久々の更新です.
先週末から帰阪して今は大阪で実務研修です.
といっても,まだまだゆるやかな日々が続いており,基本夜は飲みな生活です(笑)
働き出して色々と真新しい事を吸収してるんだけど,特にコンプライアンスなんかが引っかかって,中々ここで書き出す事は難しいね.そこのあなた,また飲みながら色々話しましょう♪
という事で週末の話.
土曜は先輩のお見舞いに行くために神戸の病院へ.1ヶ月ぶりくらいの神戸だったかな.先輩は相変わらず元気そうで何よりだった.まぁ暇そうやったけど,しばしの社会人休息やね.必要必要.
で,せっかく車で神戸に来たのだからと思い,帰りに買い物でもしようと.元町にある
creationっていう靴屋に行った.最近は毎日仕事靴なので,何気にカジュアルの靴が欲しいなぁと思ってて.長い事カジュアルのんは買ってなかったし.で,僕のニーズにぴったりな靴を発見→購入という流れ.うん,満足満足.消費消費♪
で,夕食にビストロジローという神戸大丸から近くの路地を入ったところにある洋食屋さんにも行った.狙いを定めていた訳じゃなく,フィーリングで入ったが,入るやいなやアタリな予感がぷんぷん.基本カウンターのみで木質が漂う造りで,上品な喫茶店という感じ.マスターは豪華客船浅間丸のシェフだったらしい.どうりで船の絵が飾られているわけや.
僕はタンシチューを食べた.タンシチューってお店で食べた事がなく,期待しまくり.かなり濃厚なデミグラスソースで,肉もめちゃくちゃ柔らかくおいしかった.ただ,僕的にもうちょっとさっぱりしたデミグラスソースの方がよかったかな.赤ワインの味が強すぎたのかも.まだまだ口がお子様なだけだと思うが.お連れさんはフィレビーフカツレツを食べていたが,むしろ僕はそちらの方が絶品だった.衣が絶妙に薄く肉のうまみを存分に引き立てていた.←こんなコメントよくあるっしょ.まさしくこれ.
このお店は是非友達にも紹介したいです.
で,今日,日曜は家族と和歌山の黒潮市場に行った.母上がやたら行こうと誘ってくるし,否定する理由もなかったので行ってきた.学生の時よりなんか週末はOFFスイッチになる.で,黒潮市場.ポルトヨーロッパに隣接していて,新鮮な魚介類等が売っており,その場で買ったものをBBQできる.海沿いでBBQは超気持ちいいね.やっぱいいよ.海沿いBBQ.ここは片付けとかは要らないし,食材の補充も簡単だからまた友達と来たいね.
明日からまた新しい部署の実務研修で,多くの人と初めてお会いする事になるだろうから,失礼のないよう,にこやかに接して,色々学ばせていただこうと思う.ま,2日間か.がんばろ.
2006/04/08
あー休みだ
今餃子で有名な宇都宮です。ネットカフェも全くないので、フレッツカフェで高速ネットを体験という名目でネットしてます。メールもみれないし、MIXIもガードされてるみたいなので、せめてBLOGだけでも更新してやろうと。
えー今栃木で会社の研修やってまして。
今週一週間は怒涛の如くでした。初社会人なわけで、疲れた疲れた。なんか長かったなぁ。
入社式があったりで、その後はおべんきょおべんきょで講義の日々でした。でもなんか新しい実際的な事を学ぶってたのしい。周りの意識も高いし、ええ奴らで毎日飲んでる。研修所が鬼のようにクールで空間が素晴らしく、飯も相当うまいし、ルームサービスも行き届いているし、各部屋や研修所内の至る所にROY LICHTENSTEIN のアートが飾られている。談話室の椅子とかも、デザイン効いてて、バーゼルのVITRA DESIGN MUSEUMでみたようなものだし。とりあえず素晴らしい環境で研修ができてて嬉しい。さすが建築大賞とってるわ。
明日は同期とレンタカー借りて、足尾銅山や渡良瀬川や日光に行く予定。
来週の週末はTOKIOに繰り出そうかなと。
初社会人のみんなはどうしてるんやろうなー。
えー今栃木で会社の研修やってまして。
今週一週間は怒涛の如くでした。初社会人なわけで、疲れた疲れた。なんか長かったなぁ。
入社式があったりで、その後はおべんきょおべんきょで講義の日々でした。でもなんか新しい実際的な事を学ぶってたのしい。周りの意識も高いし、ええ奴らで毎日飲んでる。研修所が鬼のようにクールで空間が素晴らしく、飯も相当うまいし、ルームサービスも行き届いているし、各部屋や研修所内の至る所にROY LICHTENSTEIN のアートが飾られている。談話室の椅子とかも、デザイン効いてて、バーゼルのVITRA DESIGN MUSEUMでみたようなものだし。とりあえず素晴らしい環境で研修ができてて嬉しい。さすが建築大賞とってるわ。
明日は同期とレンタカー借りて、足尾銅山や渡良瀬川や日光に行く予定。
来週の週末はTOKIOに繰り出そうかなと。
初社会人のみんなはどうしてるんやろうなー。
2006/03/31
大阪最後の日? 会社とは・・・
でもないと思うけど.
今日は朝から一人で九条にあるシネ・ヌーヴォーへ.
現在モーニングショーで公開されているTHE CORPORATIONを観ようと思って.
興味を持ったきっかけは,最近企業とは・・・みたいな事に関心があったから.いくつか読んでいる本の中で会社はだれのものか/岩井克人がある.この本の中で,まず企業と会社の言葉の定義を明確にして,さらに株主・経営者・従業員が明確に分離されているものを会社とし,その会社の価値を2つにわけている.それは1:モノとしての会社の価値と,2:法人として規約されるヒトとしての会社の価値.簡単に言うと1:モノとしての会社の価値とは株式のこと.2:ヒトとしての会社の価値とは,法人格を持つ会社がヒトとして所有している資産の価値としている.
例えば,ライブドアのニッポン放送の買収を通じてフジテレビの支配権を握ろうとした問題において,ライブドアが断念せざるを得ない背景として産業資本主義におけるおカネの論理と,ポスト産業資本主義におけるヒトの論理との違いがあったという事を示している.
つまり,ホリエモンの「カネで何でも買える」という思想は,会社の買収を試みた際,モノの側面のみをみた発言で,会社のヒトの側面を無視した行為だと筆者は論じている.ここであの時のニュースを思い出したのだが,フジテレビの番組に出ているタレントがホリエモンが仮にトップに君臨したら自分が出演している番組を降板すると言っていた事.これらタレントは2の価値に当てはまると思う.フジテレビの社員に関しても2の価値で,この事件がきっかけで彼らが会社を離れてしまうとフジテレビの資産価値が弱まる.まぁ現時点では,資本主義のルールに乗っからない行為をしたライブドアの問題を取り上げるのはナンセンスかもしれないな.
現在の日本をポスト産業資本主義と定義した上で,産業資本主義の時と違って製造業に関しても,他社との違いにより付加価値を生み出す必要があると説明している.その付加価値を生み出す事に関してヒトの果たす重要性がますます高まり,元来ヒトが資産と言われている業種(メディアなど)に関しては顕著に現れるという.このヒトの価値の高まりが,おカネだけでは会社は買えない理由であり,この本の筆者の主張として,これからますますヒトに対するおカネの価値は低下していく事を挙げている.
まだ1回しかこの本を読んでないので完全理解には乏しいが,自分が上で記したポスト産業資本主義などの抽象的な言葉に対する説明・定義づけもしっかりされていて,これから会社はどうなっていくのかを考える上で基本的な下地が形成できる,わかりやすくて良い本だと思う.
で,肝心な今日観た映画the corporationでは,会社を擬人化して,利益を追求する強欲なものと理解した上で,利益をあげるためにどんな事をして,社会にどんな弊害を及ぼすのかを示している.というのも現在,会社(狭義の企業)が社会に絶対的な影響力を持ち,自己中心的に世の中を支配していると示している.
完全なドキュメント映画なので,事例が多く出てきたが,例えばウガンダの少年兵問題に関して,計量武器の供給は大半が先進諸国企業である事.この事は以前の項でも自分は考えていた.
その他には,ボリビアのコチャバンバの水道業務をアメリカの建設業を軸に何でもやっている会社ベクテルが民営化を試みた際に起きたエピソード.リンク先をみてもらったら分かると思うが,迂闊に人間が生きていく上で必須の水を,営利団体(すなわち会社)に業務させる事は非常に怖い.以下引用.
わずか60ドルの月給で生活するしかない母親が、とにかく水道を使い続けるだけのために、15ドル余りを支払うように指示されたのだ。
ありえない・・・
他に,かなりショックだった事例として,第2次世界大戦時ナチスのユダヤ人粛清のための管理に,だれがどのように対処されるのかを記録するためにアメリカのIBMのパンチカード機器「ホレリス」が必須だったらしい.映像でも流れていたが,5はガス室送りや6は特別処刑(例えば銃殺)など,一人一人がどのようになったかを記録されている.
この映画は初志一貫して会社は利益を追求するものとして扱い,ある意味ミクロ経済の点からもそれは明らかだけど,かなり冷徹な存在としてCORPORATIONというものが描かれている.
映画の内容はここまでとし,以下少し話はそれながらも続ける.
次のような本を読んでみて,これまたなんか企業にとっては奇麗事やなと思ってしまう.日本をロハスに変える30の方法 ? BUSINESS LOHAS/ローハスクラブ
LOHAS=Lifestyle Of Health And Sustainable頭文字をとったものだが,健康的で持続可能な環境に配慮した生活を行なう.みたいな事.まぁそのままやけど.健康的に生きることや地球を大切にしようと言う姿勢を持つ事は自分でもクールだと思うし,自分もそうありたいと思う.どっちかというと環境にも体にも良いものを食べたいと思うし.そう思い,具体的に実行する事がLOHAS的な生き方なんだとさ.
だけど,それ(環境配慮など)を企業が行なうのは矛盾していると思う.というか,それを前面に押し出しているのは嘘のような気がする.この考えは先の「会社は誰のものか」の著者,岩井克人さんのものだが,結局は長期的な利益を求めて,環境に配慮している会社,地球に優しい会社だと認識させ,ブランドイメージ向上の結果,株価の向上を期待しているとある.
最近では日本の会社が,環境配慮の時流にあり,それに乗っかるように色んな会社が環境配慮を謳っているが,今の中国市場で一般国民にそんな事をアピっても何にもならんと思う.高度成長期の日本に環境配慮を謳う会社があったかどうかを考えると理解できる.例えあったとしても,少数派であると会社として環境配慮を謳うメリットはない.理由は多数派になって環境配慮の時流を作らないと,一般国民にも浸透しないし,消費者に浸透しないとそれが消費へのインセンティブに加味されないから,投資家もカネを出してくれない.
まぁ明日からちょうど4月1日で,今日が学生と社会人の節目の日でもあるし,これから属することになる会社についてちょっと批判的につらつらと書いてみましたがな.
明日の午後に上京して,インターンシップ時のメンバーと,千鳥ケ淵緑道で夜桜してその後新宿で飲みに行こうという計画になっている.久々の再会なので楽しみや.4月3日入社式はどこの会社もそうやろね.しばし大阪を離れます.みんなGOODLUCK.俺もGOODLUCK.では.
今日は朝から一人で九条にあるシネ・ヌーヴォーへ.
現在モーニングショーで公開されているTHE CORPORATIONを観ようと思って.
