2007/06/26

In Morocco

Bonjour.
Now I'm in Marrakech,Morocco.
I spend a week's holiday of my company in this country.
I haven't upgrade this blog for a long time,so I try it with free feeling here.
I want to write much by using Japanese lungage.
But I can't use it here,and in addition,it's hard for me to use keyboard of French spec.

Yesterday morning(6/24 AM 9 local time:time difference between Tokyo and Morocco is 9hours),I arrived at Casablanca in Morocco by air.
Total flight from Haneda to Casablanca is about 20hours via Kansai,Doha by using Qatar airline.
I use this airline for the first time,I think it's nice service.
Recently Qatar air make an alliance with ANA,so mileage traveled by using this airline are added frequent flyer program of ANA,and I did so this time.

And in Casablanca.
I directly came to Marrakech by train from airport of Casablanca(it takes 4hours),without staying in Casablanca.
Because I thought instinctively it's not interesting there.
Casablanca is famous for movie...

In Marrakech.
The old town(called "Medina" in Arabian country)of Marrakech is a UNESCO world heritage site.
Markets of Medina(called "Souk" in Arabian country)have an atomosphere of energize,exciting,crowded,historical,traditional,caos and so on.
All of people in here are many kinds of business.
For example,it's peformer of snake,entertainer,craftsman of traditional item(cattle and sheep leather,shoes),artisan of metallic item and so on.
Sorry,it's difficult for me(my poor English) to explain everything about medina and souk.
Anyway,it's nice.
But here,it's hot during the daytime,so I get tired easily when I walk outside.

Tomorrow,I will join a tour(3days-2night) of the Sahara Desert.
A little while ago,I entered this at the tourist office.
This plan is to go over Atlas mountain from Marrakech,to pitch a tent and spend night in the Sahara Desert and so on.
I'm very looking forward to this.
I will feel grand and free more and more.

and show the picture in this web after back to Japan.
maybe good pic...

enjoy the rest.
Bye.

2007/05/15

Garota de Ipanema


なんとなく写真をスキャンしたので、ついでにupしてみる事にした。
ブラジルのリオの写真。
リオ。
街と海の距離が近くて、とてもいい印象を持っている。
街と海の物理的距離というよりも、人が海に対する精神的距離が近いと感じた。
暮らしている人が海を愛しているからなのだろうか、人と街と海が調和していた。
人の生活に海の存在が浸透していたように思う。
おかげで空気が軽かった。

イパネマ海岸からちょっと歩いた所にあるカフェ、Garota de Ipanema。
Anotonio Carlos Jobinが店の名前同様の曲をつくるきっかけになったところ。
もちろん、Jobinの曲が先で店名が後。作曲当時の店名はヴェローゾだったらしい。自分は、jobinがこのカフェで座っていたとき、美しい女性が窓越しに通り過ぎていったのをきっかけに曲がつくられたというエピソードを元に、それっぽい写真をとってみたのを覚えている。でも、よう考えたら通行人を意識して撮ってる訳やから俺めっちゃきもいやつやん!はずかし。載せるんじゃなかった。

Garota de Ipanema(邦名:イパネマの娘)は色んなアーティストにカバーされているけど、一番好きなのは Samba Pa Ti/V.Aに入ってるJarabe de PaloのLa chica De Ipanema。相当さわやかな空気感を感じ取れるはず。

そろそろ、旅の季節(?)なので、どこかに行こうかなと思っている。

2007/04/22

写真 国立新美術館

久しぶりに写真UPしてみた。
スキャナーもゲットしたし、元々写真をWEBにのっけることを目的にしたBLOGだった事を思い出した。今回のおNEWのスキャナーはCANONのやつで、ネガスキャンができるすぐれもの。最近は、よく青山のナショナルフォートというプロラボにフィルムを出して現像してもらっているので、どっかの量販店に出した時のように仕上がりに憂慮する事はない。やっぱりモノクロの面白さに未だ逃れられず、GW前半に帰阪する時に、大学の部室まで行って写真をプリントしようと思う。以下、ちょっと前に国立新美術館に行った際に撮ったもの。



2007/03/27

選択

気が付くともう年度末。前回からの投稿からもう一ヶ月も経ってるではないか!

社会人1年目ももう終わってしまうなぁと、少しは思ってみたりはする。2006年度の4月からの一年は長い気がしたけど、ここ半年はすごい短く感じた。
2年目からはもっともっと時間が早く過ぎていくと聞く。時間の波に飲 まれないようにしないと。
ていうか時間の波って、ほんま誰かうまく表現したもんやわ。誰しもこの言葉からイメージできるもんね。抽象的事象を言葉で具体化させる 事って難しいけど、人に何かを伝えるためのスキルとして重要だと思う。

いきなり話は変わるが、今日の朝、「選択」というものについて考える機会があった。

朝、 いつものように寮のポストから新聞を抜き出して出社した。今日の日経は第1部の内側に第2部が折り込まれていた。僕はそれを新聞の厚さと、ポストの前 に置かれたゴミ箱に中身をみられる事なく捨てられた第2部の存在を確認して理解した。その際、自分も寮の多くの人と同じように第2部は捨てて、第1部だけ 通勤に持っていこうかなと思った。カバンがかさ張るのも嫌だし、不動産の広告とか今の自分に特に必要のない情報だと持っていっても意味がないため。
でも何故か、捨てるという選択をしなかった。

そしていつものように西部池袋線から丸の内線に乗り換えた後、新聞を読み始める。
さっき捨てるという選択をしなかった第2面は何が書かれているのだろうかと思い、まず目を通すことにした。自分の選択はいかほどのものっだたのかを確かめ たかったのかも知れ ない。
すると関西の経済が特集されており、そこには空港政策の識者として、大学・大学院の研究室の恩師が載っておられた。
本当に尊敬する人なので、朝から 色んな意味でとても嬉しい気分になった。
同時にすごい基本的だけど、こうして社会人になっても周りの人のおかげで自分が成り立っている事を感じた。

本当に些細なことに対しても、生きていく上であらゆる選択肢があって、その度に自分は何かしらの決定をする。
選択と同じようにチャンスもあり、知らず知らずのうちに何かを取捨選択していて、もしかしたらチャンスを逃したなんて事も多分にあるかも知れない。

前進するためには選択する必要があり、選択してしまったらその道を進むしかない。
しかし、ゴールには数多くの行き方があると思う。
旅の話になるが、事実リマをスタートしサ ンパ ウロがゴールの旅をした際の行き 方なんて無数にあったし、結果的に当初全く予定しなかったプロセスを辿った。
でもゴールにはたどり着いた。

旅のゴールと上記のゴールを同一視する事には無理があるかもしれないが、まぁ人それぞれの解釈だろうし、同じと思えば、きっと同じになっているんでしょうな。
でも物理的距離を示すゴール(旅のゴールなど)以外のゴールって何なんやろうね、人生のゴールとか、仕事のゴールとかで使われる事があるけど、実はその本質って物理的なゴールと近い(もしくは同じ)のかもしれないね。
少なくとも自分は自分の旅してきた経験 を思い返してそう 感じる。だとすると、ゴールが見えないとどこに進んでいいのかわからなくて選択もできず途方にくれてしまうので要注意、か。

これまでと同様、今後もあらゆる事を選択していかねばならず、ゴールを見据えながら自信を持って選択し、自分の道を切り拓いていきたいと思う。

なんかまじめな気分で社会人2年目を迎えていこうと思います。はい!

