されていた作品。
彼の作品であまり心動かされたことはないのだけど、この作品は素直にカッコイィと思った。シュッとした感じが。

Andy Warhol / Mercedes-Benz W196 R Grand Prix Car
2004/12/05
写真『演奏会撮影時の制約条件』
今日、写真撮影のバイトに伊丹ホールまで行ってきた。撮影対象はエルデという混声合唱サークルの定期演奏会だった。そのサークルには研究室の後輩が所属していたので、仕事してはやりやすかった。普段、自分が街などをうろうろしながら好き勝手撮るのとは違い、演奏会の撮影となるといくつかの制約があるので、難しい面がある。具体的に3つ挙げると
1.光の制約
室内撮影となるので、自然光と違って少ない光量で限られた絞り値しか扱えない。よって、ボケ具合を写真に表現する事は困難。ま、ズームでクローズしたときのボケは当然発生しますが。あと、ストロボ使用時の固定的な絞り値は僕苦手というか嫌いです。
2.空間の制約
リハーサルでは比較的自由に動き回れるが、本番では観客の邪魔にならないよう、撮影場所は限定される。よって写真に角度のバリエーション、遠近感のバリュエーションを表現しにくい。遠近感はズームレンズで補完できそうだが、自分はどうもズームレンズでの距離のとり方に違和感を感じる。おそらくその違和感が写真にも現れてしまうんでしょう。普段は単焦点レンズを使って自分の足で距離感をとるタイプなので。
3.音の制約
演奏会においては、この点がすごいシビアだと思った。特に今日使った1Nはシャッター音が激しいので周りにすごい気を使った。静寂の時にシャッターを切ろうものなら、会場に響き渡ってしまうくらい。
2.3に関しては、ホント空気読むって事ですわ。ま、空気読む練習になったかな(笑)って全然読めてなかったりしてー
あと、演奏会に関してはすごい楽しませてもらいました。谷川俊太郎の詩がいくつか出てきて、そのときはただの観客でした(笑)。また4回生の最終演奏会でもあり、後輩の4年間の集大成を見させていただいきました。まろ君お疲れ様でした。ピアノ良かったぜよ。
因みに今日、使った機材を紹介しておくと
ボディ canon EOS-1N
レンズ 17-35mm L f 2.8
70-200mm L f 2.8
ストロボ canon 540EZ
フィルム コダックとフジ ESO 400の普通のん 計8本
2004年12月5日(日) 混声合唱団エルデ撮影@伊丹ホール
1.光の制約
室内撮影となるので、自然光と違って少ない光量で限られた絞り値しか扱えない。よって、ボケ具合を写真に表現する事は困難。ま、ズームでクローズしたときのボケは当然発生しますが。あと、ストロボ使用時の固定的な絞り値は僕苦手というか嫌いです。
2.空間の制約
リハーサルでは比較的自由に動き回れるが、本番では観客の邪魔にならないよう、撮影場所は限定される。よって写真に角度のバリエーション、遠近感のバリュエーションを表現しにくい。遠近感はズームレンズで補完できそうだが、自分はどうもズームレンズでの距離のとり方に違和感を感じる。おそらくその違和感が写真にも現れてしまうんでしょう。普段は単焦点レンズを使って自分の足で距離感をとるタイプなので。
3.音の制約
演奏会においては、この点がすごいシビアだと思った。特に今日使った1Nはシャッター音が激しいので周りにすごい気を使った。静寂の時にシャッターを切ろうものなら、会場に響き渡ってしまうくらい。
2.3に関しては、ホント空気読むって事ですわ。ま、空気読む練習になったかな(笑)って全然読めてなかったりしてー
あと、演奏会に関してはすごい楽しませてもらいました。谷川俊太郎の詩がいくつか出てきて、そのときはただの観客でした(笑)。また4回生の最終演奏会でもあり、後輩の4年間の集大成を見させていただいきました。まろ君お疲れ様でした。ピアノ良かったぜよ。
因みに今日、使った機材を紹介しておくと
ボディ canon EOS-1N
レンズ 17-35mm L f 2.8
70-200mm L f 2.8
ストロボ canon 540EZ
フィルム コダックとフジ ESO 400の普通のん 計8本
2004年12月5日(日) 混声合唱団エルデ撮影@伊丹ホール
2004/11/18
モンドリアン
最近は就活をはじめた影響なのか、あまり芸術に触れる機会から遠ざかっているように思う。写真を撮る意欲もあまりないし、映画も以前よりはあまり見ていない。何かにつけて読む本も自分の将来の理想方向を見据えた短期的に読むべき本に限定されてきているのかも。そんな自分は今、経済合理主義人間と化してしまっているのか(大袈裟ですね、はは)。そんなカチカチっぽい理想像はないので、少なくともアートが自分なりの尺度で感じれる人間にはなりたいですね。