興味を持ったきっかけは,最近企業とは・・・みたいな事に関心があったから.いくつか読んでいる本の中で会社はだれのものか/岩井克人がある.この本の中で,まず企業と会社の言葉の定義を明確にして,さらに株主・経営者・従業員が明確に分離されているものを会社とし,その会社の価値を2つにわけている.それは1:モノとしての会社の価値と,2:法人として規約されるヒトとしての会社の価値.簡単に言うと1:モノとしての会社の価値とは株式のこと.2:ヒトとしての会社の価値とは,法人格を持つ会社がヒトとして所有している資産の価値としている.
例えば,ライブドアのニッポン放送の買収を通じてフジテレビの支配権を握ろうとした問題において,ライブドアが断念せざるを得ない背景として産業資本主義におけるおカネの論理と,ポスト産業資本主義におけるヒトの論理との違いがあったという事を示している.
つまり,ホリエモンの「カネで何でも買える」という思想は,会社の買収を試みた際,モノの側面のみをみた発言で,会社のヒトの側面を無視した行為だと筆者は論じている.ここであの時のニュースを思い出したのだが,フジテレビの番組に出ているタレントがホリエモンが仮にトップに君臨したら自分が出演している番組を降板すると言っていた事.これらタレントは2の価値に当てはまると思う.フジテレビの社員に関しても2の価値で,この事件がきっかけで彼らが会社を離れてしまうとフジテレビの資産価値が弱まる.まぁ現時点では,資本主義のルールに乗っからない行為をしたライブドアの問題を取り上げるのはナンセンスかもしれないな.
現在の日本をポスト産業資本主義と定義した上で,産業資本主義の時と違って製造業に関しても,他社との違いにより付加価値を生み出す必要があると説明している.その付加価値を生み出す事に関してヒトの果たす重要性がますます高まり,元来ヒトが資産と言われている業種(メディアなど)に関しては顕著に現れるという.このヒトの価値の高まりが,おカネだけでは会社は買えない理由であり,この本の筆者の主張として,これからますますヒトに対するおカネの価値は低下していく事を挙げている.
まだ1回しかこの本を読んでないので完全理解には乏しいが,自分が上で記したポスト産業資本主義などの抽象的な言葉に対する説明・定義づけもしっかりされていて,これから会社はどうなっていくのかを考える上で基本的な下地が形成できる,わかりやすくて良い本だと思う.
で,肝心な今日観た映画the corporationでは,会社を擬人化して,利益を追求する強欲なものと理解した上で,利益をあげるためにどんな事をして,社会にどんな弊害を及ぼすのかを示している.というのも現在,会社(狭義の企業)が社会に絶対的な影響力を持ち,自己中心的に世の中を支配していると示している.
完全なドキュメント映画なので,事例が多く出てきたが,例えばウガンダの少年兵問題に関して,計量武器の供給は大半が先進諸国企業である事.この事は以前の項でも自分は考えていた.
その他には,ボリビアのコチャバンバの水道業務をアメリカの建設業を軸に何でもやっている会社ベクテルが民営化を試みた際に起きたエピソード.リンク先をみてもらったら分かると思うが,迂闊に人間が生きていく上で必須の水を,営利団体(すなわち会社)に業務させる事は非常に怖い.以下引用.
わずか60ドルの月給で生活するしかない母親が、とにかく水道を使い続けるだけのために、15ドル余りを支払うように指示されたのだ。
ありえない・・・
他に,かなりショックだった事例として,第2次世界大戦時ナチスのユダヤ人粛清のための管理に,だれがどのように対処されるのかを記録するためにアメリカのIBMのパンチカード機器「ホレリス」が必須だったらしい.映像でも流れていたが,5はガス室送りや6は特別処刑(例えば銃殺)など,一人一人がどのようになったかを記録されている.
この映画は初志一貫して会社は利益を追求するものとして扱い,ある意味ミクロ経済の点からもそれは明らかだけど,かなり冷徹な存在としてCORPORATIONというものが描かれている.
映画の内容はここまでとし,以下少し話はそれながらも続ける.
次のような本を読んでみて,これまたなんか企業にとっては奇麗事やなと思ってしまう.日本をロハスに変える30の方法 ? BUSINESS LOHAS/ローハスクラブ
LOHAS=Lifestyle Of Health And Sustainable頭文字をとったものだが,健康的で持続可能な環境に配慮した生活を行なう.みたいな事.まぁそのままやけど.健康的に生きることや地球を大切にしようと言う姿勢を持つ事は自分でもクールだと思うし,自分もそうありたいと思う.どっちかというと環境にも体にも良いものを食べたいと思うし.そう思い,具体的に実行する事がLOHAS的な生き方なんだとさ.
だけど,それ(環境配慮など)を企業が行なうのは矛盾していると思う.というか,それを前面に押し出しているのは嘘のような気がする.この考えは先の「会社は誰のものか」の著者,岩井克人さんのものだが,結局は長期的な利益を求めて,環境に配慮している会社,地球に優しい会社だと認識させ,ブランドイメージ向上の結果,株価の向上を期待しているとある.
最近では日本の会社が,環境配慮の時流にあり,それに乗っかるように色んな会社が環境配慮を謳っているが,今の中国市場で一般国民にそんな事をアピっても何にもならんと思う.高度成長期の日本に環境配慮を謳う会社があったかどうかを考えると理解できる.例えあったとしても,少数派であると会社として環境配慮を謳うメリットはない.理由は多数派になって環境配慮の時流を作らないと,一般国民にも浸透しないし,消費者に浸透しないとそれが消費へのインセンティブに加味されないから,投資家もカネを出してくれない.
まぁ明日からちょうど4月1日で,今日が学生と社会人の節目の日でもあるし,これから属することになる会社についてちょっと批判的につらつらと書いてみましたがな.
明日の午後に上京して,インターンシップ時のメンバーと,千鳥ケ淵緑道で夜桜してその後新宿で飲みに行こうという計画になっている.久々の再会なので楽しみや.4月3日入社式はどこの会社もそうやろね.しばし大阪を離れます.みんなGOODLUCK.俺もGOODLUCK.では.
写真展終了!!と感謝

本日写真展が終了いたしました.
まず,中崎町という梅田の少し外れた,且つ非常にわかりにくい立地にも関わらず,足を運んでくれた友人(先輩・後輩含め)には感謝しています.立ち代り入れ替わり来ていただき,僕自身全く暇な時間がなく,嬉しかった.花やらワインやら京菓子やらの差し入れもホントにありがとう!!
開催されるまでは,計画していたものの不安で不安で仕方がなかった.観にきてくれる人はいるだろうか,観に来ていただいた人に満足してもらえるだろうか・・・,など等不安の種は尽きなかった.展示においては,写真とセンス,その他様々な点で信頼のおける友人Kに手伝ってもらって何とか色のバランスや作品の感覚,照明や音楽,椅子・テーブルの配置など,かなり満足のいく展示会場に仕上げた.来てくれた人はわかると思うが,会場というよりも自分の趣味の部屋にしたって感じ.上の写真は写メールで撮ったやつ.
梅田から徒歩圏の中崎町と言えども,立地的にわかりにくいし,来場してくれたほとんどの人が自分が告知した人だった.やっぱり身近な人に観てもらう喜びがあるし,久々の再会もあったし,自分が学生の最後を締め括る最高の機会だったと思う.展示していたのはこれまでの旅の写真がメインで,頂いたコメントをみていると,旅に行きたくなったや,自分の創作活動の参考になったや,観に来ていただいた人には何かしらプラスの影響を与える事ができたのかと思う.まぁ毎度の如くポジティブな解釈かもしれませんが.来場してくれた方々の今後の活動における微々たる動機でもこの展覧会で発見していただいたなら,これほど嬉しいことはない.
僕自身が例えば,インドを旅する際の動機は2つあった.一つは欧州からの帰りの飛行機でチューリヒからシンガポールに向かう際,ボーダレスの世界を体感した後に,偶然パキスタンとインドの国境上空を通過して(座席の前面モニターで確認),真っ暗な闇の中に光り輝くボーダーラインをみた瞬間はとてもショックだった事.2つ目はチベットチベットという現在のチベット問題を浮き彫りにしたドキュメンタリー映画をみた時,舞台となった現在仮のチベット政府が置かれるインドのダラムサラに興味が惹かれた.結局インドにも行ったし,ダラムサラにも足を運び,ダライラマの秘書から数々のチベットの問題についてお聞きし,彼らの思想も自分なりに解釈することができた.
何が言いたいかって言うと自分がこれまで,いや,これからも重要としている事は「計画は実行するためにある」って事だと思う.これははっきり言ってカルロスゴーンの言葉です.大学1年か2年の時にルネッサンスって本を読んだときに,これや!!って思ってインプットしていた言葉であり思想.
動機があって計画を立てる,そして実行する.簡単なようで意外と難しい.でもそれを続けると日々充実して過ごせる.学生のうちはそんな感じだった.
今回の展覧会もそう.意地でも計画を実行に移してやるって結果.一年くらい前から個展でもやりたいなーと思って,友達にも話していた.実際,修士論文に予想以上に時間を取られ,残された約1ヶ月の時間で中国旅行と写真展は厳しいかと思ったが何とか両方実行できた.それは今となればすごい充実感を与えてくれたし,自信にもなった.でもこんな計画を実行できるのも,身近な家族のおかげであると思うが,今思うと本当に感謝せなあかんなと思ってしまう.
今日でも写真展の片付けを親切な友人達が手伝ってくれて,その後はタイミングよく叔母夫婦が食事に誘ってくれて,僕の門出を祝ってくれたりと,自分本当に周りに恵まれているなぁと感謝しまくり.
計画を実行に移す.これは当分の間社会人になっても,自分の頭に据え置くキーワードだと改めて思う春一歩手前の夜でした.
2006/03/22
写真展の告知!
色々と書きたいことはありますが,とりあえず写真展の告知をしまーす.
Atsuyuki Mori Photo Exhibition
「feeling my way」
2006.3.27.Mon-3.30.Thu @Gallery Pichikuri

期間:2006年3月27日(月)-3月30日(木)11時-19時(27日のみ14時-)
場所:ギャラリーピチクリ :http://www.pichicri.com/
大阪市北区中崎西1丁目6-36 サクラビル223号
MAP:http://www.pichicri.com/map.html
・谷町線中崎町駅2番出口すぐ.
・梅田からでも徒歩圏なので気軽にお立ち寄り下さい.ていうか来てください!
Atsuyuki Mori Photo Exhibition
「feeling my way」
2006.3.27.Mon-3.30.Thu @Gallery Pichikuri

期間:2006年3月27日(月)-3月30日(木)11時-19時(27日のみ14時-)
場所:ギャラリーピチクリ :http://www.pichicri.com/
大阪市北区中崎西1丁目6-36 サクラビル223号
MAP:http://www.pichicri.com/map.html
・谷町線中崎町駅2番出口すぐ.
・梅田からでも徒歩圏なので気軽にお立ち寄り下さい.ていうか来てください!
2006/03/16
帰国して思うこと ソウル編
昨日,中国(少し韓国)の旅から帰ってきました.
徐々に振り返って,自分なりに整理してみようと思う.
大まかに言うと,
重慶(チョンキン)に入国⇒そこから長江を3泊4日で船に乗って下り,三峡ダムを通過⇒宜昌(イーチャン)に到着⇒バス4時間で武漢(ウーハン)⇒鉄道14時間で西安(シーアン)⇒鉄道17時間で上海⇒飛行機でソウル⇒日本
という流れ.
