今日は4月から働く会社の就活セミナーに内定者として参加した.
いやはや,結構疲れた.
というのも,セミナー内の内定者の部屋とやらを担当することになり,午前:40分×4ターム,午後:40分×4タームを内定者1人につき8人程度の就活生の相談を受ける.もちろん内容は就活全般の事.
セミナー開始前に参加内定者代表として挨拶したのだが,その際,さすがに就活生150名の前となると緊張だ.午前の部の挨拶では,ここまで噛むかってくらい噛んだので逆に笑いが取れてよかった.いや完全に笑われた!中途半端に噛むんやったら思いっきり噛めだ.で,噛んだことを認める照れを全面に出せ!だ.で,最後にきっちり締めたらこっちのもんだ.って変にポジティブ.
で,セミナー開始.
内定者の部屋にやってきた就活生が持つ不安や聞かれる点は大体共通したもので,面接や筆記試験,採用プロセスや自身の志望動機や,どんな就活をやってきたか等など.それらの事に対して内定者がお答えする形式.人に語れる程の経験値もないが,自分の話を皆さんカリカリとメモしてくれていて,その度にお役に立ちたい系のアドレナリンが分泌されて俄然やる気に.真剣に取り組んだ分正直疲れたが,終わってから挨拶に来てくれる人や遅くまで話し込んでくれた人がいて,なんかちょっとうれしかった.
基本自分,人の役に立ちたい系なのだと今日改めて確認.
また,一ヵ月後社会人になる自分にとって,再度就活・就職というものを振り返れて有意義だった.やっぱ頭の中を整理するって大事やね.なんかスッとした.
んで,終わってから内定者達とのるーびーは仕事帰りの一杯先取り味だった.
2006/02/21
久々にコモル
日曜の夜から久しぶりに篭った.六甲山腹の暗室に.
途中,印画紙を買いにヨドバシに寄ったのだが,銀塩系の売り場がやたらと小さくなってる.印画紙の種類も少なくなってるし,その他の必要道具の選択肢もだんだん少なくなっている.お気に入りのAGFAの生産も終了したし,しぶしぶ古巣のILFORDの半光沢・サテン地を買う.ILFORDはフィルムも含めお気に入りメーカーなので,しぶしぶではないわ.
てか,フジの銀塩用品を覗いて見ると(ちなみにフジの製品は自分の性に会わないので3年前から一切使っていません),『原油価格の高騰と銀塩市場縮小による生産コスト増大により価格を上げさせていただきました』.だってよ.銀塩用品メーカーがばたばた生産を止めて,フジだけとかなったら,独占的に価格操作されるぞ.この,フジの強気の姿勢を見る限りあり得るぞ!他のメーカー頑張れ!
何かとアナログな人には不都合な時代になりましたね.
以上はヨドバシでの感想.
で,夜通し篭る気満々であったが,久しぶりの後輩と部室で飲む事に.ビールばっかり飲んでいた.11年かかった味を堪能するために円熟も飲んだ.が,後半過ぎて味がわからず.ウイスキーをコーラで割って懐かしいとか言うてる未成年の後輩がいた.こんな流れでコタツ効果もあり,いつの間にか睡眠→朝.んでやっと篭り始める.

やっぱり,久しぶりに薄赤暗い部屋に篭るのはいい.何がいいってトリップができるから.像を印画紙に焼き付けて液に浸して像を浮き出す事で,右脳に引っ付いてるあやふやな記憶を具現化してくれる.必ずしも過去にトリップするだけじゃなくて,そこから派生した色んな思考に結びつく.自分が撮ってきたものって自分の記憶やし,何気にシャッターを切っているようでも,その瞬間に感動を覚えた何かがあるんやろうと思う.たとえアーティスティックな写真を生み出そうと思っても,記憶としてその瞬間は刻まれているはずやし,作品のコンセプトに影響を与えていると思う.
何が言いたいんかよくわからんけど,上の写真一枚をとっても自分の中では色々と思い返してしまう事があった.この写真では特に聴覚的な記憶が蘇った.
これは,ボリビアのコパカバーナという所で,場所に関しては以前UPした写真の項で記してある.
ラパス行きのバスの待ち時間が3時間くらいあり,感じの良いカフェに居合わせた時のこと.
若いセンスの良い夫婦がやっているお店で,客は誰も居なくて,久しぶりに濃いコーヒーを飲んでまったりしていた.外の天気も抜群にいいし,気温もほど良くいいし,旅も順調だったのでこのテンションを伝えようとポストカードを書いたりもしていたかな.
何よりも,その時流れていたRita・LeeのBossa'n Beatles内のin my life(spanishバージョン)がヒットだったというか,その空間にとてもマッチしすぎていた.後はFrank emilio等cuba音楽が流れていた.
今回上の写真を焼くときは,Rita leeを流してボリビアにトリップしていた.
少なくとも,この写真で視覚・聴覚・味覚は蘇ったかな.
ちょっと前にキックザカンクルーの脳内バケーションって曲あったけど,俺あのフレーズめっちゃ好きやわ(そのPVでは,台湾が彼らのバケーション先でした).
ってとこから暗室=脳内トリップの場所とします.勝手にしとけって感じですよね・・・.まぁまぁ.
今回脳内トリップしすぎて,100枚近く焼きこんだ.
おかげで暗室のドアを開けると,辺りは真っ暗でそこにはだーれもいなくて,朝方からめっちゃ降ってた雨も止んでて,濡れずに下山できましたとさ.おわり
途中,印画紙を買いにヨドバシに寄ったのだが,銀塩系の売り場がやたらと小さくなってる.印画紙の種類も少なくなってるし,その他の必要道具の選択肢もだんだん少なくなっている.お気に入りのAGFAの生産も終了したし,しぶしぶ古巣のILFORDの半光沢・サテン地を買う.ILFORDはフィルムも含めお気に入りメーカーなので,しぶしぶではないわ.
てか,フジの銀塩用品を覗いて見ると(ちなみにフジの製品は自分の性に会わないので3年前から一切使っていません),『原油価格の高騰と銀塩市場縮小による生産コスト増大により価格を上げさせていただきました』.だってよ.銀塩用品メーカーがばたばた生産を止めて,フジだけとかなったら,独占的に価格操作されるぞ.この,フジの強気の姿勢を見る限りあり得るぞ!他のメーカー頑張れ!
何かとアナログな人には不都合な時代になりましたね.
以上はヨドバシでの感想.
で,夜通し篭る気満々であったが,久しぶりの後輩と部室で飲む事に.ビールばっかり飲んでいた.11年かかった味を堪能するために円熟も飲んだ.が,後半過ぎて味がわからず.ウイスキーをコーラで割って懐かしいとか言うてる未成年の後輩がいた.こんな流れでコタツ効果もあり,いつの間にか睡眠→朝.んでやっと篭り始める.

やっぱり,久しぶりに薄赤暗い部屋に篭るのはいい.何がいいってトリップができるから.像を印画紙に焼き付けて液に浸して像を浮き出す事で,右脳に引っ付いてるあやふやな記憶を具現化してくれる.必ずしも過去にトリップするだけじゃなくて,そこから派生した色んな思考に結びつく.自分が撮ってきたものって自分の記憶やし,何気にシャッターを切っているようでも,その瞬間に感動を覚えた何かがあるんやろうと思う.たとえアーティスティックな写真を生み出そうと思っても,記憶としてその瞬間は刻まれているはずやし,作品のコンセプトに影響を与えていると思う.
何が言いたいんかよくわからんけど,上の写真一枚をとっても自分の中では色々と思い返してしまう事があった.この写真では特に聴覚的な記憶が蘇った.
これは,ボリビアのコパカバーナという所で,場所に関しては以前UPした写真の項で記してある.
ラパス行きのバスの待ち時間が3時間くらいあり,感じの良いカフェに居合わせた時のこと.
若いセンスの良い夫婦がやっているお店で,客は誰も居なくて,久しぶりに濃いコーヒーを飲んでまったりしていた.外の天気も抜群にいいし,気温もほど良くいいし,旅も順調だったのでこのテンションを伝えようとポストカードを書いたりもしていたかな.
何よりも,その時流れていたRita・LeeのBossa'n Beatles内のin my life(spanishバージョン)がヒットだったというか,その空間にとてもマッチしすぎていた.後はFrank emilio等cuba音楽が流れていた.
今回上の写真を焼くときは,Rita leeを流してボリビアにトリップしていた.
少なくとも,この写真で視覚・聴覚・味覚は蘇ったかな.
ちょっと前にキックザカンクルーの脳内バケーションって曲あったけど,俺あのフレーズめっちゃ好きやわ(そのPVでは,台湾が彼らのバケーション先でした).
ってとこから暗室=脳内トリップの場所とします.勝手にしとけって感じですよね・・・.まぁまぁ.
今回脳内トリップしすぎて,100枚近く焼きこんだ.
おかげで暗室のドアを開けると,辺りは真っ暗でそこにはだーれもいなくて,朝方からめっちゃ降ってた雨も止んでて,濡れずに下山できましたとさ.おわり
2006/02/19
おつかれおれ
今日は修論審査会だった.
教授2人と助教授1人で,狭い部屋で30分弱の論文に関する審査会.
面接やね,あれは.部屋に入る前の一年前の緊張感が懐かしかった.実際面接を受けるつもりのテンションやったから,何も持たずに入ると.助教授が「論文は持参していないのか?」,「はい」,「まぁどこに何が書いているのならいいが」と.まぁ自分がどこに書いたかくらいは分かるだろうと平常心を装う.