2007/02/18

友人の写真展(リクルート主催第28回ひとつぼ展)

大学の写真部同期の金川晋吾。
学生時代から独特の感性の持ち主で、言葉の表現力も素晴らしい。
なんか不思議な魅力がある彼の写真。いつもなんか不思議な世界に連れてってくれるのです。

そんな彼の作品が出展される写真展が明日(2/19)から新橋のガーディアン・ガーデンリクルートGINZAビルB1)で開催されます。そろそろビッグな写真家になってしまうので、今の内に要チェキです。是非足を運んでみてください。きっと日常では味わえない感覚が訪れるでしょう。
以下情報。

第28回写真『ひとつぼ展』 

【概要】
ポートフォリオによる一次審査を通過した出品者10名が、それぞれ3.3m(1.82×1.82m)のスペースの中で作品を構成し、発表する『ひとつぼ展』を2月19日(月)より開催。会期中の二次審査会でグランプリに選ばれると、1年後にガーディアン・ガーデンで個展を開催する権利が贈られる。

■会 期
2007年2月19日(月)~3月8日(木)
日曜・祝日は休館 入場無料

■会 場
ガーディアン・ガーデンMAP


因みに昨年の第27回も彼は1次審査を通過して会場で展示されていた。今回は断然グランプリ狙い、よな!?昨年の展覧会が終わったときから、今回選ばれる事を前提に構想を練ってたもんな!有言実行さすが。頑張れよ、アーティスト!応援してます。

2007/02/05

六本木

前のポストの流れで、六本木について。
3月末には商業施設・文化施設・オフィスが融合された東京MIDTOWNもできるし、六本木界隈はさらに面白くなるんじゃないかな。アートの発信を根底においた街づくりをしているところがいいね。最近は何かと六本木に来る機会があって、何かだんだんとこの界隈が好きになってきた。そもそも大好きな青山とか恵比寿とも近いし。
六本木ってなんか若々しい感じがする。
六本木ヒルズにレジデンスが併設されているように、東京MIDのコンセプトにもビジネスと住空間を同時に創出するってコンセプトがある。ヒルズは森ビルで東京MIDは三井不が手がけているみたいだけど、今後の六本木を活性化させる足並みは一致していると判断できる。そもそも、今回の防衛庁跡地のプロジェクトに関与する媒体って相当多様だと思うし、当然のように意思決定がデベロッパーに依存しているわけではないわな。

丸の内とか大手町のような古くからあるビジネス街と違って、ヒルズ族に象徴されるような六本木のビジネス街。
丸の内、大手町がある千代田区って夜
間人口は約4万4000人で23区で最も少ないが、昼間人口は約85万人にまで膨れ上がる。23区内で最も昼間から夜間にかけての人口減少が激しい。港区は昼間人口83万人に対して、夜間人口は15万人程度。(参考:東京都の統計
こ の数字をうけて定性的な評価をすると、丸の内と大手町は街に無機質な感じがする。皇居の周りは緑が多いが、何か無機質というか街に温かみがない。夜間人 口の多い世田谷区などでは街としての面白みが凝縮されているような気がする。街の面白みとか温かみと言う点で夜間人口が起因する要素って結構多いのだと思 う。
これまでの東京では、そういう昼間人口と夜間人口に差が出る都市形成が計画実行されてきたのだと思う。しかし、今とこれからの六本木に関して は、これ までにな い、昼間人口と夜間人口をどちらも増加させていくようなそういう街づくりがなされていく事になるのだと思う。いずれにせよ、どんな街に変化していくのかが 見ものである。実はこのような(都心に夜間人口を増やす事)発想って、前回登場した黒川紀章が提唱していることがわかった。(参考:首都機能移転で東京を人の住む街にする

2007/02/04

黒川 紀章

国立新美術館に行って来た。
乃木坂が最寄になるけど、ほぼ六本木。
たいしてそそられる展示はやっていなかったが、黒川紀章展が やっていたので行ってみた。そもそも、黒川紀章が設計していた事すら知らなかった。どうせ港区だから、森ビルがデベロッパーで表参道ヒルズの時 のようにタダオアンドウの作品なのかなと思っていた。そしたらタダオアンドウは3月末オープンの東京MIDTOWN全体の計画に携わっていたみたい。んで東京 MIDは三井不みたい。てっきり港区の土地は森ビルが買い占めてると思ったぜ。

で まぁ国立新美術館の話ですが、自分の中では黒川紀章=メタ ボリズム、メタボリズムと毎回僕にとって定義を確認する必要のある言葉を発信してそれを念頭に建築してるっ てイメージがあるわけです(黒川先生に詳しい人ごめんなさい)。でも、心斎橋のソニプラとか馴染みのある作品もあって、さらにアムスのゴッホミュージア ム新館も黒川紀章だったではないかと思い、少し親近感を持った。

その黒川紀章がひょっこり会場に居られた。オーバーサイズのスーツで太目のストライブのシャツを着て、
KARL LAGERFELDが常にかけてるような太目のグラサンをかけていた。 思ったより小柄だった。通常メディアを通じて見る人に対して実物より大きいイメージを持っているものだ。逆にイメージより大きい人もいるという話も聞く。

んでまぁ、会場の人は最初誰も気づいていないわけだ。気づいても誰も絡もうとしない。他にも展覧会があったし、無料だし、多くの来展者が黒川紀章に興味を持っているわけではないのでしょう、と思った。まぁ、俺は若干怪しい人がおるなとは思っていたが、案の定彼だった。
そこまで感激!って感じでもなかったけど、まぁいい機会だと思って話そうと試みてしまうわけだ。
そ こで、何を話してやろうかと。建築の事をつらつらと質問しても大抵の事はWEBで仕入れ可能な情報なので、その展覧会のパンフレットには何で袴+刀のサ ムライスタイルなのかとお尋ねした。すると『それが僕の正装なんだよ。』って。じゃあなんで、今日はスーツなんですか、と僕。今日は若干カジュアルだか ら、と彼。まぁ、普通の会話だが。とてもフランクな方で、アムスのゴッホミュージアムの事も軽く触れてみたり、ええ人やなーと。

今回の国 立新美術館のどこにメタボリズムの概念が組み込まれているのですか?みたいな、如何にもどっかで語ってそうな質問は逆に避けたかったし、特にそれ を知ったところで自分のその建築に対する五感を通じたイメージを変えさせるものにはならないと思う。コンセプトを知ることで左脳的に論理的にその建築を解 釈する上では役に立つ情報だと思う反面、本来あるべき芸術の捉え方という点で純粋な感覚が排除されるように思う。自身に先入観を与え、仮説を築き上げてし まうと思えるからだ。

これまでの自分はアートに触れようとするとき、一つの作品のコンセプトを知ることに注力していたと思う。でも最近、岡本太郎の今日の芸術という著名な本を読んで、芸術というものに対する見方が変わった。つまりは上記のようなスタンスになった。以下、感銘を受けた文章を引用する(本文44-45P)。