一昨日,午後に上海からソウルにOZで移り24時間ステイしての帰国だった.仁川国際空港で大きな荷物を預けて,ガイドも何も持っていなかったので空港においてあった地図を持って明洞行きのバスに乗ってソウルの中心部に行った.
偶然居合わせている友人との待ち合わせ時間まで,明洞(ミョンドン)や新村などを散策して,活気に満ちた街を楽しんでいた.
5年前,大学1年の春休みに訪れたソウルとは相当変化していたような気がする.その際に10日間程滞在していた,東大門近くの街並みは劇的に変化していた.あの時は大通りを外れると,哀愁が漂い趣がある路地などが存在していたのだが,大学路辺りは裏路地まで近代的な建物が立っていてがらりと雰囲気が変わっていていた.『こんなにも活気がある場所だったっけ』て思うほど活気に満ちていた.
街並みもそうだが,物価面でも相当変化していた.例えば梨花女子大近くのスタバで飲んだカフェモカは3800ウォンだった.100円が800ウォンなので日本円換算で470円くらいか.高いですよねー.ソウル中心部までのバスも8000ウォンで約1時間だったっけ.
その後友人と久々の再会をして飯を食って,彼は仕事で結構忙しそうだったので日本でまたねと言って別れた.で,まぁちょうど感度3200のフィルムがカメラに入っていたので夜の街でも撮ろうかと思い,東大門からそれた辺りの趣のある路地を撮ったりしていた.
ちなみに,感度(ISO)が大きくなればなるほど,少ない光でもシャッターを切ることができるので,夜でもノーフラッシュで撮影できます.その分粒子が粗いので,画質的には感度の低いものよりも劣ります.感度3200やと空港のX線に通すと感光してしまいます.感度(ISO)1000までなら大丈夫みたいです.少し余談.
で,かなーり寒くなってきたので宿を見つけようと思い,マクロな地図にゲストハウス(Seoul Backpackers)を発見していたのでそこに向かう事に.東大門から西に2駅行ったところなのだが,いざ行ってみると周りはラブホ街で結構怪しい雰囲気.でもなんかそこらのハングル文字とネオンがいい感じでおもろかったので,パシャパシャ撮っていた(相当怪しいはず).ハングル文字ばっかなので,簡単に見つけれそうもないと思ったが,唯一HOTELと書いてある観光ホテルで尋ねて,詳細な所在が分かり発見&到着.
そこで素晴らしい出会いがあった.受付の兄ちゃんなのだが,今年の1月まで日本にワーホリで来ていたので日本語が堪能.その人と中国のことについてなど少し会話をした後,なんか妙に話が合うなって印象.
その後彼の仕事が終わってから飲みにいこうと誘ってくれて,近くの飯屋に.めっちゃ辛いホルモン料理をアテに飲んでいた.彼は自分よりも一つ下で,軍隊も2年経験して,今はマーケティングの会社でインターンをして,夜はゲストハウスでバイトをしている.最初,自分よりも年上と感じたのは軍隊を経験しているからだろうか.ほんと礼儀正しくて,配慮もきちんと出来ていて,なんて気持ちのいい奴なんだと節々で思う.
将来的に彼は叔父さんの現在日本市場に卸している衣料品会社に入る事になっているため,今はそれに向けて様々な修行をしている.生産地が中国やベトナム,ロシア等様々な国にあるため,それぞれの現場を経営者になっても感じたいの事から,中国語と英語をマスターする目的でいるらしい.近々イギリスに留学すると言っていた.後,経営的なものもグローバルマーケティングに柱を置いてよく勉強されてる.そこで,今の韓国のインフレの状態やアジア地域の国民性,中国の事,彼が日本で感じたこと,その他プライベートな事までほんと色々話した.
ただ,韓国の経済については憂いていた,公務員の初任給で比較しても日本とほぼ同じ状態になっているのだが,それは為替の影響が強くて,実質的なコアとなる産業に不安が残ると話す.現代・サムスン・LG等製造メーカーが経済の柱を形成しているが,それらが今後日本と中国の兼ね合いでどのような位置付けでやっているのかが不安要素と彼は見ていた.気が付くと深夜4時を回っていた.
人との出会いって不思議ですな.なんで日本におってもそこまで思考パターンとか,その他様々な要素で会う人ってそれほど多くはないのに,こんなとこでこんな感じに出会うことになるんだろうって.空港で何気なしに取った地図にいくつもあるゲストハウスから感覚的に一つに赤丸を付けて,住所も詳細の情報も載っていないのにそこにふらっと行く事になって・・・.
思えば5年前,本格的な旅をしようと思い立ったのがここソウルだった.あれから色んな国をみて来て,学生の最後に再びこの国に訪れた.韓国の経済的変化を物価や街並みを通じて実感したが,それと同時に時間の流れも実感した.この5年間で自分の視野は格段に広がって,とても濃い5年だったんだろうかなと思う.
特にこんな想いを得たいがために,韓国を訪れた訳じゃないのだけど,同じ国に時間を置いて訪れる事で何か物凄い懐かしさを感じられた.色んなものが絡み合って言葉にするのは難しい.たぶんそれは時間的なものだけじゃなく.自分自身の事も大いに関係していると思うのだけれど・・・.
徐々に振り返って,自分なりに整理してみようと思う.
大まかに言うと,
重慶(チョンキン)に入国⇒そこから長江を3泊4日で船に乗って下り,三峡ダムを通過⇒宜昌(イーチャン)に到着⇒バス4時間で武漢(ウーハン)⇒鉄道14時間で西安(シーアン)⇒鉄道17時間で上海⇒飛行機でソウル⇒日本
という流れ.
一昨日,午後に上海からソウルにOZで移り24時間ステイしての帰国だった.仁川国際空港で大きな荷物を預けて,ガイドも何も持っていなかったので空港においてあった地図を持って明洞行きのバスに乗ってソウルの中心部に行った.
偶然居合わせている友人との待ち合わせ時間まで,明洞(ミョンドン)や新村などを散策して,活気に満ちた街を楽しんでいた.
5年前,大学1年の春休みに訪れたソウルとは相当変化していたような気がする.その際に10日間程滞在していた,東大門近くの街並みは劇的に変化していた.あの時は大通りを外れると,哀愁が漂い趣がある路地などが存在していたのだが,大学路辺りは裏路地まで近代的な建物が立っていてがらりと雰囲気が変わっていていた.『こんなにも活気がある場所だったっけ』て思うほど活気に満ちていた.
街並みもそうだが,物価面でも相当変化していた.例えば梨花女子大近くのスタバで飲んだカフェモカは3800ウォンだった.100円が800ウォンなので日本円換算で470円くらいか.高いですよねー.ソウル中心部までのバスも8000ウォンで約1時間だったっけ.
その後友人と久々の再会をして飯を食って,彼は仕事で結構忙しそうだったので日本でまたねと言って別れた.で,まぁちょうど感度3200のフィルムがカメラに入っていたので夜の街でも撮ろうかと思い,東大門からそれた辺りの趣のある路地を撮ったりしていた.
ちなみに,感度(ISO)が大きくなればなるほど,少ない光でもシャッターを切ることができるので,夜でもノーフラッシュで撮影できます.その分粒子が粗いので,画質的には感度の低いものよりも劣ります.感度3200やと空港のX線に通すと感光してしまいます.感度(ISO)1000までなら大丈夫みたいです.少し余談.
で,かなーり寒くなってきたので宿を見つけようと思い,マクロな地図にゲストハウス(Seoul Backpackers)を発見していたのでそこに向かう事に.東大門から西に2駅行ったところなのだが,いざ行ってみると周りはラブホ街で結構怪しい雰囲気.でもなんかそこらのハングル文字とネオンがいい感じでおもろかったので,パシャパシャ撮っていた(相当怪しいはず).ハングル文字ばっかなので,簡単に見つけれそうもないと思ったが,唯一HOTELと書いてある観光ホテルで尋ねて,詳細な所在が分かり発見&到着.
そこで素晴らしい出会いがあった.受付の兄ちゃんなのだが,今年の1月まで日本にワーホリで来ていたので日本語が堪能.その人と中国のことについてなど少し会話をした後,なんか妙に話が合うなって印象.
その後彼の仕事が終わってから飲みにいこうと誘ってくれて,近くの飯屋に.めっちゃ辛いホルモン料理をアテに飲んでいた.彼は自分よりも一つ下で,軍隊も2年経験して,今はマーケティングの会社でインターンをして,夜はゲストハウスでバイトをしている.最初,自分よりも年上と感じたのは軍隊を経験しているからだろうか.ほんと礼儀正しくて,配慮もきちんと出来ていて,なんて気持ちのいい奴なんだと節々で思う.
将来的に彼は叔父さんの現在日本市場に卸している衣料品会社に入る事になっているため,今はそれに向けて様々な修行をしている.生産地が中国やベトナム,ロシア等様々な国にあるため,それぞれの現場を経営者になっても感じたいの事から,中国語と英語をマスターする目的でいるらしい.近々イギリスに留学すると言っていた.後,経営的なものもグローバルマーケティングに柱を置いてよく勉強されてる.そこで,今の韓国のインフレの状態やアジア地域の国民性,中国の事,彼が日本で感じたこと,その他プライベートな事までほんと色々話した.
ただ,韓国の経済については憂いていた,公務員の初任給で比較しても日本とほぼ同じ状態になっているのだが,それは為替の影響が強くて,実質的なコアとなる産業に不安が残ると話す.現代・サムスン・LG等製造メーカーが経済の柱を形成しているが,それらが今後日本と中国の兼ね合いでどのような位置付けでやっているのかが不安要素と彼は見ていた.気が付くと深夜4時を回っていた.
人との出会いって不思議ですな.なんで日本におってもそこまで思考パターンとか,その他様々な要素で会う人ってそれほど多くはないのに,こんなとこでこんな感じに出会うことになるんだろうって.空港で何気なしに取った地図にいくつもあるゲストハウスから感覚的に一つに赤丸を付けて,住所も詳細の情報も載っていないのにそこにふらっと行く事になって・・・.
思えば5年前,本格的な旅をしようと思い立ったのがここソウルだった.あれから色んな国をみて来て,学生の最後に再びこの国に訪れた.韓国の経済的変化を物価や街並みを通じて実感したが,それと同時に時間の流れも実感した.この5年間で自分の視野は格段に広がって,とても濃い5年だったんだろうかなと思う.
特にこんな想いを得たいがために,韓国を訪れた訳じゃないのだけど,同じ国に時間を置いて訪れる事で何か物凄い懐かしさを感じられた.色んなものが絡み合って言葉にするのは難しい.たぶんそれは時間的なものだけじゃなく.自分自身の事も大いに関係していると思うのだけれど・・・.
2006/03/11
Now i 'm in Shanghai
Nihao!
I'm Shanghai.It's cold in here.
now,I stay internet room at Shanghai library.
today I walk around The Bund ,ride metro,eat noodle and came library.I spend a relax'in day.
yesterday I came here from Xian by train.
This train(to Shanghai from Xian) was the worst I've ever experience.I don't say quality of train,I say very very tired!!
imagine
you are in a full train and stay in.
imagine
you don't have your seat,and there's no space to sit on ground.
imagine
you must stay 17hours!!
When I tried to buy a train ticket,I couldn't get ticket sleeper class.Because there are many people to Shanghai from Xian,and basically there are many many people in this country.so I reluctantly bought seat class ticket.but then,I thought it's Ok.When I ride train,I knew my thoughtless decision.
Between 3/10 pm 6:30 to 3/11 am 11:30,I can seat properly only last 30 minutes!Expect this time,I sit barely on little little space of ground or stand.Because cart of salesclerk cross in crowded every about 30-minutes.