修論のタイトルは『地方空港の国際化が地域経済に与える影響分析』.まぁ理論研究ではなくバリバリの実証研究である事はタイトルだけで理解できますな.
一昨日の公聴会(全体のプレゼン)の際にも思ったのだが,教授2人は本質をついた質問をどんどんしてくる.何とも現実に即した説得力の高い攻め方をしてくるので,こっちも論理的に返答しようとするが,同じ文脈でまた質問,また返答・・・と2,3回返すのに精一杯.
A教授に関して,彼は質問に対して僕がどう返答してくるか予想して,さらにそれに付随した本質に迫る質問をしてきて,さらにその先まで想定しているようなので,しまいにこっちが論理破綻してしまう.おそらく,僕が教授にとって想定内の返答をしているのだと思うけど,そのやり取りは極めて研究の本質を突いたものになっているので,最終的に教授の論点を受け入れるしか出来なくなる事があった.
明らかに今日の審査会の教授2人に関しては,研究に関して相当広い視野を持っているので,突いてくる内容にも重みがある.自分の研究アプローチが所属系統では稀ではあり,例え彼らがその分野の深い知識を持ち合わせていなくても,修士レベルの学生の現実を扱う研究に対してはだいたい分かっているよくらいの感じなのかな.
助教授がしてくるテクニカルな質問に関しては,むしろこっちが,「あんたそれは理解不足っしょ,もっと僕の論文を読みなさい」って点があった.
審査会後,助教授との打ち合わせの時にプラスアルファのタスクを与えられたが,修論全体に関して地味に労ってくれたので,嬉しかったのは間違いない.研究室入った時はめちゃめちゃ言われてたもんね,俺.
その後,夕方からM2全員で王子公園の定番,鳥ひげへ.まぁどうでもいいですが,微妙に歯茎が痛かったので,串が当たらないように注意して焼き鳥を食べました,はい.
いやむしろ,歯茎の下に隠れてる歯が痛いかもしれない.これは一大事だ!
教授2人と助教授1人で,狭い部屋で30分弱の論文に関する審査会.
面接やね,あれは.部屋に入る前の一年前の緊張感が懐かしかった.実際面接を受けるつもりのテンションやったから,何も持たずに入ると.助教授が「論文は持参していないのか?」,「はい」,「まぁどこに何が書いているのならいいが」と.まぁ自分がどこに書いたかくらいは分かるだろうと平常心を装う.
修論のタイトルは『地方空港の国際化が地域経済に与える影響分析』.まぁ理論研究ではなくバリバリの実証研究である事はタイトルだけで理解できますな.
一昨日の公聴会(全体のプレゼン)の際にも思ったのだが,教授2人は本質をついた質問をどんどんしてくる.何とも現実に即した説得力の高い攻め方をしてくるので,こっちも論理的に返答しようとするが,同じ文脈でまた質問,また返答・・・と2,3回返すのに精一杯.
A教授に関して,彼は質問に対して僕がどう返答してくるか予想して,さらにそれに付随した本質に迫る質問をしてきて,さらにその先まで想定しているようなので,しまいにこっちが論理破綻してしまう.おそらく,僕が教授にとって想定内の返答をしているのだと思うけど,そのやり取りは極めて研究の本質を突いたものになっているので,最終的に教授の論点を受け入れるしか出来なくなる事があった.
明らかに今日の審査会の教授2人に関しては,研究に関して相当広い視野を持っているので,突いてくる内容にも重みがある.自分の研究アプローチが所属系統では稀ではあり,例え彼らがその分野の深い知識を持ち合わせていなくても,修士レベルの学生の現実を扱う研究に対してはだいたい分かっているよくらいの感じなのかな.
助教授がしてくるテクニカルな質問に関しては,むしろこっちが,「あんたそれは理解不足っしょ,もっと僕の論文を読みなさい」って点があった.
審査会後,助教授との打ち合わせの時にプラスアルファのタスクを与えられたが,修論全体に関して地味に労ってくれたので,嬉しかったのは間違いない.研究室入った時はめちゃめちゃ言われてたもんね,俺.
その後,夕方からM2全員で王子公園の定番,鳥ひげへ.まぁどうでもいいですが,微妙に歯茎が痛かったので,串が当たらないように注意して焼き鳥を食べました,はい.
いやむしろ,歯茎の下に隠れてる歯が痛いかもしれない.これは一大事だ!
2006/02/17
結婚式




じゃあなくて,結婚式の2次会ですな.高校の友達のん.
アナログカメラの嫌な点.一月にあったこの会のネガをやっと昨日現像に出して,取りにいったこと.まぁそんなことより,この結婚式2次会.
新郎・新婦ともに自分の高2のクラスメイト.2人とも仲良くしてた友達だからなおさら感慨深いものがあった.なかなかこんな結婚式にはめぐり合えんやろな.
高2というと,修学旅行もあったし,ほんと良い思い出が一杯な気がする.
高校の環境も良かったし,最高にあほなやつらがいたような気がする.今でも笑いの基準は高校時代だと思う.勉強が出来なくても将来を憂う事なく,部活の仲間やクラスの仲間と毎日あほやっていたような気がする.大笑いしてた気がする.先生もほんとに良い人ばっかだったし,大学とはまた違う自由が与えられていたような気がする.なんか毎日晴れだったような気がする.それは言いすぎか.
たぶん彼らも同じような思い出を持っていることだろう.
そんな素晴らしい思い出を共有できてるっていいですな.
それにしてもゴールインできて,非常にめでたい!めでたいめでたい!
と,俺の周りももうそんな時期かと・・・.まだ働いてませんが,何か?
久々な高校連中とも会えて楽しかった.ほとんど社会人だった.んで,あほだった.
2006/02/10
提出!修了?そして・・・
変な時間(朝3時)に起きてしまった.意味不明な生活体系からくるものか.
昨日(9日),15時頃,論文提出!!!
充実感が満ち溢れた.自分でも妥協なしに提出できて,よかったよかった.何かしこりが残るものにだけはしたくなかった.後はまぁ,来週に発表と公聴会を残すだけだ.不安要素はまぁ,ないな.ちゃっちゃとパワポでもつくるか.
昨日の一連の流れ.
論文提出後,研究室のM2達と,HAT神戸のなぎさの湯へ.
その後,王子公園のいなかもんへ.相変わらずうまい料理とビールで研究室の面々と戯れるが,途中,ビールと寝不足で記憶なくなる.その後,いつものKZ宅へ.みんな一瞬で寝る.まぁ疲れきっていたからしゃあないが.
で,今日の朝.皆が寝てる中を帰宅.みんな,よー寝れたんかいな.Mっちとか.
で,次の視点は,社会人までの期間をいかに過ごすか.だったので,さくっと旅でもしようかと.持っているシンガポール航空のマイレージ,クリスフライヤーの使用期限が3月末までなので,それを使ってどっかいこうかなと.まぁだいぶ前から中国の奥地って決めてるんやけどな.
で,今日の神戸からの帰りに梅田の第一生命ビルにあるシンガポール航空のオフィスに.スターアライアンスの中でも,成都とか桂林とか重慶とか,やや内陸まで行ける航空会社がアシアナ航空だけ(今調べたらANAもありそうやな)だったので,おそらくアシアナを使おうかと.普通にANA使ってさっといくんもありやけど,ストップオーバーで帰りに久々ソウルに寄りたいとも思ってて.そんなに遠くに行く期間もないし,近場が好都合かな,と.
で,オフィスに行った理由は,SQのWEBでマイル使うための路線検索の際に,OZの詳細な乗り継ぎ便が表示されなかったため.SQのオフィスからでも,OZの国内端末しかアクセスできないため,例えばインチョンー成都間のブッキング状態を(日程が確定しない限り)知ることができないらしい.ま,でも中国内の行き先に柔軟性を持たせれば,楽にチケットが取れそうな感じを持った.
スターアライアンス内でも,それほどWEB面で融通されていないんかなという印象だった.その辺のサービス面では会社毎に差がありそうやな.
中国内陸と言ってもまだ,それほど行きたいところが決まっていないため.もう少し考えようと思う.
で,さらに帰宅途中.心斎橋のアップルストアーに.やっとipod(30ギガ)を買う.
で,さらに本屋に寄る.難波のジュンク堂でお目当ての本を探すがない.ますます購入したいので,旭屋に行く.ないと思ったが,あった.この前の日経日曜で書評もされていた,「物理学者ウォール街を往く」.
年始にも書いた卒業までの目標,本15冊を読むの中で,この本は質・量を考えて2冊と換算しよう.
昨日(9日),15時頃,論文提出!!!
充実感が満ち溢れた.自分でも妥協なしに提出できて,よかったよかった.何かしこりが残るものにだけはしたくなかった.後はまぁ,来週に発表と公聴会を残すだけだ.不安要素はまぁ,ないな.ちゃっちゃとパワポでもつくるか.
昨日の一連の流れ.
論文提出後,研究室のM2達と,HAT神戸のなぎさの湯へ.
その後,王子公園のいなかもんへ.相変わらずうまい料理とビールで研究室の面々と戯れるが,途中,ビールと寝不足で記憶なくなる.その後,いつものKZ宅へ.みんな一瞬で寝る.まぁ疲れきっていたからしゃあないが.
で,今日の朝.皆が寝てる中を帰宅.みんな,よー寝れたんかいな.Mっちとか.