絵を見ていて「いい」と思ったとき、その人にとって、そう思った分量だけ、わかったわけです。あなたはなにもそれ以外に、わからない分など心配することはありません。
 いつでも自分自身で率直に見るということが第一の条件です。そして何かを発見すれば、それはまず、あなたにとって価値なのです。絵はクイズのように、隠された答えをあてるために見るのではありません。
白紙でどんどんぶつかっていき、それによって古いおのれを脱皮し、精神を高めていくべきです。今まで、良いと思っていたものが案外つまらなくなり、かえって無関心だったものに急に情熱がわいてきたりします。

まぁ、つまりはなんかシンプルに芸術に触れていきたいな、と思ったわけだ。

どうせならパンフレット+詩集を買っていけといわれたので、サインという名のクロカワキショウの名前が入ったパンフレット+詩集を買って帰った。

2007/01/30

映画『フラガール』

週末、フラガールをみた。渋谷のアミューズCQNにて。
当初は酒井家のしあわせを見る予定だったが、一日前に終わっていた。

フラガールの上映開始時間にタイミングが合ったので、半ばしゃあなしでフラガールをみようと思ったわけだ。前回シネカノン系の映画を観た際に予告でやっていたので、作品の存在自体は知っていた。でも、これほどまでに素晴らしい映画だとは思わなかった。本当によかった。

このタイトルから予想するストーリーは、一般的に大体こんなものだろう。
「これまで全く何もできない連中が、団結してフラガール大会かなんかに出て優勝してはい感動!涙ーパチパチーっ」て感じだと思う。大体そんな感じのストーリーが多いのも事実。

ほんとは以下のようなお話。
昭和40年代の福島県いわき市。時代は石炭から石油の時代へと切り替わりつつある。そのような時代背景のもと炭鉱が閉山の方向に向かい、炭鉱会社は次のビジネスへ切り替える必要性に迫られる。そこで炭鉱会社は現在も存在する常磐ハワイアンセンターを営む事を決定する。そんな中炭鉱業に従事している人々(家族)の中にも解雇者が多数出てきて、何か新しい職に就かなければならないのだが、それまで何代にも渉って炭鉱と共に人生を送ってきた人々には新しい生き方には戸惑いがある。炭鉱の元に生まれ、大人になると必然的に炭鉱に入る。それを当然と生きてきた人々には、フラダンスのような半ば自分たちと相容れないものを排除しようとする意識が主流。ただそんな中でも、炭鉱で一生を終える事に疑問を感じ、何か新しい世界に憧れをもつ少女を含む何人かの人間も居る。

ま、ストーリーはこれくらいにしておいて、結果的にはフラダンスという未知のものへの感動が人を変えていくという事

次第に人間の保守性が崩れ始め、新しいものを受け入れはじめる。未知なものは誰だって恐怖感がある。自分の知らないものとはできるだけ触れ合いたくない。そんな意識よりもフラダンスの感動が勝ってしまって・・・という事を全面的に押し出しているわけではなく、実はフラダンスの感動云々よりも、時代が変わることによって、それでも人は生きていく必要があり、その働き方の一つとして、フラガールという選択肢があった事。

映画のワンフレーズで炭鉱夫役の豊川悦治のセリフで、炭鉱が閉山し縮小され行く行くは別の仕事に就く必要性がある現実を知ったとき、『なんで時代の流れに自分たちがあわせなくちゃならないんだ。』と、対極に立つ視点も肯定的に描かれている。

上でも記したように未知のものへの感動(フラダンス)が人の固定観念を変えていく。感動を受けた者は過去の価値観への否定がはじまり、結果的に新しい価値観が登場人物自身の中を占有していく。そんな登場人物の内面的な変化が地方特有の方言と相まって、感動を運んでくれた。

言葉より語るもの。どんな言葉で説得するよりも、表現で気持ちを伝える事ができたら素晴らしい。本作品ではそれがフラダンスだった。

映画の作り手としてはフラガールという題材を用いて、次の3点を伝えたかったのではないかな(主観が十分に含む)。
1、時代の変化に順応する事も時には必要
2、現代に通ずる女性の社会的地位の変化のポテンシャルが、昭和40年代の炭鉱であっても存在していた事
3、過去の考えに固執せず、未知なものを受け入れる素晴らしさ


上記を踏まえて良かった点をまとめると
・何を否定する訳でもなく、新しいもの(フラガール)、旧いもの(炭鉱)のどちらも大切であるというバランスの良さ
・邦画だから味わえる、日本語独特の方言を通じて表現される感動
・フラガールという一見軽そうなイメージの題材で、現在の社会構造を表現するかの如く内容に深みを感じたこと

おすすめですだ。

景観

寮に戻り、PCをつけてふと考えた。
何なんだろうこの囲まれてる感は、と。東京ではほとんど海が視界に入ってこない生活を送っている。学生の時は学校が高台にあったので毎日と言っていいほど海を見ていた。というか、必ず海が視界に入っていた。研究室の席も左をみると大阪湾が一望できた。何気に毎日景観に恵まれていたんだなと思う。

今は会社で18階に居るけど海は見えないし、景色を楽しむ程の余裕はない。ただ周りには緑がたくさんある素晴らしい空間が存在すると思う。仕事中であっても時々感動的な瞬間が訪れる。それは会社の電気が消えたとき。一瞬で辺りが真っ暗になって(自分的には毎回結構びびるのだが)、ふと窓の外を見ると素晴らしい景観が広がっている。皇居を挟んで新宿方面のビル群が闇の中でくっきりと輝いていて何とも格好いいのです。客観的にみると自分の周りのPC画面の明かりもなんか画になるのです。白色系の色は闇と調和せず光に存在感があった。暖色系は懐かしい感じがするがシャープさに欠ける。そんな事を毎回考えてしまうのです。
でも大抵早々と再点灯されて、現実に戻るのです。

自分は特に景色が良い所を好む。旅行してた時に泊まる所も、クオリティには妥協できても、窓外の景色には妥協していなかったように思う。
写真の時もそう。視覚的に感動できるものを撮る。シンプルにただそれだけだった。

今の寮は特に景色がある訳じゃないので、窓の外を観てたそがれる事もない。

人間が感動する対象って色々あると思うけど、景色で感動する人って多いのではないでしょうか。逆にそれだけ普段の生活で視界に入るものがすごい大切なんだと思う。

住むエリアも大切だけど、景観を優先的に考えて海が見えるマンションとかに住んでしまうんかなー。となんか自己分析してみた。

2007/01/03

帰阪と帰京

年末に業務が終わり、バタバタとしながら大阪に戻って、色んな人に会ってパワーをもらって、風邪も誰かからもらって、そして今日、一時間待っても恐らく座れないだろう新幹線に2時間半立つこと覚悟で飛び乗って、明日から仕事再開。
あーなんかリフレッシュはできなかったような関西でしたわ。モチベーションはアップしましたが・・・。
時間が限られている分タイト目にスケジュールを組んでしまうんでしょうな。
今年は余裕目に時間を見積もって、何事も余裕を持って行動するようにします。時間に対する感覚をもっときっちり持たないと、なんかその内痛い目に合うような気がしてならない。体調も壊してしまうと思うし。