Of course,I couldn't sleep at all.
As a result,you know,I was very tired.but it was precious experience.I thought many things on that time.On same viewpoint of chinese people,I could see attitude of trainman from monopoly system.It was much different from Jpanese one. Derivative from this think,economic system of present China,the national character of this country,how will be China from now on,and so on.
Yesterday night,when I eat and drink with people from Japan I met same hostel,we talk about many things include above contents by midnight.It was special time.
In this trip,I got valuable experience.
think about gap between inland and coast,about Three Gorges crusing including(Three Gorges Dam ),and so on.
afterdays I maybe write here.
just hungry(><)
I'll go to eat Chinese food.
ciao.
I'm Shanghai.It's cold in here.
now,I stay internet room at Shanghai library.
today I walk around The Bund ,ride metro,eat noodle and came library.I spend a relax'in day.
yesterday I came here from Xian by train.
This train(to Shanghai from Xian) was the worst I've ever experience.I don't say quality of train,I say very very tired!!
imagine
you are in a full train and stay in.
imagine
you don't have your seat,and there's no space to sit on ground.
imagine
you must stay 17hours!!
When I tried to buy a train ticket,I couldn't get ticket sleeper class.Because there are many people to Shanghai from Xian,and basically there are many many people in this country.so I reluctantly bought seat class ticket.but then,I thought it's Ok.When I ride train,I knew my thoughtless decision.
Between 3/10 pm 6:30 to 3/11 am 11:30,I can seat properly only last 30 minutes!Expect this time,I sit barely on little little space of ground or stand.Because cart of salesclerk cross in crowded every about 30-minutes.
Of course,I couldn't sleep at all.
As a result,you know,I was very tired.but it was precious experience.I thought many things on that time.On same viewpoint of chinese people,I could see attitude of trainman from monopoly system.It was much different from Jpanese one. Derivative from this think,economic system of present China,the national character of this country,how will be China from now on,and so on.
Yesterday night,when I eat and drink with people from Japan I met same hostel,we talk about many things include above contents by midnight.It was special time.
In this trip,I got valuable experience.
think about gap between inland and coast,about Three Gorges crusing including(Three Gorges Dam ),and so on.
afterdays I maybe write here.
just hungry(><)
I'll go to eat Chinese food.
ciao.
2006/03/03
チャイナー&写真・個展
はい.
明日の昼1時の便でチャイナに行ってきます.2週間弱行ってきます.重慶IN,上海OUTです.んでアシアナで行くので帰りにソウルでストップオーバーして,偶然居るらしい友人と肉食うつもりです.
特にいつもの旅みたいに,テンションが上がってませんな.まぁ,まったり内陸部から沿岸部に鉄道移動しようかなと.近い国でメディアからの情報は多いけど,逆に未知数が多い国なので色々感じることは多いのかなと.今回の旅は前回同様,あまりバカンス的な意味合いが強くなさそうなので,社会人になったらそろそろ短期ゴージャス型のバカンス旅行を満喫したいとか思っている.てか,休みの日数的にそれしかできなくなるのか.
とか何とか言ってるが,この時間になって何も準備してない.今日の帰りに衣類圧縮袋とアップルストアーでipodの携帯バッテリーとヨドバシでモノクロとカラーのフィルムを買ったくらい.
はい.
昨日卒業確定です.2日前の時点ではある必要な単位が放棄になっていて相当焦りまくってました.まぁ,結果的に担当教官のミスが明らかだったので問題はなかったが,必要以上の労力が要った.なんせ,研究室旅行で岡山美作の湯郷温泉滞在中に,助教授と家から電話がかかってきたからね.処理に大変だった.
節目で一波乱あるようです.
はい.
写真の個展やります.
旅行から帰ってきたらそっちモードに切り替えます.
3月27日(月)ー30日(木)まで,梅田・中崎町でやります.
この個展で学生を締めくっくて,とりあえず東京に向かおうかなと.
来てくださいね.
詳細は帰国後お伝えします.
明日の昼1時の便でチャイナに行ってきます.2週間弱行ってきます.重慶IN,上海OUTです.んでアシアナで行くので帰りにソウルでストップオーバーして,偶然居るらしい友人と肉食うつもりです.
特にいつもの旅みたいに,テンションが上がってませんな.まぁ,まったり内陸部から沿岸部に鉄道移動しようかなと.近い国でメディアからの情報は多いけど,逆に未知数が多い国なので色々感じることは多いのかなと.今回の旅は前回同様,あまりバカンス的な意味合いが強くなさそうなので,社会人になったらそろそろ短期ゴージャス型のバカンス旅行を満喫したいとか思っている.てか,休みの日数的にそれしかできなくなるのか.
とか何とか言ってるが,この時間になって何も準備してない.今日の帰りに衣類圧縮袋とアップルストアーでipodの携帯バッテリーとヨドバシでモノクロとカラーのフィルムを買ったくらい.
はい.
昨日卒業確定です.2日前の時点ではある必要な単位が放棄になっていて相当焦りまくってました.まぁ,結果的に担当教官のミスが明らかだったので問題はなかったが,必要以上の労力が要った.なんせ,研究室旅行で岡山美作の湯郷温泉滞在中に,助教授と家から電話がかかってきたからね.処理に大変だった.
節目で一波乱あるようです.
はい.
写真の個展やります.
旅行から帰ってきたらそっちモードに切り替えます.
3月27日(月)ー30日(木)まで,梅田・中崎町でやります.
この個展で学生を締めくっくて,とりあえず東京に向かおうかなと.
来てくださいね.
詳細は帰国後お伝えします.
2006/02/27
就活セミナー
今日は4月から働く会社の就活セミナーに内定者として参加した.
いやはや,結構疲れた.
というのも,セミナー内の内定者の部屋とやらを担当することになり,午前:40分×4ターム,午後:40分×4タームを内定者1人につき8人程度の就活生の相談を受ける.もちろん内容は就活全般の事.
セミナー開始前に参加内定者代表として挨拶したのだが,その際,さすがに就活生150名の前となると緊張だ.午前の部の挨拶では,ここまで噛むかってくらい噛んだので逆に笑いが取れてよかった.いや完全に笑われた!中途半端に噛むんやったら思いっきり噛めだ.で,噛んだことを認める照れを全面に出せ!だ.で,最後にきっちり締めたらこっちのもんだ.って変にポジティブ.
で,セミナー開始.
内定者の部屋にやってきた就活生が持つ不安や聞かれる点は大体共通したもので,面接や筆記試験,採用プロセスや自身の志望動機や,どんな就活をやってきたか等など.それらの事に対して内定者がお答えする形式.人に語れる程の経験値もないが,自分の話を皆さんカリカリとメモしてくれていて,その度にお役に立ちたい系のアドレナリンが分泌されて俄然やる気に.真剣に取り組んだ分正直疲れたが,終わってから挨拶に来てくれる人や遅くまで話し込んでくれた人がいて,なんかちょっとうれしかった.
基本自分,人の役に立ちたい系なのだと今日改めて確認.
また,一ヵ月後社会人になる自分にとって,再度就活・就職というものを振り返れて有意義だった.やっぱ頭の中を整理するって大事やね.なんかスッとした.
んで,終わってから内定者達とのるーびーは仕事帰りの一杯先取り味だった.
いやはや,結構疲れた.
というのも,セミナー内の内定者の部屋とやらを担当することになり,午前:40分×4ターム,午後:40分×4タームを内定者1人につき8人程度の就活生の相談を受ける.もちろん内容は就活全般の事.
セミナー開始前に参加内定者代表として挨拶したのだが,その際,さすがに就活生150名の前となると緊張だ.午前の部の挨拶では,ここまで噛むかってくらい噛んだので逆に笑いが取れてよかった.いや完全に笑われた!中途半端に噛むんやったら思いっきり噛めだ.で,噛んだことを認める照れを全面に出せ!だ.で,最後にきっちり締めたらこっちのもんだ.って変にポジティブ.
で,セミナー開始.
内定者の部屋にやってきた就活生が持つ不安や聞かれる点は大体共通したもので,面接や筆記試験,採用プロセスや自身の志望動機や,どんな就活をやってきたか等など.それらの事に対して内定者がお答えする形式.人に語れる程の経験値もないが,自分の話を皆さんカリカリとメモしてくれていて,その度にお役に立ちたい系のアドレナリンが分泌されて俄然やる気に.真剣に取り組んだ分正直疲れたが,終わってから挨拶に来てくれる人や遅くまで話し込んでくれた人がいて,なんかちょっとうれしかった.
基本自分,人の役に立ちたい系なのだと今日改めて確認.
また,一ヵ月後社会人になる自分にとって,再度就活・就職というものを振り返れて有意義だった.やっぱ頭の中を整理するって大事やね.なんかスッとした.
んで,終わってから内定者達とのるーびーは仕事帰りの一杯先取り味だった.
2006/02/21
久々にコモル
日曜の夜から久しぶりに篭った.六甲山腹の暗室に.
途中,印画紙を買いにヨドバシに寄ったのだが,銀塩系の売り場がやたらと小さくなってる.印画紙の種類も少なくなってるし,その他の必要道具の選択肢もだんだん少なくなっている.お気に入りのAGFAの生産も終了したし,しぶしぶ古巣のILFORDの半光沢・サテン地を買う.ILFORDはフィルムも含めお気に入りメーカーなので,しぶしぶではないわ.
てか,フジの銀塩用品を覗いて見ると(ちなみにフジの製品は自分の性に会わないので3年前から一切使っていません),『原油価格の高騰と銀塩市場縮小による生産コスト増大により価格を上げさせていただきました』.だってよ.銀塩用品メーカーがばたばた生産を止めて,フジだけとかなったら,独占的に価格操作されるぞ.この,フジの強気の姿勢を見る限りあり得るぞ!他のメーカー頑張れ!
何かとアナログな人には不都合な時代になりましたね.
以上はヨドバシでの感想.
で,夜通し篭る気満々であったが,久しぶりの後輩と部室で飲む事に.ビールばっかり飲んでいた.11年かかった味を堪能するために円熟も飲んだ.が,後半過ぎて味がわからず.ウイスキーをコーラで割って懐かしいとか言うてる未成年の後輩がいた.こんな流れでコタツ効果もあり,いつの間にか睡眠→朝.んでやっと篭り始める.

やっぱり,久しぶりに薄赤暗い部屋に篭るのはいい.何がいいってトリップができるから.像を印画紙に焼き付けて液に浸して像を浮き出す事で,右脳に引っ付いてるあやふやな記憶を具現化してくれる.必ずしも過去にトリップするだけじゃなくて,そこから派生した色んな思考に結びつく.自分が撮ってきたものって自分の記憶やし,何気にシャッターを切っているようでも,その瞬間に感動を覚えた何かがあるんやろうと思う.たとえアーティスティックな写真を生み出そうと思っても,記憶としてその瞬間は刻まれているはずやし,作品のコンセプトに影響を与えていると思う.
何が言いたいんかよくわからんけど,上の写真一枚をとっても自分の中では色々と思い返してしまう事があった.この写真では特に聴覚的な記憶が蘇った.
これは,ボリビアのコパカバーナという所で,場所に関しては以前UPした写真の項で記してある.
ラパス行きのバスの待ち時間が3時間くらいあり,感じの良いカフェに居合わせた時のこと.
若いセンスの良い夫婦がやっているお店で,客は誰も居なくて,久しぶりに濃いコーヒーを飲んでまったりしていた.外の天気も抜群にいいし,気温もほど良くいいし,旅も順調だったのでこのテンションを伝えようとポストカードを書いたりもしていたかな.