今ふと部屋を見渡したら下添付のポストカードが飾られていたので、なんだか改めてこの作品、いや彼、 Piet Mondrianの作品に感銘を受けておりました。やっぱりこの抽象性、幾何学性には深みを感じさせられます。これはcompositionっていう作品なんやけど、同タイトルでもいくつか違うパターンのものがあって、僕的にどれもいい感じです。モンドリアンの作品に触れたのは、欧州を回った際のいくつかの美術館でだが、一番インパクトを受けたのが、ポンピドゥ・センターでのBroadway Boogie Woogieだった。抽象的、幾何学的技法を用いてこんなにも感覚的伝達ができるのかと感動した事を覚えている。人間の感覚は抽象的部分が多く占めると思うし、その抽象的部分を抽象的表現を用いて訴えるのは、本来なら最も人間の感覚に響くのではないだろうか。って考え方もありですよねー。少なからず僕自身の写真においてモンドリアンの影響を受けてることは間違いないです。

mondrian
Posted by Hello
今ふと部屋を見渡したら下添付のポストカードが飾られていたので、なんだか改めてこの作品、いや彼、 Piet Mondrianの作品に感銘を受けておりました。やっぱりこの抽象性、幾何学性には深みを感じさせられます。これはcompositionっていう作品なんやけど、同タイトルでもいくつか違うパターンのものがあって、僕的にどれもいい感じです。モンドリアンの作品に触れたのは、欧州を回った際のいくつかの美術館でだが、一番インパクトを受けたのが、ポンピドゥ・センターでのBroadway Boogie Woogieだった。抽象的、幾何学的技法を用いてこんなにも感覚的伝達ができるのかと感動した事を覚えている。人間の感覚は抽象的部分が多く占めると思うし、その抽象的部分を抽象的表現を用いて訴えるのは、本来なら最も人間の感覚に響くのではないだろうか。って考え方もありですよねー。少なからず僕自身の写真においてモンドリアンの影響を受けてることは間違いないです。

mondrian
Posted by Hello
2004/10/28
ネットカフェの戦略
久しぶりにBLOGに手をつける、ていうか存在をすっかり忘れてしまっていた。というのも実家が近距離と言えども新居に引っ越したせいもあってネット環境が整っていない状態なのである。
今は誰もいない研究室からPOSTしております。明日中に戦略系コンサルのウィンタージョブエントリーをしないといけません。こんな作業は普段ならお家でやってしまうのが一番リラックスしながらできるのですが、今は仕方ありません。
最近では今まで行ったこともない、漫画喫茶にいくようになりました。理由はウィンタージョブのエントリーですが。原案はワードで作っているので、ネットがつなる所ならそれほど時間をかけずできるんですがね。
漫画喫茶、インターネットカフェというものがほんとに増えてきたなーって気がします。昨日は図書館に行く前に、堀江にあるネットカフェに入ったんですが、内装というか置いてある雑誌とかテーブルや音楽が、いわゆる堀江界隈にあるカフェのイメージで作られていました。地元にもそこと同じ名のネットカフェがあるのですが、サービス内容はほぼ同じだが、価格や、店舗内の雰囲気はかなり違っていましたわ。
そこは多数出店しているネットカフェだし、出店に関していろんな戦略が打ち出されていると思う。堀江店に関しては間違いなくあの一般的なオシャレカフェに対抗すべく戦略を打ち出していたと思う。一般的な堀江にあるカフェと差別化の要素となるのはネット環境が確保されていること、これが今後かなりきいてくると考えているのだろうか。もちろん、漫画も大量にあるわけやし、一般的なオシャレカフェとの住み分けも考えられる。それは昼間友達としゃべりメインのオシャレカフェ、夜は暇だし一人でネットカフェ。でもそのネットカフェも感覚的に昼間のカフェの雰囲気に近いからすんなり空間に浸れる。
堀江店の戦略として、エリア特性を踏まえた上で利用顧客にいかにオシャレという雰囲気を感じさせるか、この点をかなり重要視しているように思った。現段階での利用者は、普段堀江のカフェを頻繁に利用しているような感じの人は少なかったが、今後の顧客分類をみていくとそのような路線へと転向していくのだろうか、結構興味深い結果がでるかもしれない。堀江店はまだ出店して間がないし、口コミや価格面でのリピーター確保と認知度をあげるための、短期的戦略も考えているのかもしれない。少なくとも価格面では地元よりも一時間あたりの利用料金が安かったので、現在価格面では戦略実行中かもしれませんねー(堀江のほうが地元よりももちろん土地代は高いです)
まぁネット目的でなくても、友達誘って一度そのネットカフェの堀江店は紹介してみたいなーって印象はもちましたわ。あぁいう形態がもしかすると今後のカフェの主流になってきたりして!?