まぁでも今日は新幹線にてラッキーがありました。
上でも書いたように、今日の新幹線はUターンラッシュで混みこみ。
新大阪発でも座ろうと思うと、1時間くらいはかかる。まぁ指定席をきっちりとっておけという話ですが・・・。この点の自分の「なんとかなるわ精神」も要改善です。
で、もう並んでいても拉致があかないと思ったので、2時間半立つ覚悟(途中で座れるかもという邪念を排除して)で、立ち読書する覚悟で席が埋まった新幹線に乗り込みました。
中国での西安ー上海間の悲惨な状態での17時間くらいに比べたら、揺れのない新幹線の2時間半くらい余裕だろうと言い聞かせながら新大阪を出発しました。
さらにストイックな事に手持ちの本の中で最も眠くなるであろう本(保険法/山下友信ら、有斐閣)と格闘する事に決めたのです。連結部には既に人が居たので、乗客の側に立つことにしました。子供の横だと大してうっとうしがられないと思ったので座っている子供の横で2時間半過ごす事にしました。
京都まではまぁ楽勝です。荷物を棚に置いたり、音楽の準備とか本の準備をしている間に着きました。まさか新大阪発の新幹線で京都に降りる人が居るわけもないと思っていましたが(座るのには相当時間がかかるため)、若干確認してしまった自分が恥ずかしい。お次は名古屋。まぁ余裕余裕と思いつつ、読書も進んできたー。音楽もいい感じで快適な立ち読書を続ける。そうこうしている内に、名古屋着。んーここでも降りる人は居ないかなーと思いつつも、若干確認してしまう。名古屋を出たとたん、この新幹線は大半の人が品川か東京に降りる人だったのだと分かる。
名古屋からが長ーいのだ。特に静岡が長ーい。若干風邪気味も影響してちょっと嫌になってきた。でもひたすら読書の集中力を切らすまいと思いながら上京中。自分との戦いだ。今日の午後にテレビで観た箱根駅伝復路の走者を思い出しながら(いやーあれは感動したよ)、自分は相当余裕だと言い聞かせていた。
とその時、僕の側で座っていた子供のお父さんがやってきて(子供とお父さんは別々の場所で座っていた)、落ち着きがなくなった子供を抱き上げて「どうぞ」と僕に席を譲ってくれたではないか。立ち読書時間は出発からジャスト1時間半でした。想定外で無欲のラッキーでした。
でも、名古屋とましてや京都でも降車確認をしてしまってた事からすると、まだまだ無の境地は程遠いと反省した。

この出来事を通じて今年一年もひた向きに努力をしようと思った(立ち読書=努力とはいい難いかもしれないが)。そしたら必ず道は開けると信じて。

今週末は3連休なのでリフレッシュできそうです。

2006/11/24

映画『麦の穂をゆらす風/ケン・ローチ』

麦の穂をゆらす風を見てきました。シネカノン系、渋谷のシネ・アミューズ で。

本当に有意義な映画だった。
見ようと思った動機として、北アイルランド問題・IRA等など、何気に耳にするがよくわからない事象に関して、イギリスと関連した表面的な知識はあるものの、なんか深いところまで突っ込むきっかけがなかったので、その辺りをこの映画で知りたい、または知るきっかけになれればなと思っていた。

結果的に自分が知りたいと思っていた事は、1920年のイギリスからの自由(独立)を目指したアイルランド人の戦争について、映像とリンクしたリアリティのある知識としてストックされたと思う(全てを確実なものと思うつもりはないが)。因みに「麦の穂をゆらす風」とはアイルランドの伝統歌(アイリッシュ・トラッド)の『The wind that shakes the barley』でイギリスによる弾圧からの抵抗の意を含んでいるみたいです。

歴史的な事実と共に、この映画から戦争や紛争を通じた普遍的な人の行動を知ることができた。
イギリスからの独立のためにどのような行動をとればよいのか。自分の命を犠牲にしてでも、自分たちの国の事を真剣に考え、自分たちの国がどのような政治体制を取れば最善なのか。イギリスからの名目上自由を獲得した後、多くの要因で自らの信念を固執してしまうために、兄弟関係すらも敵対してしまう事の悲惨さ。

映像的に悲惨なものが多いけど、この映画で伝えたいのはイギリスとアイルランドの単なる一国と一国の歴史上の事実ではなく、イギリスからの自由獲得後のアイルランド国内の大きく2派に別れ、昨日の仲間は明日の敵のような事態に陥ってしまう無政府状態の国民の心理状態の危うさかなと思う。何が正しいか分からないが、イギリスからの長い統治から解放を目指し、自らの信念で国を導こうとする人間達の様々な思いが錯綜する事で衝突してしまう結果を、最終スポットに当てられていたが、それは現在も存在する北アイルランド問題に起因したものなのだと理解した。

アイルランドに行きたくなった。
映像を通じた風景もそうだが、歴史からの興味はさらに訪れる動機を掻き立てる。訪れて色々感じてみたいなと。
純粋に本当に世界中には色々な問題があるんだなと視野が広がる時間でもあった。

こういう意味のある、個人的に本当に有意義と思われる映画をもっと多くの映画館で上映されればいいのにねー。まぁ映画に対して個人差があるのは理解できるが。

2006/10/28

部コンペ

行ってきましたゴルフ!
コース初デビュー!
あぁ楽しすぎた。完全にハマッタ。ゴルフ。

会社の部コンペで金曜夕方5時にバスで会社前を出発して箱根へ。
湯本ホテルで宴会、飲み飲みで。相当飲んだ。(飲まされた?)てか、バスに乗り込んでからずっと飲んでいたか。こんな感じなんですね、会社のゴルフコンペって。部コンペといえども、予想以上にフランクな雰囲気だったので、終始普通に楽しんだ。

で、翌朝6時起床で箱根くらかけゴルフ場へ。

天気は序盤曇っていたんやけど、午後に近づくにつれて最高の天気になってきた。めっちゃ青い空とそれに反射する芝の輝きの中、打ち下ろしコースのため芦ノ湖が一望できた瞬間は相当気持ちよかった。なんて贅沢な空間なんだろうと思っていた。

プレーについては、打ちっ放し数回行ったのみ、買ったゴルフクラブもほぼ未使用な状態の自分にとっては相当不安だったが、意外と予想以上に終える事ができてよかったよかった。諸先輩からもお褒めの言葉を頂いて感謝。プレーの上達意欲に俄然拍車がかかりました。

コース合計が約6000ヤード(約5.4km)で、さらに右往左往するので7、8kmは歩いた事になるし、高低差も相当あるコースだったので予想以上に疲れた。

細かいルールを含め何から何まで新鮮だったが、これまで未知だったゴルフに対する自分の視野がぐーんと広がる機会になった。これからも続けていきたい。とりあえずゴルフやる人、一緒にコース回りましょう。

2006/09/27

社長・副社長・専務・常務の方々と

今日は仕事後、タイトルの方々(自分の会社の)とどっぷりと話す機会があった。
会社の企画で、アフターファイブに2時間くらい、社員60人と、社長・副社長・専務・常務(15人くらい)と立食形式で食事をしながら・ビールを飲みながらざっくばらんに話すというものだった。同期がだれも来ていなかったので、最初はやや緊張気味だった。