何よりも,その時流れていたRita・LeeのBossa'n Beatles内のin my life(spanishバージョン)がヒットだったというか,その空間にとてもマッチしすぎていた.後はFrank emilio等cuba音楽が流れていた.
今回上の写真を焼くときは,Rita leeを流してボリビアにトリップしていた.
少なくとも,この写真で視覚・聴覚・味覚は蘇ったかな.
ちょっと前にキックザカンクルーの脳内バケーションって曲あったけど,俺あのフレーズめっちゃ好きやわ(そのPVでは,台湾が彼らのバケーション先でした).
ってとこから暗室=脳内トリップの場所とします.勝手にしとけって感じですよね・・・.まぁまぁ.
今回脳内トリップしすぎて,100枚近く焼きこんだ.
おかげで暗室のドアを開けると,辺りは真っ暗でそこにはだーれもいなくて,朝方からめっちゃ降ってた雨も止んでて,濡れずに下山できましたとさ.おわり
途中,印画紙を買いにヨドバシに寄ったのだが,銀塩系の売り場がやたらと小さくなってる.印画紙の種類も少なくなってるし,その他の必要道具の選択肢もだんだん少なくなっている.お気に入りのAGFAの生産も終了したし,しぶしぶ古巣のILFORDの半光沢・サテン地を買う.ILFORDはフィルムも含めお気に入りメーカーなので,しぶしぶではないわ.
てか,フジの銀塩用品を覗いて見ると(ちなみにフジの製品は自分の性に会わないので3年前から一切使っていません),『原油価格の高騰と銀塩市場縮小による生産コスト増大により価格を上げさせていただきました』.だってよ.銀塩用品メーカーがばたばた生産を止めて,フジだけとかなったら,独占的に価格操作されるぞ.この,フジの強気の姿勢を見る限りあり得るぞ!他のメーカー頑張れ!
何かとアナログな人には不都合な時代になりましたね.
以上はヨドバシでの感想.
で,夜通し篭る気満々であったが,久しぶりの後輩と部室で飲む事に.ビールばっかり飲んでいた.11年かかった味を堪能するために円熟も飲んだ.が,後半過ぎて味がわからず.ウイスキーをコーラで割って懐かしいとか言うてる未成年の後輩がいた.こんな流れでコタツ効果もあり,いつの間にか睡眠→朝.んでやっと篭り始める.

やっぱり,久しぶりに薄赤暗い部屋に篭るのはいい.何がいいってトリップができるから.像を印画紙に焼き付けて液に浸して像を浮き出す事で,右脳に引っ付いてるあやふやな記憶を具現化してくれる.必ずしも過去にトリップするだけじゃなくて,そこから派生した色んな思考に結びつく.自分が撮ってきたものって自分の記憶やし,何気にシャッターを切っているようでも,その瞬間に感動を覚えた何かがあるんやろうと思う.たとえアーティスティックな写真を生み出そうと思っても,記憶としてその瞬間は刻まれているはずやし,作品のコンセプトに影響を与えていると思う.
何が言いたいんかよくわからんけど,上の写真一枚をとっても自分の中では色々と思い返してしまう事があった.この写真では特に聴覚的な記憶が蘇った.
これは,ボリビアのコパカバーナという所で,場所に関しては以前UPした写真の項で記してある.
ラパス行きのバスの待ち時間が3時間くらいあり,感じの良いカフェに居合わせた時のこと.
若いセンスの良い夫婦がやっているお店で,客は誰も居なくて,久しぶりに濃いコーヒーを飲んでまったりしていた.外の天気も抜群にいいし,気温もほど良くいいし,旅も順調だったのでこのテンションを伝えようとポストカードを書いたりもしていたかな.
何よりも,その時流れていたRita・LeeのBossa'n Beatles内のin my life(spanishバージョン)がヒットだったというか,その空間にとてもマッチしすぎていた.後はFrank emilio等cuba音楽が流れていた.
今回上の写真を焼くときは,Rita leeを流してボリビアにトリップしていた.
少なくとも,この写真で視覚・聴覚・味覚は蘇ったかな.
ちょっと前にキックザカンクルーの脳内バケーションって曲あったけど,俺あのフレーズめっちゃ好きやわ(そのPVでは,台湾が彼らのバケーション先でした).
ってとこから暗室=脳内トリップの場所とします.勝手にしとけって感じですよね・・・.まぁまぁ.
今回脳内トリップしすぎて,100枚近く焼きこんだ.
おかげで暗室のドアを開けると,辺りは真っ暗でそこにはだーれもいなくて,朝方からめっちゃ降ってた雨も止んでて,濡れずに下山できましたとさ.おわり
2006/02/19
おつかれおれ
今日は修論審査会だった.
教授2人と助教授1人で,狭い部屋で30分弱の論文に関する審査会.
面接やね,あれは.部屋に入る前の一年前の緊張感が懐かしかった.実際面接を受けるつもりのテンションやったから,何も持たずに入ると.助教授が「論文は持参していないのか?」,「はい」,「まぁどこに何が書いているのならいいが」と.まぁ自分がどこに書いたかくらいは分かるだろうと平常心を装う.
修論のタイトルは『地方空港の国際化が地域経済に与える影響分析』.まぁ理論研究ではなくバリバリの実証研究である事はタイトルだけで理解できますな.
一昨日の公聴会(全体のプレゼン)の際にも思ったのだが,教授2人は本質をついた質問をどんどんしてくる.何とも現実に即した説得力の高い攻め方をしてくるので,こっちも論理的に返答しようとするが,同じ文脈でまた質問,また返答・・・と2,3回返すのに精一杯.
A教授に関して,彼は質問に対して僕がどう返答してくるか予想して,さらにそれに付随した本質に迫る質問をしてきて,さらにその先まで想定しているようなので,しまいにこっちが論理破綻してしまう.おそらく,僕が教授にとって想定内の返答をしているのだと思うけど,そのやり取りは極めて研究の本質を突いたものになっているので,最終的に教授の論点を受け入れるしか出来なくなる事があった.
明らかに今日の審査会の教授2人に関しては,研究に関して相当広い視野を持っているので,突いてくる内容にも重みがある.自分の研究アプローチが所属系統では稀ではあり,例え彼らがその分野の深い知識を持ち合わせていなくても,修士レベルの学生の現実を扱う研究に対してはだいたい分かっているよくらいの感じなのかな.
助教授がしてくるテクニカルな質問に関しては,むしろこっちが,「あんたそれは理解不足っしょ,もっと僕の論文を読みなさい」って点があった.
審査会後,助教授との打ち合わせの時にプラスアルファのタスクを与えられたが,修論全体に関して地味に労ってくれたので,嬉しかったのは間違いない.研究室入った時はめちゃめちゃ言われてたもんね,俺.
その後,夕方からM2全員で王子公園の定番,鳥ひげへ.まぁどうでもいいですが,微妙に歯茎が痛かったので,串が当たらないように注意して焼き鳥を食べました,はい.
いやむしろ,歯茎の下に隠れてる歯が痛いかもしれない.これは一大事だ!
教授2人と助教授1人で,狭い部屋で30分弱の論文に関する審査会.
面接やね,あれは.部屋に入る前の一年前の緊張感が懐かしかった.実際面接を受けるつもりのテンションやったから,何も持たずに入ると.助教授が「論文は持参していないのか?」,「はい」,「まぁどこに何が書いているのならいいが」と.まぁ自分がどこに書いたかくらいは分かるだろうと平常心を装う.
修論のタイトルは『地方空港の国際化が地域経済に与える影響分析』.まぁ理論研究ではなくバリバリの実証研究である事はタイトルだけで理解できますな.
一昨日の公聴会(全体のプレゼン)の際にも思ったのだが,教授2人は本質をついた質問をどんどんしてくる.何とも現実に即した説得力の高い攻め方をしてくるので,こっちも論理的に返答しようとするが,同じ文脈でまた質問,また返答・・・と2,3回返すのに精一杯.
A教授に関して,彼は質問に対して僕がどう返答してくるか予想して,さらにそれに付随した本質に迫る質問をしてきて,さらにその先まで想定しているようなので,しまいにこっちが論理破綻してしまう.おそらく,僕が教授にとって想定内の返答をしているのだと思うけど,そのやり取りは極めて研究の本質を突いたものになっているので,最終的に教授の論点を受け入れるしか出来なくなる事があった.
明らかに今日の審査会の教授2人に関しては,研究に関して相当広い視野を持っているので,突いてくる内容にも重みがある.自分の研究アプローチが所属系統では稀ではあり,例え彼らがその分野の深い知識を持ち合わせていなくても,修士レベルの学生の現実を扱う研究に対してはだいたい分かっているよくらいの感じなのかな.
助教授がしてくるテクニカルな質問に関しては,むしろこっちが,「あんたそれは理解不足っしょ,もっと僕の論文を読みなさい」って点があった.
審査会後,助教授との打ち合わせの時にプラスアルファのタスクを与えられたが,修論全体に関して地味に労ってくれたので,嬉しかったのは間違いない.研究室入った時はめちゃめちゃ言われてたもんね,俺.
その後,夕方からM2全員で王子公園の定番,鳥ひげへ.まぁどうでもいいですが,微妙に歯茎が痛かったので,串が当たらないように注意して焼き鳥を食べました,はい.
いやむしろ,歯茎の下に隠れてる歯が痛いかもしれない.これは一大事だ!
2006/02/17
結婚式




じゃあなくて,結婚式の2次会ですな.高校の友達のん.
アナログカメラの嫌な点.一月にあったこの会のネガをやっと昨日現像に出して,取りにいったこと.まぁそんなことより,この結婚式2次会.
新郎・新婦ともに自分の高2のクラスメイト.2人とも仲良くしてた友達だからなおさら感慨深いものがあった.なかなかこんな結婚式にはめぐり合えんやろな.
高2というと,修学旅行もあったし,ほんと良い思い出が一杯な気がする.
高校の環境も良かったし,最高にあほなやつらがいたような気がする.今でも笑いの基準は高校時代だと思う.勉強が出来なくても将来を憂う事なく,部活の仲間やクラスの仲間と毎日あほやっていたような気がする.大笑いしてた気がする.先生もほんとに良い人ばっかだったし,大学とはまた違う自由が与えられていたような気がする.なんか毎日晴れだったような気がする.それは言いすぎか.
たぶん彼らも同じような思い出を持っていることだろう.
そんな素晴らしい思い出を共有できてるっていいですな.
それにしてもゴールインできて,非常にめでたい!めでたいめでたい!
と,俺の周りももうそんな時期かと・・・.まだ働いてませんが,何か?
久々な高校連中とも会えて楽しかった.ほとんど社会人だった.んで,あほだった.
2006/02/10
提出!修了?そして・・・
変な時間(朝3時)に起きてしまった.意味不明な生活体系からくるものか.
昨日(9日),15時頃,論文提出!!!
充実感が満ち溢れた.自分でも妥協なしに提出できて,よかったよかった.何かしこりが残るものにだけはしたくなかった.後はまぁ,来週に発表と公聴会を残すだけだ.不安要素はまぁ,ないな.ちゃっちゃとパワポでもつくるか.
昨日の一連の流れ.
論文提出後,研究室のM2達と,HAT神戸のなぎさの湯へ.
その後,王子公園のいなかもんへ.相変わらずうまい料理とビールで研究室の面々と戯れるが,途中,ビールと寝不足で記憶なくなる.その後,いつものKZ宅へ.みんな一瞬で寝る.まぁ疲れきっていたからしゃあないが.