あー今からエントリーで要求されているお題についての戦略を考えねば。妥協せず頑張ってみよっと♪
今は誰もいない研究室からPOSTしております。明日中に戦略系コンサルのウィンタージョブエントリーをしないといけません。こんな作業は普段ならお家でやってしまうのが一番リラックスしながらできるのですが、今は仕方ありません。
最近では今まで行ったこともない、漫画喫茶にいくようになりました。理由はウィンタージョブのエントリーですが。原案はワードで作っているので、ネットがつなる所ならそれほど時間をかけずできるんですがね。
漫画喫茶、インターネットカフェというものがほんとに増えてきたなーって気がします。昨日は図書館に行く前に、堀江にあるネットカフェに入ったんですが、内装というか置いてある雑誌とかテーブルや音楽が、いわゆる堀江界隈にあるカフェのイメージで作られていました。地元にもそこと同じ名のネットカフェがあるのですが、サービス内容はほぼ同じだが、価格や、店舗内の雰囲気はかなり違っていましたわ。
そこは多数出店しているネットカフェだし、出店に関していろんな戦略が打ち出されていると思う。堀江店に関しては間違いなくあの一般的なオシャレカフェに対抗すべく戦略を打ち出していたと思う。一般的な堀江にあるカフェと差別化の要素となるのはネット環境が確保されていること、これが今後かなりきいてくると考えているのだろうか。もちろん、漫画も大量にあるわけやし、一般的なオシャレカフェとの住み分けも考えられる。それは昼間友達としゃべりメインのオシャレカフェ、夜は暇だし一人でネットカフェ。でもそのネットカフェも感覚的に昼間のカフェの雰囲気に近いからすんなり空間に浸れる。
堀江店の戦略として、エリア特性を踏まえた上で利用顧客にいかにオシャレという雰囲気を感じさせるか、この点をかなり重要視しているように思った。現段階での利用者は、普段堀江のカフェを頻繁に利用しているような感じの人は少なかったが、今後の顧客分類をみていくとそのような路線へと転向していくのだろうか、結構興味深い結果がでるかもしれない。堀江店はまだ出店して間がないし、口コミや価格面でのリピーター確保と認知度をあげるための、短期的戦略も考えているのかもしれない。少なくとも価格面では地元よりも一時間あたりの利用料金が安かったので、現在価格面では戦略実行中かもしれませんねー(堀江のほうが地元よりももちろん土地代は高いです)
まぁネット目的でなくても、友達誘って一度そのネットカフェの堀江店は紹介してみたいなーって印象はもちましたわ。あぁいう形態がもしかすると今後のカフェの主流になってきたりして!?
あー今からエントリーで要求されているお題についての戦略を考えねば。妥協せず頑張ってみよっと♪
2004/10/07
脱駒ヶ根!
卒検合格して、18日間居た駒ヶ根ともようやくおさらばです。
今はバスの時間待ちで、最後の教習所PC使用です。
もう田舎生活は当分結構ですね。
やっぱり、のどかな生活をしてるとモチベーションが急減します。と言うよりも人でしょうかね。
都会の喧騒感が無い分、ゆっくりと時間が流れていて一日の移り変わりを心地よく感じれる精神状態で生活していました。なんとものんびりした時間を過ごしていました。帰ってからは自分自身の方向性に沿う、具体的行動を重んじた生活になるでしょう。帰ってからの半年は自分にとって、より具体的にビジョンを定め、とりあえずの方向を明確化する作業が必要とされ、そのことに多くの時間を費やすことになるでしょう。『狭めることを不安に思う必要はない』という友人のアドバイスも頭に入れて、自分の成長するために無駄の無い時間、つまりタイムマネジメントをしっかりしていこうと思っている。
やはり今後当分の間も『行動力』が僕の生活の基本となりそうだ。
話は戻り、駒ヶ根はとても良い印象を受けたし、素晴らしい魅力的な要素もたくさんある。なので、また必ずここに来たいと思う。もちろん9月23日の三国煙火に日程を合わせて。
そろそろ出発だ
今はバスの時間待ちで、最後の教習所PC使用です。
もう田舎生活は当分結構ですね。
やっぱり、のどかな生活をしてるとモチベーションが急減します。と言うよりも人でしょうかね。
都会の喧騒感が無い分、ゆっくりと時間が流れていて一日の移り変わりを心地よく感じれる精神状態で生活していました。なんとものんびりした時間を過ごしていました。帰ってからは自分自身の方向性に沿う、具体的行動を重んじた生活になるでしょう。帰ってからの半年は自分にとって、より具体的にビジョンを定め、とりあえずの方向を明確化する作業が必要とされ、そのことに多くの時間を費やすことになるでしょう。『狭めることを不安に思う必要はない』という友人のアドバイスも頭に入れて、自分の成長するために無駄の無い時間、つまりタイムマネジメントをしっかりしていこうと思っている。
やはり今後当分の間も『行動力』が僕の生活の基本となりそうだ。
話は戻り、駒ヶ根はとても良い印象を受けたし、素晴らしい魅力的な要素もたくさんある。なので、また必ずここに来たいと思う。もちろん9月23日の三国煙火に日程を合わせて。
そろそろ出発だ
登録:
投稿 (Atom)