で,次の視点は,社会人までの期間をいかに過ごすか.だったので,さくっと旅でもしようかと.持っているシンガポール航空のマイレージ,クリスフライヤーの使用期限が3月末までなので,それを使ってどっかいこうかなと.まぁだいぶ前から中国の奥地って決めてるんやけどな.
で,今日の神戸からの帰りに梅田の第一生命ビルにあるシンガポール航空のオフィスに.スターアライアンスの中でも,成都とか桂林とか重慶とか,やや内陸まで行ける航空会社がアシアナ航空だけ(今調べたらANAもありそうやな)だったので,おそらくアシアナを使おうかと.普通にANA使ってさっといくんもありやけど,ストップオーバーで帰りに久々ソウルに寄りたいとも思ってて.そんなに遠くに行く期間もないし,近場が好都合かな,と.
で,オフィスに行った理由は,SQのWEBでマイル使うための路線検索の際に,OZの詳細な乗り継ぎ便が表示されなかったため.SQのオフィスからでも,OZの国内端末しかアクセスできないため,例えばインチョンー成都間のブッキング状態を(日程が確定しない限り)知ることができないらしい.ま,でも中国内の行き先に柔軟性を持たせれば,楽にチケットが取れそうな感じを持った.
スターアライアンス内でも,それほどWEB面で融通されていないんかなという印象だった.その辺のサービス面では会社毎に差がありそうやな.
中国内陸と言ってもまだ,それほど行きたいところが決まっていないため.もう少し考えようと思う.
で,さらに帰宅途中.心斎橋のアップルストアーに.やっとipod(30ギガ)を買う.
で,さらに本屋に寄る.難波のジュンク堂でお目当ての本を探すがない.ますます購入したいので,旭屋に行く.ないと思ったが,あった.この前の日経日曜で書評もされていた,「物理学者ウォール街を往く」.
年始にも書いた卒業までの目標,本15冊を読むの中で,この本は質・量を考えて2冊と換算しよう.
2006/01/30
声がでない
今年2回目の風邪.
原因は不規則,睡眠不足と自分では分かっているものの,週末2日とも論文作成やら飲みやらで京阪神の3都物語を演じてみたり,まぁ風邪が悪化するのもしょうがない.
前回はインフルエンザだったが.今回は熱はないものの声がでない程喉がやられる系だ.4年に一度くらい声が出なくなる風邪にかかっているような気がする.
声が出なくなるのは,本当にしんどいです.
まぁ完全に出なくなるわけではないんやけど,自分の思うような音量やトーンが出せなくなる.そうなると,人とのコミュニケーションがやや不安になる.自分自身のことをうまく伝えれなくなると,自分からコミュニケーションを控えてしまう姿勢になる.
あるアメリカの心理学者が行なった『人が他人から受け取る情報の割合』の研究で,「言葉」「声質」「顔の表情」という3つの情報のうち,「顔の表情」が55%,「声質」が38%,「言葉」はわずか7%だという.相手の顔の表情,声音,声量などと言葉とで矛盾した情報が与えられた場合,人は言葉以外の非言語情報を9割以上の割合で重視して相手を判断するという実験結果がある.
こう考えると,昨日の同じ大学内定者の飲み会での僕の情報伝達力は格段に低かったと思われる.実際,「今日はあんまりしゃべらんなぁ」と言われた.うまく声が出ないと思うので,表情もこわばり,声量もうまく出せていないので,上の心理学者の見解では僕は伝えたい事の1割しか相手に伝わっていない事になる.
ということで今日は論文よりも喉の回復を最優先し,自宅療養をした.と言ってもここぞとばかりに寝まくっていただけ.夕方になって,声が治る気配もないので行きつけの病院にいく事にした.注射を打って,薬をもらった.
話は前後するが,本来なら今日は助教授と研究の打ち合わせがあった.昼頃に研究室の秘書さんから,「先生が風邪で休みなので打ち合わせは延期」との連絡があり,ややホッとした.助教授意外と病弱でナイス.
が,論文の提出期日は変わる事なく,明日からは再び研究室な生活だ.
友人に喉の風邪にはりんごと生姜が良いと聞いたので,今りんごを食べながらこれを書いています.密が詰まっててマイウーです.
原因は不規則,睡眠不足と自分では分かっているものの,週末2日とも論文作成やら飲みやらで京阪神の3都物語を演じてみたり,まぁ風邪が悪化するのもしょうがない.
前回はインフルエンザだったが.今回は熱はないものの声がでない程喉がやられる系だ.4年に一度くらい声が出なくなる風邪にかかっているような気がする.
声が出なくなるのは,本当にしんどいです.
まぁ完全に出なくなるわけではないんやけど,自分の思うような音量やトーンが出せなくなる.そうなると,人とのコミュニケーションがやや不安になる.自分自身のことをうまく伝えれなくなると,自分からコミュニケーションを控えてしまう姿勢になる.
あるアメリカの心理学者が行なった『人が他人から受け取る情報の割合』の研究で,「言葉」「声質」「顔の表情」という3つの情報のうち,「顔の表情」が55%,「声質」が38%,「言葉」はわずか7%だという.相手の顔の表情,声音,声量などと言葉とで矛盾した情報が与えられた場合,人は言葉以外の非言語情報を9割以上の割合で重視して相手を判断するという実験結果がある.
こう考えると,昨日の同じ大学内定者の飲み会での僕の情報伝達力は格段に低かったと思われる.実際,「今日はあんまりしゃべらんなぁ」と言われた.うまく声が出ないと思うので,表情もこわばり,声量もうまく出せていないので,上の心理学者の見解では僕は伝えたい事の1割しか相手に伝わっていない事になる.
ということで今日は論文よりも喉の回復を最優先し,自宅療養をした.と言ってもここぞとばかりに寝まくっていただけ.夕方になって,声が治る気配もないので行きつけの病院にいく事にした.注射を打って,薬をもらった.
話は前後するが,本来なら今日は助教授と研究の打ち合わせがあった.昼頃に研究室の秘書さんから,「先生が風邪で休みなので打ち合わせは延期」との連絡があり,ややホッとした.助教授意外と病弱でナイス.
が,論文の提出期日は変わる事なく,明日からは再び研究室な生活だ.
友人に喉の風邪にはりんごと生姜が良いと聞いたので,今りんごを食べながらこれを書いています.密が詰まっててマイウーです.
2006/01/22
仮説思考とやら
最近の生活は2日に1日は研究室で,もう1日は自宅で寝る生活.研究の頭でやや混沌としてたので,一昨日の帰りに雑誌を買って気分転換.
買った雑誌は年に4回東洋経済からだされている,THINK.いわゆるビジネス雑誌で,面白いトピックの刊は買うようにしている.
今回は仕事で実践するコンサル力がテーマで,別に自分がコンサルタントになる訳じゃないけど,このテーマに関しては関心があるので購入.
気分転換のつもりで読んでいたが,今やっている論文作成の行為に直結するアイデアを吸収できた.
それは仮説思考という考え方.
ボストンコンサルティンググループの内田和成さんの項でこの仮説思考の利点について説明していた.仮説思考の定義は「物事を答えから考えること.」
まず,仮の答えを出し(予想し),その答えまでのプロセスを導いていくやり方.
彼は「コンサルタントとして鍛えられていく中で,仮説思考を基にした仕事の進め方を身に付けていくために,問題解決のスピードが格段に早くなる.」と語る.
自分も含め,多くの人がそうであると思うが,仮の答えを見出す事が困難だと感じる.
この点(仮の答えを出す事)に関して,内田さんは将棋の羽生善治の例を出して,直観力,カンの働きが重要になると話す.羽生名人は将棋の一つの局面に80通りの指し手の可能性があるが,そのうち2、3の手だけを直感で選び自分のカンを頼りに検証していく.ただ,単なるヤマカンではなく経験や学習を通じて自分自身の中にストックされたデータベースを基に,それらを活用しながら集中して考える事で筋のよさそうな仮説が浮かび上がってくるのではないかと言っている.
確かに,今自分が作成している修士論文においても,卒業論文の頃よりも仮説(結果)が自分の中で明確化されているように思う.それは,おそらく土木計画という分野の研究室に曲がりなりにも3年間属し,その分野の論文にも多く目を通し,数々の背景を基にした研究の目的を自分なりに理解できるようになったからではないかと思う.なので,学部4年の頃のカンよりも,現時点の研究に対するカンはより洗練されたものではないかと思う.
ただ,その仮説に関しては間違っていても問題はないと内田氏は話す.「どんどん仮説を立て,検証して間違っていたら別の仮説を立てる.よさそうならば,その仮説を進化させる.それの繰り返しだ.すなわち仮説・検証の回数が重要だ」と.
確かに,分析を進める上で予想外の展開や新たな発見により軌道修正が必要なことは自分自身の経験からも理解している.失敗のパターンや成功のパターンを自分の中に暗黙知ではなく形式知としてストックする事で,確かなカンを構築する事ができるのだと思う.
そのカンってのが将来を展望する先見力にもつながるのかな.
とりあえず吸収したものは実践しないと意味がないと思うたちなので,今回の仮説思考の項で得た事を研究で実践する事にした.
研究における大局的な仮説をさらに細分化して,章毎の仮説,節毎の仮説を決めどんどん論文としての形にまとめ上げていく.最後の最後まで良い結果をだそうと分析をうじうじやるよりも,現時点でだせるだけの結果を出し論文の枠組みを仕上げて,修正という形で分析をやり直すアプローチで臨もうと思う.