で,今日の朝.皆が寝てる中を帰宅.みんな,よー寝れたんかいな.Mっちとか.
で,次の視点は,社会人までの期間をいかに過ごすか.だったので,さくっと旅でもしようかと.持っているシンガポール航空のマイレージ,クリスフライヤーの使用期限が3月末までなので,それを使ってどっかいこうかなと.まぁだいぶ前から中国の奥地って決めてるんやけどな.
で,今日の神戸からの帰りに梅田の第一生命ビルにあるシンガポール航空のオフィスに.スターアライアンスの中でも,成都とか桂林とか重慶とか,やや内陸まで行ける航空会社がアシアナ航空だけ(今調べたらANAもありそうやな)だったので,おそらくアシアナを使おうかと.普通にANA使ってさっといくんもありやけど,ストップオーバーで帰りに久々ソウルに寄りたいとも思ってて.そんなに遠くに行く期間もないし,近場が好都合かな,と.
で,オフィスに行った理由は,SQのWEBでマイル使うための路線検索の際に,OZの詳細な乗り継ぎ便が表示されなかったため.SQのオフィスからでも,OZの国内端末しかアクセスできないため,例えばインチョンー成都間のブッキング状態を(日程が確定しない限り)知ることができないらしい.ま,でも中国内の行き先に柔軟性を持たせれば,楽にチケットが取れそうな感じを持った.
スターアライアンス内でも,それほどWEB面で融通されていないんかなという印象だった.その辺のサービス面では会社毎に差がありそうやな.
中国内陸と言ってもまだ,それほど行きたいところが決まっていないため.もう少し考えようと思う.
で,さらに帰宅途中.心斎橋のアップルストアーに.やっとipod(30ギガ)を買う.
で,さらに本屋に寄る.難波のジュンク堂でお目当ての本を探すがない.ますます購入したいので,旭屋に行く.ないと思ったが,あった.この前の日経日曜で書評もされていた,「物理学者ウォール街を往く」.
年始にも書いた卒業までの目標,本15冊を読むの中で,この本は質・量を考えて2冊と換算しよう.
昨日(9日),15時頃,論文提出!!!
充実感が満ち溢れた.自分でも妥協なしに提出できて,よかったよかった.何かしこりが残るものにだけはしたくなかった.後はまぁ,来週に発表と公聴会を残すだけだ.不安要素はまぁ,ないな.ちゃっちゃとパワポでもつくるか.
昨日の一連の流れ.
論文提出後,研究室のM2達と,HAT神戸のなぎさの湯へ.
その後,王子公園のいなかもんへ.相変わらずうまい料理とビールで研究室の面々と戯れるが,途中,ビールと寝不足で記憶なくなる.その後,いつものKZ宅へ.みんな一瞬で寝る.まぁ疲れきっていたからしゃあないが.
で,今日の朝.皆が寝てる中を帰宅.みんな,よー寝れたんかいな.Mっちとか.
で,次の視点は,社会人までの期間をいかに過ごすか.だったので,さくっと旅でもしようかと.持っているシンガポール航空のマイレージ,クリスフライヤーの使用期限が3月末までなので,それを使ってどっかいこうかなと.まぁだいぶ前から中国の奥地って決めてるんやけどな.
で,今日の神戸からの帰りに梅田の第一生命ビルにあるシンガポール航空のオフィスに.スターアライアンスの中でも,成都とか桂林とか重慶とか,やや内陸まで行ける航空会社がアシアナ航空だけ(今調べたらANAもありそうやな)だったので,おそらくアシアナを使おうかと.普通にANA使ってさっといくんもありやけど,ストップオーバーで帰りに久々ソウルに寄りたいとも思ってて.そんなに遠くに行く期間もないし,近場が好都合かな,と.
で,オフィスに行った理由は,SQのWEBでマイル使うための路線検索の際に,OZの詳細な乗り継ぎ便が表示されなかったため.SQのオフィスからでも,OZの国内端末しかアクセスできないため,例えばインチョンー成都間のブッキング状態を(日程が確定しない限り)知ることができないらしい.ま,でも中国内の行き先に柔軟性を持たせれば,楽にチケットが取れそうな感じを持った.
スターアライアンス内でも,それほどWEB面で融通されていないんかなという印象だった.その辺のサービス面では会社毎に差がありそうやな.
中国内陸と言ってもまだ,それほど行きたいところが決まっていないため.もう少し考えようと思う.
で,さらに帰宅途中.心斎橋のアップルストアーに.やっとipod(30ギガ)を買う.
で,さらに本屋に寄る.難波のジュンク堂でお目当ての本を探すがない.ますます購入したいので,旭屋に行く.ないと思ったが,あった.この前の日経日曜で書評もされていた,「物理学者ウォール街を往く」.
年始にも書いた卒業までの目標,本15冊を読むの中で,この本は質・量を考えて2冊と換算しよう.
2006/01/30
声がでない
今年2回目の風邪.
原因は不規則,睡眠不足と自分では分かっているものの,週末2日とも論文作成やら飲みやらで京阪神の3都物語を演じてみたり,まぁ風邪が悪化するのもしょうがない.
前回はインフルエンザだったが.今回は熱はないものの声がでない程喉がやられる系だ.4年に一度くらい声が出なくなる風邪にかかっているような気がする.
声が出なくなるのは,本当にしんどいです.
まぁ完全に出なくなるわけではないんやけど,自分の思うような音量やトーンが出せなくなる.そうなると,人とのコミュニケーションがやや不安になる.自分自身のことをうまく伝えれなくなると,自分からコミュニケーションを控えてしまう姿勢になる.
あるアメリカの心理学者が行なった『人が他人から受け取る情報の割合』の研究で,「言葉」「声質」「顔の表情」という3つの情報のうち,「顔の表情」が55%,「声質」が38%,「言葉」はわずか7%だという.相手の顔の表情,声音,声量などと言葉とで矛盾した情報が与えられた場合,人は言葉以外の非言語情報を9割以上の割合で重視して相手を判断するという実験結果がある.
こう考えると,昨日の同じ大学内定者の飲み会での僕の情報伝達力は格段に低かったと思われる.実際,「今日はあんまりしゃべらんなぁ」と言われた.うまく声が出ないと思うので,表情もこわばり,声量もうまく出せていないので,上の心理学者の見解では僕は伝えたい事の1割しか相手に伝わっていない事になる.
ということで今日は論文よりも喉の回復を最優先し,自宅療養をした.と言ってもここぞとばかりに寝まくっていただけ.夕方になって,声が治る気配もないので行きつけの病院にいく事にした.注射を打って,薬をもらった.
話は前後するが,本来なら今日は助教授と研究の打ち合わせがあった.昼頃に研究室の秘書さんから,「先生が風邪で休みなので打ち合わせは延期」との連絡があり,ややホッとした.助教授意外と病弱でナイス.
が,論文の提出期日は変わる事なく,明日からは再び研究室な生活だ.
友人に喉の風邪にはりんごと生姜が良いと聞いたので,今りんごを食べながらこれを書いています.密が詰まっててマイウーです.
原因は不規則,睡眠不足と自分では分かっているものの,週末2日とも論文作成やら飲みやらで京阪神の3都物語を演じてみたり,まぁ風邪が悪化するのもしょうがない.
前回はインフルエンザだったが.今回は熱はないものの声がでない程喉がやられる系だ.4年に一度くらい声が出なくなる風邪にかかっているような気がする.
声が出なくなるのは,本当にしんどいです.
まぁ完全に出なくなるわけではないんやけど,自分の思うような音量やトーンが出せなくなる.そうなると,人とのコミュニケーションがやや不安になる.自分自身のことをうまく伝えれなくなると,自分からコミュニケーションを控えてしまう姿勢になる.
あるアメリカの心理学者が行なった『人が他人から受け取る情報の割合』の研究で,「言葉」「声質」「顔の表情」という3つの情報のうち,「顔の表情」が55%,「声質」が38%,「言葉」はわずか7%だという.相手の顔の表情,声音,声量などと言葉とで矛盾した情報が与えられた場合,人は言葉以外の非言語情報を9割以上の割合で重視して相手を判断するという実験結果がある.
こう考えると,昨日の同じ大学内定者の飲み会での僕の情報伝達力は格段に低かったと思われる.実際,「今日はあんまりしゃべらんなぁ」と言われた.うまく声が出ないと思うので,表情もこわばり,声量もうまく出せていないので,上の心理学者の見解では僕は伝えたい事の1割しか相手に伝わっていない事になる.
ということで今日は論文よりも喉の回復を最優先し,自宅療養をした.と言ってもここぞとばかりに寝まくっていただけ.夕方になって,声が治る気配もないので行きつけの病院にいく事にした.注射を打って,薬をもらった.
話は前後するが,本来なら今日は助教授と研究の打ち合わせがあった.昼頃に研究室の秘書さんから,「先生が風邪で休みなので打ち合わせは延期」との連絡があり,ややホッとした.助教授意外と病弱でナイス.
が,論文の提出期日は変わる事なく,明日からは再び研究室な生活だ.
友人に喉の風邪にはりんごと生姜が良いと聞いたので,今りんごを食べながらこれを書いています.密が詰まっててマイウーです.
2006/01/22
仮説思考とやら
最近の生活は2日に1日は研究室で,もう1日は自宅で寝る生活.研究の頭でやや混沌としてたので,一昨日の帰りに雑誌を買って気分転換.
買った雑誌は年に4回東洋経済からだされている,THINK.いわゆるビジネス雑誌で,面白いトピックの刊は買うようにしている.
今回は仕事で実践するコンサル力がテーマで,別に自分がコンサルタントになる訳じゃないけど,このテーマに関しては関心があるので購入.
気分転換のつもりで読んでいたが,今やっている論文作成の行為に直結するアイデアを吸収できた.
それは仮説思考という考え方.
ボストンコンサルティンググループの内田和成さんの項でこの仮説思考の利点について説明していた.仮説思考の定義は「物事を答えから考えること.」
まず,仮の答えを出し(予想し),その答えまでのプロセスを導いていくやり方.
彼は「コンサルタントとして鍛えられていく中で,仮説思考を基にした仕事の進め方を身に付けていくために,問題解決のスピードが格段に早くなる.」と語る.
自分も含め,多くの人がそうであると思うが,仮の答えを見出す事が困難だと感じる.
この点(仮の答えを出す事)に関して,内田さんは将棋の羽生善治の例を出して,直観力,カンの働きが重要になると話す.羽生名人は将棋の一つの局面に80通りの指し手の可能性があるが,そのうち2、3の手だけを直感で選び自分のカンを頼りに検証していく.ただ,単なるヤマカンではなく経験や学習を通じて自分自身の中にストックされたデータベースを基に,それらを活用しながら集中して考える事で筋のよさそうな仮説が浮かび上がってくるのではないかと言っている.
確かに,今自分が作成している修士論文においても,卒業論文の頃よりも仮説(結果)が自分の中で明確化されているように思う.それは,おそらく土木計画という分野の研究室に曲がりなりにも3年間属し,その分野の論文にも多く目を通し,数々の背景を基にした研究の目的を自分なりに理解できるようになったからではないかと思う.なので,学部4年の頃のカンよりも,現時点の研究に対するカンはより洗練されたものではないかと思う.
ただ,その仮説に関しては間違っていても問題はないと内田氏は話す.「どんどん仮説を立て,検証して間違っていたら別の仮説を立てる.よさそうならば,その仮説を進化させる.それの繰り返しだ.すなわち仮説・検証の回数が重要だ」と.