短時間に色んな人と話して、より会社の事が見えたというか、何か言葉にしにくい刺激というか。まぁただ役員の人らはかなり気さくな方々だったし、最終的な意思決定をしている方々と思ったらなんか、色々と参考にしたい(すべき)部分が見えたというか。まとめると貴重な経験だったわけだ。

最初だけテーブルに案内されて、そこには人事の常務が居られた。
通常でかい組織の中に居ると、課長やら部長やらというポジションがあるわけやけど、常務とか専務とか役員になるとそれはもう大分上の存在に思ってしまうのも事実な訳で(ましてや新入社員からすると)。学生の時は会社組織外から会社を見ており、メディアに出るのはたいてい役員な訳だから、結構身近に感じていたのだが・・・。 

最初はそんな事を考えてビビッていたが(ましてや人事だ)、徐々に普通に会話しているというか、色々と自分が入社してから思う事を含め必要最低限自分が話して、それに対する含蓄ある答えを吸収していた。結構ざっくりな方だったが、大局はきっちりと掴んで、部下をぐいぐい引っ張っていきそうな感じがした。色々と自分の業務に対するアドバイスも頂いた。

お次は社長。うぁっ出た。って感じ。6人くらいに囲まれていて、会場内ではやはり人気。生で見たのは初めてだったので、ちょっとだけ感動した。この方がこのくそでかい会社組織の長と思うと、ちょっと感動。話をしていた方々が気を使ってくれて、マンツーに近い形で色々と話をさせていただいた。
 社長はかなりざっくばらんとしていて、遊び心があって、何なんだろう、風貌含め児玉源太郎のような人だった。あくまでも自分の児玉源太郎像は「坂の上の雲」からで、将としての器量等を含め尊敬に値する一人です。
 社長の言葉の節々・表情から、柔軟な何か、深い何か、遊び心がある何か、この先を見据えたどっしりとした何かを感じた。
自分と同じ部署に10年間居られた経緯もあるという事だったので、業務の話を含め自分に対する貴重なアドバイスも頂いた。何か限りなく広い視点からのアドバイスだったので、今後もそれを忘れないでおこうと思う。要は専門性を持てという事。ゆるぎない何かを持てという事。

次はうちの部署の専務。
以前にもお会いした事があるが、スマートな感じで、ジェントルマンですな。

最後は副社長。
ビールを注ぎに行くと同時に完全にマンツーマン。自分も結構ビールがすすんでいたので、もう普通に接していた。やたらメディアで見たことがあったので、親近感あり。
自分が5連の時ベトナムの当社現地法人に行った話を踏まえて、ビジネスのローカライズの難しさ、今後さらにグローバルに展開していくためには、ビジネスのローカル化がより重要性を持つ事等について、一番くだけて話をさせて頂いた。 
副社長のポジションに居る事への率直な話も聞かせてもらって、より親近感を持てた。


はじめにも書いたが、この会を振り返ると、役員というポジションに居られる方々は形式上恐れ多い印象があるが、実際は総じて気さくな方々だった。自分が居る組織を率いている方々と接し、くだけた話しをする事で、でかい組織ではあっても、自分がその歯車ではなく主体的に仕事をできるモチベーションをもらう事ができたのではないかなと思う。要は組織を動かしている人がどんな人であるかを知る事で、会社に対してクリアーになることが多く、自分が置かれている立場の明確化に繋がったのかな。新人でも思い切って参加してよかった。

2006/09/15

ベトナム

 現在5連休を併せて10連休を満喫しているATSUYUKI@ベトナムです。11日からべトってます。結局社会人になっても汚らしい格好で一人旅をしています。なんか、ベトナムに来てやっと落ち着いたって気がしています。
 先週末に友人の結婚式で大阪に戻り、関空?ホーチミンと来て、ホーチミンの喧騒が若干嫌になって、今はダラット(DALAT)という、ホーチミンから東へ車で6時間程行った標高1500M程の街にいます。この街は中々良いです。仏の植民地時代から避暑地として有名で、街の中心には湖があり、湖畔沿いにカフェ、レストラン、ホテルが立ち並んでいる。今日はバイクをレンタルして街を散策していた。ホンダの50CCのカブ式だが、俺が大学の始めの頃乗っていたオンボロDAXと比べても相当性能が良いし、早い早い。デザインもスポーティでクール。ベトナムではバイクの免許も何も要らないから(50CCくらいは)、ノーヘルで快適に異国の地を飛ばしていた。ここは冷涼な土地とあり、郊外まで足を運ぶと高原野菜(主にキャベツ)の収穫風景を伺えた。農業の風景は日本のそれと大差はなく、遠く離れた土地でも同じような方法で栽培されて収穫されて、トラックに積まれていた。
 また、夕方の湖畔沿い、夕焼けが湖に映えてすごく美しい瞬間が街に存在する時、バイクや車(バイクが圧倒的に多い)で行き交う人々を見ながら、やはりここでも自分たちが住む国と大した違いはなく、異なるものは歴史、文化(言葉含む)、風土のようなものであり、本質的な人間の営みは変わらないんだと改めて思った。旅にでるといつも、日本の生活では感じることがない純粋な感性が蘇ってくる。こんな青くさい文章を普段の生活では恐らく書く勇気もないが、今は純粋に自分はこんな事を思っているのでしょう。上記異なるものとして、歴史を挙げたが、これが自分の中でひっかかり、その後色々と考えるきっかけとなった。

考えたこと。半ばメモ代わりにこのBLOGを使います。

1.なぜアメリカがベトナム戦争を引き起こしたのか。
2.ベトナム社会主義共和国とあるけど、本当に社会主義国家なのか。
3.今後世界中が市場経済に飲み込まれてしまうのではないか。



まず、
1.なぜアメリカがベトナム戦争を引き起こしたのか。

 この動機として、上記重複になるが11日にホーチミンに入り、メコンデルタツアーや各種戦争、歴史系博物館等を巡った結果、自分にとって最も引っかかるキーワードはベトナム戦争だった。ホーチミンの戦争証跡博物館では、ベトナム戦争の悲惨な記録が展示されてあり、まぁ予想通り悲惨だった。なんか、もう自分が趣味でもなんでも写真なんか撮りたくないと思うほどリアリティに溢れて、何かを感じずにはいられないものばかりが並んでいた。博物館にお昼の休憩があることを知らず、実際その博物館の展示をみたのはほんの一部だったが、残りに関しても悲惨の記録が列挙されていることは明らかだったので、午後から見ようと固執はしなかった。それよりも、その戦争の本質的な部分は何かをベトナムに居る間に考えたかった。