買った雑誌は年に4回東洋経済からだされている,THINK.いわゆるビジネス雑誌で,面白いトピックの刊は買うようにしている.
今回は仕事で実践するコンサル力がテーマで,別に自分がコンサルタントになる訳じゃないけど,このテーマに関しては関心があるので購入.
気分転換のつもりで読んでいたが,今やっている論文作成の行為に直結するアイデアを吸収できた.
それは仮説思考という考え方.
ボストンコンサルティンググループの内田和成さんの項でこの仮説思考の利点について説明していた.仮説思考の定義は「物事を答えから考えること.」
まず,仮の答えを出し(予想し),その答えまでのプロセスを導いていくやり方.
彼は「コンサルタントとして鍛えられていく中で,仮説思考を基にした仕事の進め方を身に付けていくために,問題解決のスピードが格段に早くなる.」と語る.
自分も含め,多くの人がそうであると思うが,仮の答えを見出す事が困難だと感じる.
この点(仮の答えを出す事)に関して,内田さんは将棋の羽生善治の例を出して,直観力,カンの働きが重要になると話す.羽生名人は将棋の一つの局面に80通りの指し手の可能性があるが,そのうち2、3の手だけを直感で選び自分のカンを頼りに検証していく.ただ,単なるヤマカンではなく経験や学習を通じて自分自身の中にストックされたデータベースを基に,それらを活用しながら集中して考える事で筋のよさそうな仮説が浮かび上がってくるのではないかと言っている.
確かに,今自分が作成している修士論文においても,卒業論文の頃よりも仮説(結果)が自分の中で明確化されているように思う.それは,おそらく土木計画という分野の研究室に曲がりなりにも3年間属し,その分野の論文にも多く目を通し,数々の背景を基にした研究の目的を自分なりに理解できるようになったからではないかと思う.なので,学部4年の頃のカンよりも,現時点の研究に対するカンはより洗練されたものではないかと思う.
ただ,その仮説に関しては間違っていても問題はないと内田氏は話す.「どんどん仮説を立て,検証して間違っていたら別の仮説を立てる.よさそうならば,その仮説を進化させる.それの繰り返しだ.すなわち仮説・検証の回数が重要だ」と.
確かに,分析を進める上で予想外の展開や新たな発見により軌道修正が必要なことは自分自身の経験からも理解している.失敗のパターンや成功のパターンを自分の中に暗黙知ではなく形式知としてストックする事で,確かなカンを構築する事ができるのだと思う.
そのカンってのが将来を展望する先見力にもつながるのかな.
とりあえず吸収したものは実践しないと意味がないと思うたちなので,今回の仮説思考の項で得た事を研究で実践する事にした.
研究における大局的な仮説をさらに細分化して,章毎の仮説,節毎の仮説を決めどんどん論文としての形にまとめ上げていく.最後の最後まで良い結果をだそうと分析をうじうじやるよりも,現時点でだせるだけの結果を出し論文の枠組みを仕上げて,修正という形で分析をやり直すアプローチで臨もうと思う.
2006/01/18
震災の記憶@研究室


今研究室でふと1月17日阪神大震災について触れたら、淡路の人間に軽軽しく語るなとか言われました。俺も一応大阪在住なんで、頭にCDラジカセくらいは落ちてきたんですがね・・・。
まぁ自分の席の左手には上の写真(携帯でとりました)にあるように昼と夜で神戸の景色がいつも見えていて、10年前にはものすごい事が起こったのだと思うと、少し冷静になってしまう。
この間研究室を掃除していると、当時の研究室の学生が綴った震災当日の日記があった。折角なので、自分がこの事実を振り返る意味も込めて少し抜粋してそのまま載せようと思う。
以下日記より(1995年1月17日地震発生後、明るくなりはじめた頃から)
空がちょっと白んできたので、私は車を学校に持っていくことにした。ブロックをのけて学校へ走り出すと信号は作動していないし、道路はいたるところで割れているし、JRの高架は落ちてるしでえらいことになっていた。ところが、学校に着くと、学校は何事もなかったかのようだった。私の原チャリも倒れていなかった(倒れてまた立ったという説もある)。ここで、実家に電話して無事を知らせ部屋に戻った。
部屋に戻ると(ちなみに部屋は御影石町)うちのマンションの周りは騒然としていた。うちのマンションの古い木造住宅はほとんど倒壊していたが、それらに火がまわってしまったらしい。「母と妹がまだ家の中にいるんです」という女の人の声がして、周りの人たちと助けようとして行ったが、もうすでに火が回っていてどうしようもできない状態になっていた。消防車は来ないし、消火栓から水も出ない。家族の人が「さっきまで声がしてた。まだ生きているから助けてあげてー」と叫ぶが誰も何もできなかった。そうこうしているうちに、一面火の海になってしまって、とうとううちのマンションにまで延焼しそうになった。
近所の住人と一丸となってバケツリレーをして、なんとかそれ以上の延焼はまぬがれたが、それでもかなりの面積が焼失してしまった。
このバケツリレーは朝の8時過ぎから昼の2時過ぎまで延々続いた。途中チャリンコでMが来て手伝ってくれた。
やっと下火になったので、Mと原チャリに2ケツして学校に向かった。もう道路は大渋滞していてローソンも長蛇の列だった。
私とMは飲み物を確保し、学校に来ると見事に電気が来ておりTVもうつった。
その晩はSも加わり3人で寒さと余震に震えながら研究室で明かした。
その次の日、朝農学部で炊き出しのおにぎりを2個もらい昼過ぎ、Mと私は「地獄のアウトロー」と化し、2ケツ、ノーヘル、歩道走りで西宮北口まで逃げ出した。阪急で梅田まで行くと、まるで何事もなかったかのように普段どおりだった。知り合いの阪急の姉ちゃんは相変わらず笑顔で商品券を売っていた。力が抜けた・・・
以上 日記より。
微妙にオチがついていたが、結構リアルな内容だった。もちろんほんの一部の震災エピソードやけど、貴重な体験談としてのこの日記をあの時ごみ箱にポイしなくてよかった。他にももっと大変な事があったんやろうなと思いながら、また左手に見える神戸の空をみてしまう深夜@研究室でした。
2006/01/14
世の中デジタル化?
ニコンが銀塩フィルム市場におけるカメラ・レンズ生産の大幅縮小の記事をみて.高級機のF6とマニュアル入門機FM10を残し,レンズに関してはオートではなく,マニュアルレンズのいくつかだけを残すらしい.
僕はキャノンユーザーなので,直接的なダメージはないのだが,最近,撮影のバイトで先輩にニコンのF100を借りて初めてニコンカメラを使ったのだが,キャノンのオートフォーカスよりもボディーやレンズがアナログ的な設計で硬派な印象を持っている.この点に結構惹かれてニコン機に乗り換えてもいいかなと思っていた.
今回の記事に関して思ったことを少々。
1,ニコンユーザーのメンテはどうなるの?
うちの写真部には結構F80とかF100を使っている人がいるのだが,そのどちらもが生産中止,さらにオートフォーカスのレンズも生産中止なので,長期的に見たらそれらのメンテナンスが厄介になりそうだ.特に古くに生産されていたマニュアル式のカメラと比較して,これらのオートフォーカス製品は電化製品的気質が強く,電子部品が各々に設置されている.ので,他でまかなえるような代替部品はなく,修理にはメーカーを通す必要がある.
ただ,デジタル一眼のレンズ等の部品で補える可能性もあるし,ニコンにとっては既存ユーザーに対するブランド力を低下させないためにも,その辺の策は考えていることだろう.
2,キャノンが銀塩カメラ市場独占?
日本における銀塩市場で,キャノンとニコンが2大メーカーだが,この内のニコンが縮小となると,キャノンが銀塩のオートフォーカスカメラに関してはニコンユーザーを囲い込む構図になるのか。いくらフィルム市場が減少しても,今後も少なからず需要は存在すると思うので,キャノンがどのような手をうって来るのかが気になる。
今回のようなニコンのフィルム市場縮小の影響で一般消費者はよりデジタル一眼へ向かうのか,それともフィルム一眼なら選択肢の多いキャノンにしようと思う人が増えるのか。
3,ていうか銀塩自体が消える?
先の記事から,
昨年1月から11月の国内全体の出荷台数累計は、フィルムカメラが前年比49.2%減の28万5344台と大幅減。デジカメは前年比1.1%減の757万3630台と横ばい。レンズ交換式デジタル一眼レフは、前年比52.3%増の50万513台と需要が拡大という内容に関して。
数字だけみると,各メーカーはデジタル一眼に資源を集中させたいと思うが,この市場に関しては有望市場であるがその点競合が多い。
松下やソニー,富士フィルム,など等フィルムカメラ市場では存在しなかった企業が競合となる。もちろんキャノンもだ。
デジタル一眼に関して,ニコンは蓄積されたノウハウで高級路線で他者と差別化していくだろうと思うが,今後どうなっていくだろう.
根強く残ったフィルムカメラユーザーはキャノンが奪っていくのか。
自分は銀塩を愛している一人なので,使うものに関してはできるだけ多くの選択肢を持ちたいし,将来的にみても根強く残るユーザーだと思うので,このニュースは少し悲しいものである.