確かに,分析を進める上で予想外の展開や新たな発見により軌道修正が必要なことは自分自身の経験からも理解している.失敗のパターンや成功のパターンを自分の中に暗黙知ではなく形式知としてストックする事で,確かなカンを構築する事ができるのだと思う.
そのカンってのが将来を展望する先見力にもつながるのかな.
とりあえず吸収したものは実践しないと意味がないと思うたちなので,今回の仮説思考の項で得た事を研究で実践する事にした.
研究における大局的な仮説をさらに細分化して,章毎の仮説,節毎の仮説を決めどんどん論文としての形にまとめ上げていく.最後の最後まで良い結果をだそうと分析をうじうじやるよりも,現時点でだせるだけの結果を出し論文の枠組みを仕上げて,修正という形で分析をやり直すアプローチで臨もうと思う.
買った雑誌は年に4回東洋経済からだされている,THINK.いわゆるビジネス雑誌で,面白いトピックの刊は買うようにしている.
今回は仕事で実践するコンサル力がテーマで,別に自分がコンサルタントになる訳じゃないけど,このテーマに関しては関心があるので購入.
気分転換のつもりで読んでいたが,今やっている論文作成の行為に直結するアイデアを吸収できた.
それは仮説思考という考え方.
ボストンコンサルティンググループの内田和成さんの項でこの仮説思考の利点について説明していた.仮説思考の定義は「物事を答えから考えること.」
まず,仮の答えを出し(予想し),その答えまでのプロセスを導いていくやり方.
彼は「コンサルタントとして鍛えられていく中で,仮説思考を基にした仕事の進め方を身に付けていくために,問題解決のスピードが格段に早くなる.」と語る.
自分も含め,多くの人がそうであると思うが,仮の答えを見出す事が困難だと感じる.
この点(仮の答えを出す事)に関して,内田さんは将棋の羽生善治の例を出して,直観力,カンの働きが重要になると話す.羽生名人は将棋の一つの局面に80通りの指し手の可能性があるが,そのうち2、3の手だけを直感で選び自分のカンを頼りに検証していく.ただ,単なるヤマカンではなく経験や学習を通じて自分自身の中にストックされたデータベースを基に,それらを活用しながら集中して考える事で筋のよさそうな仮説が浮かび上がってくるのではないかと言っている.
確かに,今自分が作成している修士論文においても,卒業論文の頃よりも仮説(結果)が自分の中で明確化されているように思う.それは,おそらく土木計画という分野の研究室に曲がりなりにも3年間属し,その分野の論文にも多く目を通し,数々の背景を基にした研究の目的を自分なりに理解できるようになったからではないかと思う.なので,学部4年の頃のカンよりも,現時点の研究に対するカンはより洗練されたものではないかと思う.
ただ,その仮説に関しては間違っていても問題はないと内田氏は話す.「どんどん仮説を立て,検証して間違っていたら別の仮説を立てる.よさそうならば,その仮説を進化させる.それの繰り返しだ.すなわち仮説・検証の回数が重要だ」と.
確かに,分析を進める上で予想外の展開や新たな発見により軌道修正が必要なことは自分自身の経験からも理解している.失敗のパターンや成功のパターンを自分の中に暗黙知ではなく形式知としてストックする事で,確かなカンを構築する事ができるのだと思う.
そのカンってのが将来を展望する先見力にもつながるのかな.
とりあえず吸収したものは実践しないと意味がないと思うたちなので,今回の仮説思考の項で得た事を研究で実践する事にした.
研究における大局的な仮説をさらに細分化して,章毎の仮説,節毎の仮説を決めどんどん論文としての形にまとめ上げていく.最後の最後まで良い結果をだそうと分析をうじうじやるよりも,現時点でだせるだけの結果を出し論文の枠組みを仕上げて,修正という形で分析をやり直すアプローチで臨もうと思う.
2006/01/18
震災の記憶@研究室


今研究室でふと1月17日阪神大震災について触れたら、淡路の人間に軽軽しく語るなとか言われました。俺も一応大阪在住なんで、頭にCDラジカセくらいは落ちてきたんですがね・・・。
まぁ自分の席の左手には上の写真(携帯でとりました)にあるように昼と夜で神戸の景色がいつも見えていて、10年前にはものすごい事が起こったのだと思うと、少し冷静になってしまう。
この間研究室を掃除していると、当時の研究室の学生が綴った震災当日の日記があった。折角なので、自分がこの事実を振り返る意味も込めて少し抜粋してそのまま載せようと思う。
以下日記より(1995年1月17日地震発生後、明るくなりはじめた頃から)
空がちょっと白んできたので、私は車を学校に持っていくことにした。ブロックをのけて学校へ走り出すと信号は作動していないし、道路はいたるところで割れているし、JRの高架は落ちてるしでえらいことになっていた。ところが、学校に着くと、学校は何事もなかったかのようだった。私の原チャリも倒れていなかった(倒れてまた立ったという説もある)。ここで、実家に電話して無事を知らせ部屋に戻った。
部屋に戻ると(ちなみに部屋は御影石町)うちのマンションの周りは騒然としていた。うちのマンションの古い木造住宅はほとんど倒壊していたが、それらに火がまわってしまったらしい。「母と妹がまだ家の中にいるんです」という女の人の声がして、周りの人たちと助けようとして行ったが、もうすでに火が回っていてどうしようもできない状態になっていた。消防車は来ないし、消火栓から水も出ない。家族の人が「さっきまで声がしてた。まだ生きているから助けてあげてー」と叫ぶが誰も何もできなかった。そうこうしているうちに、一面火の海になってしまって、とうとううちのマンションにまで延焼しそうになった。
近所の住人と一丸となってバケツリレーをして、なんとかそれ以上の延焼はまぬがれたが、それでもかなりの面積が焼失してしまった。
このバケツリレーは朝の8時過ぎから昼の2時過ぎまで延々続いた。途中チャリンコでMが来て手伝ってくれた。
やっと下火になったので、Mと原チャリに2ケツして学校に向かった。もう道路は大渋滞していてローソンも長蛇の列だった。
私とMは飲み物を確保し、学校に来ると見事に電気が来ておりTVもうつった。
その晩はSも加わり3人で寒さと余震に震えながら研究室で明かした。
その次の日、朝農学部で炊き出しのおにぎりを2個もらい昼過ぎ、Mと私は「地獄のアウトロー」と化し、2ケツ、ノーヘル、歩道走りで西宮北口まで逃げ出した。阪急で梅田まで行くと、まるで何事もなかったかのように普段どおりだった。知り合いの阪急の姉ちゃんは相変わらず笑顔で商品券を売っていた。力が抜けた・・・
以上 日記より。
微妙にオチがついていたが、結構リアルな内容だった。もちろんほんの一部の震災エピソードやけど、貴重な体験談としてのこの日記をあの時ごみ箱にポイしなくてよかった。他にももっと大変な事があったんやろうなと思いながら、また左手に見える神戸の空をみてしまう深夜@研究室でした。
2006/01/14
世の中デジタル化?
ニコンが銀塩フィルム市場におけるカメラ・レンズ生産の大幅縮小の記事をみて.高級機のF6とマニュアル入門機FM10を残し,レンズに関してはオートではなく,マニュアルレンズのいくつかだけを残すらしい.
僕はキャノンユーザーなので,直接的なダメージはないのだが,最近,撮影のバイトで先輩にニコンのF100を借りて初めてニコンカメラを使ったのだが,キャノンのオートフォーカスよりもボディーやレンズがアナログ的な設計で硬派な印象を持っている.この点に結構惹かれてニコン機に乗り換えてもいいかなと思っていた.
今回の記事に関して思ったことを少々。
1,ニコンユーザーのメンテはどうなるの?
うちの写真部には結構F80とかF100を使っている人がいるのだが,そのどちらもが生産中止,さらにオートフォーカスのレンズも生産中止なので,長期的に見たらそれらのメンテナンスが厄介になりそうだ.特に古くに生産されていたマニュアル式のカメラと比較して,これらのオートフォーカス製品は電化製品的気質が強く,電子部品が各々に設置されている.ので,他でまかなえるような代替部品はなく,修理にはメーカーを通す必要がある.
ただ,デジタル一眼のレンズ等の部品で補える可能性もあるし,ニコンにとっては既存ユーザーに対するブランド力を低下させないためにも,その辺の策は考えていることだろう.
2,キャノンが銀塩カメラ市場独占?
日本における銀塩市場で,キャノンとニコンが2大メーカーだが,この内のニコンが縮小となると,キャノンが銀塩のオートフォーカスカメラに関してはニコンユーザーを囲い込む構図になるのか。いくらフィルム市場が減少しても,今後も少なからず需要は存在すると思うので,キャノンがどのような手をうって来るのかが気になる。
今回のようなニコンのフィルム市場縮小の影響で一般消費者はよりデジタル一眼へ向かうのか,それともフィルム一眼なら選択肢の多いキャノンにしようと思う人が増えるのか。
3,ていうか銀塩自体が消える?
先の記事から,
昨年1月から11月の国内全体の出荷台数累計は、フィルムカメラが前年比49.2%減の28万5344台と大幅減。デジカメは前年比1.1%減の757万3630台と横ばい。レンズ交換式デジタル一眼レフは、前年比52.3%増の50万513台と需要が拡大という内容に関して。
数字だけみると,各メーカーはデジタル一眼に資源を集中させたいと思うが,この市場に関しては有望市場であるがその点競合が多い。
松下やソニー,富士フィルム,など等フィルムカメラ市場では存在しなかった企業が競合となる。もちろんキャノンもだ。
デジタル一眼に関して,ニコンは蓄積されたノウハウで高級路線で他者と差別化していくだろうと思うが,今後どうなっていくだろう.
根強く残ったフィルムカメラユーザーはキャノンが奪っていくのか。
自分は銀塩を愛している一人なので,使うものに関してはできるだけ多くの選択肢を持ちたいし,将来的にみても根強く残るユーザーだと思うので,このニュースは少し悲しいものである.
というのも現像の際,露光によって潜像を生じた乳剤中のハロゲン化銀を金属銀に還元するプロセスを,あの暗くて薄赤い空間で眺め,何とも言えない感情を今後も持ちつづけたいと思うからだ。ある意味,自分にとっての癒しの空間である暗室に,今後とも篭る動機を与えてもらう必要があるのです(笑)
僕はキャノンユーザーなので,直接的なダメージはないのだが,最近,撮影のバイトで先輩にニコンのF100を借りて初めてニコンカメラを使ったのだが,キャノンのオートフォーカスよりもボディーやレンズがアナログ的な設計で硬派な印象を持っている.この点に結構惹かれてニコン機に乗り換えてもいいかなと思っていた.
今回の記事に関して思ったことを少々。
1,ニコンユーザーのメンテはどうなるの?
うちの写真部には結構F80とかF100を使っている人がいるのだが,そのどちらもが生産中止,さらにオートフォーカスのレンズも生産中止なので,長期的に見たらそれらのメンテナンスが厄介になりそうだ.特に古くに生産されていたマニュアル式のカメラと比較して,これらのオートフォーカス製品は電化製品的気質が強く,電子部品が各々に設置されている.ので,他でまかなえるような代替部品はなく,修理にはメーカーを通す必要がある.
ただ,デジタル一眼のレンズ等の部品で補える可能性もあるし,ニコンにとっては既存ユーザーに対するブランド力を低下させないためにも,その辺の策は考えていることだろう.