 ベトナム戦争の細部は詳しくないが、結果的には1973年南ベトナム政府率いるアメリカ側が破れ、北・南ベトナム解放民族戦線側が勝利した。これによって1976年にベトナム社会主義共和国が形成され現在に至る。アメリカがこの戦争を起こしたきっかけとして、よく言われているのは冷戦期における、中国に並ぶ社会主義国家をアジアに形成することが自国(アメリカ)にとってあらゆるマイナス要素を秘めているからだという事。
 この事に関して、今回の旅に持参した本のひとつに以前からずっと気になっていた ルービン回顧録/日本経済新聞社 なるものがある。この本の著者のロバート・ルービンは米国財務省長官を長年務め、メキシコ政府のデフォルトに対する回避や、アジア通貨危機を防いだとされている方。つまりはアメリカの財務面での政治介入の意思決定を行ったと言える人物。1995年メキシコのデフォルト危機に対して、IMF等の機関だけではなく、アメリカの立場として為替安定基金なるものを用いた融資を行った事に対して、「メキシコ政府の債務不履行によりアメリカの成長と繁栄が鈍化するからだ」と語っている。
 アメリカのメリット・デメリットの観点での対外政策は現在の数々の事象をみても、ベトナム戦争期と変わっていないと考えられる。


2.ベトナム社会主義共和国とあるけど、現在、本当に社会主義国家なのか。(知識は中学社会科レベル)

 ベトナムに来て思ったのは、アジアでは中国やタイに比べてもコンビ二もマクドナルドも見当たらない。単に規制がかかっているのだと思われるが。この点については、特に社会主義云々よりも、国の外交的問題にあたると思う。それよりも自分的には経済システムにおける社会主義がどのように影響を与えているのか気になった。
 1976年以降、ホーチミン主導によりベトナム社会主義共和国が建国され、1986年の刷新(ドイモイ)政策により社会主義を維持しつつ、市場経済を導入し、対外外交を促進させたと歴史的にはある。市場経済(自由経済、資本主義を象徴)と計画経済(社会主義を象徴)は対をなすものと理解しており、その計画経済により政府が生産と分配を統制するものと考えた結果、市場経済を導入することで国家体制は社会主義でなくなるのではないだろうか。(こんな事を議論するのに細部の言葉の定義も詳細にせずによくもべらべらと書き記していると自分でも情けなく思うが続ける。)
 ドイモイにより市場経済を導入し、生産や価格は市場に依存した形になる。結果的には政府の統制力が弱まり、生産者に競争原理が働き、多く稼ぐ者が現れる。多く稼ぐ者から税金として国が徴収し、それを国民に再配分したとしても所得を平準化するまでには至らないと思う。こうして次第に貧富の差が生じてくる思うのだが、どうでしょう。あくまでも、所得を平準化するのが社会主義と解釈している自分が間違っている可能性大。所得の平準化(貧富の差をなくす)に関しては、共産主義になって初めて実現しうると理論的には考えられているのでしょうか。
 結局はベトナムも対外的に貿易を促進させ、特に自国の産業としては有力なものがなさそうに思うが、短・中期的には外国資本の投下により、安定的な経済成長が見込めるのでないでしょうか。って偉そうに誰かから聞いたように書いていますが、実際、ワーカーレベルとしては高いものがあると感じる。理由として、アジアで典型な農耕民族であり、農耕における整然とした農地の整理や、きめ細かな手作業、この国の人全般からくる誠実そうな印象を挙げる(説得力に欠けるね)。


 
3.今後世界中がアメリカが主導する市場経済に飲み込まれてしまうのではないか。

 話は飛躍して、中国にしろ、ロシアにしろ、現在は市場経済による移行がなされ、ベトナムと同じような現象が起こっていると思う(むしろ、中国の方が先に移行していたか)。いわゆるアメリカに代表される、あらゆるものを市場に任せ、競争原理により国家的成長を目指す経済システムに向かっているという事。
 日本だって郵政民営化に代表されるように、小さな政府を目指して、市場に通じた競争原理の元、商売繁盛で頑張って下さいな。と言わんばかりの方策を採っているし。二極化、二極化と言われるのも、日本の経済システムも完全市場経済に移行している事を示すものだと考える。市場経済の行き着く先は、勝者と敗者なのだと思う。利益を出す者が勝ち、利益を出さないものが負ける。日本において、利益を出さない銀行を公的資金で介入するのは、市場原理に反しモラルハザードの際たるものだが、時として経済理論に則らない事が起こるのが現実の市場なのだと理解するしかない(もちろんあらゆる側面を考慮された意思決定だとは思う)。
 この先、仮に二極化が進み、貧富の差が激しくなった際に起こる、国家政治(経済システム含む)に対する圧力って何なんだろうか。なんとなく、富の平準化の圧力が発生しそうな。本当にどうなるんやろうね。他のアジアの国に比して、あまり国家成長を見込めない国がどんな策をとればいいんやろうね。完全市場経済(自由経済)における富の配分って、まさしくビル・ゲイツが立てた基金(それにウォーレン・バフェットが出資したり)で、世界の貧富の差を縮小する方向で使用される訳だけど。やはり、もうそれは国ではなく、個人(企業)の力で富を平準化するしかないんかね、この先。



なんか、こんな事を考えていると、本当にもっともっと知りたいことが増えた。やっぱり経済システムには興味があるし、理論経済学をもっとゆっくり学びたくなった。この点に詳しい方々に日本、東京に戻ってできる限りコンタクトをとっていこうと思う。ベトナムで曲がりなりにも色んな事を考える時間を持てて本当に良かった。今、俺ロバート・ルービンに影響受けまくっています。今回の旅は強烈な人との出会いはないが、良い本と出会えて良かった。明日は、ホーチミンに戻って、明後日に帰国します。

2006/08/22

ぼちぼちですね

『ぼちぼちですね。』中々いい言葉だと思う。ゆっくりとした感じで、特に嫌味でもなく控えめすぎる事もなく、あまりよく知らない先輩から「調子どう??」の返答に、いちいち考えず都合の良い解釈を相手に与えてくれるから楽。
関西のアイデンティティも凝縮されていて、なんか自分にはしっくりくる。
だけど、『ぼちぼちって?』と突っ込んでくる人には要注意、面倒くさい。だから、親しい先輩にはあんまり使わない。
職場のフロアには、新人の自分にとって少しだけ知ってる人が結構いるから、挨拶を交えて軽く話す機会が多い。よって、上のような軽い会話が多いわけだ。まぁ、そのようなちょっとした会話が繋がって結構仲良くなっていくものだ。

と、客観的にはほのぼのと仕事をやっているように思えるが、先週末とか昨日とかは結構泣きそうになってたわけで。やっぱその泣きそうになるのも、配属されて2ヶ月ちょっとのズブの素人同然の『ぼちぼちですね』とか言ってるやつに、重い責任とプレッシャーが伸し掛かってしまうからである。まぁ今日は結構充実感に浸っているのは正直な感想であって・・・。
こういう浮き沈みの中で、溺れそうになって、一回溺れて、また這い上がって徐々に成長していくのかなって思う。いや、思ってみる。