というのも現像の際,露光によって潜像を生じた乳剤中のハロゲン化銀を金属銀に還元するプロセスを,あの暗くて薄赤い空間で眺め,何とも言えない感情を今後も持ちつづけたいと思うからだ。ある意味,自分にとっての癒しの空間である暗室に,今後とも篭る動機を与えてもらう必要があるのです(笑)
僕はキャノンユーザーなので,直接的なダメージはないのだが,最近,撮影のバイトで先輩にニコンのF100を借りて初めてニコンカメラを使ったのだが,キャノンのオートフォーカスよりもボディーやレンズがアナログ的な設計で硬派な印象を持っている.この点に結構惹かれてニコン機に乗り換えてもいいかなと思っていた.
今回の記事に関して思ったことを少々。
1,ニコンユーザーのメンテはどうなるの?
うちの写真部には結構F80とかF100を使っている人がいるのだが,そのどちらもが生産中止,さらにオートフォーカスのレンズも生産中止なので,長期的に見たらそれらのメンテナンスが厄介になりそうだ.特に古くに生産されていたマニュアル式のカメラと比較して,これらのオートフォーカス製品は電化製品的気質が強く,電子部品が各々に設置されている.ので,他でまかなえるような代替部品はなく,修理にはメーカーを通す必要がある.
ただ,デジタル一眼のレンズ等の部品で補える可能性もあるし,ニコンにとっては既存ユーザーに対するブランド力を低下させないためにも,その辺の策は考えていることだろう.
2,キャノンが銀塩カメラ市場独占?
日本における銀塩市場で,キャノンとニコンが2大メーカーだが,この内のニコンが縮小となると,キャノンが銀塩のオートフォーカスカメラに関してはニコンユーザーを囲い込む構図になるのか。いくらフィルム市場が減少しても,今後も少なからず需要は存在すると思うので,キャノンがどのような手をうって来るのかが気になる。
今回のようなニコンのフィルム市場縮小の影響で一般消費者はよりデジタル一眼へ向かうのか,それともフィルム一眼なら選択肢の多いキャノンにしようと思う人が増えるのか。
3,ていうか銀塩自体が消える?
先の記事から,
昨年1月から11月の国内全体の出荷台数累計は、フィルムカメラが前年比49.2%減の28万5344台と大幅減。デジカメは前年比1.1%減の757万3630台と横ばい。レンズ交換式デジタル一眼レフは、前年比52.3%増の50万513台と需要が拡大という内容に関して。
数字だけみると,各メーカーはデジタル一眼に資源を集中させたいと思うが,この市場に関しては有望市場であるがその点競合が多い。
松下やソニー,富士フィルム,など等フィルムカメラ市場では存在しなかった企業が競合となる。もちろんキャノンもだ。
デジタル一眼に関して,ニコンは蓄積されたノウハウで高級路線で他者と差別化していくだろうと思うが,今後どうなっていくだろう.
根強く残ったフィルムカメラユーザーはキャノンが奪っていくのか。
自分は銀塩を愛している一人なので,使うものに関してはできるだけ多くの選択肢を持ちたいし,将来的にみても根強く残るユーザーだと思うので,このニュースは少し悲しいものである.
というのも現像の際,露光によって潜像を生じた乳剤中のハロゲン化銀を金属銀に還元するプロセスを,あの暗くて薄赤い空間で眺め,何とも言えない感情を今後も持ちつづけたいと思うからだ。ある意味,自分にとっての癒しの空間である暗室に,今後とも篭る動機を与えてもらう必要があるのです(笑)
2006/01/09
2006/01/02
新年を展望する
次に2006年が自分にとってどんな年なのか展望してみると・・・初社会人になる年である。
生まれて初めて自分が社会に飛び出すわけだ。なかなか感慨深いが、これまでも別に社会と切り離された存在だった訳じゃないし、社会人になる事で特殊な環境に放り込まれる、とも思っていない。むしろ今の自分にとって未知の領域が広がってそうで楽しみだ。人の出会いとかはもっと楽しみだ。
根本的に何かしらの生産をしてお金をもらう訳だから、学生の頃よりもシビアな世界であるのは間違いない。安藤忠雄さんとバイト中に会ったときこう話してくれた。『自分の研究室の生徒に対しては厳しくない。でも設計事務所の部下に対しては相当厳しい。なぜなら後者の人間にはお金が発生するから。』
そういえば表参道ヒルズが楽しみだ。
まぁ、社会人に対して色々想いを巡らせていても後3ヶ月な訳だから、今ある学生の時間を最大限有効活用すべき事を考えていこう。それが、4月からのモチベーションにも繋がると思うから。
2月上旬の修論提出までは、それに大半の時間と労力を注ぎ込もうと思っているが・・・。常に部分をチェックし全体を俯瞰する事を心掛け、一日一日のタスクを決めて確実に実行していこう。それと並行して、自分に足りない部分を補うべく本、その時に最も関心がある本を効率よく読もう。
で、修論提出後は写真に関する何らかのイベントをしよう。旅行もちょっこっとしよっかな。うーん、あっという間に3ヶ月が過ぎていきそうだ。
後悔のない日々を送る事。これに尽きる。
生まれて初めて自分が社会に飛び出すわけだ。なかなか感慨深いが、これまでも別に社会と切り離された存在だった訳じゃないし、社会人になる事で特殊な環境に放り込まれる、とも思っていない。むしろ今の自分にとって未知の領域が広がってそうで楽しみだ。人の出会いとかはもっと楽しみだ。
根本的に何かしらの生産をしてお金をもらう訳だから、学生の頃よりもシビアな世界であるのは間違いない。安藤忠雄さんとバイト中に会ったときこう話してくれた。『自分の研究室の生徒に対しては厳しくない。でも設計事務所の部下に対しては相当厳しい。なぜなら後者の人間にはお金が発生するから。』
そういえば表参道ヒルズが楽しみだ。
まぁ、社会人に対して色々想いを巡らせていても後3ヶ月な訳だから、今ある学生の時間を最大限有効活用すべき事を考えていこう。それが、4月からのモチベーションにも繋がると思うから。
2月上旬の修論提出までは、それに大半の時間と労力を注ぎ込もうと思っているが・・・。常に部分をチェックし全体を俯瞰する事を心掛け、一日一日のタスクを決めて確実に実行していこう。それと並行して、自分に足りない部分を補うべく本、その時に最も関心がある本を効率よく読もう。
で、修論提出後は写真に関する何らかのイベントをしよう。旅行もちょっこっとしよっかな。うーん、あっという間に3ヶ月が過ぎていきそうだ。
後悔のない日々を送る事。これに尽きる。
2006/01/01
旧年を振り返る
久しぶりにこのブログで文を書くような気がする。
2006年にもなった事だし、少しは2005年を振り返ってみるのもありかな。と。
2005年を軽く振り返ってみる。
大きく分けて 1、就職活動 と 2、南米旅行
1、就職活動
に関して結論から言うと、人との出会いそのものだった。
後悔のない就職活動をしたいと思っていたので、その通り後悔のない就活ができた。
行動に移す事に重きを置いていたので、本当に良く動いた。自分の可能性を存分に引き出したかったし、機会を失う事が何よりも嫌だったので、夜行バスを使って何度も東京に行ってた。その行為は特につらくなかった。機会を失う事に比べては。おかげで本当に幅広い分野の業種を見ることができたし、多くの貴重な人との出会いもあった。
色んな分野を試した自分、五感で感じてきた自分だからこそ、4月から働く会社が最適だと思えるようになったんじゃないかなと思う。
本質的な事は経験しないと分からない、人と会ってみないと分からないと真剣に思えるようになった。それが自分にとっての就職活動だった。このスタンスは今後の自分の価値観に大きな影響を与えるものとなる。
今思うと、就職活動期に仲良くなった友達とは今後とも仲良くやっていけそうな気がする。
2、南米旅行
2005年の8月30日ー9月30日の期間、ペルー、ボリビア、アルゼンチン、ブラジル、帰りに3日間トロントを巡った旅。
この旅の詳細は過去のアーカイブ(2005年8月 2005年9月 2005年10月)を見てもらったら分かると思うが、とりあえず未知の何かを求めたいという探究心が行動に移させたと思う。
このような旅をする事で自分が世界的な問題に対して身を持って感じ、考える機会になる。それが長期的に自分の中に形式的にしろ暗黙的にしろストックされ、経験したトピックがあると容易に自分の中に入ってきてくれる。さらに、容易にその際に考えていた問題意識も蘇る。
例えばボリビアの話。
最近(2005年12月28日)のトピックで、ボリビア大統領が初の先住民系(インディオ)のモラレス氏になった事。この方、社会主義運動党らしく、さらに最近のトピックではキューバに訪問してカストロ氏と会談したりしている。
この件に関して、2005年9月中旬に自分が訪れた際、先住民による道路封鎖デモの経験から考えた事。
彼らは市場経済の流れについていけない事からくる貧困が理由に、おそらく単純な思いで社会主義というものを熱望していた。それと並行して、少なからずゲバラの影響が彼らにとって大きい事がいくつかの場面で感じ取れた。町にいくつかのキューバ料理屋もあり(実際に食べた)、親キューバ的である面も感じとれた。
上のように自分が経験から考えた事が、数ヵ月後に今のボリビアを考える上でのキーワードとして現れてきた。なので、どういう状況で、どのような背景でこの社会主義運動党の人物が選ばれたのか想像する事はできた。少なからず人口の40%を占める先住民の思いが通じた選挙だったのかもしれない。
今回、社会主義党で先住民の大統領選ばれた理由としては、ボリビアの市場経済導入による腐敗政治や貧富の格差に対して、国民の不満が溜まっていた事が挙げられている。