2,キャノンが銀塩カメラ市場独占?
日本における銀塩市場で,キャノンとニコンが2大メーカーだが,この内のニコンが縮小となると,キャノンが銀塩のオートフォーカスカメラに関してはニコンユーザーを囲い込む構図になるのか。いくらフィルム市場が減少しても,今後も少なからず需要は存在すると思うので,キャノンがどのような手をうって来るのかが気になる。
今回のようなニコンのフィルム市場縮小の影響で一般消費者はよりデジタル一眼へ向かうのか,それともフィルム一眼なら選択肢の多いキャノンにしようと思う人が増えるのか。
3,ていうか銀塩自体が消える?
先の記事から,
昨年1月から11月の国内全体の出荷台数累計は、フィルムカメラが前年比49.2%減の28万5344台と大幅減。デジカメは前年比1.1%減の757万3630台と横ばい。レンズ交換式デジタル一眼レフは、前年比52.3%増の50万513台と需要が拡大という内容に関して。
数字だけみると,各メーカーはデジタル一眼に資源を集中させたいと思うが,この市場に関しては有望市場であるがその点競合が多い。
松下やソニー,富士フィルム,など等フィルムカメラ市場では存在しなかった企業が競合となる。もちろんキャノンもだ。
デジタル一眼に関して,ニコンは蓄積されたノウハウで高級路線で他者と差別化していくだろうと思うが,今後どうなっていくだろう.
根強く残ったフィルムカメラユーザーはキャノンが奪っていくのか。
自分は銀塩を愛している一人なので,使うものに関してはできるだけ多くの選択肢を持ちたいし,将来的にみても根強く残るユーザーだと思うので,このニュースは少し悲しいものである.
というのも現像の際,露光によって潜像を生じた乳剤中のハロゲン化銀を金属銀に還元するプロセスを,あの暗くて薄赤い空間で眺め,何とも言えない感情を今後も持ちつづけたいと思うからだ。ある意味,自分にとっての癒しの空間である暗室に,今後とも篭る動機を与えてもらう必要があるのです(笑)
2006/01/09
2006/01/02
新年を展望する
次に2006年が自分にとってどんな年なのか展望してみると・・・初社会人になる年である。
生まれて初めて自分が社会に飛び出すわけだ。なかなか感慨深いが、これまでも別に社会と切り離された存在だった訳じゃないし、社会人になる事で特殊な環境に放り込まれる、とも思っていない。むしろ今の自分にとって未知の領域が広がってそうで楽しみだ。人の出会いとかはもっと楽しみだ。
根本的に何かしらの生産をしてお金をもらう訳だから、学生の頃よりもシビアな世界であるのは間違いない。安藤忠雄さんとバイト中に会ったときこう話してくれた。『自分の研究室の生徒に対しては厳しくない。でも設計事務所の部下に対しては相当厳しい。なぜなら後者の人間にはお金が発生するから。』
そういえば表参道ヒルズが楽しみだ。
まぁ、社会人に対して色々想いを巡らせていても後3ヶ月な訳だから、今ある学生の時間を最大限有効活用すべき事を考えていこう。それが、4月からのモチベーションにも繋がると思うから。
2月上旬の修論提出までは、それに大半の時間と労力を注ぎ込もうと思っているが・・・。常に部分をチェックし全体を俯瞰する事を心掛け、一日一日のタスクを決めて確実に実行していこう。それと並行して、自分に足りない部分を補うべく本、その時に最も関心がある本を効率よく読もう。
で、修論提出後は写真に関する何らかのイベントをしよう。旅行もちょっこっとしよっかな。うーん、あっという間に3ヶ月が過ぎていきそうだ。
後悔のない日々を送る事。これに尽きる。
生まれて初めて自分が社会に飛び出すわけだ。なかなか感慨深いが、これまでも別に社会と切り離された存在だった訳じゃないし、社会人になる事で特殊な環境に放り込まれる、とも思っていない。むしろ今の自分にとって未知の領域が広がってそうで楽しみだ。人の出会いとかはもっと楽しみだ。
根本的に何かしらの生産をしてお金をもらう訳だから、学生の頃よりもシビアな世界であるのは間違いない。安藤忠雄さんとバイト中に会ったときこう話してくれた。『自分の研究室の生徒に対しては厳しくない。でも設計事務所の部下に対しては相当厳しい。なぜなら後者の人間にはお金が発生するから。』
そういえば表参道ヒルズが楽しみだ。
まぁ、社会人に対して色々想いを巡らせていても後3ヶ月な訳だから、今ある学生の時間を最大限有効活用すべき事を考えていこう。それが、4月からのモチベーションにも繋がると思うから。
2月上旬の修論提出までは、それに大半の時間と労力を注ぎ込もうと思っているが・・・。常に部分をチェックし全体を俯瞰する事を心掛け、一日一日のタスクを決めて確実に実行していこう。それと並行して、自分に足りない部分を補うべく本、その時に最も関心がある本を効率よく読もう。
で、修論提出後は写真に関する何らかのイベントをしよう。旅行もちょっこっとしよっかな。うーん、あっという間に3ヶ月が過ぎていきそうだ。
後悔のない日々を送る事。これに尽きる。
2006/01/01
旧年を振り返る
久しぶりにこのブログで文を書くような気がする。
2006年にもなった事だし、少しは2005年を振り返ってみるのもありかな。と。
2005年を軽く振り返ってみる。
大きく分けて 1、就職活動 と 2、南米旅行
1、就職活動
に関して結論から言うと、人との出会いそのものだった。
後悔のない就職活動をしたいと思っていたので、その通り後悔のない就活ができた。
行動に移す事に重きを置いていたので、本当に良く動いた。自分の可能性を存分に引き出したかったし、機会を失う事が何よりも嫌だったので、夜行バスを使って何度も東京に行ってた。その行為は特につらくなかった。機会を失う事に比べては。おかげで本当に幅広い分野の業種を見ることができたし、多くの貴重な人との出会いもあった。
色んな分野を試した自分、五感で感じてきた自分だからこそ、4月から働く会社が最適だと思えるようになったんじゃないかなと思う。
本質的な事は経験しないと分からない、人と会ってみないと分からないと真剣に思えるようになった。それが自分にとっての就職活動だった。このスタンスは今後の自分の価値観に大きな影響を与えるものとなる。
今思うと、就職活動期に仲良くなった友達とは今後とも仲良くやっていけそうな気がする。
2、南米旅行
2005年の8月30日ー9月30日の期間、ペルー、ボリビア、アルゼンチン、ブラジル、帰りに3日間トロントを巡った旅。
この旅の詳細は過去のアーカイブ(2005年8月 2005年9月 2005年10月)を見てもらったら分かると思うが、とりあえず未知の何かを求めたいという探究心が行動に移させたと思う。
このような旅をする事で自分が世界的な問題に対して身を持って感じ、考える機会になる。それが長期的に自分の中に形式的にしろ暗黙的にしろストックされ、経験したトピックがあると容易に自分の中に入ってきてくれる。さらに、容易にその際に考えていた問題意識も蘇る。
例えばボリビアの話。
最近(2005年12月28日)のトピックで、ボリビア大統領が初の先住民系(インディオ)のモラレス氏になった事。この方、社会主義運動党らしく、さらに最近のトピックではキューバに訪問してカストロ氏と会談したりしている。
この件に関して、2005年9月中旬に自分が訪れた際、先住民による道路封鎖デモの経験から考えた事。
彼らは市場経済の流れについていけない事からくる貧困が理由に、おそらく単純な思いで社会主義というものを熱望していた。それと並行して、少なからずゲバラの影響が彼らにとって大きい事がいくつかの場面で感じ取れた。町にいくつかのキューバ料理屋もあり(実際に食べた)、親キューバ的である面も感じとれた。
上のように自分が経験から考えた事が、数ヵ月後に今のボリビアを考える上でのキーワードとして現れてきた。なので、どういう状況で、どのような背景でこの社会主義運動党の人物が選ばれたのか想像する事はできた。少なからず人口の40%を占める先住民の思いが通じた選挙だったのかもしれない。
今回、社会主義党で先住民の大統領選ばれた理由としては、ボリビアの市場経済導入による腐敗政治や貧富の格差に対して、国民の不満が溜まっていた事が挙げられている。
このような遠くの南米の最貧国の選挙にも、自国のように夢中になって好奇心を持ちつづけられる事、これが僕にとって旅をする意義かもしれない。
2006年にもなった事だし、少しは2005年を振り返ってみるのもありかな。と。
2005年を軽く振り返ってみる。
大きく分けて 1、就職活動 と 2、南米旅行
1、就職活動
に関して結論から言うと、人との出会いそのものだった。
後悔のない就職活動をしたいと思っていたので、その通り後悔のない就活ができた。
行動に移す事に重きを置いていたので、本当に良く動いた。自分の可能性を存分に引き出したかったし、機会を失う事が何よりも嫌だったので、夜行バスを使って何度も東京に行ってた。その行為は特につらくなかった。機会を失う事に比べては。おかげで本当に幅広い分野の業種を見ることができたし、多くの貴重な人との出会いもあった。
色んな分野を試した自分、五感で感じてきた自分だからこそ、4月から働く会社が最適だと思えるようになったんじゃないかなと思う。
本質的な事は経験しないと分からない、人と会ってみないと分からないと真剣に思えるようになった。それが自分にとっての就職活動だった。このスタンスは今後の自分の価値観に大きな影響を与えるものとなる。
今思うと、就職活動期に仲良くなった友達とは今後とも仲良くやっていけそうな気がする。
2、南米旅行
2005年の8月30日ー9月30日の期間、ペルー、ボリビア、アルゼンチン、ブラジル、帰りに3日間トロントを巡った旅。
この旅の詳細は過去のアーカイブ(2005年8月 2005年9月 2005年10月)を見てもらったら分かると思うが、とりあえず未知の何かを求めたいという探究心が行動に移させたと思う。
このような旅をする事で自分が世界的な問題に対して身を持って感じ、考える機会になる。それが長期的に自分の中に形式的にしろ暗黙的にしろストックされ、経験したトピックがあると容易に自分の中に入ってきてくれる。さらに、容易にその際に考えていた問題意識も蘇る。
例えばボリビアの話。
最近(2005年12月28日)のトピックで、ボリビア大統領が初の先住民系(インディオ)のモラレス氏になった事。この方、社会主義運動党らしく、さらに最近のトピックではキューバに訪問してカストロ氏と会談したりしている。
この件に関して、2005年9月中旬に自分が訪れた際、先住民による道路封鎖デモの経験から考えた事。
彼らは市場経済の流れについていけない事からくる貧困が理由に、おそらく単純な思いで社会主義というものを熱望していた。それと並行して、少なからずゲバラの影響が彼らにとって大きい事がいくつかの場面で感じ取れた。町にいくつかのキューバ料理屋もあり(実際に食べた)、親キューバ的である面も感じとれた。
上のように自分が経験から考えた事が、数ヵ月後に今のボリビアを考える上でのキーワードとして現れてきた。なので、どういう状況で、どのような背景でこの社会主義運動党の人物が選ばれたのか想像する事はできた。少なからず人口の40%を占める先住民の思いが通じた選挙だったのかもしれない。
今回、社会主義党で先住民の大統領選ばれた理由としては、ボリビアの市場経済導入による腐敗政治や貧富の格差に対して、国民の不満が溜まっていた事が挙げられている。
このような遠くの南米の最貧国の選挙にも、自国のように夢中になって好奇心を持ちつづけられる事、これが僕にとって旅をする意義かもしれない。
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