そんな、今のとこ浮き沈みの多い毎日だからこそ使える言葉。
それは『ぼちぼちですねー。』なのだ。

P.S 帰りに買った東京カレンダーのお店を片っ端から攻めたくなった。

2006/08/04

財布なくした

財布無くしたら、マ・ジ・で焦るね。

今日、同じフロアの同期と3時くらいにコンビニ行くタイミングが同じで、ちょっと休憩がてら外のベンチに座ってだべっていた。
んで、フロアに戻って仕事再開して、明らかに処理能力を上回る案件が次々に来て若干開き直りはじめたら、急に眠たくなってきたので、フロアの自販機にコーヒーを買いに行こうとした。その時・・・。(5時過ぎくらいやったかな)
あれ!?・・・、いつもは足元に置いているカバンの中に財布があるのにない。なんかカバンの中に財布がある気配もない。カバンの中と机の周りを入念に探したがない、ない。(若干焦りはじめる)

行動振り返り

1、3時くらいにコンビニでコンニャクのジュースを買って袋に入れてもらう(その際は確実に財布あり)→2、一階外のベンチに座る(財布もってたかな?)→3、しゃべる(もってた?)→4、フロアーに戻る(たぶん・・・)→5、すぐ目に付いた小さいゴミ箱にジュースの殻ごとコンビニの袋に入れて捨てる→6、席につく→7、5時過ぎくらいに財布がない事を認識

仮説:自分的に5が怪しい。コンビニの袋に財布を入れる癖があるので、袋に入れたままゴミ箱に捨てた。はず。

そんな自分の行動仮説を立てながら、コンビニの袋を捨てた円柱形の上が開いている小さいゴミ箱を覗くと・・・。
ゴミが全くない。そういえば、少し前にゴミ回収の業者が集めていってた。

かなり焦り始める。ますます自分の仮説が真実のように思えてくる。もうゴミがトラックに積まれて、焼却所に向かってるかもとか思う。

なんとかゴミを集めている人にコンタクトを取りたいが、全く見当たらないし、とりあえず管理室みたいなとこにTELして、状況を説明してゴミの置き場を教えてもらう。
んで、貨物のエレベーターに乗って、18階から地下2階にいく。その間、財布の中身を思い浮かべて、クレジットカードとか、銀行のカードとか、定期とか、免許証とか、かなり面倒くさい事を思い浮かべながら、ひたすらにゴミ置き場を目指す。

んでなんとか大量のゴミのありかを発見して、業者の方と会って状況を説明して、手伝ってもらいながら財布を探そうとする。が、一日でこのビルだけでこんなにもゴミが出るのねって思うくらいわんさかあって、ちょっと見ただけでは探し当てれそうにもない。業者の他の方もヘルプで総勢5人の方が僕の財布探しに付き合ってくれた。一旦、どのゴミ箱かを集めた人にわかってもらうため、18階に戻る。

んで、状況をSPに話すと、「どこかに置き忘れてんじゃないの?」と言われたので、それまで固執した自分の仮説を疑ってみる。

仮説再考:可能性があるのは2,3,4。もしかして、ベンチに置き忘れてんのかも。でも3時間くらい前やし、人通りもあるからまず誰か持って行ってるだろう、と思うが・・・。

んで、18階からB1階に降りて、1階の玄関に上がってベンチを観にいくと・・・。

何やら、茶色い物体が。

あ、あった。あった。普通にあった。

それを避けるように、隣のベンチで人は座ってて、僕が財布を持っていった時に凝視されたので、「これ僕のんですから」と笑顔で理解してもらった。

真っ先にダッシュで地下2階に下りて、僕の財布を捜してくれている方にご報告して、お詫びをして、何度も何度もお詫びをして、でも、おじさん、おばさんたちは「あって、よかった、よかった。」と何度も言ってくれた。本当に申し訳ない気持ちだった。明日、改めて皆さんにお詫びをしようと思う。

ほんま、物を無くした時の自分の記憶ってあいまいで、変な仮説を立ててしまう。んで、焦れば焦るほど、その仮説に固執しはじめて、変な行動に出てしまう。これからはまじで気をつけようと思う。

でも、財布あってよかった。
財布の管理には要注意だ。

仕事中に何してんねんって感じやけど
ま、いっか。
因みに、普段はもちろんの事休憩なんてことでコンビニ行って、外に出るとかありませんわ。
たいていお昼から戻って仕事はじめると、気が付いたら夜って感じです、はい。

2006/07/29

東京一週間

ふぅ、やっと一週間が終わった。やっとと思うくらいやから、そこそこ疲れたのかなぁ。
水・木・金と飲みだったので、後半は充実していた。水曜は友達と、木曜は10時くらいから課長などなど先輩方との飲み、んで金曜は部署内の若手の飲みだった。どれも突発的な飲み会だったので、逆にテンションが上がった。前もって予定されている飲み会よりも、その場の空気で突発的に行なわれる飲み会っていい。
部署は比較的忙しくて、比較的飲み会が少ないので、あまり身近な先輩らと飲む機会が今の所ない。あっても形式的な飲み会が多いので、木曜はなんか仕事帰りに飲んでるって感じだった。
その後、電車で寝てしまい、丸の内線で池袋に着いても眠りこけていたけど、心優しき人が起こしてくれた。この前、電車内で知らん間に落とした本も心優しき人がわざわざ追いかけて届けてくれた。優しい人はどこでもいますね。

で、今週はSP(僕をネホリハホリ指導してくれる人、センパイ)が5連休中だったので、ちょっと開放感はあった。でも、仕事のプレッシャーは相変わらずで、というかむしろ日に日に増していって、それと共に冷や汗と脇汗も増していって・・・まぁなんとかやっているわけですが。やっぱ思う事は、主体的に動けてる時ってテンションも乗ってきて楽しいけど、受身で業務が進んでる時ってしんどい。できるだけ攻めの姿勢で仕事ができるように曲りなりにも色々考えるが、まだまだ知識の絶対量と経験がないので無理なわけで。亀の気持ちで頑張ります。

明日、土曜は組合のセミナーみたいなのがあるから、品川のホテルに行ってくる。んで、そこでボウリングもあるのできっちり200を出そうと思う。いい食事もあるみたいやし量よりも質を楽しもうと思う。以上。

2006/07/16

銭湯っていい!

今日は近くの銭湯に行って来た。部屋にユニットバスはあるが、狭いし水もよろしくなさそうなので、湯を貯めた事もない。

寮から徒歩5分くらいにある銭湯はいかにも町の銭湯って感じで、地域密着型。車を置くスペースもほとんどなく、大抵の客はチャリか徒歩で来てる感じ。
こじんまりしてるんやけど、サウナがあって、風呂の種類も露天風呂など含め6つくらいあって、清潔やし、めちゃめちゃ気持ちよかった。サウナ→水風呂頭までのスーパーコンボは最高に気持ちいい!サウナで血管・汗腺(?)を開いて、水シャワー+水風呂で収縮させる。血行が良くなると誰かが言ってたような。汗と共に老廃物がでたような。風呂自体もよかった。結果、癒された!!