このような遠くの南米の最貧国の選挙にも、自国のように夢中になって好奇心を持ちつづけられる事、これが僕にとって旅をする意義かもしれない。
2006年にもなった事だし、少しは2005年を振り返ってみるのもありかな。と。
2005年を軽く振り返ってみる。
大きく分けて 1、就職活動 と 2、南米旅行
1、就職活動
に関して結論から言うと、人との出会いそのものだった。
後悔のない就職活動をしたいと思っていたので、その通り後悔のない就活ができた。
行動に移す事に重きを置いていたので、本当に良く動いた。自分の可能性を存分に引き出したかったし、機会を失う事が何よりも嫌だったので、夜行バスを使って何度も東京に行ってた。その行為は特につらくなかった。機会を失う事に比べては。おかげで本当に幅広い分野の業種を見ることができたし、多くの貴重な人との出会いもあった。
色んな分野を試した自分、五感で感じてきた自分だからこそ、4月から働く会社が最適だと思えるようになったんじゃないかなと思う。
本質的な事は経験しないと分からない、人と会ってみないと分からないと真剣に思えるようになった。それが自分にとっての就職活動だった。このスタンスは今後の自分の価値観に大きな影響を与えるものとなる。
今思うと、就職活動期に仲良くなった友達とは今後とも仲良くやっていけそうな気がする。
2、南米旅行
2005年の8月30日ー9月30日の期間、ペルー、ボリビア、アルゼンチン、ブラジル、帰りに3日間トロントを巡った旅。
この旅の詳細は過去のアーカイブ(2005年8月 2005年9月 2005年10月)を見てもらったら分かると思うが、とりあえず未知の何かを求めたいという探究心が行動に移させたと思う。
このような旅をする事で自分が世界的な問題に対して身を持って感じ、考える機会になる。それが長期的に自分の中に形式的にしろ暗黙的にしろストックされ、経験したトピックがあると容易に自分の中に入ってきてくれる。さらに、容易にその際に考えていた問題意識も蘇る。
例えばボリビアの話。
最近(2005年12月28日)のトピックで、ボリビア大統領が初の先住民系(インディオ)のモラレス氏になった事。この方、社会主義運動党らしく、さらに最近のトピックではキューバに訪問してカストロ氏と会談したりしている。
この件に関して、2005年9月中旬に自分が訪れた際、先住民による道路封鎖デモの経験から考えた事。
彼らは市場経済の流れについていけない事からくる貧困が理由に、おそらく単純な思いで社会主義というものを熱望していた。それと並行して、少なからずゲバラの影響が彼らにとって大きい事がいくつかの場面で感じ取れた。町にいくつかのキューバ料理屋もあり(実際に食べた)、親キューバ的である面も感じとれた。
上のように自分が経験から考えた事が、数ヵ月後に今のボリビアを考える上でのキーワードとして現れてきた。なので、どういう状況で、どのような背景でこの社会主義運動党の人物が選ばれたのか想像する事はできた。少なからず人口の40%を占める先住民の思いが通じた選挙だったのかもしれない。
今回、社会主義党で先住民の大統領選ばれた理由としては、ボリビアの市場経済導入による腐敗政治や貧富の格差に対して、国民の不満が溜まっていた事が挙げられている。
このような遠くの南米の最貧国の選挙にも、自国のように夢中になって好奇心を持ちつづけられる事、これが僕にとって旅をする意義かもしれない。
2005/12/20
中間発表→忘年会→北新地
40時間起きつづけた後、さっき8時間の睡眠から起床した。
昨日は修論の中間発表。
僕自身、基本的に発表の前の日は最低数時間は眠るようにしているのだが、今回はそうはいかなかった。
この中間発表が終わるともう論文提出後まで発表する機会はないし、なんとしても現時点で提示できるような有意性のある結果をまとめて、陳腐なプレゼンにならないようにしたかった。
「節目節目で結果を出せないと、この先も同じだぞ。」って自分に鞭をうちながら、結果を出すことに執着した。故に、睡眠欲も吹き飛ぶくらい集中力が維持されたまま作業に集中できて、なんとか発表できるレベルの結果を出せた。
プレゼン自体も現段階のベストを尽くしたと思う。先生方からは、自分には無い視点で色んな示唆をいただけたし、自分自身研究を整理する上でも非常に有意義な発表だった。
その後、研究室のOB含む教授の教え子とその知人、研究室学生からなる忘年会が福島であった。学生以外は年齢層高め&スーツを着るような若干硬めな忘年会だったが、それはそれで有意義な時間となる。この時点でねむい度MAX。
こうしてやっと長い一日が終わったと思って、外の冷たい新鮮な空気を吸っていると・・・。
研究会でお話する元お役人の社長さんが、僕ともう一人の学生を北新地に連れて行ってくれると言う。
何やら、もう一人の学生が以前ノリでアポをとっていたという。
結局何故か僕もお呼ばれする事になり、夜の北新地へ。
新地の華やかな世界に驚愕する事が多々ありましたが、まぁ良い社会勉強ということで!敢えて英語が通じないブロンズ美女オンリーなお店とか・・・(笑)てか、来てるお客さん明らか重役っしょ、みたいな店ばっかやったし。社長さん、いつもこんなとこで遊んでるんですね。最近は減って2日に1回とか言ってたが・・・。
中間発表→忘年会→新地、
大人の階段のーぼるぅ♪ な一日でした。
昨日は修論の中間発表。
僕自身、基本的に発表の前の日は最低数時間は眠るようにしているのだが、今回はそうはいかなかった。
この中間発表が終わるともう論文提出後まで発表する機会はないし、なんとしても現時点で提示できるような有意性のある結果をまとめて、陳腐なプレゼンにならないようにしたかった。
「節目節目で結果を出せないと、この先も同じだぞ。」って自分に鞭をうちながら、結果を出すことに執着した。故に、睡眠欲も吹き飛ぶくらい集中力が維持されたまま作業に集中できて、なんとか発表できるレベルの結果を出せた。
プレゼン自体も現段階のベストを尽くしたと思う。先生方からは、自分には無い視点で色んな示唆をいただけたし、自分自身研究を整理する上でも非常に有意義な発表だった。
その後、研究室のOB含む教授の教え子とその知人、研究室学生からなる忘年会が福島であった。学生以外は年齢層高め&スーツを着るような若干硬めな忘年会だったが、それはそれで有意義な時間となる。この時点でねむい度MAX。
こうしてやっと長い一日が終わったと思って、外の冷たい新鮮な空気を吸っていると・・・。
研究会でお話する元お役人の社長さんが、僕ともう一人の学生を北新地に連れて行ってくれると言う。
何やら、もう一人の学生が以前ノリでアポをとっていたという。
結局何故か僕もお呼ばれする事になり、夜の北新地へ。
新地の華やかな世界に驚愕する事が多々ありましたが、まぁ良い社会勉強ということで!敢えて英語が通じないブロンズ美女オンリーなお店とか・・・(笑)てか、来てるお客さん明らか重役っしょ、みたいな店ばっかやったし。社長さん、いつもこんなとこで遊んでるんですね。最近は減って2日に1回とか言ってたが・・・。
中間発表→忘年会→新地、
大人の階段のーぼるぅ♪ な一日でした。
2005/12/09
ベンチャー魂
今日はベンチャーに関する講演会に行ってきた。とても有意義だった。
東京の友人から紹介があった、その名も「関西だってベンチャーできるぞ!」プロジェクト。
主催は関西学研都市知的クラスターという、いわゆる京阪奈地域の学術的な結びつきと向上を元に同志社や奈良先端大等が中心に発足した機関。
僕はただ単に講演会をしてくれるスタンフォード(コンピューター・サイエンス学科)のエドワード・ファイゲンバウム教授の話を聞きたかっただけ。彼はシリコンバレーでは3社のベンチャー創設等で名が知られて、コンピューター界のノーベル賞と言われるACMチューリング賞を携えておられる方。どんな人なのか、どんな話を聞けるのか気にならない訳はない。まぁ御年70歳という事でなかなかのおじいさんです。
他にもシリコンバレーから来られたFirst Compass Groupジェネラルパートナー等を務める外村仁さんがオーガナイザーとなり、関西で実際にベンチャーを立ち上げている起業家6人のパネルディスカッション等があった。
ファイゲンバウム氏の講演では、日本及び関西でベンチャーが育ちにくい理由を、シリコンバレーとの比較により論じていた。
また企業が勝っていくための要素として、ファイゲンバウム氏は一貫してINNOVATION、革新を強調していた。ソニーを例にとって、企業組織の肥大化が革新のスピードを遅らせ、グローバル競争に勝てなくなっている事を話したり等など。
聞いていると、大企業組織に入るのが鬱になるような事もボンボン出て来る。新入社員として意気揚揚と入社した人間が、組織に埋もれ、例え部長クラスになったとしても若い頃の熱いハートが消えている・・・と。彼は一般論をしているわけであって、この事に関して反発する必要はないが若干の不安は生ずる。
結局、ベンチャーがイノベーションを起こすのに最適だという風に繋がる。で、そのベンチャーが成り立つための要素として制度面、ベンチャーキャピタルの存在、失敗を成功にするカルチャーの変更など等を指摘していた。
全プログラムが終了した後、懇親会があるというのでせっかくなので出てみた。無料やったし(笑)
せっかく出たので、ファイゲンバウム先生に話したいなと思う。英語オンリーという事もあるのか、あまり多くの人ががっついていないのでがっついてみた。
自分が来年からベンチャーと極にあると考えられるいわゆる大きい組織を持つ企業で働く上で、その後、起業に結びつけるとしたらどのようなアプローチがあるのかを聞いた。
僕自身、これからのキャリアビジョンで起業という選択肢を消去する訳ではないし、チャンスがあればその時のタイミングでチャレンジしてみるのも悪くないと今現在は思っている。そこで、短期的には来年4月からいわゆる大企業に入って、そこからどういう意識で3年を過ごすか、どれほどアンテナを張り巡らす事ができるのか、この点が重要だと外村さんもファイゲンバウム先生も伝えてくれた。もう少し具体的に事も話してくれたが、なんか僕がまだ入ってもないのに早くも会社辞める気満々な奴みたいなので控えておく。
後は、急速に世界規模で情報化が進む上で先進諸国と後進諸国とのinformation gapの是正に関しての意見を求めたところ、この答えに関してはかなり難しいので、これを専門にして2005年Honda Foundation Prizeを受賞しているカーネギーメロン大のProfessor Raj Reddy の文献やWEBでも漁ってくれと言っていたので、ちょっとチェックしてみようと思う。
他にも松下や関電に属しながらベンチャーを考えている方々とお話する事ができて、これから自分が企業に入り、どのような意識で過ごしていくかを考える良い機会になった。
東京の友人から紹介があった、その名も「関西だってベンチャーできるぞ!」プロジェクト。
主催は関西学研都市知的クラスターという、いわゆる京阪奈地域の学術的な結びつきと向上を元に同志社や奈良先端大等が中心に発足した機関。
僕はただ単に講演会をしてくれるスタンフォード(コンピューター・サイエンス学科)のエドワード・ファイゲンバウム教授の話を聞きたかっただけ。彼はシリコンバレーでは3社のベンチャー創設等で名が知られて、コンピューター界のノーベル賞と言われるACMチューリング賞を携えておられる方。どんな人なのか、どんな話を聞けるのか気にならない訳はない。まぁ御年70歳という事でなかなかのおじいさんです。
他にもシリコンバレーから来られたFirst Compass Groupジェネラルパートナー等を務める外村仁さんがオーガナイザーとなり、関西で実際にベンチャーを立ち上げている起業家6人のパネルディスカッション等があった。
ファイゲンバウム氏の講演では、日本及び関西でベンチャーが育ちにくい理由を、シリコンバレーとの比較により論じていた。
また企業が勝っていくための要素として、ファイゲンバウム氏は一貫してINNOVATION、革新を強調していた。ソニーを例にとって、企業組織の肥大化が革新のスピードを遅らせ、グローバル競争に勝てなくなっている事を話したり等など。
聞いていると、大企業組織に入るのが鬱になるような事もボンボン出て来る。新入社員として意気揚揚と入社した人間が、組織に埋もれ、例え部長クラスになったとしても若い頃の熱いハートが消えている・・・と。彼は一般論をしているわけであって、この事に関して反発する必要はないが若干の不安は生ずる。
結局、ベンチャーがイノベーションを起こすのに最適だという風に繋がる。で、そのベンチャーが成り立つための要素として制度面、ベンチャーキャピタルの存在、失敗を成功にするカルチャーの変更など等を指摘していた。
全プログラムが終了した後、懇親会があるというのでせっかくなので出てみた。無料やったし(笑)
せっかく出たので、ファイゲンバウム先生に話したいなと思う。英語オンリーという事もあるのか、あまり多くの人ががっついていないのでがっついてみた。
自分が来年からベンチャーと極にあると考えられるいわゆる大きい組織を持つ企業で働く上で、その後、起業に結びつけるとしたらどのようなアプローチがあるのかを聞いた。
僕自身、これからのキャリアビジョンで起業という選択肢を消去する訳ではないし、チャンスがあればその時のタイミングでチャレンジしてみるのも悪くないと今現在は思っている。そこで、短期的には来年4月からいわゆる大企業に入って、そこからどういう意識で3年を過ごすか、どれほどアンテナを張り巡らす事ができるのか、この点が重要だと外村さんもファイゲンバウム先生も伝えてくれた。もう少し具体的に事も話してくれたが、なんか僕がまだ入ってもないのに早くも会社辞める気満々な奴みたいなので控えておく。
後は、急速に世界規模で情報化が進む上で先進諸国と後進諸国とのinformation gapの是正に関しての意見を求めたところ、この答えに関してはかなり難しいので、これを専門にして2005年Honda Foundation Prizeを受賞しているカーネギーメロン大のProfessor Raj Reddy の文献やWEBでも漁ってくれと言っていたので、ちょっとチェックしてみようと思う。
他にも松下や関電に属しながらベンチャーを考えている方々とお話する事ができて、これから自分が企業に入り、どのような意識で過ごしていくかを考える良い機会になった。
2005/12/03
ラーメン屋の本気度
昨日、研究室の帰りに一緒に帰っていたMっち(研究室仲間)と思い立って上新庄駅の近くにある天神旗というラーメン屋に行って来た。名前に天神とついている事からも博多系の豚骨ラーメンなのは想像できるでしょう。
そこに7,8回は行った事があるくらいそこのラーメンが好きだ。関西でも結構色んなラーメン屋に行ってるが、そこのラーメン屋の本気度はかなり高い。その本気度と比例して味もかなり本気。まず、入った時に豚骨の臭みが鼻につく。とりあえずその時点でむぅりぃな人もいるかと。
豚骨ラーメンは好き嫌いがあると思うが、本気のラーメンを食べたいと思う人は行ってみたらいいと思う。大将のあの目つきは本物や。ほんまにええ仕事してる目つきでラーメンを作ってくれている。かといって愛想が悪いわけじゃない。ラーメンをみて、客をみて、ラーメンをみて、客をみて、奥から自分の店を常に把握している。かといってその視線を客は感じる事はない。俺がこそっと、客を観察して本気でラーメンやってる大将を観察してただけ。
ここのラーメンを注文する際の注意。ラーメンは大まかに塩とんこつと醤油とんこつがある。これはまぁそれほど大差なく、醤油とんこつの方がチャーシューに醤油味がきいてるなくらいの印象。
ここからが肝心、老と若というとんこつの濃さの違いも選ぶのだが、ここでややあっさりと書かれている若を選ぶと負け。勝ち負けとかじゃないけど、この店に来るならやっぱ本家本元の老を頼んでできるだけこってりして帰るべきだと思う。一回、若を食べてかなり後悔してしまったのだ。若を食べるのなら同系統の一風堂とかで普通に食べる方がいいかと。
実はその日の昼にもひょんな事でふうりんという東灘にあるラーメン屋に行った。朝から以前の追突事故の関係で東灘警察に行く用事があったので。天神旗に行ったMっちプラスKZさんの3人で、KZさんリコメンのふうりんへ。まぁ3人とも事故の被害者なんで警察署に行ったついでに。
ふうりん・・・。KZさんあれはないわぁ。うそうそ。ないわぁってことはないね普通においしいよ。でも普通過ぎるし、本気度が低いっしょ。
てか、財布見つかってよかったね。結局自分んとこのトイレでとか、それが一番ないぅわぁ。
結局最近、自分なりのラーメン屋を選ぶ基準って大将(もしくはラーメンを作っている人)の本気度かなーと思う。その本気具合が店内や店員や、もちろん味にも影響を与えているような気がする。
そこに7,8回は行った事があるくらいそこのラーメンが好きだ。関西でも結構色んなラーメン屋に行ってるが、そこのラーメン屋の本気度はかなり高い。その本気度と比例して味もかなり本気。まず、入った時に豚骨の臭みが鼻につく。とりあえずその時点でむぅりぃな人もいるかと。
豚骨ラーメンは好き嫌いがあると思うが、本気のラーメンを食べたいと思う人は行ってみたらいいと思う。大将のあの目つきは本物や。ほんまにええ仕事してる目つきでラーメンを作ってくれている。かといって愛想が悪いわけじゃない。ラーメンをみて、客をみて、ラーメンをみて、客をみて、奥から自分の店を常に把握している。かといってその視線を客は感じる事はない。俺がこそっと、客を観察して本気でラーメンやってる大将を観察してただけ。
ここのラーメンを注文する際の注意。ラーメンは大まかに塩とんこつと醤油とんこつがある。これはまぁそれほど大差なく、醤油とんこつの方がチャーシューに醤油味がきいてるなくらいの印象。
ここからが肝心、老と若というとんこつの濃さの違いも選ぶのだが、ここでややあっさりと書かれている若を選ぶと負け。勝ち負けとかじゃないけど、この店に来るならやっぱ本家本元の老を頼んでできるだけこってりして帰るべきだと思う。一回、若を食べてかなり後悔してしまったのだ。若を食べるのなら同系統の一風堂とかで普通に食べる方がいいかと。
実はその日の昼にもひょんな事でふうりんという東灘にあるラーメン屋に行った。朝から以前の追突事故の関係で東灘警察に行く用事があったので。天神旗に行ったMっちプラスKZさんの3人で、KZさんリコメンのふうりんへ。まぁ3人とも事故の被害者なんで警察署に行ったついでに。
ふうりん・・・。KZさんあれはないわぁ。うそうそ。ないわぁってことはないね普通においしいよ。でも普通過ぎるし、本気度が低いっしょ。
てか、財布見つかってよかったね。結局自分んとこのトイレでとか、それが一番ないぅわぁ。
結局最近、自分なりのラーメン屋を選ぶ基準って大将(もしくはラーメンを作っている人)の本気度かなーと思う。その本気具合が店内や店員や、もちろん味にも影響を与えているような気がする。
2005/11/30
香港2003