なんか銭湯って、ほんま日本の文化やなぁって思う。外国に行っても、このような形態をあまり見たことないし、同時にコミュニティの役割を果たす日本の銭湯は素晴らしいと思った。最近は規模が大きく企業が経営しているスーパー銭湯形式が増えて、あまり地域密着な銭湯をみなくはなったが、後者の銭湯は地域コミュニティを充実させる役割を担ってるんやろうなぁ、って来てる人の会話とか聞きながら思っていた。

なんで、日本って温泉とか銭湯とか湯の文化が形成されたんやろうなぁって疑問が湧いて、色々知りたいことが増えた。温泉もこれまたええもんなぁ。湯を吟味できるようになりたいなぁ。違いのわかる人間になりたいなぁ。

実家に居るときは、あまり銭湯に行く機会はなかったけど、自分が住んでいる町を色々知る事や仕事の疲れを癒す、リフレッシュする目的でもちょこちょこ行ってみようかなと思った。
色んなリフレッシュの仕方あるもんねぇ。

2006/06/29

仕事 (祝100post)

 久々にBLOGを書こうと思ったら、今回が100回目のpostingになる。何を書いたのか過去の文とかちょこっと見たりして、やっぱその時考えていた事とか分かって意外とおもろい。へー俺こんな事考えてたんやなぁ、とか下手な文章やけど伝わってくる。

 仕事、配属されて約1ヶ月。んで、そろそろ来週くらいから本格的に任される部分が増えて仕事らしくなっていくらしい。

 まぁ業務の事はさておき、今日の仕事もそれほど遅くなく、予定もなかったので、丸の内線と西武池袋線を使っていつも通り曲をシャッフルにして受身的に音楽を聴きながら、読書しながらぼちぼち帰った。池袋から急行を使って焦るわけでもなく、準急で座って帰った。んで最寄駅近くの行った事のない定食屋でご飯を食べた。豆腐鍋みたいなものを食べた。一人でご飯を食べるのはあまり好きじゃないが、自炊機能のない寮なのでしょうがない。食堂があるのに、ご飯が出ない。部屋にはユニットバスの水周りだけ。
 帰りにセブンイレブンで次の朝食のサンドウィッチを買って、近くのコープで無糖のコーヒー1リットルを買ったり、コップを洗うスポンジを買ったり、除湿剤を買ったりした。これまで実家だった僕には新しい生活リズム。若干めんどくさいとも思う。

んで、コープから寮まで、じっとりと湿気が多く、でも夏の匂いが少し混じった道をゆっくり歩きながら考えていた。

おそらくこんな感じの日々が続くんだろうな、と。特にネガティブとか仕事に対する後ろめたさとかではなくて、自分的に充実した仕事ができたとしても時間はどんどん過ぎていくと思う。朝会社に行って、帰る時には日が暮れていて、予定のない日はこんな感じに帰る。いや、仕事が遅くなって適当に夕食を食べてまた仕事に戻るかもしれない。特に外に出る機会が少ない部署なので、昼に会社近辺で食事にでるくらいで後はずっと中かな。
 やはり平日の一日の大半を仕事に費やす事は間違いない。仕事が完全に慣れるまで短期的に見積もっても2、3年はかかると思うし、その間自分は時間の投資(消費!?)と共に客観的にみても大きく成長するとは思う。

 じゃあ成長って何よ。って感じなのだが、業務の処理スピードとか業務面の知識とかそれは新人として配属されたのなら、誰でも当たり前に向上していくと思う。じゃあ、本当の成長って何よって考えると、まず自分が目的を決めてその方向性に進んでいく事なんじゃないのかなと思う。資格とかもそう思うけど、何のために取るの?って。まず、大枠でも、長期的でも、短期的でもいいから自分がどうなりたいとか、取ってどうしたいからとかじゃないと、何か間違った方向に時間を投資してしまうんじゃないのかなって思う。当たり前とは思うけど。取ってから考えればいいじゃんって意見もあると思うけど、社会人として働きながら取る資格についてはそれでは時間がもったいな過ぎる。

よく聞くでしょ以下に記した『仕事の成果』の話。松下幸之助とか、京セラの稲盛さんとかが言ってる。結局誰がオリジナルやねんって思うやけど。

   仕事の成果=考え方×熱意×能力 
 
    考え方:人生哲学 -100から+100
    熱意:努力で決まる 0から100
    能力:先天的    0から100  

 これはきちんとしたマインドセットをしていないと、中々効率的に目的に近づかない事を説いてくれているのだと思う。

 何でこんな事を考える日になってしまったんだろうと思うと、具体的にはアクチュアリーの資格試験を年末に受けざるを得ない状況になっていることを、上司の話とドンと机に届けられた教材を見て実感した。そこで、仮に実際自分が何年かかけて、その資格をとった結果どうなるんだろうとか考えてしまっていたのである。戦略的には途中の軌道修正が効くように、汎用性の高い科目を今年は受けることにしているが。(ニヤニヤ)

 このBLOGをはじめた時から自分のPROFILEの所で、無駄に「世界で活躍・・・」とか恥じも承知で書いてて、でもそんなグローバルとか戯言も思ってみるもので、実際その観点で進むべき方向性に現時点ではあると思う。抽象的だけど、大枠を描く事で日々の行動や意識、読書で、目的を果たす戦略が浮かび上がってくる。と自分では思っている。


今日はまだ時間もあるし、読書でもしようと思う。

この前、丸善でフラッと買った『金融越境バトル/日本経済新聞社』。タイトルでもイメージできるように、規制緩和による日本の金融業界の障壁がなくなってきている事を題材にIT、ファンド、金融機関等、様々なプレーヤーを軸に書かれている本。興味ありと思って買ってみると、驚き。同じグループの時々昼飯を一緒にする先輩が普通に実名で書かれたインタビュー文が掲載されていた。見てくれたら分かると思うけど、台風デリバティブの開発のモチベーションや損保の今後の方向性と自分がどのようなマインドで業務を遂行しているのかが書かれていた。普段、熱い話をされない方なので、その本でその先輩の熱い部分を知ることができてよかった。その先輩含め先人(大袈裟やな)から色々と吸収させてもらおう思う。

まぁ、結局新人の今ごろって色々考える事が多いのでしょうね。ね、そこの新人!
とりあえず、ゴミの日じゃないと思うけど、ゴミ捨ててきます。では。

2006/06/11

ようやく新生活

今日久々にネット環境が復活。こんな時間にネットをしていると学生時の優雅な時間感覚が思い出される・・・。
そんな僕も社会人になって2ヶ月。
勤務地が東京になって、初めて実家とはなれた環境での生活がはじまった。6月最初に勤務地やら引越しやら新しい職場やら上司やら先輩やら、歓迎会やら、オールやら、通勤ラッシュやら、風邪ひいて熱だすやら、食生活がアンバランスな現代人には濃い目の野菜ジュースが欠かせない(?)やら・・・なんかバタバタとしていた。若干まだ風邪は治ってないけど、原因はやっぱり睡眠だという事や。枕はやっぱり首よりもちょっと上に重心を据えれるものが自分に適している事がわかったり。色んな発見もしています、はい。若干意味不明ですが元気モリモリで頑張っています。

東京ライフ、攻めの姿勢で楽しんでいきます。
仕事の方も、良い環境に恵まれたのだから頑張りなさいよ。と自分に言い聞かせています。くそでかい目標を立ててしまいそうな部署やけど、それは当分は内にしまって精進する。
まだまだ青2才、当分の間成長しかないっしょ。と、まぁやや楽観的ですが、そんな感じでいいよね。できるだけリラックスリラーックス。スーハースーハー。

以上。眠い。。