何気にPCに入れてあるスキャン済みの写真を整理をしてたら、2年前にインドからの帰りにストップオーバーして3日間ほど立ち寄った香港の写真がでてきた。どうせだから、Photo albumに追加しておこうと思う。さっさと南米やらの写真をスキャンしてUPしたいのだが・・・。
基本まだアナログで撮って、現像→プリントのパターンなのでPCに入れるにはスキャンが必要になる。ネガスキャナーを欲しいのだが、友人曰く紙をスキャンするよりも解像度は高くないらしい。その友人は店に出してネガをデジタル化してもらっているらしい。最近はスキャンしてPCに取り込んだ写真をフォトショップでいじったりするのが楽しくなってきてるので、アナログからデジタルへの質的満足が得られて且つ迅速なやり方を模索中。
基本まだアナログで撮って、現像→プリントのパターンなのでPCに入れるにはスキャンが必要になる。ネガスキャナーを欲しいのだが、友人曰く紙をスキャンするよりも解像度は高くないらしい。その友人は店に出してネガをデジタル化してもらっているらしい。最近はスキャンしてPCに取り込んだ写真をフォトショップでいじったりするのが楽しくなってきてるので、アナログからデジタルへの質的満足が得られて且つ迅速なやり方を模索中。
2005/11/28
Tanguera



タイトル『 Tanguera 』
学祭で展示してた、モノクロの組写真。
これはタイトルの通りTangueraにちなんだ写真。今年の9月17日、アルゼンチン・ブエノスアイレスにて。Tangueraとはタンゴにミュージカルの要素を加味したもの。そのTangueraが催されていた建物や入り口を撮影したもの。
タンゴはサッカーで有名Boca Juniorの本拠地でもあるLa Boca地域が発祥になっている。そこは港近くのエリアで、港運などに従事する多くの労働者が暮らしている地域。タンゴは男と女がセットで踊る事をイメージするが、初期は労働者の男達だけで踊っていたらしい。その辺のうんちくは一緒にこれを見に行った、若干日本語ができるメキシコ人の方が教えてくれた。そのメキシコの方はメキシコの民族音楽のミュージシャンらしいが、あんましオーラなかった(すんません)。で、彼が若干日本語ができた理由は、日本に雅楽を学ぶため奈良県・天理市に住んでいたかららしい。これは余談。
Tangueraの幕開けとともにブエノスアイレス港をイメージしたセットで男達だけのタンゴがはじまる。それからは男女混合系のタンゴが主流にミュージカルが進行していく。内容はブエノスアイレス港に降り立った美女をものにしようと、労働者の男とマフィアのボスが取り合う。要するに女の取り合い!非常にシンプル。で、基本的にタンゴ・タンゴ♪で進んでいく。めーっちゃ良かった。めちゃくちゃ感動したのを覚えている。。
ブエノスアイレスはイタリア・ジェノバと古くから交易があり(母を訪ねて三千里のマルコがジェノバからブエノスアイレスを目指していた事からもわかる)、その影響もあってか街のセンスが自分が行った南米の街の中でも格段に良かった。というか歩いている人のセンスが良かった。南米のパリと言われるくらいやし。ペルー・チチカカ湖で会ったパリっ子もブエノスアイレスはお気に入りやったらしく、「欧州にいるみたいでよかった。」とか言ってなー。
僕自身ブエノスアイレスは非常に良い印象を持っている。街は綺麗し、何よりも物価が安い!ベテランウェイターがいるような歴史あるステーキ屋(名前はpippoだった)で、子牛の柔らかめのステーキ食って、メンドーサ産のワイン飲んで等しても1200円くらいやったような気がする。治安に関しても夜中に出歩いても全く危険な感じがしなかった。むしろ週末は朝方まで外がうるさいくらい賑わっていた。もちろん地域的な差はあると思うが。何しかブエノスアイレスはよかった。是非おすすめします。
2005/11/20
実質と名目
今日は久しぶりに日曜に研究室に行き研究に励んだ(?)。が、実質と名目という言葉にやきもきさせられた。
最近、研究に関連して東アジア諸国(中国、韓国、台湾、香港)の経済指標を扱っている。中国は省単位で。いわゆるGDP(国内総生産)とかCPI(消費者物価指数)とかです。こういう経済指標ってやたらと定義も曖昧で、年度毎に定義が変わっている事もある。日本でも今は一般的に国の成長力を表す指標としてGDP(国内総生産)が使われているけど、一昔前まではGNP(国民総生産)が使われていた。
GNPは日本国籍の者が生産する分しか計上されないので、外国人が日本で生産してもGNPには反映されない。GDPは日本国内で生産される分は外国人労働者や外資企業であれ反映される。今後、国内に外国人労働者や外資への企業誘致が進むのなら、GDPの方が日本の成長力を表面化してくれるんだろうと考える。まぁ統計の国際基準に合わすという意味でも今はGDPにしてると思うんだが。
それはそうと、GDP含む経済指標値は中々統一したものを提供してくれない。IMFやら世銀やら各国の統計機関で出された値を比較して扱うようにしているのだが、名目ならまだしも実質になると相当ばらつきがある。名目GDPはその年に計上された値をそのまま示しているのだが、実質GDPはインフレ率や為替レート等を考慮してある年を基準とした値として算出している。
その国の経済成長を時系列的に把握する場合、実質GDPをみる方が理解しやすいが、その値を出している機関によってばらつきがあるのでかなり困惑してしまう。それも結構な違いもあるので、機関毎にどのように集計・算出されているか確認しておかないと結果がきちんと出てもなーんかしっくりこないように思うからだ。かといって前に進まないのも困る。んーー。
最近、研究に関連して東アジア諸国(中国、韓国、台湾、香港)の経済指標を扱っている。中国は省単位で。いわゆるGDP(国内総生産)とかCPI(消費者物価指数)とかです。こういう経済指標ってやたらと定義も曖昧で、年度毎に定義が変わっている事もある。日本でも今は一般的に国の成長力を表す指標としてGDP(国内総生産)が使われているけど、一昔前まではGNP(国民総生産)が使われていた。
GNPは日本国籍の者が生産する分しか計上されないので、外国人が日本で生産してもGNPには反映されない。GDPは日本国内で生産される分は外国人労働者や外資企業であれ反映される。今後、国内に外国人労働者や外資への企業誘致が進むのなら、GDPの方が日本の成長力を表面化してくれるんだろうと考える。まぁ統計の国際基準に合わすという意味でも今はGDPにしてると思うんだが。
それはそうと、GDP含む経済指標値は中々統一したものを提供してくれない。IMFやら世銀やら各国の統計機関で出された値を比較して扱うようにしているのだが、名目ならまだしも実質になると相当ばらつきがある。名目GDPはその年に計上された値をそのまま示しているのだが、実質GDPはインフレ率や為替レート等を考慮してある年を基準とした値として算出している。
その国の経済成長を時系列的に把握する場合、実質GDPをみる方が理解しやすいが、その値を出している機関によってばらつきがあるのでかなり困惑してしまう。それも結構な違いもあるので、機関毎にどのように集計・算出されているか確認しておかないと結果がきちんと出てもなーんかしっくりこないように思うからだ。かといって前に進まないのも困る。んーー。
2005/11/18
カラー2枚目@写真展

学祭写真展に展示したカラー2枚目。
タイトル 『 Poppin' 』
この写真はボリビアのCopacabana(ブラジルにもイパネマとならぶ有名ビーチとして知られるコパカバーナとは異なる)というチチカカ湖沿いの街にて。標高は3000m以上はあったと思う。ペルーのPUNOから国境を通過しボリビアに入った時、ラパスへのバスに乗り継ぐために3時間ほど立ち寄った所。
街自体道路の石が白く、それに燦々と降り注ぐ太陽の光が街の白さに拍車をかけていた。街中から坂を下る際、少し遠くに望むチチカカ湖の青さと街の白が妙に調和して非常に美しかった。街の白さが軒に並べられている色々をさらにカラフルにみせる。その光景に思わず目と足が止まりシャッターを切る。その袋の中身は普通のポップコーン☆
2005/11/14
写真展@学祭

昨日、一昨日と学生最後の学園祭があり、部で写真を展示していた。モノクロの3枚(組写真)とカラー3枚(それぞれ単作品)を出展した。久々の友達やら内定先の友達やら、研究室の仲間やら多くの人が自分の作品を観にきてくれた。色んな会話を楽しめてとても良い最後の学祭だった。学部三年くらいから学祭の楽しみ方は人と会うことが重点的になったような気がするなぁ。結構写真の方も評判がよろしかったようです。
カラー一枚目
タイトル 「 Horizon at DAWN 」
これは今年8月末、南米に行く際の飛行機の中から撮ったもの。トロント→リマ間の飛行中、南米大陸に入った時くらいに朝、陽が昇りきろうとする瞬間を捉えた作品。最初窓の外を見たとき、視界に広がる自然現象が理解できないくらい幻想的な光景が広がっていた。陽が完全に上ってしまって雲海に朝日が満ちる前にどうしてもこの自然現象の中に生まれる幾何学性を切り取りとっておきたかった。飛行機の中を歩き回って、数十カットは撮ったと思う。若干周りの目には怪しく映ったかもしれないが、そんな事、お構いなし。撮らずに悔やむより、撮って悔やむほうがいい。旅先では大抵こんな事を考えながら、自分を動機付ける。こうしてできた作品が上の写真。
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